第3話 フォリーシアン

「で、逃がしたって訳か……」

「そうなのよねぇ」


マリーの説明に、ヴィノスは考え込む。

再び群の施設の一室に集まった首刈討伐メンバーは情報を共有する事になった。

まずは首刈の容姿、言動、戦闘中の技等、戦う上で必要になりそうなこと全て。そして猫塚が見た謎の揺らめきの事。


「その揺らめきってやつには心当たりがある」

「本当ですか!じゃあ私が見たものは幻じゃなかったってことですね。良かったぁ……」


猫塚は安堵し、それを見たヴィノスは話を続ける。


「こないだ言った2人組の便利屋に会ってきた。つっても片方の馬鹿だけが拠点に残ってる時を狙ってだが」

「片方の馬鹿……?」

「女の方、レンカは結構な阿呆と言うか嘘がつけないやつって言うかなぁ……」


うーんと上手く言い表せないのか考えたあと、まあそれはいいとしてと一旦置いておく。

その時、外から慌ただしい足音が聞こえ小さくノックが聞こえたあとカイリが部屋をひょこっと覗き込んだ。

首刈と戦った者たちは、「あ、あの時の」というような反応をし、カイリはそれを見ると軽く頭を下げる。


「あの、ここにいる皆さんが……」

「首刈に関する依頼を受けた奴らだ」


ヴィノスにそう言われ、カイリは「やっと見つけたぁ」と小さく呟きふうと息を吐くと、部屋にいる者たちの顔を見渡す。


「私もメンバーに加えて欲しいんです、お願いします!」


皆特に反論はなく、ノルが椅子を用意し「どうぞ」と手で合図すると、カイリは嬉しそうにそこに着席する。


もし自分の大切な人達が狙われたらこの時立ち向かわなかった時後悔すると、チェリス達をずっとカイリは探していた。

まさかこの高かったダウジングロッドがこんな所で役に立つとは思わかなったを懐にしまうと、気合を入れる。


「で、何処まで話したか……。そうだ、レンカと接触した後、協力者を見つけた。そいつは単独行動したいらしくてここには来れねぇが……まぁ、悪いやつじゃねぇ」

「その協力者が裏切るって事はないのかい?君の知り合いなんてほぼ怪しい人間だろ?」

「うるせぇな。そう言ったらウィレス、てめぇも怪しい人間だろうが」

「……は?」

「は?」


なんだてめぇコラとドンパチ始まりそうなところでマリーが仲介に入ると、互いの舌打ちで小競り合いは終了した。


ヴィノスはとりあえず協力者について弁解を始める。

まず自分と長い付き合いであるため大体の性格は知っており、裏切るタイプではないという事。

次に正義感ではなく自身に利益があるため動いているという事。

最後にもしこちらを裏切った場合はこの者にとっても不味い状態になってしまう事。


「そんで、こいつは裏で動いてもらう」

「それはいいんですが、そのレンカって女性から首刈の事は聞けたんです?」

「聞いたというか、あいつあんまり役に立たなくてな……。代わりにアイツらの拠点から重要資料を一枚抜いてきた」


ゲス顔でヒラヒラと紙を見せたヴィノスはテーブルにそれを置いた。

それは1枚の契約書。

首刈とリオ、レンカが結んだ契約が書かれている。その中には次の隠れ家が見つかるまでリオとレンカの拠点に首刈を置く、というものがある。


「……貴殿がその拠点に居た時、そこに首刈もいたということはないのか?」

「居たとしても居なかったとしても、もう手遅れだろうよ。こうして戻ってきちまったわけだしな」

「ならばもう勘づかれただろう」


厄魔の言葉に「そうだなぁ」と呑気そうに話をするヴィノスは、何かを感じ取ったのか耳をぴくりと動かすと笑った。


「協力者から居場所の連絡が来た。さぁ、狩の時間だぜ?」




──




今にも壊れるのではないだろうかと辛うじで建っている小さな民家がポツポツと複数見える。

何故こうなったかはどうでもいいが、丁度いいとリオはそこで立ち止まった。


「まー、ここなら潰しやすいかなぁ」

「そうだね、広いし!」


そう言ってリオとレンカは自分達を追ってきた人物達に顔を向け、様子を伺う。相手の中には氷猟がいて、何か指示を出しているのが僅かに聞こえた。

相手がどう出ようが、こちらの仕事は変わらないと軽く準備運動をするとレンカは鼻で笑う。


「ここまで来れたのは褒めてあげるけど、もうみんなここで終わりだよ。依頼主の元へ行かす訳にはいけないからね」

「終わるのはテメェらの方だ。……よし、ここは任せとけ」


ヴィノスがそう言うと、チェリス、カイリ、厄魔、ノルの4人が走り出す。

リオは彼らが走り出した方向を見て、首刈の居場所が既にわれているを察すると僅かに顔を顰める。それを許すほど愚かではないと先頭にいたノル目掛けて距離を詰めようと脚に力を入れるが、直ぐ足元につららが飛び出て足を引いた。


