第4話 首刈
何故ここが使われていないのか、そう疑問に思うほど劇場は綺麗な状態で保たれていた。古びたような匂いを除けばすぐにでも使えるだろう。
しかし、今日この舞台で主役をするのはただの役者ではない。
「はぁ、はぁ……。本当に、逃げてばっかねぇ」
舞台上でそう呟いた首刈は肩で息をする。
便利屋に護衛を任せたのはいいが、群というのは想像以上にしつこいらしく遂にここまで追い込まれてしまった。
次の隠れ家はどうするかと考えていると、バンッと大きな音がなり、ホールの扉が勢いよく開かれる。
「居ました!」
「逃がさねぇぞ!」
開かれた扉の前にはチェリス、カイリ、ノルの3人が首刈を追いかけてきたのだろう、同じく息を荒らげながら劇場内に入った。
便利屋はどうしたのかと苛立ちながら首刈は鉄扇を取り出しながら逃走ルートを探る。相手の力量はまだ分からないが、普通に考えて1対3の戦いは不利である。
出入口は多くない。左右にある廊下に出るための扉ならば正面入口より近いとそちらに向かって首刈は走り出そうとするが、その行く手を遮るように足元に手裏剣が数枚突き刺さった。
しかし、それぞれ戦闘を態勢を取っている3人が居る方向からの攻撃ではない。
「チッ、4人目が居るわね……」
首刈は辺りを見渡すが、隠密行動に長けている者を即座に炙り出す方法などは持っていない。何処に潜んでいるか分からない状態で迂闊に動き回るのは得策ではないと、舞台に立ちこちらに向かう3人を待ち構えた。
「あの二人組は俺達の仲間が相手してるから来ないぜ!もう諦めろ!」
「全く、役に立たないわねぇ……」
何人相手にしてるかは分からないが、便利屋が相手を殲滅しこちらに来る可能性にかけた方がいいかと首刈は考える。
その思考を遮るように振られた大剣を飛び退き回避すると、その切っ先は舞台上に突き刺さった。
「無駄な時間は好みません。手早く済ませますよ」
ノルは身軽な動きで客席を足場にしながら舞台上まで到着していた。チェリス、カイリもそれに続き舞台上に上がる。
首刈に逃げ場は無い。正面に立つ者達を突破しない限りは。
「ああ!鬱陶しい!」
大剣を振りかぶるチェリスに対し、首刈は鉄扇で薙ぎ払うように扇ぐとそこから竜巻が発生する。
それに構わずに突っ込もうとしたチェリスは風に足を取られ転倒しそうになるのを、大剣を舞台上に突き刺し踏ん張った。
竜巻の影響を受けない首刈はニヤリと笑いチェリスに距離を詰める。狙うは当然、首のみ。
「させません」
鋭い鉄扇の刃はノルの大剣によって受け止められる。気に入らない首刈は一度引くと手を緩めずにノルに集中して攻撃し始めた。
ただの殺人鬼ではない、そう思わせるだけの力量が首刈にはある。ぴしり、ぴしりと細かな傷をノルの体に作ったその鉄扇には、黒い液体が付着している。
「血液じゃない……?」
それを首刈が観察していると背後に気配を感じ、すぐに振り返る。鉄扇が受け止めたのは忍刀。
首刈は隠れていた4人目が現れた事に嬉しそうに笑った。
「あら、恥ずかしがり屋さん。かくれんぼはもういいの?」
「……」
4人目、厄魔はその挑発に何を言うわけでもなく忍刀を握る手に力を入れる。その隙にとチェリスは体勢を立て直し首刈の背を大剣の腹で強く殴った。
「──ぐぅっ!」
受け止める力が緩まった首刈を蹴り飛ばし、よろめいた所に追撃しようとした厄魔は忍刀を横に振る。それを素早く後退し回避した首刈は痛む背に顔を顰めながら、蹴りを入れられた腹を摩った。
「前から後ろから女性を痛めつけるなんて最低よねぇ」
その言葉にチェリスは僅かに動きを止めた。純粋すぎるが故に、相手に、それも女性に対して本気になれずにある。
首刈の背を斬るのではなく殴打したのもそれが理由だ。
しかしノルはそんなチェリスをよそに首刈に向かい上段から斬りつける。これは受け止められないと首刈は横にステップし、ギリギリの所でそれを避けた。
