掴みたかったもの

鳥の鳴き声が聞こえ、私は眠気と格闘しながらゆっくりと目を開いた。

何も無い空間。正確には天井が見えるのだろうが私にはそれが認識できない。

体を起こすと暫くぼぅっとして、やっと目が覚めてきた頃にサイドテーブルに置いてある首輪を手に取り身につける。

これがあってやっと無機物がある程度認識できる。と言っても見えるのはシルエットだけで何かと何かが重なっている場合は分からない。


ゴトッ


「……」


そう、今棚から取ろうとしたコップを落としたように、こういう事はよくある。

歯を磨き、顔を洗い、一息つくと洗面台の鏡を見る。鏡には自分は映らない。人のオーラが見えるはずの私は自分のオーラを見ることできず、何か半透明の何かがぐにゃぐにゃとして見える。自分は何色なのだろうかと気になる事もあったが、今はもう慣れてしまった。


軽く紅茶でも飲んで中庭でのんびりしようと1歩踏み出すと柔らかいものを踏み慌てて足をどける。


「ごめんねミーちゃん。おはよう」


「にゃー」とひと鳴きしたなめくじねこのミーちゃんは踏んず蹴られても特に不満そうにはせず私の体をよじ登る。

本当に変なオーラの生き物だ。たまに増えるので戻す作業が大変ではあるが、何でも食べるので世話はそこまで苦痛ではない。寧ろ癒しだ。


「はい、クッキー」


昨日作った残りのクッキーをミーちゃんに与え頭にこぼされた食べカスを払うと紅茶を入れる。

昨日は依頼を受けバタバタしたので今日はゆっくりしたいと色々頭で今日一日の計画を立てているうちにカップの紅茶は無くなった。


着替えを済ませ、ミーちゃんにお留守番を頼むと部屋を出る。予定通り中庭に向かうと、知ったオーラを見つけ足を止めた。


「いっつもあんたとは意見が合わない、うんざりだよ」

「貴様が我の話をすぐ流そうとするからであろう!」

「はぁ〜?」


ベールの着いた冠を被る炎の竜、ソリッド。そして黒に青の模様が入ったフルプレートアーマーを身に纏う召喚士、リアシアール。

二人とは共闘した中だがそこまで親しいわけではない。声をかけようかどうか迷っているうちに何故かコソコソと隠れてしまった。盗み聞きはいいことでは無い。


「いくら不老だからと言って死ぬ時は死ぬ!何故いつも無茶をする?!」

「はい、出た。だから──」


私はピタリと止まる。

不老。ソリッドは確かにそう言った。

私がそれに動揺して僅かに動くとソリッドがいつの間にか視界から消えていた。


「……なんだ、グランか」

「わっ!」


背後から声が聞こえ慌ててそちらを向くと視界から消えたはずのソリッドが立っていた。いつも彼が立ち去る時に使う謎の技だろうか、暗殺者っぽいなとどうでもいい事を考える。


