不幸を射ち抜くその矢は
ドアをノックされる音がして、俺は表情を曇らせたままゆっくりと椅子から立ち上がる。最近想い人に振られた。その日から光を失ったかのようにどんよりとした気持ちが続いている。そんな事を考えているとまたノックされ、俺は急いで扉を開けた。
「──グランっ!」
「アルストレイさ──わっぷ」
扉を開けるとそこには俺の想い人、グラン・アーテルが伏し目がちに立っていた。もしかして俺の思いが届いたのだろうかと思わず抱きしめる。
「ア、アルストレイさん?その....」
「ここに来たってことは俺の気持ちを──」
「ぁ、それについてはごめんなさい」
返事は早かった。そのあまりのスピードに俺は彼女を離すと項垂れる。俺の顔を覗き込み焦りながら申し訳なさそうにしているグランを見て、こんな顔をさせたいわけじゃないと俺は笑顔を作る。
「今日は、どうして....?」
「その、アルストレイさんの事はお友達としてしか見れないけど....貴方との関係をあんな終わり方はさせたくなくて....」
あんな終わり方というのは、情けなくも泣き崩れた俺に謝って逃げた事だろう。そんな事を気にしてこうやって会いに来てくれたのかと俺は嬉しくなり彼女の両手を取った。
「じゃあ俺と友人でいてくれるのかっ!?」
「アルストレイさんさえ良ければ、私はまたお話がしたい」
優しく微笑んだ彼女に対して、更に愛おしさがました。俺は、彼女が好きだ。しかし、グランは俺の事をじっと見ると取られた手を下げた。
「恋愛感情を向けられた時のオーラ....」
「──っ!」
グランは感情が色で見える。今まで彼女が俺の気持ちを知らないフリをしているものだと思っていたが、実際は見たことがないから知らない、というのが正解だったらしい。
「恋愛感情って桃色してるんじゃないの?」
「うーん、桃色....そうねとても濃いわ」
「それは....俺の気持ちが強いってこと?」
グランはじろじろと俺を見たあとうーんと唸りながら目を瞑り考え込んでいる。彼女は生まれつき目が見えないと言っていたので、色彩をどこまで認識しているかは分からない。
そして彼女はゆっくりと目を開くと、また俺の瞳を見つめる。
「多分そうね。でも、あの時も言ったけど私は好きな人がいるの。だから....」
「あの英雄さん....だよね。お付き合いしてるの?」
振られた日、俺の部屋に来たのは彼女と黄金の英雄と呼ばれる男。しかし、彼自身はグランの事を家族のようなものだと言っていた上に、今彼女が浮かべる微妙な笑みに、なるほどと頷く。
「1度振られたわ。でも私は諦めきれなかった....。出会いは偶然だったし、結ばれないのが運命だというのなら....」
「なら?」
「私は運命をねじ曲げるまでよ」
グランの鋭い目付きが、それが本気だと物語っていた。彼女は頑固らしい。グランはふうっと息を吐くと1度謝りまたいつも通りの表情に戻る。
「つまり、俺がどれだけ想おうと無駄ってわけか」
「悪いけど、そういう事になるわ....」
彼女は恋愛感情を向けられるのは初めてらしい。それに対して困惑があるのか、断ったことに対してかなり引け目を感じているようだ。俺はしばらく俯いたまま黙り、また顔を上げるとしっかりと彼女を見つめる。
「いつか、この想いに諦めがつくまで好きでいていいか?」
「....ええ」
一瞬驚き目を見開いたグランは、頷き微笑んだ。俺は小さくお礼を言うと、彼女に手を差し出す。
その意を汲んで、彼女は同じように手を出し俺達は握手を交わすと2人で笑った。この想いは届かないかもしれない、だけどそれに対して区切りがつくまで大切に持っておこうと、俺は離れる手を名残惜しく思いながらそう決めた。
「じゃあ私はこれで。そろそろ訓練の時間だから」
「訓練?」
