悪に立ち向かえる力を
走る、走る。
似たようなことがあったなとデジャブを感じながらソリッドは森の中を走っていた。白辰は頭がイカれたやつばかりだと知っておきながら来たのが不味かったのか、何が薬品を打たれ朦朧とする意識の中、自らの弱さを呪う。
追っ手が迫る。人数は3人…妙な薬品の不快感がなければこの程度容易かっただろうが、今はそうもいかなかった。逃げる、今我が取れる選択肢はこれだけだ。遠くから追っ手の声が聞こえた。
「早く捕まえろ!」
「分かっている。おい、枷を外せ!」
「──っな!」
枷、その単語が聞こえ追っ手に魔族か竜族がいる最悪の事態が判明した。バキィッと木の折れる音が聞こえ、1人の追っ手の気配が先程とは比べ物にならないスピードでこちらに向かっているのが分かった。
その時、開けた場所に出た。直ぐに隠れる場所を探すのと追っ手が我を目で捉えたのとは同時で、我は瞬時に[シャティール]を生成しそれを構えた。
「くらぇえっ!」
「ぐっ──!」
魔力で生成される薙刀、我の自慢の武器も枷を外した魔族の大剣の一撃で破壊された。その大振りの攻撃に後退するとまた薙刀をつくろうとする…が、作れない。
「(集中出来ん!…意識が…!!)」
「おらぁあぁっ!!」
我の眼中に大剣が迫る。防ぐすべが、回避するすべが無い。
「(斬られる…!!)」
──ぐるぐると目が回る。軽く感じる体に回る視界、直ぐに理解した。
この感覚は…首を飛ばされた。
切断部から血を吹き出し、倒れた胴体と頭から外れた冠を回る視界の中捉える。竜の鱗、悪人の手に渡り誰かが無理やり魔族や竜族にされたとしたらと、怒り、怒りが我の中を支配した。
「(どうすればいい、どうすれば──)」
ふにゅんっ
「わァおっ!……生首?」
「ぁ…ぐっ……」
「う〜ん、生きてる!?」
何か柔らかいものに受け止められる。なんだなんだと我の頭を持ち上げ見つめるのはブロンドヘアの女だった。相手も動揺しているようだが、こちらも混乱し、それよりと必死に口を動かす。
「に…げろ……」
「逃げる?もしかて…この人達からかなァ?」
ガサッと背後から音が聞こえる。確かに切り離した我の体は手に入るだろうが、目撃者を見逃すわけが無い。女は余裕の顔を見せている。そして懐からハンカチを取り出し地面に敷くとそこに我をゆっくりと置く。
「どっちが悪者かなんてハッキリしてるわよね。やっちゃいますか!」
「や、め…ろ……」
「待っててねぇイケメン君、ちゃちゃっと片付けちゃうから…ねっ!!」
そう言って女は背負っていた大剣を抜く。その勢いで我の髪が揺れ、次の瞬間には女は視界から消えていた。
金属音が聞こえる。それは先の魔族と女がぶつかり合う戦闘音だろうが我は動けないため見ることは出来ない。
「(彼女を見殺しにするなど……!!)」
しかし何も出来きない。無力、その悔しさにギリッと噛み締めた奥歯が音を立てる。
暫くすると野太い悲鳴が何度が聞こえた。
何故だと考える。3対1のはず、それに加えて枷なしの魔族までいた。
しかし、我の顔を覗き込む女は返り血に塗れ立っていた。
「もう安全よ、大丈夫?というかさっきの人達倒してもいい悪人?」
「そ、うだ……」
「ならおっけー!」
ニコリと笑う女はそうだったと我の胴体をヒョイッと軽々持ち上げると我の傍に寝かせる。首の切断面に頭を当ててくれと指示をすると女は嫌な顔一つせずそれを行った。
我は残った魔力で首と胴体を繋げるとそれだけで意識を飛ばしそうになる。
女はそれを見て驚いているようで、我は薄く目を開き言葉を紡ごうとする。しかし、声は出なかった。魔力もそうだが、体力も限界を迎えていた。
「こんな小さい子供なのに…。大丈夫!私が助けてあげるからね〜!」
子供ではない、そう言おうとしたがそれは真っ白になる視界と気持ち悪さに全て飲み込まれ、そして我は意識を失った。
──
──目が覚める。先程まで何をしていただろうと霧がかかったようにぼんやりとする意識のまま身体を起こす。と、首に痛みが走る。