「盗み聞きとは、感心せんな」

「ご、ごめんなさい。何だか入りづらい空気だったから……」

「……そうだな」


ソリッドは1度リアシアールの方見ると再び消えた。

リアシアールは不快そうにため息を吐いた後いつも通りの雰囲気に戻り私に近づく。


「いやぁ、嫌なとこ見せちゃったね。ついヒートアップして周りを見てなかったよ」

「……」

「ん?どうした?」


私はリアシアールを見つめた。どうしても気になる。もしかしたら私が欲しているものを、リアシアールは持っているかもしれないのだ。

しかし聞いていい事なのだろうかと私が迷っていると、リアシアールは私の肩に手を置く。


「さっきの話……聞いてたよね?」

「……はい」

「じゃあ忘れな。君にとっていいことは無いよ」

「……」


黙り込む私を残してリアシアールは立ち去って行った。結局何も聞けないまま私は可能性を逃したことが悔しかった

ベンチに座り、ぼんやりしながら考える。

不老の存在。リアシアールは元からそういう体質なのか、それとも誰かに与えられたものなのか……私はどうしても──


「可能性があるなら、それを掴みたい」


私は決意して立ち上がるとある人物に連絡をとり自室に戻った。




──






「てめぇ、俺様の事なんだと思ってんだ」

「便利屋」

「チッ、確かにそういう体で動いてはいるが……てめぇに言われると腹立つな」


向かいの席に座るヴィノスは苛立っているのか貧乏ゆすりが止まらない。情報に困った場合はかれに頼るのが一番楽で確実だ。……しかしお財布には優しくない。


「それで、てめぇに言われた事調べてやったぞ。讃えろ」

「はいはい、どうもありがとう。それで?」

「調べるの面倒だったんだぜ?で、てめぇの言ってた事は本当らしいな。そんで、あいつは元から不老だった訳じゃねぇ。そう言う技術があるんだろうよ」


以上だ、とヴィノスは私に向かって手を出す。私は渋々報酬金を渡すとヴィノスはそれを丁寧に数え頷くと立ち上がる。

そのまま立ち去るかと思っていたが、彼は出された紅茶にようやく手をつけ舌打ちをうつ。


「それ知ってどうすんだって……まぁ予想は付くがな。やめとけ」

「何で貴方に指図されなきゃいけないの?これは私が決めることよ」


ヴィノスは黙って紅茶を飲む。暫くの静寂が場をつつみ、私はそれに耐えきれず大きくため息を吐くと立ち上がる。

身支度を済ませ、弓を取り出すとそれを肩にかけドアノブに手をかけ振り返りヴィノスに視線を向ける。


「必ず見つけ出す。私は諦めない」

「はぁ……。白辰だ。それ以上は言えねぇ」


十分だと頷くと私は部屋を後にした。




──




「……数時間前の私を恨むわ。もっとラージェンから聞き出しとけばよかった」


白辰などと言う広範囲の中から少ない情報を頼りに探すなど無謀だったとため息を吐く。何よりよく知らない土地で一人でというのが精神的にくる。

リアシアール・ノヴァリア。素顔さえ知らない人物の秘密に迫るのだ、それなりの覚悟がいるとは思っていたがこれ程とはと死んだような顔で街を歩いた。


「ちょっと休憩を挟もうかしら……」


流石に一日で見つけ出そう等とは思っていないが、出来るだけ頑張りたいと気張っていたせいで疲労がどっと襲ってくる。私は飛び上がると人気のない場所を探し飛んだ。


そしてとある海岸で、ある人物と出会うことになる──。





──






『見たことが無いかもしれないが、これは俺の枷だ。君が持っててもいいだろうからな。君にこれを渡しておこう』






「〜♪」


私は左手首に嵌る腕輪に触れ鼻歌を歌う。

アグニオス・ディザイア。彼との戦闘後暫くしてレイゴルトから貰ったものだ。

魔族、竜族は自らの枷のある位置が感知出来る。これを私に渡したという事は心配してくれているのだろうかと嬉しくてスキップまでしそうだ。


さて、白辰で不老の技術を探して一週間程度が立った。

何ヶ月、いや何年かかってもいい。とりあえず今日も気合いを入れ聞き込みして回るかと出かけようと扉を開けると、ゴッと鈍い音が聞こえた。


「──いった」

「わっ……ごめんなさい!大丈夫……?」


扉に顔をぶつけたらしい。その割には痛そうには聞こえない声でそう言ってため息を着いたあと部屋の鍵を閉める私を見る。

しかし何処かで聞いた事がある声だ。誰だったかと私が悩んでいると、彼の方から名乗ってくる。


「久しぶりだな、私を覚えているか?レイの同僚のリール・ベリテルだ」

「アルストレイさんの!そう言えば一度あった事が……」


例の幸せのツボ事件の時にあった事が会ったなと思いだす。私になんの用だろうかと疑問に思っていると、リールの感情のオーラが複雑な色をした。


「キミが白辰で調べている事について、話がある」

「──なんでそれを」

「あれだけ堂々と聞き回っていたら嫌でも噂を聞くだろう」


目つきが悪い白髪の翼人が不老の技術について聞き回っていると少し噂がたっているらしい。確かに隠す気なく調べてしまっていたなと反省しながら、それでとリールに問いかける。


