記念日の悩み事


『いつかの未来』同様、ソリリアの話。



────



リアシアールは悩んでいた。


「うーん、ソリッドと付き合って一年か…」


共に大切な人を守ると誓い、百数年の月日が経ち、ちょうど一年前思いが通じ合ったのだ。しかし、付き合ったからと言って特にお互いに変わりはなく、ただ変わった事と言えば帰る場所が同じになったという事ぐらいだろか。


「キスもあの日以来してないし、同棲っていうより同居だなぁ」


はあ、とため息を吐くとテーブルに頬杖をつく。

別に不満があるわけではない、むしろ幸せだ。しかしそれは彼も同じだろうかと最近考えるようになっていた。

自分と相手が無性でなければ今頃体の関係があったのだろうか。子を望んだのだろうかといらぬことまで考えてしまう。


「ほんと、大嫌い」


そんな自分が、嫌だった。





──





「なんてことだ…」


ソリッドは悩んでいた。

暗殺者ゆえに気配を消すのは得意だ。そうしなければ仕事にならない。いや、今はそんなことはどうでもいい。今大切なのは先ほど聞いたリアシアールの言葉だ。

リアシアールと付き合って一年。少々浮かれていたソリッドはリアシアールを驚かせようと気配を消し背後から近づいていた。


「ソリッドと付き合って一年か…」

「(ほう、こやつも覚えていたか)」


それに嬉しく思いなんだかこそばゆい気持ちになる。なんと声をかけようかと考えながら、ゆっくりゆっくりと近づく。


「キスもあの日以来してないし、同棲っていうより同居だなぁ」

「(何?そんなことを気にしていたのか)」


てっきりリアシアールはそういう事は望んでいないとばかり思っていた。彼女が望むのなら口付けだろうが愛の言葉だろうがいくらでもあげようとソリッドはリアシアールを抱きしめようと腕を伸ばす。

しかし──


「ほんと、大嫌い」

「──っ」


ソリッドは咄嗟に技を使用して家の外に出た。

ドキドキと心臓が早く脈打ち、胸が痛む。こんな感覚は初めてだと顔を顰め胸元を抑えた。大嫌い、その言葉が頭の中で繰り返される。


「な、なにがいけなかったんだ。愛情表現が足りんかったのか…」


確かに付き合う前と今は特に変わった事はない。お互い家では顔を隠さなくなったぐらいだろうかと考えながら扉の前でうろうろとしていた。

そう言えば初めて聞いた自分と付き合う決め手となったのは顔だと言っていたなと思い出しながら、顎を摩り凛々しい表情を作ってみる。

暫くその場で百面相をしているとガチャリと音が鳴り扉が開いた。


「おわっ、びっくりしたぁ!!」

「リアシアール…」



『大嫌い』



「──い、今帰った」

「おかえり。なんか外から変な気配がするってアルビスが言うから」


そう言ったリアシアールの足元には影で出来た召喚獣、アルビスとクラージェが控えていた。もし不審者だったら撃退するつもりだったのだろう。


「アルビス、ただのソリッドじゃん。変な気配って何?」

「いや、彼女は正しい……のだと思う」

「どういう意味?」


何でもないと呟くと不思議がっているリアシアールをよそに家に入り手甲を脱ぎテーブルに置いた。コートを椅子に掛け、その隣の椅子に腰かけ身を預けると大きく息を吐く。


「ははっ、おじさんみたい」

「……」


口元に手を当て、ソリッドの様子を笑うリアシアール。それを見てソリッドは顔をそらした。大嫌い、そう自分に対して思う人がこんな笑顔を向けるだろうか、もしかして演技なのだろうか。リアシアールは自らを偽るのが上手い。それを考えると何もかもが嘘に感じた。


「ソリッド、どうしたの?」

「……今日はもう寝る」

「え、ああ…うん」


疑い。今の自分の思考の何もかもが嫌になった。

戸惑った表情のリアシアール。


「(なぁ、それは嘘なのか?)」


もう彼女の顔が見れなかった。ソリッドは溜息を吐き早足で寝室へ向かいながら、眉間にしわを寄せる。明日になればいつも通りに接しよう、そう決めて寝室の扉を閉めた。




──




「何なのあの態度……」


別に彼が不機嫌なことは度々ある。それは自分も同じだ。だから別になんてことないはず、いつもなら気にすることなく自分も普段通りに寝ただろう。だが、今日はそういかなかった。