「依頼を受けない日は、腕が落ちないようにちゃんと訓練してるの」
そういい弓矢を持つようなポーズをとってニコリと笑う彼女を見て、俺はそれに興味が湧いた。自分は非戦闘員なのであまり訓練所による機会はない。ただ好きな人と時間を共にしたいというのもあるが、俺はグランに同行して良いか尋ねる。
「いいけど....つまらないかもしれないわよ?」
「そう思ったら撤退するよ、邪魔になるかもしれないからね」
「分かったわ、じゃあ行きましょう」
俺は部屋の鍵を閉めると歩き始めた彼女の後をついて行く。1度彼女の自室に武器を取りに行くと訓練所に向かった。
「なぁ、矢は持っていかないの?」
「矢は私の意志を具現化して....うーん、言うより見てもらった方がはや、──っ!」
「あぶねぇっ!」
丁度階段を降りている時足を滑らせグランは転倒しそうになる。俺は咄嗟にその腕を掴み彼女を庇うようにするとそのまま階段から勢いよく転落した。頭と背中に激しい痛みが走り、意識が朦朧とする。
「ぁ....アルストレイさん!大丈夫!?」
「ぃたあ....はは、大丈夫大丈夫....」
「ち、血が....人を呼ぶから待ってて!」
俺から離れていくグランに軽く手を伸ばし、行き場所を無くしたその手を頭部に持っていた。ぬるりと生暖かい液体に触れ、頭部から軽く出血しているのが分かる。
「いてー、左腕が熱い....折ったかな」
しかし先程の様子から、グランに怪我はなかったようだ。それに安心して俺は軽く笑う。
こうして不運な事故や出来事は最近よくある。流石に階段から転落して怪我をするのは初めてだが、欲しいものが丁度売り切れていたり、ドアに指を挟んだり、植木鉢が頭上に降ってきそうになったり、喧嘩に巻き込まれたりと様々。
それもこれも、自分の生まれ持った''自らの幸運を相手に分け与えられる''と言う能力による物だ。
物に幸運を詰め、それを相手に持っていてもらうことで相手に幸運が訪れる。しかし、分け与えた自分自身にはその分不幸が襲ってくるのだ。
「沢山分けちゃったからなぁ....」
最近グランに幸運を分け与えようとかなりの量を詰めた壺を渡した。しかし彼女には受け取ってもらえず、1度切り離した幸運は自分に戻すことは出来ない。遠のく意識の中、どうしたものかと考える。
「グランには内緒にしておかないとな....」
彼女が知ったら悲しむだろうと、幸い自身の能力については詳しく話していないのでこのまま知らないでおいてもらうことにした。暫くすれば収まるだろうと、俺は目を閉じた。
──
目を開けた時には、俺はベッドに横になっていた。白い天井、自室ではないと体を起こし周りを見渡した。医務室かと認識した時、ベッドのそばでウロウロとしていたグランと目が合う。
「アルストレイさん!目が覚めたのね....!」
「....ああ、そうか階段から」
俺に駆け寄るグランの顔色はあまり良くない。もし俺が目覚めなかったらと不安だったのだろうかと彼女を安心させるように笑うと自分の胸をトンっと叩く。
「こんぐらい何ともないよ、君が無事でよかった」
「ごめんなさい....私の不注意で....」
「怪我は男の勲章ってね、はははっ」
治癒が施されたのだろう、あまり痛みはない。ベッドから降りるのを止めようとするグランを制し、俺はぐっと伸びをした。不運は自分の責任だ、それより俺は見たいものがある。
「さぁ、訓練所に行こうか」
「え、でも怪我が....!」
「大丈夫っ!グランのかっこいい姿見たらぜーんぶ消し飛ぶから、ね?」
グランはどうしようかと悩んでいる様子でそれにもう一押しお願いすると、彼女はコクリと頷いた。治癒してくれただろう妙なマスクを被った治癒術師に礼を言うとそのまま訓練所に向かう。