躊躇なき殺意に痺れるものを感じながらも、首刈は竜巻を発生させ、その風圧を利用し大きく飛び退いた。
戸惑いの様子を見せるチェリスに、カイリに治癒されながらノルは顔だけチェリスの方へ向け語りかける。
「チェリスさん、この人は多くの人を殺した。それは許されていいことではありません。そして今、彼女を止められるのは私達しか居ないのです」
だから躊躇してはいけない、ノルの気持ちを理解したチェリスは頷くと大剣を握り直し短く息を吐いた。
彼女のくだらない趣味で奪われた沢山の命の為にも、ここで立ち止まってはいけない。チェリスは意を決して首刈に向かって走り出す。
「うーん、そう言うの気持ち悪いからぁ……!」
首刈は苛立ったようにそういうと真正面からチェリスを迎え撃つ。
勇気だとか、正義だとか、本当に頭にくる。苛立ちに任せて振るった首刈の刃はチェリスには届かず、チェリスの大剣は首刈の肩を斬った。
首刈は肩を押さえ手に付着した血を見て、びきりと額に青筋を立てる。
「あぁ、あー、あ〜!ほんっとに頭くるわねぇ!」
首刈は真っ赤な瞳をチェリスに向け、叫ぶ。
怒りを放出するように深く息を吐くと鉄扇を大きく振り巨大な竜巻を発生させる。それはこれまで放たれたものとは比べ物にならないほどの威力で、巻き込まれた客席などは空を舞いバラバラになって散っていく。
いつだって正義は自分にあると言うような強い瞳が気に入らない。みんな、みんな散ればいい。
そう思う首刈の腹部には──いつの間にか刃が突き刺さっていた。
目の前に居る厄魔がどうやってこの距離を詰めたのかは分からない、しかし血がどんどん溢れ床を赤に濡らすのを見て首刈は小さく笑った。
「──っ」
痛みに悶える様子はなく、首刈は厄魔の首に向かって鉄扇を振るが、厄魔が突き刺した刃を抜くと血が赤い煙となり視界を塞いだ。
肉を斬った感触がない事に首刈は舌打ちをすると、霧を晴らそうと鉄扇を大きく振る。
霧が晴れ、真っ先に視界に飛び込んできたのは大剣を振りかぶるノルの姿。不意をうたれ、判断が遅くなった首刈は胸元を斬りつけられる。
肩、腹部、胸元と3箇所からの出血にふらついた首刈はよろよろと後ろに下がると膝をついた。
「ふっ……あはははっ!」
首刈は諦める様子もなく何故か笑うと、護符を取り出し自らに治癒術を施す。しかしこれ程の傷を全て癒すことは当然できず、幾分かはマシになったかと立ち上がった。
誰もが首刈がまだ余裕で笑っていられる理由が分からず、次の攻撃に備えて武器を握る。
「降参してください、私も無駄な殺生をしたい訳ではありません」
「降参?そんな無様な真似する訳ないじゃない……舐めないでもらえるかしらぁ?」
首刈は苛立ったようにそう言って鉄扇を投げる。その標的はノルではなく、後方で身構えるカイリだった。
カイリは驚きながらもそれを杖で弾き返そうとするが、それを見た厄魔はカイリを覆い被さるように庇うと鉄扇は綺麗に弧を描き首刈の手元に戻った。
「その得物で受け止められるものでは無い」
「あ……、はい!」
急な事に驚いたカイリは厄魔に引き起こされながら杖を構え直す。危うく武器ごと首が飛ぶだったと安堵しながらカイリは、自分を庇った時に負っただろう厄魔の背にある傷を見て慌てて治癒を施す。
「かたじけない」
「いえ、これが私の役目ですから」
カイリは首刈に向かう厄魔と交代するように下がったチェリスに治癒術をかける。自分達が話している間にも戦闘は行われており、致命傷ほどでは無いがこうして自分の元へ戻るほど傷を負っていた。
「まだまだ!」
そう言ってチェリスも首刈の方へ向かい大剣を振るう。やはりこの戦いに自分も参加すると言い出してよかったとカイリは思いながら、状況把握をする。
建物自体が崩壊するほどでは無いが、舞台付近の客席などは見る影なく壊れており、舞台上も傷だらけでいつ底が抜けるか分からず、ここは注意しなくてはいけない。
