それは運命なのか

「だから、人を待ってるんだってば!!」

「そう言わずにさぁ、ちょっと遊ぶだけだから」


よくある光景だ。

俺は数メートル先で起こっている小さな騒ぎを見ながらそう思った。

曽我色の髪のハイポニーテール。黒とオレンジ色の服を着たつり目の遠目でよく分からないが、恐らく美人の女性は如何にもと言うような男に絡まれていた。相手はガタイがよく強面、誰も助けに行かないのも納得だと遠くから様子を伺う人々に自分も同じだと内心頷いた。

それが賢明な判断。見なかったことにするのが一番だと。


「あ、来た来た。遅いよもうっ!!」

「……は?」


あろうことにも女は俺を見つけると声をかけブンブンと手を振りアピールしてくる。女は絡む男に見えないように口だけで助けてと俺に言う。

力に自信はない。もし喧嘩を売られたなら100%負ける。

無視するのが最善だと、それが一番なのだと先ほど思ったばかりだ。

それなのに──


「待たせて悪かった。いつもと恰好が違ったから気づきませんでしたよ」

「ほら、私彼と待ち合わせてたの。だから貴方とはいけないわ」


何故助ける道を選んだのか。自分でも分からなかった。

強いて言うなら、近くで見ると女が結構自分の好みの容姿をしていたことだろうか。

ごめんなさいねと男に言ったポニーテールの女は俺の傍まで来ようとする。しかし諦めの悪い男は女の手首を掴むと自分のもとに引き寄せた。


「おいおい。あんま俺に恥かかせんじゃねぇよ」

「ちょっと、離して…!!」


俺は咄嗟に手を伸ばし男の胸倉を掴むと睨みつける。

幸いにも俺自身体格がよく大した力はないがこうやって睨むだけで相手が勘違いしてくれる事が多い。今回もそれを期待したが…相手が悪かった。


「俺様に喧嘩売ってんのか…ふざけんじゃねえよクソがぁ!!」

「──ぐっ!」


女は離されたが男は逆に俺の胸倉を掴むと頭突きをくれた。ああ、最悪の事態だ。

痛む額を抑え反撃をしない俺を見ると男はいい気になり更に追撃をくり出そうとする。

適わない。腹部を蹴られ、倒れこんだ俺に追い打ちとばかりに何度も何度も蹴りつけてくる。


「くそっ、くそがっ!!」

「─、っ…!!」


助けなければよかった、こんな状況になっても不思議とそうは思わなかった。

せめて今のうちに女が逃げてくれればと思いながらその痛みに耐える。


「くそは…あんたの方よ!!」

「は、ぇ…ぎぇっ!!」


蹴りが止まり、どさりと音がなると男が俺と同じように地に転がった。

何が起こったのか。

男の頬には殴られた跡があり、口の隙間から覗く歯は数本折れていた。

俺はよろよろと立ち上がり倒れそうになるが、女がそれを受け止める。


「ごめんなさい、こんなになるとは思ってなくて…」

「それより…」


倒れた男を見る。

まさかとは思うが…


「貴方がやったんですか?」

「…うん。まぁ…私が」


女は恥ずかしそうにしながら頷く。女性がこんなに腕力が強いのが自分自身良いとは思っていないらしい。

しかし、俺は―胸のときめきを感じた。


「俺は素敵だと思いますよ」

「ぇ、そう…ほんとに?」

「ええ、本当です」


それににこりと笑った女はありがとうと小さく俺に言った。

気絶したままのナンパ男を放置して、俺は彼女の手を引くと歩き出した。

この機を逃したら、もう二度と会えないかもしれないと焦る気持ちが抑えきれずにいたのだ。


「な、なに?」

「俺と待ち合わせをしていたんでしょう?」


俺のしていることはさっきのナンパ男と何ら変わりはない。

しかし彼女は嫌がる様子はなくただただ俺に抵抗せずにいる。




─その時、お互い運命だと感じていたのだろう。




適当に喫茶店に入るとお互い自己紹介をする。

彼女はリベル・フォーリス。戦士…らしい。

らしいというのは彼女は戦士として生きていきたいらしいが、剣も弓も槍、斧等々色々試したがどれもしっくりこなかったらしい。


「へぇ、アイネストは融合種の魔族なんだ。凄いね!」

「俺一人では何の力にもなりませんよ。その辺の一般人と一緒です」


軽く俺の話もすると、彼女は興味津々に俺の話を聞く。

リベルは何か考えるようなそぶりを見せると、身を乗り出した。


「ねえ、契約者は?」

「…居ません。適正値の問題もありますし、なかなか見つからなくて」

「じゃあ私が契約者になる!」


リベルは俺の両手を取るとその大きな瞳で見つめてくる。

確かに、会ってまだ間もないが彼女は強いし契約者になってくれるのならこれ以上ない喜びだ。しかし言ったように適正値の問題があると彼女に伝えると、リベルはにこにことしたまま笑っている。