歩いている間にも俺をチラチラと見てくる彼女に心配ないと頭を撫でた。
「部屋で休んだ方が....」
「いいっていいって!ほら、訓練所着いた」
「....うん」
そして訓練所に入り、俺は興味津々に周りを見渡す。その広さに関心しながら、射的用の的のある部分に向かった彼女を椅子に座り見守る。
弓を構えたグランの表情は先程までとは全く違う、戦う者の顔をしている。彼女の指先辺りが軽く光ると赤黒い矢がそこから生成される。これが彼女が先程言っていた意志の具現化というものだろうと、弓を引くその美しい一連の動作に見蕩れていた。
的からかなり離れた位置に立つと、グランの物がある程度見えるようになる例の首輪を外したのを見て俺は疑問に思う。
「(あれを外したら何も見えないんじゃないのか....?)」
しかし、その疑問は聞こえた音の発生源を見て更に深まる。グランは見えていなはず、それどころか目を瞑っているのにも関わらず的の真ん中にその赤黒い矢は突き刺さっていた。
しかし、次に放った矢は真ん中からズレていた。
「(一回目はまぐれ?)」
ドスッ、ドスッと次々矢が放たれ的に刺さっていく。どれも中心からは外れている、だが俺はそれを見てああなるほどと納得した。
彼女の弓矢の腕は本物だ。的には矢で綺麗にバツ印が描かれている。中心から外したのは意図的なものであって、彼女はそれを1度最初に的の位置を確認しただけでそれが出来たのだ。
再び首輪をはめて的を確認し、満足そうに頷いたグランに俺は拍手を贈った。
「凄い、凄いよグラン!」
「ふふ、ありがとう」
グランの照れたような笑みに胸がときめくのを感じる。
そして暫く彼女の鍛錬する姿を見守り、彼女に疲労が見られた頃に声をかける。
「今日はもう休憩したら?」
「いいえ、まだ──....やっぱり休憩するわ。無理は禁物よね」
「うんうん、そうした方がいい」
本来彼女1人ならそのまま訓練を続けていたのだろう。俺を早く部屋で休ませたいという気持ちが、訓練中も時折俺に向ける視線でバレバレである。彼女が気疲れしないようにと、俺は心遣いを受け入れることにした。
「部屋まで送るよ」
「気持ちは嬉しいけど....そんな事までいいわ。ここで解散」
俺達の部屋は近くない。渋々承知し部屋に向かう俺を彼女を姿が見えなくなるまで見て手を振っていた。
「うーん、やっぱり好きだなぁ」
ボソリと部屋の鍵を開けながらそう呟いた俺は、膝を扉に強打して涙目で部屋に入った。
不運はまだ続くらしい。
──
「それでさ、そん時リールが試験管爆破させて大騒ぎ!もう2人でパニクってお互いに頭ぶつけたりしてさ!」
「あはははっ!もう、もうお腹苦しい....ふふっ!」
レイゴルトさんに会えないだろうかとこうして中庭のベンチによく座っていたが、今ではそのゆっくりとした時間が日課のようになっていた。
今日はアルストレイがそれを偶然見つけ、こうして世間話に花を咲かせている。
「だから、ああっ!そうだ....その時に足りなくなった薬品買ってこいって言われてたんだった....」
「そうなの?時間を取らせてしまったわね」
「いやいや、気にしないで。というわけで俺は行くね!」
それに頷き軽く手を振ると、彼も手を振り返し走って中庭から去っていく。
話し下手だった私とこうして話してくれる人は多くない。ロザリエとはまた違うタイプの気の許せる友人が出来て私は笑うことが増えた。
「彼に新しい恋ができる時が来るといいけど....」
ベンチに身を預け、深呼吸をする。
彼と出会って数週間がたったが、相変わらず私を見る彼のオーラには時々濃い桃色が見える。
相手の感情が見えるというのは確かに便利だ。しかし今まで自分に向けられてきたのは哀れみだったり好奇だったりあまり良いものではなかった為素直に喜べるものではなかった。
