第2話 黒いドレスが揺れる
──ウィツカトル公国
薄暗い街並みに一人、白い角の生えた少女、カイリが林檎の入った紙袋を持ち歩いていた。少し遅くなったな、と寒さに少し身を震わせ街灯に照らされる道を歩く。
ふと、向かいから女性の姿が見えた。
自分のことを棚に上げながら、こんな夜に女性1人で歩くのは危ないのではと思いながら進んでいく。
そして何故か女性はカイリの前で立ち止まった。深緑の髪に黒いドレスを着た女性の表情はベールに隠されて良く見えない。
「貴方……美しいお顔ね。ちょっと近くで見せていただいていいかしら?」
「え……顔、ですか?」
「ええ」
カイリは戸惑う。いきなり顔見せて欲しいなんてよく分からないし、正直変な人には近寄りたくないというのが本音だ。
しかし女性の有無言わさないような強い圧のようなものを感じ、渋々頷いた。
女性は嬉しそうに礼を言うとするりとカイリの頬に手を伸ばし顔を上に向ける。なんだか恥ずかしくなったカイリがぱちぱちと瞬きをするのを見て、女性さらに嬉しそうにしたように感じた。
じっくり見られたあとカイリは解放され、一安心すると紙袋を持ち直す。
「可愛らしくて、とっても気に入ったわ」
「は、はぁ……。じゃあ私はこの辺で……」
なんだったのだろうかと不思議に思うも、早く離れたいという気持ちが強くなりカイリは適当にあしらって女性の横を通り過ぎた。
その時、突然強風が吹き一瞬足を止める。
「では……貴方の首、頂戴します」
「──ぇ」
女性の声に振り向いたカイリは、目の前に迫る物が何か理解出来なかった。それ程のスピードで迫ったものが、カイリの首に向かって──
「らぁッ!」
ドンッとカイリと女性の間に大剣が落ち地面に突き刺さる。カイリはすぐに飛び退き女性から距離をとると護符を取りだし使用する。
するとカイリの手の中に両手杖が現れ、紙袋を抱えたままそれを構えるとあたふたと辺りを見渡した。
「な、なんですか!?不気味な女性に急に飛んでくる大剣……さては今日は厄日……?」
「大丈夫か!」
カイリに駆け寄ったチェリスはすぐに大剣を引き抜くと女性に向かって構えた。
ヴィノスが例の二人組にから情報を聞き出すまでここ周辺を見回りしようと、他の面々は動いていたのだ。
そこに襲われそうになっているカイリをチェリスは見つけ、駆けつけることが出来た。
チェリスは対峙する女性を観察する。
手に持つのは鉄扇。チェリス、カイリに敵意を向けられていても特に怖じける様子もなく口元は弧を描いている。
余程の強者なのか、あるいはこの状況を打破できる策でもあるのか、今は分からないがカイリを守ることが先決だと女性を睨みつけた。
「あらぁ?ナイト様のご登場かしら」
「ナ、ナイト!?そんな柄じゃないけど……守ることに代わりはないんだぜ!」
「ふーん。よく見れば貴方も素敵なお顔ねぇ」
話を聞いているのかいないのか、女性はチェリスを見つめると楽しそうに笑った。
するとチェリスに隠れていたカイリがひょこりと顔を出し改めて女性を見ると、ハッとした表情をした。
「もしかして……貴方が噂の首刈さんですか」
「んー、だとしたらどうするのかしらぁ?」
チェリスは「それストレートに聞くことなのか」と微妙な表情を浮かべると、女性の言葉を肯定だと受け取った。
それならば容赦はしないと、チェリスは指笛を鳴らす。
「お仲間でも呼んだのかしら?」
「さぁ?」
「なら、私も」
そう言い首刈は護符を取りだし使用する。護符は散り、特に何も起こることはなく静まりかえった。
その静寂はほんの一瞬で、すぐに遠くから女性の声が聞こえた。
「チェリスちゃーん」
「姉貴!」
「私も居るよー!」
視線の先にはマリーと猫塚が走ってこちらに向かっているのが見える。首刈はそれに自分が不利になりそうだと思ったのか大きく飛び退き鉄扇を構えた。
確かに4対1になれば不利だが、こちらにも策があると首刈は余裕の笑みを湛えた。手は打った、あとは時間を稼ぐだけでいい。ただ可愛い女の子を少し首チョンパにしたかっただけだが少々目立ちすぎたかと僅かに反省する。
話に聞けば群に首刈を討伐して欲しいという依頼が出ていたらいしので動きを控えるようにと言われていたが……。
「どうせあの金ピカ女王も暴れてるんだろうし私も……」