「私は君の求めているその技術の研究所を知っている」

「なら──」

「その前に、君が何故不老になりたい教えてくれ。

その若い姿のままでいたいからか?それとも何か叶えたい野望の為に時間が欲しいからか?」


確かにずっと若いままの姿で居られたら嬉しい。

でも違う。

叶えたい野望はある。

だが違う。


私はただ──


「愛する人と少しでも長く共にいたいだけよ」


本当にただ、それだけだ。


リールはそれを聞いてどう思ったのか、感情の変化はない。

「そうか」と小さく言うとため息を吐き、少しの間黙り込んだ。


おかしいだろうか、そう思うのは。

レイゴルトは不老不死の存在であり、白星がその力を消さない限り永遠に生き続ける事が出来る。

しかし私はいつか死ぬ。長くても百年、彼にとっては瞬きの間の時間だろう。


私は……彼に忘れられる事を恐れている。

一緒に居たいと言うのも勿論間違ってはいないが、この心に留まる不安はそれだ。

無いと思いたい。しかし確実に無いとは言えないのかもしれない。不安は彼と結ばれてより大きなものとなった。

ただ追いつこうとがむしゃらに走っていた頃と隣を歩くことで見える幸せは、不安は、違う。



「君は弱いな」

「……ええ、そうね」


見透かしたようにそう言ったリールの言葉を否定することはせず、私は頷いた。


「君はそれを手に入れて、何か大きなものを失うだろう。強大な力とはそういうものだ。」

「……分かってる」

「……では、研究所に案内する。

最後に確認するが……本当にいいんだな?」


彼は私に手を差し出した。

迷いはない。私はその手を──


「──っ」


伸ばした左手が止まる。

手首に嵌る腕輪が光った気がしたのだ。

当然そんな事などない。光の反射を私は見ることの出来る体ではない。

では何だろうか、何が私の手を止めるのだろう。




──私は手を下ろした。




「……それが君の決断だと私は判断する」


無言で立ったままの私にそう言ってリールは去っていった。

彼が視界から消えたあと、私はその場にしゃがみ込む。

結局何がしたかったのか、欲しかったものが手に入ると分かった途端に迷い、分からなくなってしまった。


「何がしたいのよ……私は……」




──






「いやぁ、悪かったね。俺には演技とか向いてなくてさ」

「……しかし、あれでよかったのか?」

「うん。……グランならそうすると思ったから」

「レイ、何故振られた女にそこまでするんだ」


そう不満げな顔をするリールに俺は困ったように笑う。


リールは不老技術の研究所など知らない。

グランが白辰でそれを探していると知った俺が、彼女の覚悟を確かめる為に嘘をついたのだ。

俺の思った通りグランは最終的に迷い、それから手を引いた。


「リールが言った通り、もしグランが不老になったら彼女は何が失っていただろうね。それをグランも分かったんじゃないかな」

「……私の質問の答えになっていないぞ、それは」

「ははっ、だって答える気ないもん」


どうせ言っても君には分からないよと笑う俺の脇腹をどついたリールは顰めっ面のままどこかへ行ってしまった。

恐らく自分の研究所に篭ってまた謎の実験を始めるのだろう。


「好きだった人の背中を押してあげたいのさ」


俺はそう呟き遠くでしゃがみ込んだままのグランを見て慰めに行くこともせず、その場を後にした。





──





いつ部屋に戻ったのだろうか。

気づいたら座ってベッドに顔を伏せたまま、寝てしまっていたようだ。

暫く呆けているとノックの音が聞こえ、私は髪を軽く整えたあと急いで扉を開けた。


「よぉ」

「……」

「待て、無言で閉めるんじゃねぇ」


そう言ったヴィノスは借金取りさながらドアの隙間に足を挟むと、扉を掴み何の遠慮もなしに部屋に入ってくる。

今は止める気力も怒る気力も無い。何も言わずにとりあえず紅茶を用意して、偉そうに足を組んで座るヴィノスの前に差し出した。


「前までの威勢はどうした?」

「……それより、何の用?」

「おう、てめぇに残念なお知らせだ」


残念とか言う割にはオーラが楽しんでいる事を物語っている。これだからこいつは……とため息をつくとそれを察したのか鼻で笑われる。


「てめぇが必死になって探してるもんがもうこの世にはねぇ事が分かった。あ〜残念だなぁ?」

「ぇ……」


どういう事だと口を挟もうとするとヴィノスは話を続ける。


「確かに不老の技術は白辰にあった。だがその研究施設は研究結果の資料や諸々が施設ごと消滅している。ひでぇ状態だったぜ、実際行って見てきたが」

「……酷い状態って?」

「あん中から資料一つ見つけられたら拍手喝采のレベルだ」


何故だろうか、落胆する気持ちはなかった。

リールの手を取らなかった時から、もう自分には必要ないと思っているのかもしれない。

自分でも自分の気持ちがまだ整理出来ずにいる。


「研究員と十数人の被検体が姿を消した。その被験体の中には唯一成功例がいたらしい。まぁご存知の通り……リアシアール・ノヴァリア、あいつの事だな」

「……」

「で、本人に聞いたら、『施設がない?あー、知ってるよ。だって破壊したの私だしね』……だとよ」

「へぇ……、ぇ、本人に聞いたの!?」


ヴィノスは偉そうにふんぞり返っている。

何故自分には教えてくれなかったのにこいつはいいんだろうと不満に思いながらも、もう不老の力を手に入れることが出来ないと分かったことに複雑な気持ちでいた。


「……最初は絶対手に入れてやるって思ってたの」

「……」

「でも、いざその可能性を掴めるって分かった時、私は……」


怖気付いたのか。いや、そうじゃない。

私は、私はちゃんとただのグラン・アーテルとして。


「与えられた命を、ただの私として生きたい」

「はぁ……。要らねぇのか、あいつとより一緒に過ごせる可能性は」

「ええ、要らないわ」


私はしっかりと頷く。

ヴィノスはそれを見て立ち上がると鼻で笑った。全くいつもの態度の悪い失礼なやつだ。


「まぁ、そう決めたんならそれでいいんじゃねぇか?」

「……色々助かったわ、ありがとう」


ヴィノスの感情が少し動揺の色を見せたあと、彼は何も言わずに部屋から去っていった。

静かになった部屋に私だけが取り残される。私は大きく深呼吸をした後、寝る支度を始めた。

ミーちゃんを抱き上げベッドに一緒に寝転がる。


「こうやって悩む時間も、必要だったのかもしれないわね」


そう呟いて、私は目を閉じた。

そしてまたいつも通りの朝が来て、いつもの通りの日常が私を迎えるのだろう。



『掴みたかったもの』

ーただの日常を過ごしたいー END

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