「氷猟、邪魔しないでくれないかなぁ」

「邪魔すんに決まってんだろ。テメェらの相手は俺様達だ、光栄に思えよ?」


残ったヴィノス、マリー、トルエノ、猫塚、ウィレスは既に戦闘態勢に入っており、首刈の方へ向かった面々に手だしできる隙はない。


「貴方の弟さん、一人で大丈夫なんですか?」

「心配しないでも、チェリスちゃんはお姉ちゃんに頼りっきりじゃないのよ?」


作戦会議の際にマリーと別行動すると言ったのがチェリスだった為、トルエノは少々気になっていた。

要らぬ心配だったかとトルエノが「そうですか」と頷くと、マリーは自信満々と言う様子で笑顔を見せる。


リオもレンカもチェリス達を追うことは諦めた。首刈もそう簡単に死にはしないだろうが、4対1となれば苦戦するだろう。

レンカはパチンと指を鳴らすと、護符を使用し武器を装備した。


「……いつも思うんだけどさ、レンカ」

「なに?」

「その指鳴らすの必要な──」

「さー!殺っちゃおう!」


HAHAHAとわざとらしく笑うレンカはリオにポンと触れたあと、片手剣を構え、左腕に装備したバックラーが月光を反射し光った。

相変わらず厨二病拗らせてるなとリオは思いながら、どれにしようかなと指さしながら潰す対象を選ぶ。

最後にリオの指が止まったのは──


「じゃあ、死んでね」

「──っ」


瞬きの間にウィレスの前には拳を振り上げたリオが居た。拳は確実にウィレスの頭を粉砕するであろう威力とスピードで振るわれる。

しかしそれを許すはずもなく、ヴィノスはリオに向かい蹴りを飛ばし、マリーはウィレスの腕を引き後ろに回避させる。

だがヴィノスの蹴りは効いたようには見えず、リオはその足をがしりと掴むと、そのまま振り上げ地面に叩きつけた。


「ぐっ!この……くそゴリラめ!」


触れた部分から氷結させようとしたヴィノスの動きを察知しリオは手を離すと、そのまま蹴り飛ばし着実にダメージを与えていく。


「いつもの威勢の良さはどうしたんです?」

「うるせぇな、猫呼ばわりされてるやつに言われたくねぇ」


フッと鼻で笑ったトルエノの挑発にそう返し、「猫じゃありません!」と言う抗議の声を無視したままヴィノスは一旦身を引く。

それと交代するように前に出たウィレスは先程のお返しと大鎌を大きく振り被りリオの無防備な首を狙う。


「私を忘れないで欲しいんだよねぇ!」


ウィレスの鎌は女性の声と共に何かに弾き返された。

それがレンカだと一瞬理解出来なかったのは、彼女が''見えない''からだ。

猫塚の言う空気の揺らめきというのは能力で透過したレンカの動きを捉えた表現である。

声の位置からここだろうとウィレスは大鎌を振るったが既にそこには居らず、舌打ちをしながら周りを見渡す。


「あら、よそ見してる余裕あるんだ」


ウィレスはブンッと空を切る音が聞こえ一瞬肝が冷えた。リオの拳を受け止めた大鎌はびきりと嫌な音を立て手から離れてしまう。

しかし武器だけで済んだ事に感謝するべきだろうと、ウィレスは先程のパンチの勢いを思い出し軽く後ろに飛び退いた。


「みんな気をつけて!分かると思うけど、彼のパンチくらっちゃったらその部分吹き飛んじゃうわよ!」


マリーの言葉が誰もが冗談で言っている訳では無いと理解出来る。リオが一撃一撃を放つ度に風圧で髪は強く後ろに揺れ、土埃が舞い、空気の振動が体に伝わる。

それに加えて、ターゲットにされていない者にまで伝わる殺意と圧は、彼が本気で相手を粉砕しようとしているのが嫌でも実感できた。


だが、その程度で臆する者たちではない。


「おら、ひび割れた部分は凍らせて補強しといてやる」

「はぁ……いらない世話だ、とりあえず受け取っとくけどね」


ヴィノスは凍らせ補強した大鎌をウィレスに投げ渡すと、あから様にため息を吐いた事にストレスゲージがぐんぐん上がる。

