旧世界
赤と青の薔薇
エルシュは竜狩りとして生きることを決めた。
それは仇である竜を探す為でもあり、そして目の前で奪われた親友が生きていれば、彼も同じ選択をするだろうと考えたからだ。そうだったなら、必ず再会出来るはず、またあの笑顔を自分に向けてくれるはずだと僅かな希望を抱くことで彼はやっと前に進めた。
施設内を見て回ろうとエルシュが歩みを始めると、丁度廊下の角から曲がった男性とすれ違う。
黒を基調とした服に赤い薔薇の胸飾りが飾られ、白く綺麗な髪、そしてよく知っている希望見据える深紅の瞳。どくりと大きく心臓が脈打って、エルシュは反射的に彼の手首を掴んた。
「わっ!」
「──っ」
エルシュを捉えた赤い瞳は驚いたように見開かれている。エルシュの目の前に立っているのは確かに彼だった。
数年前、無力な自分の目の前で竜に攫われた親友、ローゼン。ぎゅっと強く力の入った手に、痛そうに顔を顰めたローゼンを見て、エルシュはハッとしてすぐに手を離した。
体が震える。歓喜に涙さえ浮かんだエルシュは、戸惑ったままのローゼンを抱きしめた。
「ごめん、ごめん……!俺は何も出来なくて、お前を……!」
「……えっと、こっちも申し訳ないんだけど……君は誰だっけ?」
頭を殴られたかのような衝撃的な言葉に、エルシュはゆっくりと体を離した。ローゼンがなんと言ったか、一瞬理解出来ずに脳内で何度か繰り返すと、やっと意味を理解する。しかし納得はできない、何故、何故と震えたままの手でローゼンの両肩を掴んだ。
「俺が悪かったから、やめてくれよ……!そんな、忘れたフリなんて、なあ?エルシュだ、覚えてるだろ?」
「そ、そこまで真剣になってくれてるのに、ごめん……。本当に覚えてないんだ……その、いつ会ったか教えてもらえるかな?」
ローゼンは本気で言っている、エルシュはそれを確信すると頬を涙が伝った。自分達はそんなに簡単に忘れられる程の仲だったのかと怒りすら覚えて、怒鳴るようにローゼンに言う。
「俺達はずっと相棒だっただろ!お前があの黄色い髪をした青い翼の竜に連れ去られるまで、ずっと、ずっと一緒だった!なんでそんなっ、簡単に忘れてしまったんだ!!」
「青い翼の竜……」
「そうだよ!あの左右で色の違う瞳の!それすら覚えてないのか!!」
「──ッ、……ゃ、いやだ……」
ローゼンは初めてエルシュに抵抗し、エルシュの胸を震える手で押す。急に目がきょろきょろと動いて視点が上手く合わなくなり、呼吸が徐々に荒くなる。その脳を支配するのは恐怖。それを抑えるように自分の腕でその身を抱くと、子供のように泣き出した。
「ローゼン……?」
「いゃ、いやだ、くるな、もうやめて、いたい、いたい、こわい、いやだ、いやだ、たすけて、たすけて、たすけてたすけてたすけて──ッ!!」
「おい!!」
ローゼンは混乱するように頭を掻き毟ったあと、ぐるっと白目を向いて後ろに倒れ込んだ。それを受け止める事すら出来ず、エルシュは暫く放心状態のまま床に転がったローゼンを見下ろしていた。
──……
「やあ、この間は迷惑かけたみたいでごめんね!君が医務室に運んでくれたって聞いたよ」
ローゼンはお礼だと言って気に入っているという焼き菓子をくれた。見覚えがあるフィナンシェ。それはエルシュが好きで、ローゼンに紹介したものだった。
震えそうになる手でエルシュはそれを受け取って、ローゼンを見つめる。また怯えたような様子はない。恐らく例の竜を思い出させる様な話をすると、彼が体験した地獄がフラッシュバックするのだろう。
攫われ時に一緒にいたせいか、エルシュの存在も綺麗さっぱりローゼンの記憶にはない。
「僕自身、原因が分からなくてさ。ちょっと君と会った前後の記憶が朧気で……困ったよ。悪いけど、もう一回名前教えて貰えるかな?」
いつでもローゼンはエルシュの希望だった。彼が導いてくれた世界に間違いはなかった。何よりも大切な光だ。例えその光が歪んでも、エルシュはそれを支える影でなくてはならない。
そうだ、お前が忘れても──
「俺の名は……エルザだ。よろしくな。お前とは気が合うと思うよ、俺もこの焼き菓子好きなんだ」
「え!そうなんだ!よかったぁ。僕もなんだか君とは気が合うと思う!直感だけどね」
──俺が覚えているから。
手差し出して握手を強請ったローゼンに、''エルザ''は優しく微笑んでその手を握り返した。
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