こちらは若干疲労の色が見えるが優勢と言えるだろう。しかし首刈は何度か攻撃を受けながらも足を止める様子はなく傷を気にせずに応戦していた。
自暴自棄になっている様には見えない、何故そこまで動けるのか、カイリには分からなかった。
「それでも、私達は絶対に勝たないと……!」
自分達に託して見送ってくれた仲間達の為にもと、カイリは気を引き締めた。
──
「そろそろ、諦めてもいいんだぜ?」
額から流れる汗を拭うこともせずにチェリスは首刈にそう言い放った。
何故まだ立つことができるのか理解できないほど身体中に傷を負い、それでも笑みを浮かべる首刈に悪寒のようなものを感じる。
利き手では無い方の腕は本来向いてはいけない方向へ向いており、それも構わずに首刈はチェリスに向かって鉄扇を振り諦めるという言葉を知らないようだ。
「はぁ、ぁ……こんな所でぇ……!」
チェリスの大剣を受け止めきれなかった首刈は後方へ勢いよく飛ぶと地に叩きつけられ血を吐いた。
それでも立ち上がろうと地に手を付き、もう力が入らないのかがくりと手の力が抜け再び伏せる。
もう最後だ。
誰もがそう思っていた。
「アイツに感謝するのは癪だけど……もう手はないわ」
首刈は小さくそう呟くと懐から何かを取り出した。
それは……何かの肉の塊。瓶に入っていたそれを取り出すと、首刈はそれをぐちゃぐちゃと音を立て貪るように食べ始めた。
「なっ、なんだ……?」
「と、止めてください!!多分あれは……!」
動揺するチェリスに、その正体をいち早く知ったカイリはそう叫ぶ。全員が動いた時にはもう遅く、首刈はそれを全て咀嚼し飲み干すと口元を血塗れにしながらにたりと笑った。
首刈の元へ辿り着く前に、彼女の周りに糸のようなものが張り巡らせ楕円形のシールドを作り出した。ノルがそれに向かい大剣を振るうも、その硬さに弾き返される。
「何が起こったんだ……」
「恐らく、竜の鱗を食べたのだと思われます」
カイリの言葉に、チェリスは首刈の方へ視線を向ける。
それは、繭だ。
中心部は薄く光を放ち、どくん、どくんと心音の様なものが聞こえる。孵化する前にどうにかしたいが、繭は刃を通さずただただ立ち尽くしす事しかできない。
そして、ついに繭にヒビが入る。
ぬるりと割れた部分から腕が覗く。徐々に姿を現したそれは、黒いドレスを纏った女性だ。目元はベールで隠れて見え無いが、相変わらずの浮かべる笑みに彼女が首刈であると分かる。
だが背からは黒い羽のようなものが生えており、明らかに前の首刈とは違う。
「魔族化……初めて見ました」
「──っ!来るぞ!」
黒く大きい鉄扇は先程とは比べ物になら無いほどの威力を出し、ノルは大剣で受け止めるもその力にじりじりと後退する。
その隙にチェリスが胴に向かって大剣を振り下ろすも、利き手でない方の手にも鉄扇を持っておりそれで弾き返された。
チェリス、ノルが同時に引くと首刈の足元に爆竹が放られる。大きな音と共に煙が舞い、首刈の視界を塞いだ。
しかしそれも直ぐに首刈の発生させた竜巻で掻き消え、チェリスへの追撃が始まる。
「ぐっ、こいつ……!」
鉄扇を剣で弾くも、再び振るわれ、それを弾きと攻防戦が繰り広げられた。その勢いに割って入ることが出来ずに、チェリスは段々と後ろに下がっていった。
『〈可憐に咲く椿の花よ、落ち行く先は我が腕の中──〉』
首刈が口を開く。
鉄扇で大きく弾かれよろめいたチェリスに向かい、首刈は笑みを深めた。
『〈
鉄扇が驚異のスピードでチェリスの首に迫る。
一撃必殺。首刈が幾度となく首を落としてきた技。
──避けられない。
思ったチェリスは心の中で姉に謝りながらも、最後まで諦めないと大剣を握り首刈を睨みつけた。
しかし幸運にも何故か地面が大きく揺れ、舞台はついに崩れた。バランスを失った首刈の技は的はずれな方向へ放たれる。