そんなヴィノスに向かって──猫塚は野球ボールサイズの爆発物を投げた。周りはあまりの急な出来事に対処出来ずにいる。


「いや、別に仲間割れじゃ──」

「ぎゃふんっ!」


爆発物はヴィノスに着弾する前に爆破する。

それと同時に間抜けな声が聞こえ、何も無かった空間にヴィノスに斬りかかろうとしていたレンカの姿が見えた。

ヴィノスは「あぶねぇー」と言いながらレンカにヤクザキックをお見舞するが、バックラーで防がれるとまたその姿が消える。

しかし、また同じように猫塚の投球はレンカにヒットする。


「やっぱり私、見えます!彼女は私にまかせて下さい!」

「頼もしいですね。猫塚さんに任せて、私達はあの筋肉バカに集中しましょう」


トルエノはそう言うとふぅ、と小さく息を吐き竜の姿へと変化する。誰もが猫っぽいと思う中、トルエノはリオに噛み付こうと飛びかかった。

リオは拳を後ろに引き構えたが、なにか迷ったような表情をすると構えを解く。


「リオ!?」


レンカはそれを見て己の体に触れて身体能力強化をすると、常人では出せないスピードでリオに覆い被さるように庇う。

トルエノの噛みつきはからぶったが、勢いを落とさずそのまま地に伏せる二人にしっぽを叩きつけた。


トルエノが尾を上げ一旦後退すると先程とは位置が逆転しており、リオがレンカに覆い被さりトルエノの一撃をその身で受けた。レンカはこれ以上迷惑はかけられないと一度透過しリオから離れる。


《舐めて戦っていたら、すぐに死にますよ》


起き上がるリオを見て、トルエノはそう言った。自分の攻撃をわざと受けようとしているようにトルエノは見えた。絶対に勝てると踏んでの態度だろうかと侮辱されたようで、頭にきている。


「おい、トルエノ!そんまま続けろ!」

「はぁ?」


ヴィノスが足を地面に叩きつけると、そこからリオに向けてつららが突き出ていく。なぜ命令されなくてはいかんのだと不本意ながら、ヴィノスの攻撃を避けたリオの着地点を狙いトルエノも前足で踏みつけようと振り下ろした。


「──っ」


それを片手で受け止めたリオの背後にウィレスが回るとリオの首にかけた大鎌を躊躇うことなく力ずよく引いた。


血飛沫でトルエノの白い毛並みは僅かに赤に濡れ、抗う力が弱まった瞬間にトルエノは再び前足を振り上げリオに叩きつけた。

衝撃で僅かに地面が揺れる中、姿を表したレンカが悲鳴をあげる。


「どけぇ!!ゴミがぁああ!!」


再び身体能力強化を己に付与したレンカは、トルエノに向かって素早く距離を詰め剣を振り上げ、リオにのしかかる前足を斬りつける。

簡単に傷つくはずのない硬化した体から血が滲んだのを見て、トルエノは後方に飛び退いた。


大鎌が直撃したのにも関わらず首がまだ繋がっていることに驚きだが、リオはまだ生きている。

冷たく彼を見下ろすウィレスはまだ足りないとばかりに地に伏せるリオに大鎌を振り下ろした。


「痛いなぁ」


そういうのんびりした声が聞こえ、大鎌は''素手で受け止められた''。

突き刺さる前に、その鎌を掴んだリオはぐっと手に力を込める。しかしヴィノスの魔術で補強された刃が簡単に割れることはなく不満そうな顔をする。


「まだ生きてたか、相変わらずの化け物だ」


大鎌を払ったリオは起き上がるとヴィノスの言葉を聞いてにっこりと笑った。褒め言葉だ、そう言われたようで気に入らないヴィノスは顔を顰める。


「てめぇ……」

「ん?」

「まだ女殴れねぇのか」


周りがリオに注目する中、彼は小さく笑うと「そうだねぇ」と考える素振りを見せる。


「殴る時は殴るよ、ブスとか」

「クズ野郎め、死ね」


ヴィノスが吐き捨てるようにそういうと、特に気にした様子もなくリオは斬られた首に触れる。レンカからの身体強化があったのと、すぐに殺気を感じ避けたおかげで死なずに済んでいる。