記念日など気にするほど女々しくはなかったはず、だがなぜこんなに悲しいだろうかとアルビスとクラージェを影に戻しながら歩きだす。

玄関の扉を開け、冷たい夜風を浴びるとその冷たさに目を細めた。

扉が閉まる音が小さく響く。


しかし、ソリッドはそれに気づけなかった。





──





ソリッドは目を覚ます。時計を見ると朝5時で、もう習慣だなと体を起こす。

しかし、いつもと違う場所があった。


「あやつの方が早く起きるなど、珍しいな」


いつもなら隣のベッドでよだれを垂らし寝息を立てるリアシアールが居るはずだが、今日はその姿が見えない。

しかし直ぐに違和感を感じる。

ベッドメイクがそのままで、一切の乱れがない。


「──」


すぐに飛び起き寝室から出ると部屋という部屋を確認する。

居ない、居ない、どこにも……。

ソリッドはリビングで1人立ち竦んだ。

喧嘩などよくある。しかし寝て朝になると朝食を食べながらぽつりぽつりと話し始め、いつも通りに戻るというのが普通だった。


「どこにいったのだ……!」


外出時には必ず身につけるはずの鎧も1式全て決めれた場所に綺麗に置いてある。昨日の態度に怒って出ていったのか、それとも可能性は低いが連れされたのか。

悪い考えばかりが浮かぶ。


「………」


後悔しても、もうやっしてしまった行動は元には戻らない。また胸が痛み、テーブルに拳を強く叩きつけた。

加減をしなかったせいでテーブルは二つに割れ大きな音を立てて倒れ、その音で少し冷静さを取り戻す。


「こんな事をしている場合ではないだろう…!」


自分を叱咤するとすぐに小屋から飛び出した、外はソリッドが苦手な雨が降っていたが、傘など持つ余裕などない。


森の中を走って、走って、走り続ける。


『グガァオオオッ!』

「クソッ、邪魔だ!!」


飛び出てきた魔物を[シャテール]で一刀両断すると返り血を浴びが、それもすぐに雨で流れる。

息を荒らげながら、ただただリアシアールの姿を求め走り回った。

もしかしたらこの森にはいない、もっと遠くに行ったのでは無いかと考えていると、ある場所を思いつきすぐそこに向かった。





──




「リアシアール!!」


想像通り、彼女はそこにいた。

ある少女が好きだった湖、そこに彼女は立っている。


「死ぬ気か、愚か者め!」


リアシアールが立っている場所はまだ浅い所だがこれ以上進むと沈んでしまうだろう。何よりこんな天気の中、湖に浸かるなど自殺行為に等しい。

ソリッドに背を向けたままのリアシアールは名を呼ばれても振り返る事はなく、空を見つめたまま動かない。


「おのれ……」


炎の竜であるソリッドは水と相性が悪い。しかし迷うこと無く湖に飛び込むとリアシアールに手を伸ばしその手を掴んだ。

あまりの冷たさに肝が冷え、すぐに引き寄せるとリアシアールの頬に手を添える。

彼女はぼんやりとした表情のままソリッドを見ようとはしない。


「リアシアール」

「……」

「こちらを向け」


無理やり顎を上げさせ目を合わせる。スカイブルーの瞳に焦った自分の顔が写り込み、ソリッドの瞳にはリアシアールの顔が写っているだろう。

2人の距離は近いが、心は遠く感じた。


「昨日の態度のことなら悪かったと思いっている」

「……」

「だが、急に姿を消すのはやめてくれ。心臓に悪い……」


泣き出しそうな顔をしたリアシアールを、ソリッドは強く抱き締めた。冷たい体に、自分の体温を分けるように、強く、強く。


「ムカついた」

「ああ」

「折角記念日だったのに」

「そうだな」

「そんなこと気にする自分にもムカついた」

「……そうか」


リアシアールもソリッドの背に腕を回し抱きしめ返す。胸元で嗚咽を殺すような声が聞こえ、ソリッドはリアシアールの背を優しく撫でた。

それに我慢出来なくなったのかリアシアールは声を上げ泣き始める。雨の音に消えそうになるその声に、ソリッドはただリアシアールを抱き締めることしか出来なかった。


「め、面倒な、やつだって、きら、いになった、でしょ」

「ならん。そう思ったのならこんな必死に探したりせんわ」

「じゃあ、好きって…言って」


リアシアールがそう言うのは珍しいどころではなく聞いた事がないと驚きつつも、ソリッドはリアシアールの両頬を包むと軽く口付ける。


「愛している」

「……何それ、ズルいよ」


涙を拭い、今度はリアシアールの方から口付ける。ソリッドは薄く開いた彼女の口に舌を割り込ませると舌を絡め、深く愛を伝える。互いに隙間を埋めるように密着し、こうして唇を重ねるだけで幸福に包まれた。