「金ピカ……?」
「ん?何か言ったかしらぁ?」
首刈の呟きを聞き逃さなかったカイリはそう聞いたが、首刈は何のことやらと気味の悪い笑顔を見せる。
「お話はそこまでぇ。残念だけど遊んでられるのも今日までよ、首刈さん」
「へぇ、可愛い弟さんの首が飛んでもそう余裕ぶってられるかしら──ねぇっ!」
首刈は鉄扇を振りかぶりカッとヒールの音を鳴らすとチェリスに向かって素早く距離を詰めた。
チェリスが反応するより早く彼の肩を掴み後ろに寄せたマリーは鉄扇の斬りつけを大剣で受ける。
いつも通りの笑顔に見えるマリーだが、誰にでも分かる怒気が彼女から伝わる。愛する弟に向けられた刃、それが許せるはず無かった。
「あらあら、怒ってるのかしら?醜いわねぇ」
「じゃあ貴方の事も怒らせてあげようかしらぁ?」
バチバチと互いの間に火花でも散っているかのように見えるほど双方の敵意が混じっている。
それを援護しようと驚いて固まっていたカイリも動き出す。
「それっ!」
杖を振ると宙に水の塊が浮かび上がり、それを更に斬るように杖を振ると水の斬撃が首刈に飛ぶ。
それに合わせてマリーが一歩下がり大剣で左から斬りつけると、首刈は相変わらず笑ったまま大きく飛び退き自分を中心に竜巻を発生させ全て跳ね返した。
「この──ッ?!」
チェリスが首刈に向かい大剣を振りかぶろうとした時、ドカンッと大きな音がなり、地響きと共に地面が大きく抉れる。瓦礫が空にまい、一瞬首刈の姿が見えなくなった次の瞬間──
「……あれ?」
首刈の姿は消えていた。
転移魔法でも使ったのかと思うほど素早く、残ったのは首刈がいた場所とチェリス達の間に出来た大きなクレーターと大量の瓦礫だけだった。
しかし皆が周りを見渡す中、猫塚だけはある一点を見つめている。
「私、見ました……!」
「何をですか?」
うーんとよく思い出そうとしている猫塚に、カイリはそう聞いた。視線が集まる中、猫塚は自信はないですがと前置きをして話す。
「人……でしょうか?正確には空気の揺らめきみたいなものが。その何かが首刈を連れ去るのが見えた……と思います!」
「空気の揺らめき……」
「はい!私、結構視力いいので!」
猫塚の見た方角に皆視線を向けるが、今はただ綺麗な三日月が見えるだけだった。
──
「もぅ!やめて欲しいね、こういうの!」
「まー無事回収できたし、いいんじゃない?」
首刈はリオに横抱きにされたまま、怒るレンカに特に何も言うでもなくにこりと笑った。
レンカは契約期間はなるべく大人しくしておくと言う約束を破られた事と、何より自分の愛してやまないリオにお姫様抱っこされているというジェラシーでギッと首刈を睨みつけた。
「レンカ。それより、もう群の連中動き出してるみたいだねぇ。どうする?殺す?」
「すぐ殺そうとするな!」
まぁ最悪死んでもらう事になるかもしれないなと契約内容を思い出しながらレンカは森を突き抜けるリオに着いて行く。
しかもその契約内容の中に次の隠れ家が確保できるまで、自分達の所に居候するというのもあるというのがあり、レンカは更に激おこ状態であった。
「あ、そう言えばこの間氷猟が来てたんだけどさ」
「んー」
「なんか色々首刈さんの事聞かれたんだよね」
「……ん?」
リオが急ブレーキで止まると、後ろにいたレンカはブッと間抜けな声を出しリオの背中にぶつかる。
「それで、レンカ何言ったの?」
「へへんっ、そんな簡単に情報を流すとでも?ちゃんと無言で目を逸らしておいたよ!」
「……はぁ。これだからレンカは……」
「お馬鹿さんだねぇ」とデコピンを貰ったレンカは何故だと額を押さえる。
レンカに一人で留守番を任せた時かとリオは失念しながらもう一度ため息を吐いたあと、ヴィノスの顔を思い出す。
彼が群に所属しているので警戒はしていた。どう首刈に関して聞かれても対処出来るようにいく通りも考えがあった。しかし……。
「ご、ごめんね……」
「いいよ、別に。彼が来たところで私が潰せばいいだけだし」
小動物のようにしゅんとしているレンカの頭をぽんとひと撫でした後、リオはニヤニヤと笑っている首刈を見て3度目のため息を吐くことになった。
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