真実の続きを

白髪の翼人の少女、グランは椅子に座っている皆を見渡し緊張からそわそわとしている。そして呼び出したメンバーの最後の一人、ヴィノスが扉を開け空席にドスッと座るとため息を吐く。


「アーテル、くだんねぇ話だったら速攻帰るからな」

「ええ、そう感じたのならそれで構わない」


群の休憩所、そこに種族、性別も年齢もバラバラの人が集合していた。

ロザリエ、ヴィノス、レンディエール、グラン、リアシアール、ソリッド。その顔ぶれの共通点は....


「グローハーツについての話よ」

「........」


面々は表情こそ変わらないが、それぞれ何か思う所があるのだろう。リアシアールはうーんと頬杖を付くとグランにひらっと手を向ける。


「でもさぁ、もう解決したじゃん。グローハーツの意志を継いだ生き残りは始末したし、聖堂も破壊した。群にも報告した。これ以上ない対処だと思うけど?」


その言葉にグランは頷くと、緊張から膝に乗せた拳を強く握ると1度顔を伏せ、そして上げた時には決意して口を開く。


「....グローハーツの意志を継いだ生き残りがまだいるっていったら?」

「──っ!?」


皆の表情は驚愕に染まった。それもそうだろう、相手に希望を見せて一気に地獄に突き落とす、恐ろしい考えの一族だ。他の魔術が使えない代わりに高度な幻術を見せることが出来る厄介な力、それの生き残りがまだ居る。

レンディエールはため息を付くと、目元を抑える。


「あの事は解決したはずなのに、ずっと胸騒ぎがしていました。生き残りですか....」

「それでその者の所在は分かっているのか?」


ロザリエの言葉に、グランは頷いた。

初めに動いたのはソリッドだった。椅子から立ち上がるとグランの前に立つ。表情は見えないが、ぴりぴりとするような緊張感がその場を支配していた。


「すぐに向かうぞ。如何なる強者としても、皆でかかれば殺せるだろう」

「待って、まだ話は終わってない」


殺気立っているソリッドにグランはそう制すると、また座ってくれと椅子に座らせる。グランは何処から話せばいいかと悩む。皆の視線が自分に向き、それに対しての恐怖心等あり正直辛かった。しかし、自分がどうにかしなくてはならないと自らを奮い立たせる。


「ロキア・アリト・グローハーツ。それが彼女の名前。まだ10歳の少女よ....殺せないわ。それに、彼女はまだ救える余地がある」

「生ぬるい。例え幼子だとしてもその素質があるのだろう?お前はオーラが見える。それを見たのでは無いか?」


ソリッドの言葉にグランは黙り込む。確かに見た、初めてあった時彼女の輝きの奥底にある暗闇を。しかし、それでもとグランは願う。


「....グラン、君は彼女の存在をどうして隠していた。私達は当事者だ、知る権利があったはずだと思うが」

「待ってください、アーテルさんが同情だけでそうするとは思えません。彼女だけを責めるのはやめましょう」

「私は責めている訳では無い、ただ理由が知りたいだけだ」


ロザリエとレンディエールはお互いに言い合うと、それ以上は何も言わなかった。普段は仲の良い彼らの雰囲気が悪い、それは自分の行動にも問題があるだろうとグランは苦しかった。そして次に発言したのはヴィノス。


「....ガキは大人として守るべき対象だろうが。救える余地があるっつーならそこに導くのもそうだ」

「子供だからって見逃すの?甘くない?私達は幻術で数年を奪われたんだよ。もし彼女も同じような道に進むとしたら……」

「それに我らは正気を保つことが出来たが、他のものがそうとは限らん。被害を出さないためにも狩って置くべきだ」


リアシアールの言葉に続けてソリッドがそう言い、実際に操られてはいたが正気を失ったロザリエは表情を曇らせ、ヴィノスは軽く舌打ちをした。

ソリッドの言うことはもっとだ。自分達のように誰もが強い訳では無い。被害者をこれ以上出さない為にも殺した方がいいと言うのも、ひとつの選択肢ではある。


「話せばこうして意見が割れるのは目に見えています。だからアーテルさんは言い出せなかったのではないですか?自分には止められる自信がなかった、そう思ったのでは?」

「....そうね、私は……」


「あっ、グランお姉さん居ました〜っ!」

「──ロキアっ!」


姿が見えないグランを探しに来たのか、ロキアはグランに向かって走る。ガタッと椅子の倒れる音がして、ロキアに向かってソリッドが薙刀を振りかぶった。あまりのスピードに普通はついていけなかったはず、しかしグランはすぐにロキアを庇うように翼を広げロキアを抱きしめる。