こうして恋愛感情が見えてしまうのも、正直どうしていいか分からない。
「私が慣れれば問題ないわね」
暫く考え、あっさり解決した私はまたぼんやりと気持ち良いそよ風を感じながら目を瞑る。自分のオーラは見えないので分からないが、自分のレイゴルトに向ける恋の気持ちもあんなに綺麗な色をしているのだろうかと、私は彼を想った。
──
お菓子が美味しく出来たのでアルストレイを誘って茶会でもしようかと彼の部屋に向かうと、誰かが彼の部屋を乱暴ノックしていた。
「おい!レイ!いないのか!?」
ガンガンと扉を叩くその男性に近づくと、彼もこちらに気づき視線を私に向けた。
「あんたもレイに用か」
「えっと....その....ぁ....」
「ん?」
若干怖い。若干怒りのオーラが見える彼は私をじっと見つめている。しかし私はもう変わったのだと彼から逸らしていた顔を上げると気になっていたことを聞く。
「貴方は、リール....さん?」
「ああそうだ。私がリールだが....なるほど、ではレイの言うグランというのが君か」
アルストレイが普段実験の手伝いをしている研究者というのがリールと言う男性、今私の目の前にいる彼だろう。彼はため息を吐くとバンッとアルストレイの部屋の扉を叩く。
「こいつに使いを頼んだら1週間も顔を出しに来ない。どういう事だと思う?」
「さぁ....私には分からないわ」
「だろうな。長い付き合いである私でも分からん。今までこんな事はなかったのだ」
1週間。丁度あの時中庭で会い話をした時だと思い、私は不安になる。暫くの沈黙、不意にリールは扉にもたれ掛かるとそういえばと話を始める。
「何故君はあの幸運を受け取らなかった」
「それは....幸せは自分で掴みたいから」
それに彼は顔を顰める。何か機嫌を損ねることを言ったのだろうかと私が焦っていると、リールはまたため息を吐いた。
「受け取る受け取らんなら、受け取るのが普通だろう。あいつが損するばかりじゃないか。私からも言おう、せめて受け取ってやってくれ」
「....損するって?」
「なに?知らんのか」
彼は持たれていた扉から離れると私と向き合う。目元を押え、これだからあいつは、とか、全く世話がやける、だとかブツブツ呟いたあと、リールは私にアルストレイの能力の詳細を告げた。
「き、聞いてないわ....彼に不運が....」
「よく良く考えれば君に言うはずもないか。あいつが最近大怪我したとうのも、その壺に1度幸運を込めたことによって襲った不運だろう」
つまりは私のせいかと拳を強く握ると、リールはまたアルストレイの部屋の扉に視線を向けると私の肩に手を置いた。
「あいつがどれだけその壺に幸運を込めたかは知らん。だが好いた女にやるものならかなりの幸運を込めたはずだ」
「じゃあアルストさんが1週間も姿を見せないのは....」
「厄介事に巻き込まれた可能性がある」
厄介事。それに嫌な想像をしてゾッとした私はリールを見る。彼も表情こそは無表情のまま冷静そうだが、感情のオーラの乱れが彼が焦っていることを物語っていた。
私のためにしてくれたことがこうやってアルストレイの不運を招いたのなら、私がどうにかしなければならない。
「私に任せて。からなず彼を見つけます」
「....君一人に何が出来る」
「私は....1人じゃないわ」
そう言い彼が普通に帰ってきた時のために備えてリールをここに暫く待機させ、私は走って自室に戻った。
通信機を取ると急いである人物に連絡を試みた。こういう時彼は頼りになる──
「ラージェン?話があるの」
──
「俺の知り合いでよかったなぁ、アーテル」
「はいはい良かったわよ、それで居場所は?」
ヴィノスに事情を話すと彼はあっさり依頼を受けた。知らない間に少し雰囲気が柔らかくなった彼は、地図を取り出しテーブルに広げる。