ギリギリの所で避けたチェリスの頬には僅かに切り傷ができ、この程度ですんでよかったと安堵した。
首刈は穴に嵌った体を羽を使い空へ飛び抜け出すと、4人を見下ろす。先程の揺れはなんだったのか、邪魔されたことに苛立ちながら次の獲物を探す。
しかし、体が軋む。
あれだけ傷を負って、魔族化した事によって全てが癒えたなどと都合の良いことは無い。急な体の変化に慣れていないのか思うように動かない。時間の猶予はないと、首刈は厄魔に向かって降下する。
「……」
厄魔は折りたたみ式の槍を首刈に向かって投げると、それを弾いた隙に首刈の懐に飛び込み、瞬時に忍刀をその胸に突き立てた。手に感じる肉に刃が突き刺さる感覚に構わず深く、深く突き刺す。
顔に首刈の吐いた血がかかり、厄魔は忍刀を引き抜くと着地し飛び退く。
『ぁぁああ゛ぁっ!!』
苛立った首刈は厄魔に向かうが、ノルが立ち塞がり力任せに降った鉄扇を弾いた。
「ぐっ……重い……!」
『邪魔よォ!』
叫んだ勢いで吐血するが、それも気にせずにノルに追撃しようと首刈は大きく振りかぶる……が、動きがピタリと止まる。
慣れない体での無茶な動きに、ついに大きな隙を作ってしまった。
この気を逃す訳には行かないとチェリスは走り出す。そして大きく飛び上がり、勢いよく首刈を斬りつけた。
赤が飛び散る。
首刈はそれを見ながら──後ろに倒れ込んだ。
──
散々な人生だった。
容姿が悪いと幼い頃からいじめられ、絶望の中やっと見つけた生きがいも、人の道から外れたものだった。
綺麗な顔に憧れた。
私もこうだった良かったのに、そしたら変われただろうかと刈り取った頭を見てよく思っていた。
しかし顔が変わったところで根の性格が変わるわけもないと、ただただ綺麗な顔を見ては幸福を感じた。
女性が宝石を集めるのと同じ感覚だ。
ただ綺麗なものに囲まれたかっただけなのに、何故こうなったのか。
いや、いつか裁かれることが来ることは分かっていた。
それが思っていたより早かっただけだ。
嗚呼、私の命が終わる──
──まだ生きたいと願うのは、我儘過ぎるだろうか。
──
「あ、目が覚めたみたいです!」
「いきなり襲いかかってこない事を祈るぜ……」
声が聞こえた。
首刈はいつの間に自分は眠っていたのだろうかと朧気な記憶を思い出そうとゆっくりと目を開く。
体に力は入らない。そして──徐々に思い出す。
先程まで戦っていたはずのカイリに見下ろされ、他の面々はそれぞれ武器を構えているのが見えた。
「……お情け…かしら?……あまちゃん、ね……」
「もう憎まれ口を叩けるほど元気なようですね」
ノルは倒れそうなカイリを支え後ろに下がった。
首刈を助けるために残った魔力を全て使い治癒を行ったのか、あまり顔色が良くない。
何故自分が助かったのか、首刈には理解ができない。
チェリスは首刈が動く力はないと分かると大剣を下ろし、ゆっくりと近づく。
「お前を殺したくないって言い出したのはカイリだ。色々考えたんだけどよ……まだ道があるんじゃねぇかって」
「……」
「俺達もそれに賛同!って訳でお前は生きてるって事だ!」
説明は以上と言わんばかりに笑顔を見せ、チェリスは群に連絡を取り始めた。
訳が分からんと惚けたままの首刈は、厄魔に視線を向ける。
「拙者らの目的は事件の解明、解決であり、貴女を殺すことではない。そう判断しての結果だ」
「……私は、また人を殺すわよ」
「構わん。出来るならな」
チェリスの話に聞き耳を立てると、首刈は群の保護下に入るようでなんだか色々手続きを始めようとしている。
「大丈夫です!私がずっと見てますからね!」
そうカイリに言われた首刈は、なんだか面倒なことになってきたなとため息を吐いた。
しかし、自分が生きている事に首刈自身は安堵していた。
彼女が変われるのか、それはまた誰もわからない。
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