「退け!貴様が決心がつかないのなら我が殺してやる!」

「決心ならついたわ!彼女を守る、それが私の決意、意志よ!」

「戯言を....!!」


竜族の、殺意の籠った一撃が自らに迫る。それでも退かない、何があっても守るとグランは心からそう思った。痛みに覚悟するが、ソリッドの一撃はグランには届かなかった。


「ぐっ....早まるなソリッド殿」

「まず話を聞け、これだから老人は頭が硬ぇんだよ」


ロザリエが即座にソリッドの薙刀を受け止め、ヴィノスは足元を凍らせて身動きを取れなくする。それに不快そうにしたソリッドは炎ですぐに氷溶かすと薙刀を収める。


「折角本人が来たんだからさぁ、話聞こうよ」


無理やりソリッドを椅子に座らせたリアシアールはその場に合わないような緩い声でそう言った。しかし、彼女はもしロキアに悪の要素があるの判断したのならソリッドと同じように容赦はしないだろうとグランはロキアを見つめる。


「ろ、ロキア何かしました....?」

「大丈夫よ、大丈夫....」


それはロキアに言うようで、自分に言っているようだと先程まで自分が座っていた椅子にロキアを座らせ、グランはその横に立った。


「初めましてロキアちゃん、私の名はリアシアール・ノヴァリア。幾つか質問いいかな?」

「えっと....はい!ロキアが答えられることならなんでも!」


ロキアは少し戸惑ったようだが、リアシアールを優しい人と判断したのか笑顔でそう返す。浮いた足をプラプラとさせながら、ロキアは無邪気な笑みを浮かべている。


「君、リュドとリーラという名に気覚えは?」

「ロキアのお兄ちゃんとお姉ちゃんです!」

「そう....」


リアシアールは家系図の事を考えたが、あれは見た目からかなり古いものであることが分かるので彼女の名がないのも頷けると次の質問をする。


「リュドとリーラがグローハーツの教えに従って何をしていたかは分かる?」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがですか....?あっ、でもロキアには内緒で2人だけで何処かに行くことがありました、ロキアだけ除け者です....」

「なるほど」


このまま何も問題なく終わって欲しいとグランは心の中で何度も祈る。グランには見えた、薄くはなったがロキアの中に見える闇が。どうか、どうかそれが表に出ないようにとただただ見守るしかできなかった。


「じゃあ、貴方自身はグローハーツの教えについてはどう思う?」

「....人は1度光を見せて絶望に落とす....絶望に....」


リアシアールの質問にロキアに異変が見えた。急に目が虚ろになり、ぼんやりとして何かをブツブツと呟き始める。リアシアールはそれを見て背もたれに身を預けると、ソリッドに顔を向ける。


「....救える余地があると言っていたなグランよ。貴様の目は節穴か?こいつは殺すべきだ、誰かが苦しむ前に」

「そんなことは無いわ!彼女の闇は薄れてきているの、私を....信じて欲しい」


ソリッドは黙り込む、守るべき者に信じろと願われてはどうしようもないと考えた。しかしそれとこれの話は別だと思いヴィノスに視線を向けた。


「貴様はどう思う。子供だからと見逃すか?」

「....俺は1度こいつに会った」

「....何?」


ヴィノスの言葉にその場の、ロキア以外の皆が驚きそしてロキアはあーっ!っと声を上げた。


「あの時の怖いお兄さんですね!ロキアあの時泣いちゃって....お兄さん本当は優しいって違うお兄さんが言ってました、だから謝りたくて....」


ごめんなさいと頭を下げたロキアに軽くてを振りやめろと合図すると、ヴィノスは大きくため息を吐きソリッドと向き合う。


「で、俺がこいつを最初に見た時ただのガキだと思った。そして今もそれは変わんねぇ」

「つまり....」

「ああ、殺さねぇ」


次にソリッドはレンディエールに視線を向けた。レンディエールはロキアを見たあと一瞬グランを見てそして目を伏せた。彼は分かりきったことだと思いますがと切り出す。


「私も彼女を....守るべきだと思います。アーテルさんの言うように救えるのならグローハーツの教えから離させてただの普通の少女として生きれると思うのです。それに彼女の生死を私達が決める権利があるのでしょうか?」