「そのアルストレイって男拉致られたな」
「拉致!?」
彼が言うにはウィツカトルのある宗教団体に拉致され、彼らの拠点である場所に居るらしい。写真も用意していたらしいが私には見えないのでどのようなものか口頭で伝える。
「そいつの幸運を分け与える力ってのは神の加護とか勘違いしてんだろうな。頭いかれてる奴らが祭り上げてるだろうよ、拘束して。そんで無理矢理能力でも使わせてみろ、不運ってのはそいつに死でも招くんじゃねか?」
「不吉なこと言わないでよ」
ヴィノスは宗教団体の写真のある人物をトントンと指さすと私に視線を向ける。皆同じ格好をしているらしいが、その人物だけ装飾品が多いようだ。
「親玉はこいつだな、かなり腕の立つ魔術師らしい」
「....貴方そういう情報どこから手に入れてるわけ?」
それに対してただ不敵に笑ったヴィノスはふんぞり返ると「で?」と短く言う。私はそれに首を傾げた。
「何?」
「情報とてめぇの場合は案内料もか……報酬金」
「がめついわね....」
当然だろうと笑っている彼に用意していた封筒を渡し立ち上がる。ヴィノスは中身を取りだし金額を確認するとそれを懐にしまい椅子から立ち上がった。
「とっとと済ますぞ」
「....ありがとう」
私は身支度を整え弓を持った。危険な目にあっている彼を長くは放置できない。居場所が分かるのならこっちのものだと、すぐに宗教団体の拠点へ向かった。
──
「ここね....」
「俺様が手伝うのはここまでだ、生きて帰れるといいなぁ?」
「ほんとに貴方……何でもないわ。案内ありがと」
用が済んだとあっさり立ち去ったヴィノスを見送ることもせず、周りから隠れるようにあった地下へ続く階段を降りていく。
薄暗い通路を進みながら周りを見渡す。祭壇はどこだろうかと息をひそめ、部屋らしきところを1つ1つ確認して行った。
「グラン!?」
「──っ....アルストレイさん?」
急に大きな声をかけられびくっと体が跳ね、どくどくと早く脈打つ心臓を落ち着かせながら声がした方向を向くと、ある一室にアルストレイは捉えられていた。扉の格子の着いた窓からこちらを覗くアルストレイのオーラは疲労が見える。
「なんでここに──」
「しーっ、静かに....」
口元に指を当てゼスチャーしながら周りを見て誰もいないのを確認すると扉のノブに手をかけ引いたり押したりするがビクともせず、足でガンッと強めに蹴っても開く様子もない。
「鍵開け系のスキルは持ってないし....鍵を奪い取るしかないわね」
「グラン、逃げた方がいい。危険すぎるよ....」
逃げる。何を言っているんだと思わずアルストレイを睨む。友人を拉致され、本来は使わない方がいい力を無理矢理使わされようとしている、もしかしたらそれで彼は死ぬかもしれない。その状況で逃げるはずがない。そこまで臆病ではない。
「見捨てたりしないわ、必ず鍵を探して──」
「その必要は無い」
背後から声が聞こえすぐさま振り返ると、そこにはヴィノスが言っていた宗教団体の長が立っていた。急いで弓を構えると、そいつは楽しそうに笑っている。
「ほれ、これが欲しいんだろ?」
「........」
そう言い取り出したのは1つの鍵。アルストレイの閉じ込められている部屋の鍵だろう。それをまた懐にしまうとヤツはにたりと笑いどこかに走り去って言った。
「待て!」
「グラン!行くな!」
引き止めるアルストレイの声を遠くに聞きながら、私はヤツを追った。時折私を弄ぶかのように振り返って笑うと、奥へ、奥へと進んでいく。
必死に走ると急に明るくなり、目を細めると開けた場所に出る。
「ここは……?」
そこには広い空間があった。祭壇にいい思い出はないとある2人組を思い出しながらヤツを探すと、両手を広げクルクルと回っていた。