「──っ!!」
「あ〜、駄目よ!急に起き上がっちゃ!」
「…ぁの、時の…?」
我を再びベッドに寝かせたのはブロンドヘアの女戦士。ベッドの傍にある椅子に座る彼女は我を見て安堵するように大きく息を吐いた。
視線だけで周りを見渡すと群の医務室のようで、何故彼女が居るのだろうと疑問に思う。
「何故、ここに連れて、来て…立ち去らな、かった…」
「ん〜、1度助けると決めたから、良くなるまで見てあげようって」
「そう、か…」
女は笑顔のままそう言った。我はそれを聞くとある少女の事を思い出しながらゆっくりと目を閉じる。
彼女もそうだった。厄介事に巻き込まれる可能性があるにも関わらず我を助け、そして友人として我を迎え入れてくれた。
あれが見せられた幻だとしても、我にとっては大切な思い出だ。
また目を開くと、女が包帯を巻いているのに気づく。
あの時は返り血で気づかなかったが、やはりあの状況で無傷で居られる筈がないと我はその包帯を見つめた。
「すまない、傷を負わせてしまったか……」
「気にしない気にしない!これぐらいどうってことないわ」
己の弱さのせいだ。
この世の悪から人々を守ると、尊い命を奪わせるような事はしないと我は誓ったはず。
しかしこの有様はなんだ。彼女が悪に立ち向かったのにも関わらず我は何も出来なかった。
「な〜に思い詰めた顔してるの?」
「……貴様、名は」
「私?私はマリニェ・ヴァーツェ!気軽にマリーお姉さんって呼んで!」
全ては枷のせいだ。これさえ無ければ今以上に悪に立ち向かう力が得られる。利用するようで引け目を感じるが、今はそんな事を構っていられない。
我は──
「マリニェよ、我には…悪に負けない、大切な人達を守る力が必要だ……もし誰とも契約していないなら、我と契約して欲しい…!」
「契約……」
「頼む…!」
身体を起こし、彼女…マリニェに頭を下げた。ただ森であって助けただけの存在だ、そう簡単に承知するものでは無い。分かっている、それでも…大切な人を守る力を──
「いいよ〜」
「……ぇ」
「全然大丈夫大丈夫〜!」
あっさり、あまりにも簡単に即決した彼女に思わずこちらの方が困惑した。それに対して首を傾げているマリニェに我は何故だと問うた。
「貴方の気持ち、私のハートにドーンッと響いたわ!そんなに強い意志を聞いたなら、当然首を縦に振るわよ」
「そうか…感謝する」
「それより、私の事はマリーお姉さんって呼んで!そう固くならないでいいのよ?」
お姉さんと言っても、我の方が年上だろうなと思いながらその明るい様子に気づかれない程度に小さく笑った。そしてマリニェに手を差し出すと、その意図を読み取り彼女は我の手を握る。
「我が名はソリッド・プリズアーム。そして貴様より年上だ、お姉さん呼びはせん」
「えぇ!そんなにおちびさんなのにぃ?」
「これは…しょうがないのだ!本来はこれ程小さくは無い!」
休んだ事で魔力もある程度回復したのだろう、我はベッドから降りると改めて彼女と向き合う。
「では、マリー。最後に確認を取るが、本当に我と契約してくれるのだな?」
「ええ、マリーお姉さんに任せなさいっ!」
そういい腰に手を当て胸を張った彼女のその豊満な胸が揺れ、首が飛んだ時受け止めた柔らかいものはこれかと赤面する。赤くなった顔を早く隠そうとサイドテーブルに置いてあった冠をすぐに被ると安心感から息を吐く。
「なんで顔を隠してるの?もしかしてお尋ね者?」
「違う、ただ…」
「ただ?」
「ヒーローは顔を隠しているものだろう?」
その言葉に笑ったマリーはなるほどと頷いた。そんな、単純な子供のような理由だ。自分でも幼稚すぎて笑ってしまいそうな。しかし1度決めたならそれは曲げんと、我は彼女と契約するために医務室を出た。
それが我と、マリニェ・ヴァーツェとの出会いだった。
『悪に立ち向かえる力を』
―チビ助とボインお姉さんの出会い― END
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