二人の戦士
「はぁっ!!」
『グォオオアアァア!』
斬って斬って、また斬って……しかし魔物は倒れない。
かなりダメージを負っているのか時折低い声で唸るところを見ると、もう少しかもしれないと期待するがダメージを負っているのはこちらも同じだ。
「しぶといヤツめ……」
依頼を受けたのはいいが少々難易度が高かったかとため息を吐いた。しかし撤退の二文字はないし、こんなところで命を散らすつもりもない。
逃げたくないというのは単なる我がままだが、譲れないものというのが人にはある。
「勝利は我が手に」
赤い薔薇の飾りがついた剣を構えなおすと、魔物と睨み合う。
こいつを倒した暁には報酬金でたらふく飯を食ってやろうと意気込むと地を蹴り魔物に斬りかかる。
鋭く硬い爪でそれを受け止められるとすぐに後退し、爪で切り裂こうとしていた魔物の腕を逆に斬りつけた。
戦うものとして、人間は劣等種と言えるだろう。
だが、そんな不利を凌ぐだけの意志が私にはある。
「情けない、このような軟弱な魔物ごときに苦戦するとは」
私を喰らおうと大口を開き向かってくる魔物に鼻で笑うと持っていた剣を魔物に向かって投げた。
くるくると回転しながら自らに向かう剣を魔物は爪で払う。
剣に意識を向けていた魔物は私が視界から消えたことに気づき、そして──
「もう遅い」
魔物の側面に回った私は左に下げていた剣を抜き魔物の首に突き刺した。
叫びをあげながら暴れる魔物に対して、ぐぐっと更に深く突き刺すように力を籠める。
だが、早くしないとこちらも危ないと焦る気持ちが油断を生んでしまう。
「がっ!!」
『グオアァアッ!!』
暴れまわる魔物の腕が腹部に直撃し、体が宙を舞うと地面に叩きつけられる前に受け身を取り少しでもダメージを軽減させる。しかし、武器を失った。
一つは地に転がり、一つは魔物の首に刺さったままだ。
「護符はこれで最後か……」
アイテムを入れていたウエストバッグから最後になった護符を使用して傷を癒す。
レンディエールの回復魔法が込められた護符だ。もう回復手段はないぞと自分に追い込みをかけると再び魔物と対峙する。
まずは剣を取り戻すところから始めなくてはいけない。
地面に転がった剣を目だけ動かして位置を確認すると、足元にあった小石を蹴り上げ手に取り魔物に投げる。
ほんの一瞬でいい、隙ができた瞬間走り出しスライディングしながら剣を取り戻す。
魔物は小石をすぐに払うと、私を踏みつけてきた。
「―うぐぅっ!」
強烈な痛みが走る。
しかしここで終わりではない。さらに踏みつけようと足を上げた隙に横に転がり回避するとすぐに立ち上がり剣を構える。
しかし左腕に痛みを感じ、思わず剣を下げた。普段から身に着けている金のガンレットが破損している。それだけのダメージを負ってしまったのだ。
(利き手をやったか……だが右でも……!!)
剣を二本持つようになってからは右利きでの戦闘訓練もしている。
当然全力が出せるわけではないが、無抵抗のままやられるわけにもいかない。
愛刀を右に持ち変えると覚悟を決める。
(敗走は恥ではない。好ましい選択ではないがな)
相手も手負い、放置しても恐らくそのまま死ぬだろうと傷の具合からそう考えると、逃走ルートを思案する。逃がしたとしても周りに害はない。
あるとしたら私の今日の夕飯が超絶貧相になるぐらいだ。
(身を隠すスキルなどない。ここは一撃くらわして―)
『ギャオォオオッ!!』
「─!?」
対峙していた魔物はどしんと大きな音を立てて倒れた。砂埃が舞い私は軽く咳き込みながら何が起こったのかと剣を構える。
二体目の魔物だったのなら本当に全てを捨てて脱兎のごとく逃げた方がいいなと苦笑いを浮かべるが、魔物の脳天には黒に金の装飾が施された立派なランスが刺さっており、血で濡れている。
「……待て、あのランスには見覚えが…」
馬の走る音が聞こえ、すぐに振り返ると一人の騎士が乗馬したままこちらを見下ろしている。
「お前だったか、ロザリエ」
「アークノイツ……」
シーン……と場が静まり返る。
お互いにそれ以上何も言わず、馬から降りてランスを回収しているアークノイツを見ながら周りに魔物の気配がないのを確認するとどさりと座り込み大きく息を吐いた。
無事勝利した……が、止めの一撃は私がしたことではない。群にはどう報告しようかと悩んでいるとアークノイツがいつの間にか傍に立ち手を差し伸べている。
「要らん、一人で立てる」
「人の好意を無下にするとは……嫁の貰い手がなくなるぞ」
「それこそ要らん心配だな」
鼻で笑い立ち上がるとスカートについた汚れを払い剣を一振りし鞘に納める。そしてもう一方の剣を回収しようと魔物の死体に目を向けるが、首に刺さっていたはずのそれが無かった。
「探し物はこれか?」
アークノイツはさっと私に剣の柄を向け差し出す。
先ほど自分のランスを取った時に一緒に回収してくれたのだろう。しかし私は受け取れずにいた。
正直昔からの癖なのか、彼に借りをつくるのは好きではない。それが小さなものでもだ。
「……ここにはお前を叱る親はいない」