「んっ、ぁ……ねぇ……」

「なんだ」

「……寒くて気分悪い」


体を離しリアシアールを見ると顔色が悪く唇の色も薄い。慌てて体を横抱きにして湖から上がると山小屋に向かって走る。


「このまま死んだら──」

「馬鹿な事を言うな!どつくぞ!」

「酷いなぁ……」


そう呟きながら目を閉じたリアシアールを見て焦りはピークに達する。小屋まであと少しという所で、リアシアールの力が抜けソリッドの首に回していた腕がだらりと離れた。




──



「いやー、流石に死ぬかと思った」

「我も焦ったぞ……」


すぐに風呂を沸かし服を取っ払うとリアシアールを湯船に浸からせ湯をかけまくった。顔色も良くなってきて目を開き自分の名を呼んだ時は安心して力が抜ける程だった。

ソリッド自身も体が冷えていたのでリアシアールが無理やり湯船に入れたあと、ひとつのベッドに2人で横になっている。


「何故あの湖に」

「何となく……私も気づいたらそこにいたんだよね」

「心配を掛けおって…もう二度とあのような事はするな」


それを聞いてリアシアールは不満そうにソリッドの体を肘でつつく。なんだとリアシアールの方を向いたソリッドは眉間に皺を寄せた。


「なんで昨日あんなに怒ってたわけ?」

「それは……お前が我の事を大嫌いだと言うからだろう」

「……何それ」

「言っていたでは無いか!同棲と言うより同居みたいだし、ほんと大嫌い、だと!」


リアシアールは記憶を辿っているのだろうかうーんと唸り考え込むと、ああっ、と声を上げる。

その後きょとんとして笑い始めた。ソリッドはそれに着いていけずに疑問符が浮かぶ。


「あれね、私自身が嫌いだって言ったんだよ」

「どういう事だ?」

「私達子供作れないし、ソリッドはそれについて不満に思ってるかもしれないとか考えちゃって。そんな自分が嫌だった」

「……はぁ、ただの勘違いではないか」


昨日それで感情を乱されたのがアホらしく感じた。しかし、それより言う事がある。


「子など求めておらん。……お前さえ居れば我は十分幸せなのだ」

「へぇ……そう」


恥ずかしそうに背をこちらに向けたままリアシアールを抱き締めると、ソリッドは小さく幸せだと呟いた。

すると急にソリッドの手を払い体を起こしたリアシアールはソリッドに跨り見下ろす。


「な、なんだ」

「脱いで」

「……は?」

「いいから脱げっ!」


意味が分からんと抵抗するが、リアシアールに対して申し訳ない気持ちがあるソリッドは途中で抵抗をやめ成されるがまま裸に剥かれた。

それに満足そうにするとリアシアールも服を全て脱ぎまた毛布を被る。


「言っておく我には何も付いていないぞ。お前も無性だから分かるだろう」

「うん」

「局部も特に触れても快感は得られん故セックスの真似事も出来ん」

「知ってる」


だけどとリアシアールはソリッドに抱きつくとその体温を確かめる。それに応えるようにソリッドもリアシアールを抱き締め、暫く無言のまま抱き合った。


「こうしてさ、裸のままくっついてるだけでなんか心地よくならない?」

「まぁ…そうかもしれんな」


脱げと言われた時は何事かと思ったが、リアシアールの言う事も分からなくはないと微笑み彼女の頭を軽くなでる。


「……ソリッド、好きだよ」


そう言ったリアシアールは目を閉じ少ししたらすぐに寝息が聞こえる。ソリッドは小さく笑い、同じ様に目を閉じる。


これから長い時間を共に過ごすだろう。喧嘩もするし、今日みたいにすれ違う事もあるかも知れない。

それでも共に生きて命尽きるまでリアシアールを愛したいとソリッドは思った。


「互いに不器用だな……。そんなお前を、我は愛おしいと思うよ」


リアシアールの額に口付けを落とすと、ソリッドも眠りに落ちる。互いの体温に、安堵しながら──。




翌日起きると当然真っ二つになっているテーブルに対してソリッドは怒られた。

そして……新調するテーブルのついでという名目で、ダブルベッドが寝室に置かれることになったのであった。



『記念日の悩み事』

―喧嘩するほど仲がいい― END

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