私が弓を向けると、ヤツはピタリと止まり私に顔を向ける。
「何故ここが分かった?何故あの方を攫おうとする?」
「攫ったのはそっちでしょ、返してもらうわよ」
それに不思議そうな顔をし、私を見るその瞳に光はない。矢を生成すると威嚇としてその足元に放つ。
それに対してヤツはなんの動揺もせず笑っている。それを不快に思い今度は矢を本人に向ける。
「本当に射つわよ」
「あの方は我々に必要なのだ、奪わないでくれ」
「....彼の力はただ幸運を分け与えるだけじゃない、それを知っててやってるの?」
ヤツはそれを聞いて祈るように手を組むと濁った瞳で私を見つめる。不気味なオーラで理解した。知っていてやっているのなら容赦など一切ない。後退して距離を取ると思い切り弓を引く。
「我が名はルイズ、貴様を殺す者の名だ」
名乗ったルイズは片眉をあげると私にも名乗るように促す。私はそれに鼻で笑う。
「あんたみたいなやつに名乗る名前なんてないわ、よっ!」
ヒュッと空を切る音が響きルイズに一撃目の矢が放たれる。それと同時にルイズが手を動かすと地面が盛り上がり壁のようにそびえ、その矢からルイズを守った。
「大地属性....関係ないわ」
飛び上がると矢を次々に連射していく。上空からの攻撃でも同じように土の壁が防ぎ、私は一点集中してその防壁を破ろうと壁の中央を狙う。
「無駄だ、そんな事ではいつまで経っても終わらんぞ」
ルイズの声が聞こえた次の瞬間、私の足元の地面から拳状になった土が飛び出て迫ってくる。それを上空に飛び避けると、強い衝撃を受けて地面にたたきつけられた。
「うぐっ──っ!」
くらくらする頭のまま頭上を見ると、天井の一部が引っ込んでいくのが見えた。この地下はコンクリートや石材ではなく全て土がむき出しになっている。全てがルイズの武器のようなもの。彼が1歩も動かなくても、簡単に私に手が届くのだ。
「逃げないと生き埋めになるぞ、はははっ!」
私の周りを土の壁が迫りそれをギリギリで抜けると飛びながら矢を放つ。しかしそれも同じように防がれ、埒が明かないと私は苛立ち始めた。
「(落ち着いて....刃物ように鋭い殺意を)」
ぐっと矢の黒みが濃くなり、弓を引きそのしなる音を聞く。
「はぁっ!」
十数本の矢が一斉に弧を描きルイズに向かう。これで終わりではない、その技を連射すると100近い矢が一斉にルイズに迫る。
しかし彼の表情は余裕のまま余程自分の魔術に自信があるのか、同じように防ごうと先程より太い土の壁を作るがそれは私の矢によって粉砕される。
「──がぁっ....このクソガキぃ!!」
ルイズは腕に刺さった矢を抜くと手に付いた血を見て表情を変えた。手は休めない、次だとまた矢を生成するとルイズは心底不快だと言わんばかりに舌打ちをした。
私の足元が盛りあがるとバランスを崩し転倒していしまい、目の前には先端がとがった岩。それを横に転がるように回避すると、また次、また次と岩が降ってくる。
「早く、死ね!目障りだ!」
ずっと転がってる訳にもいかないと無理やり脱出すると、翼に岩が突き刺さった。
「──ぃっ....ぁ....はぁ、なんて事ないわ....!」
翼を強く引き羽がブチブチと抜ける痛みに耐える。もう上空に逃げる手段は使えないと血のにじむ翼を見て思うと、また弓を構る。
ここで終わるわけにはいかない。
飛べないからなんなんだ。今の私には足がある。
「痛みに泣き喚け!もがけ!」
次々と突き出してくる尖った岩を走って避けながらルイズの心臓に狙いを定める。この場所まで飛んできて正直体力が削れてしまっている。その状態のままこうして戦いを長引かせるのは得策ではない。
「穿つ!!」
意志を、強い意志を....守りたい、助けたい、勝ちたい....!