「5人相手はきついねぇ。氷猟に大剣ぶん回すお姉さん、殺意高いお兄さんに竜、それにレンカの透過見抜いちゃう女の子……。ちょっとマジで行こうか」

「大丈夫なの、傷……?」

「大丈夫大丈夫。じゃあレンカ、お願い」


レンカが頷いた数秒後、リオの皮膚が黒く染まり、体が徐々に大きくなってゆく。頭部からは角が生え、黒光りした体は硬化し、伸びた指先は刃物のように光を反射する。

左右非対称の赤い瞳が獲物を捕らえ、輝いたように見える。リオは元の主影もない本物のバケモノへと変化した。

枷を外したのだ。


「さぁ、ここから全部私達のターンだよ!」


剣を構えたレンカがそう宣言すると、リオは大きな咆哮を上げた。






──







ヴィノスは自らを狙うリオの拳を避けようと横に踏み出し、それを見たマリーは間に合いそうにないと分かると二人の間に入りそれを大剣で受け止めた。リオはその大剣を掴むとマリーから奪いじっと見つめる。

後退したマリーがどう奪い返そうかと考えていると、それはすぐに解決した。


ブンッと音を立てマリーに飛んできたのは、彼女が奪われた大剣。その首を飛ばさんと切っ先が迫る中、ヴィノスの生成した氷壁がそれを止める。


「っぶねぇ、セーフか」


そして標的は再びヴィノスに切り替わる。

魔族だとしても異常だろうスピードで距離を詰めたリオに対して、ヴィノスは氷壁を何重にも生成し拳を受け止めようとするが、それはいとも容易く破壊され、砕けた氷壁と共に殴り飛ばされ地に落ちる。


頭を打ちぐらりと揺れる視界の中、ヴィノスは立ち上がろうと手を地面につく。しかし、リオが休む暇を与えるはずもなく追撃しようとするが、トルエノの背を向けての突進でそれは阻止された。

トルエノは肩で息をしながら、限界だと竜の姿から人型に変化する。


「流石に枷をしたままでは……。レイヴン様には申し訳ありませんが枷を──」

「させないよぉ?」


いつの間に背後に回ったのか、レンカはその剣を力一杯トルエノの背に突き立てた。

トルエノは自らの腹から突き出した刃を見て、油断したと顔を顰め血を吐き血溜まりを作る。

更に痛みを与えるようにレンカが剣を捻り勢いよく抜くと、周りに血が飛び散り彼女は楽しそうに笑った。


「竜って簡単に死なないんだよね。じゃあ細切れにしても大丈夫かな?」


身体強化を施したその肉体が振る剣は強く素早い。

トルエノの上半身と下半身を分断しようと振られた剣は、大鎌によって受け止められる。

ウィレスはトルエノとレンカの間に入ると、レンカに向かって蹴りを飛ばした。それをバックラーで受けたレンカは後ろに飛び退き再び姿が見えなくなる。

満身創痍という状態でやっとふらつきが収まったヴィノスは立ち上がり必死に頭を動かした。



戦いが始まって十数分が経った。

状況は良いとは言えない。

枷を外したリオの身体能力は凄まじく、肉体の硬化の力に加え身体能力の限界突破。更にレンカの身体能力強化の力までが上乗せされ、ただの一般人なら殴られた衝撃だけで肉片と化すパワーを持つ。