「抜かせ。私は親を気にして怯えたりはしない」
嘘だ。
確かに昔は親に対してそういう念はあった。
リーベス家は先祖代々戦士職についている。故に当然のようにロザリエも戦士として教育され、その教えは厳しかった。
特に同じ境遇にあるロストル家とは恐ろしく仲が悪かった。
ことある毎に競わされ、負ければ勘当だと怒鳴られ、死に物狂いで戦った。
それは剣の腕だけではなく、魔法知識や雑学、テーブルマナー、時にはコレは戦士として必要ないだろというものまで競わされる始末。
「……お前にパンを貰った日があっただろ」
「パン……ああ、よく覚えていたな」
ある日偶然遭遇し戦闘になった時、私が途中で空腹で倒れた時があった。
彼は負けた私をあざ笑うでもなく、そのまま放置するわけでもなく、自分の昼食であっただろうパンを私に食べろと与えたのだ。
情けは要らんと断った私の口に無理やり突っ込まれたパンは、正直とても美味かったのを覚えている。
「あの時、ついでに果物もくれた」
「そうだな」
アークノイツは私の昔話を遮ることもなく、ただただ聞いている。
高身長の彼を見上げると、その瞳を見つめた。
「……すまなかった」
「何がだ」
「あの果物、結局食べられなかったんだ」
「それは…どういうことだ?」
果物を家に持ち帰った私に、両親は勿論出所を聞いてきた。予想がついていたのだろう。
アークノイツから貰った物だと私が正直に話すと、父親はあろうことかそれを取り上げるとごみに捨てたのだ。父は私がアークノイツに借りを作ったことに腹を立て、私はその日トラウマになる程の説教を受けた。
「実は……」
「いや、言わなくても理解した。逆の立場になった場合を考えればな分かる事だったな」
「そうか。……私はリーベス家に生まれた事を不幸だとは思わない。どれだけ教えが厳しかろうが、お前と競わされようが、私は両親が好きだ」
そう言って、私はやっと彼の手から剣を受け取ると鞘に納めた。
結局何の話だったのだろうとアークノイツが不思議そうにする中、しかし、と話を続ける。
「お前に借りを作りたくないのは私の意思でもあるな」
「借りぐらい、人が生きるうちにいくらでも作るだろう」
「お前限定で嫌だ」
なんだそれはと眉間にしわを寄せたアークノイツに、私は笑う。
両親の厳しい教えでここまで成長できたのもまた事実、謝られでもしたら私は過去の自分を否定されたように感じるだろう。
家族とのいざこざなど、どこの家庭でもあるだろうと思いながら家族の話をしたせいで少々実家が恋しくなったなと私は踵を返す。
「行くのか」
「ああ、依頼完了だと報告しなくては」
最後に止めを刺したのはアークノイツだし、彼が来なければ依頼は失敗に終わっていただろう。
大きい借りを作ってしまったとげんなりしながら群に戻ろうと歩き出した私の前を再び騎乗したアークノイツが遮る。
「なんだ、報酬の交渉か?」
「違う。確かに止めを刺したのは俺だが、お前が瀕死まで追い込んでいたお陰だろう」
「では何の用だ」
アークノイツは私に手を差し出す。
恐らく馬に乗れという事だろうが、こいつちゃんと私の話を聞いていたかと呆れたように溜息を吐き手を払う。
借りを作りたくないと言ったばかりだろうと怒鳴ろうとするが、一歩も譲らなさそうなアークノイツの表情(いつもと変わらん無表情だが)を見て二度目の溜息を吐くと、彼の手を取り騎乗する。
「おい、この馬大丈夫なのか?」
「トゥルーナだ。大丈夫というのは何についてだ」
「フルプレートの大男に加えて私まで乗せるんだ、重量制限というものがあるだろう」
それを聞いてアークノイツは青毛の馬、トゥルーナの手綱を握ると心配ないと一言私に告げる。
確かに体格もよく、関係ないがつやつやの黒い毛は綺麗に手入れされ主人に愛されているのだろうと思わせるだけの外見をしている。
「では行くぞ」
「ああ」
落ちないようにアークノイツにしがみつくと彼は馬を走らせる。人を後ろに乗せる経験は多いが自分が後ろに乗るのは滅多にないなとその斬新さに楽しい気持ちになった。
「ロザリエ」
「なんだ」
風の音にかき消されないように声を張り上げながら彼の言葉の続きを待つ。
「貸し借りが気になるのなら、報酬金で何か奢ってくれないか」
「……承知した」
気を使われてしまったと複雑な気持ちだったが、まあ良いだろうとおすすめの店を脳内検索する。
彼の目論見などお見通しだ。昔と変わったなとアークノイツの背を見ながら思う。
「お前、こうやって無理やり貸し借りを繰り返すことで、私のこの借りを作りたくないと言う無駄な意地を無くさせようとしているだろ」
「……さあな」
「だとしたら……」
彼は変わった、なら私との関係も変わるのだろう。
「成功するかもしれんぞ」
「そうか」
好敵手として競い合う、互いを高めあえるようなそんな関係に。
この鉄仮面男に恋の事情でも聞いてやろうと企みながら、私は小さく笑った。
『二人の戦士』
―頼もしい仲間として― END
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