意志の矢は土の壁を貫通し、ルイズに突き刺さる。
「──がはぁっ!....これでは終わらんぞぉ!!」
体をひねり心臓に刺さることを回避したルイズは怒り狂ったように手を振りかぶり、私に鋭い塊土を放つ。それを全て矢で撃ち落とすと下から突き出した岩を避ける。常に移動し続けていないと串刺しにされると走り回った。
「いつ貴様の体力が尽きるだろうな!それが貴様の終わりだ!」
それの前終わらせると弓を引くと、背中に痛みが走る。
「──ぐっ....ぁああっ!」
背後から飛び出た土塊に気づかず地に転がると、左右から突き出した岩の塊がガンガンと私を叩き潰す。全身が悲鳴をあげている。痛みの雨は止まずに何度も何度も私を痛めつけた。
「苦しめ!苦しめぇ!」
怒涛の勢いに抵抗すら許されず、あまりの痛みに意識が遠のきそうになる。
痛い、苦しい....嫌な音が聞こえ、どこかの骨が折れた。なんのためにここに来たのか、どうしてこう痛い思いをしているのか、徐々に、徐々に分からなくなっていく。
その攻撃が終わる頃には、白いアオザイに赤が混じっていた。
もう指一本動かすのさえも出来ない。転がった弓に手を伸ばし、後わずかのところで力が痛みに力が抜ける。ここで諦めたら楽になれる。もう体の痛みに麻痺している。苦しいのは一瞬で終わるはず....楽に、諦めて....
嫌だ....私は彼の帰る場所で在り続けたい──
「──あぁアあ゛ァああぁっッ!!」
血を吐き出し、地面に手を付き、立ち上がる。まだ立てるなら戦える、腕も足も無理矢理動かせばいい。
よろよろと弓を取ると、ルイズを怯えたような表情を見る。
「何故....何故まだ立つ!?くたばりぞこないめ!」
「たつわ、よ....わたしは....諦めたりしない!!」
「くそぉっ!死ねぇぇえ!!」
地面から突き出した鋭い岩が私の腹部を掠め抉る。そんなの構ったことではない。口から流れる血を拭い、震える体にムチをうち、しっかりと弓を構える。狙うはルイズの怯えから早く脈打っているであろう心臓。
「『我が意志を体感せよ。茨の道故強いこの心は決って折れず、汝の前に立ち塞がる。その意志は形となりその身を貫かん──』」
「な、にを、何をする気だ!やめろ!!」
手元に光が集まる。それは槍の形となり、私の手に収まる。
弓を引き、照準をルイズに合わせ、届けと、祈った。
「『〈意志の槍〉(ヴォロンテ・クリヴァル)』ッ!!」
焦ったようにルイズが展開させたいくつもの土の壁が貫かれ、それは一瞬で彼を貫いた。
「がぁあぁあぁぁあっあぁ!!??」
ルイズの上半身に大穴が空き、びくびくと痙攣したあとドサリと音がなり、次に静寂が訪れる。
聞こえるのは自分のか細い呼吸音だけ。
膝をつくとついに弓から手を離す。カランと乾いた音が近いのにどこか遠くで聞こえたように感じる。
咳き込むと鮮血が床に飛び散り、自分が死に向かっているのが分かる。
「か、かぎ....かぎ、を....」
アルストレイを助けないれば。ルイズが鍵を持っていだろうが、もうあそこまで動く力もない。手を伸ばすがそのまま倒れ込み、ずりずりと床を這う。
辛い、痛い、苦しい....