「大丈夫だよ、私達なら」

「何故そう思うんですか?」

「勘!!」


彼女は自信満々にそういうと胸を張る。いや、何も威張るようなことはしていない気がするがと思いつつも、彼女が言うのならなんだか本当に大丈夫な気がするとこちらも釣られて笑顔になる。


「じゃあ早速契約しに行こう!」

「い、今からですか!?」

「善は急げだよ、ほら早く早く!」


彼女は嬉しそうに頼んだオレンジジュースを飲み干すと会計を済ませ俺の手を引き喫茶店を出る。

群れの施設までそう遠くなく、役人の立会いの元俺たちは契約した。

あまりにも早い。急展開に俺は流されるように契約して完全にリベルのペースに飲まれているなとため息を吐いた。しかし嫌な気分はしない。


「契約って案外簡単なんだね」

「ええ、でも問題は──」

「適正値」

「そうです」


融合種について歩きながら軽く説明する。

彼女はうんうんと変わらず笑顔で聞いているが、どうも見た感じ聞いてことを右から左に流しているように感じる。俺がしっかりしなくては…。

そうこうしているうちに目的地に着いた。

訓練所だ。


「さあさあそれで…融合ってどうやるの?」

「さっき説明したじゃないですか…」


やはり聞いていなかったかと呆れながら再び説明する。

それになるほどと頷いたリベルは訓練所の真ん中に立つと大きく息を吸った。俺は彼女と向き合うと同じようにする。

これで失敗したら彼女とはどうなるのだろうかと不安に思いながら、俺は顔を伏せた。


「大丈夫だよ」

「…そうですよね」


彼女の明るい声に顔をあげると、相変わらずのにこにこ顔で俺を見ている彼女に勇気をもらう。


意識を集中させる。


──彼女と一つに…


体が薄く光ると半透明になりリベルに吸い込まれるように彼女の体と重なる。閉じていた眼を開けると、恐らくリベルが見ているだろうものが同じように見える。

彼女を身近に感じる。


「これが融合…」

『成功した…!!』

「やったぁ!!」


そして俺達の左右には大きな拳型の魔力の塊が浮かんでいる。

リベルが腕を前に出すと、その拳も同じように動いた。思うようにそれが動くのが分かるとリベルは少し離れた場所にあった木人形に向かって走り出すと拳を大きく振りかぶる。


「よいしょぉ!!」


どかんと音が鳴り、魔力で出来た拳が木人形に衝突すると粉々に破壊した。

その破壊力にお互いにおおっと声をあげると、リベルは唐突に大声で笑いだし崩れるように座り込む。


『リベル?』

「これが私の…私達の力なんだね」


リベルは拳を強く握る。

戦士として戦えることに、彼女は心から喜んでいた。それが自分にも伝わり、俺は微笑む。何の武器が使えなくても、彼女にはその拳がある。


「私はこの拳で悪を砕く!!」

『貴方がそう望むのなら、俺も力を貸しましょう』

「…ねぇ」


融合を解くとリベルは俺を見上げて笑みを浮かべた。それに俺も微笑み返すと彼女は再び俺の両手を自らの手で包む。俺より一回り小さいその手はとても暖かい。

彼女の瞳を見つめ、言いたいことが分かる気がした。俺も口を開こうとするが、同じタイミングで彼女も言葉を発しようとして二人で笑いあう。


「好きになっちゃった」

「…俺も同じ気持ちです」


会ってまだ一日も経っていない。

お互いの事もまだ詳しくは知らない。


しかし好きだという気持ちが確かにこの胸にあるのだ。


「……まずデートから始めてみる?」

「…そうですね」


こくりと頷き俺達はどちらからともなく手を握ると、訓練場から出て行った。



『それは運命なのか』

―そうだと俺は信じた―  END

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