「悪の芽はつむべきだ。我々はグローハーツの悪を知っている。何度も言うが他のものが我々と同じ目に会う前に──」

「彼女が、ただの10歳の子供がそんな事をすると?アーテルさんの庇護下にある中、そうなるとは思えない」


レンディエールはいつになく強気でソリッドに食いかかる。今にも戦いになりそうな雰囲気に、リアシアールはソリッドの肩を軽く叩き冷静になれと促した。

ロキアは幸い何を話しているかはよく分かっていないようで、この話し合いで自分の生死が決まってくるなど考えてもいない。

ソリッドは大きく息を吸うと、最後にロザリエに視線を向ける。グランは正直彼女が1番分からなかった。ソリッドと同じように正義を志す者、その正義感でロキアを殺すと言うのなら戦うとグランは決意する。


「....正直彼女を生かすことには賛同できん」


グランは拳を強く握る。ロザリエはしかしと付け足すと、また話し始める。


「私はグランを信じたい。彼女が救えるというのなら、守りたいと言うのなら、協力するのが私達の役目ではないのか?」

「ロザリエ....。私はロキアと過ごして分かるわ、彼女は正しく生きれる。だからどうか....彼女に危害を加えないで」


ロキアの手を握り、ソリッドにそう願う。ロキアはニコニコとしたままグランを見上げ、それを見たソリッドは椅子から立ち上がる。それに身構えたグランの横を通り過ぎ、ソリッドはそのまま去っていった。


「自分の負けだって、良かったねー」

「んな事言ってたか?」

「分かるよ、態度でね」


リアシアールは相変わらず間延びした声でそう言うとヴィノスの問いに笑いながら答える。グランは安心で力が抜けると膝をつきテーブルに顔を伏せる。


「グランお姉さん?気分が悪いんですか....?」

「いえ、違うわ....大丈夫よ」


それに心配するようにグランの背を摩るロキア。リアシアールは同じように立ち上がるとグランの肩をポンポンと叩きながら出口に向かう。


「私はこれからの動き次第かな。グラン、もう分かると思うけど私もソリッドと同じで子供だから見逃すとかそう言うの考えないから」

「....ええ」

「ただソリッドと違うのは私は私の大切な人に何かあったら動くだけ。正直それ以外は──」


彼女はそのまま去っていく。しかしグランには、「どうでもいい」という言葉がちゃんと聞こえた。その声色の冷たさに若干身震いしながら、グランは残った顔ぶれを見て安心する。


「さて、ロキアよ。ここに居る私達は君の味方だ、何かあれば頼りにすると良い」

「お姉さん達が味方....お友達って事ですか?」

「ああ」


お友達が増えました!とはしゃぐロキアを見てグランは頭を撫で笑った。そしてロザリエ達に視線を向けると、頭を下げる。


「私を、信じてくれてありがとう....」

「別にてめぇを信じたわけじゃねぇよ。俺がそうしたいからそうする、それだけだ。」

「素直になれヴィノス、君もグランを信じているからこそそうしたのでは無いのか?」

「....言ってろ。俺ももう行く」


椅子から立ち上がりロザリエにデコピンをすると、そう言ってロキアの傍にコートのポケットから取り出した飴を数個置くとヴィノスは去っていった。


「飴を貰いました!やっぱり顔の怖いお兄さんは優しい人だったんですね!」

「....そうね」


彼なりの何かの挨拶のようなものなのだろうかと飴を見つめる。ロザリエもテーブルに立てかけてあった剣を腰に下げると伸びをしてからグランに笑いかけた。


「君の意志、しかと感じたよ。....彼女を守ると決めたのだな」

「ええ、何があってもロキアの味方でいると。それが....彼女から家族を奪った者の責任だと、私は思うわ」

「そうか。私も君の味方だ、それを覚えておいてくれ」


そう言ってロザリエの背を見送る。最後にレンディエールが立ち上がると、ふうっと息を吐いた。

彼は話し合いの初めから私の味方でいてくれた。単に利害が一致していただけかもしれないが、私を庇うような発言からそうでは無いのかもとグランはレンディエールを見つめる。


「....隠していた事、怒っていますからね」

「そう....ごめんなさい」

「....相談して欲しかったですよ」


そう言って去っていくレンディエールはまるで寂しいと言っているように思えて、彼が自分に向ける感情はどういうものだろうとグランは考えた。友人とも他人とも呼べない互いの関係....今は友人と言えるのだろうか。


「グランお姉さん?」

「....ん、何?」


少々自分の世界に入り込んでいたなと呼びかけられロキアを見ると椅子からぴょいっと降りてグランの手を握った。


「結局なんのお話をしていたんですか?ロキア途中から分からなくて....」

「....いいのよ、今は分からなくて。それよりもう部屋に戻りましょう」

「はいっ!」


ロキアと手を繋ぎ、寮に戻る。この小さな手を、汚させたりはしない。グランはロキアのオーラを見ながら手を握る力を少し強めた。



『真実の続きを』

ーそれを抱える、乗り越える者達ー END

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