「ぁあ....ぁ....」
再び手を伸ばす、誰でもいい、この手を──
「──」
....ああ、暖かい手....が....
──
「........ぁ....」
ゆっくりと目を開く。ベッド横になっていた私はまだぼんやりとした意識のまま、薬品の匂いがして周りを見渡す。手に暖かさを感じ、そこを見るとロザリエが私の手を握ったままベッドに顔を伏せヨダレを垂らして寝ている。
「ふっ....」
少し笑うと体に痛みが走り、顔を顰める。その時ロザリエがビクッと動き、顔を上げる。
「おはよう」
「お、おはよう....目が覚めたか!!」
「うるさい」
勢いよく起き上がると私に抱きつこうとして、慌ててやめている。さすがに私もこの状態でのしかかられたら困ると安心すると、カーテンが開かれ中に人が入ってくる。
「グラン!目が覚めたんだな!」
「アルストレイさん....!よかった、無事だったんだ....」
アルストレイがそばにやって来て、私の手を握ると涙を流した。それにギョッとして慌てると、アルストレイは手を強く握る。
「ごめん....ごめんな俺のせいで....!」
「....気にしないで、私が好きでやった事よ」
アルストレイはわんわん泣き始めた。それに私とロザリエは更に慌てて慰めたりティッシュを差し出したりとどうにか彼を落ち着かせた。怪我人がやることでは無いのではと少し思ったが、怪我は自分のせいなのでしょうがない。
「ロザリエが助けてくれたの?」
「いや、レンディエールさんだ」
「....エクリプスが?」
何故だろうと考えながら、それ以前になぜ私の居場所が分かったのだろうと色々疑問が浮かんでくる。
「じゃああの時私の手を掴んだのは....」
あの暖かい手は彼だったのかと、徐々にあの時のことを思い出して目頭が熱くなる。
正直に言うと死ぬほど怖かった、自分に死が迫る感覚。ぽろぽろと泣き出した私は、体の痛みなど構わずに体を起こしてロザリエに抱きつく。
「こ、こわかった....しぬかと....」
「ああ、よく頑張った。よく....生きてくれた」
ロザリエに抱きしめられたまま、泣きつかれるまで子供のように泣き、私はそのまま眠りについた。
──
「で、助かったと」
「ええ、大体はそんな感じね」
ヴィノスはつまらないというような表情で珈琲を飲みながら私の話を聞いていた。どうなったか気になるから話を聞かせろと人の部屋にずけずけ入り込んでその表情かとむっとする。
「でもなんでエクリプスがあの場所知ってたか分からないの」
「本人聞けばいいじゃねぇか」
「それが....怒って口聞いてくれないのよ」
「ガキか」
あの後私が無茶をしたことに怒っているレンディエールは話しかけても安静にしていなさいしか言わない。激おこというやつだ。
しかしヴィノスの感情のオーラを見ると、やっぱりかと笑う。
「人の顔みて笑うんじゃねぇよ、殴るぞ」
「ふふ、だってエクリプスに教えたの貴方でしょ?」
「さぁな。知りたきゃせいぜいレンディエールのご機嫌取りでもしとけ」
そういい珈琲を飲み干すと彼は去っていった。
あの場に来たのが治癒術師のレンディエールだったからこそ私は助かったのだろう。私は彼にどうお礼をすればいいか、そしてどうやってご機嫌取りができるか考えながら、部屋を出る。
「あ、グラン!!」
「アルストレイさん、どうしたの?」
「いや、先客が居たみたいだから....待ってた」
ヴィノスの事かと納得していると、アルストレイは私に駆け寄り抱きしめた。何事だと焦っていると、アルストレイは体を離し私をじっと見つめた。
「好きだ!!」
「ごめんなさい」
静寂。そのあとやっぱりダメかと項垂れたアルストレイに私は笑いかけると背をポンポンと叩いた。
『不幸を射ち抜くその矢は』
―決して折れない強き意志― END
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