そして元々素早かったレンカは透過の魔術により姿が見えず、追って対応することが出来ない。

リオの攻撃を避けるので手一杯なこの状況に、レンカの存在は脅威となる。



貧血気味のトルエノを支えたウィレスは周りを警戒した。レンカの姿は見えない。

しかし、この中で唯一レンカの姿を捉えられる者がいる。


「ウィレスさん、正面です!」

「──っ!」


言われた通りにトルエノを抱え飛び退くと、空を切る音と小さく舌打ちの音が聞こえた。

逃げられる前にとウィレスが前方に向かって大鎌を振るが、やはり受け止められ彼女を傷つけることは出来ない。


と、思われたが──ぴかりと僅かに光が見えたと思うとレンカが居るであろう場所に雷が落ちた。


「ぴぎゃっ!」

「竜を舐めてもらっては困りますね」


トルエノの顔色は良くないが、そう言うと姿を表したレンカを睨みつける。悔しそうな顔をしたレンカはトルエノを抱えたウィレスごとぶった切ろうと剣を大きく振りかぶった。


その隙をヴィノスは逃さずに、レンカの足元に手を向け氷を放つとそのまま身動きが取れないよう凍らせる。


「ちょこまかうぜぇんだよ!」

「このっ……!」


トルエノが手を軽く上げるとレンカの頭上には先程とは比べ物にならないほどの魔力がバチバチと音を立て、集結する。

これが落ちれば確実に戦闘不能になるだろうと確信を持ったトルエノが手を降ろそうとした時──


「うわぁっ!」

「ぐっ……あいつか!」


地面が真っ二つに割れたのではないかという程の衝撃に、皆がよろけ地に膝を着くとその原因に視線を向ける。

リオは勢いで地面に突き刺さった腕を抜くと軽く振り、地が割れた事によってレンカの拘束が解けたのを見て満足そうに頷いた。


もう少しでレンカを行動不能にし、少しでも戦況が良くなるはずだったとヴィノスは顔を顰めリオに向かってつららを放とうと手を向ける。


それを予測し殴り落とそうとしたリオは、急に動きが止まると口元を押え──びちゃびちゃと血を吐き始めた。


「リ、リオ!?」

「やっと来たか!あんだけ体に負荷かけといて反動がねぇはず無いんだよなぁ!」


よろけたトルエノの雷撃は当たることなく無事に済んだレンカは姿を消しリオの方へ駆け寄ろうと走り出す。

確かにヴィノスの言う通りリオにこれだけ身体能力の強化をしたことはなくいつ反動が来るかも分からなかった。自分を助けるために放った一撃で追い詰められたのだと、レンカは懸命に走る。


「このチャンス、逃しませんよ!」


猫塚は腕を大きく振りかぶり、手に収まる宝石型の護符をレンカが生み出す空気の揺らめきを捉え、彼女がいるポイントに投げる。投げた護符は僅かに軌道修正し、レンカに衝突すると大爆発を起こした。


「──っ!」


爆破によって地に転がったレンカはリオには到達できず、彼の前には大剣を取り戻したマリーが立っていた。

体から軋むような音を鳴らしながら吐血し続けるリオはそれでも膝を着くことはせずにマリーを見つめる。この期に及んでまだ女性を殴る事はしないようで、呆れた根性だとマリーは大剣を構えた。


「仲間をこれだけ傷つけられて、加減出来る性格じゃないのよねぇ」


マリーが大剣を振ると今まで刃が通ることのなかったリオの胴に1本の線が走り、返り血がマリーに飛び散った。


しかし、リオはそれでも倒れない。


「なっ──」


リオは素早くマリーをその大きな手で掴むと、ぎりぎりと力を入れていく。強い圧迫感に、耐えられずに折れる骨の音を聞きながらマリーは堪らず大剣を手から落とす。

死を予感したマリーからパッと手を離すと、そのまま興味が失せたとばかりにリオはゆっくりと歩き出した。


向かう先は倒れ込んだレンカ。それに気づいた彼女は悲鳴をあげる体にムチを打ち無理やり立ち上がると、リオに向かって走り出す。


そして──


「は?ぇ?ちょっと……無理無理無理ー!!ぺぎょっ!」


リオはその巨体のままレンカに倒れ込んだ。

どしんっと大きな音を立てリオは倒れると、その下敷きになったレンカは奇妙な声をあげ、ぺたりと地に伏せる。


「……やったのか?」

「それにしてはなんとも間抜けな終わり方ですね……」


ウィレスの言葉に彼に抱えられたままのトルエノはそう言い、もう大丈夫だと地面に降ろしてもらう。

リオの硬い外殻はボロボロと崩れ元の大きさに戻ると、その下でまだじたばたとしているレンカが救助を求めていた。

それよりも先に安否を確かめないといけないのは──


「マリーさん!」


猫塚は倒れて動かないままのマリーに駆け寄り様子を伺った。僅かに息はあるが気を失っており、早く治癒を施した方が良い事は明白である。


「ど、どうしましょう!?」

「とりあえず俺達は撤退だ、やるべき事は終わった。……後はあいつらに任せるしかねぇ」


ヴィノスはマリーを抱えるとレンカに視線を向け、舌打ちをする。知り合いでないなら殺していただろうが、これ以上何もしないと直ぐに背を向ける。


「群に救助を頼んでおく、それからどうするかはお前ら次第だ」


そう言い捨て、ヴィノス達は群に帰還する。

残されたレンカは気を失ったリオに潰されたまま、深くため息をついた。

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