真実の扉 No.4

「ん....ぁ....」


ズキズキとした頭の痛みに、俺は目を覚ました。ゆっくりと目を開けるとそこには真っ白な天井があり、横を向くと真っ白な髪の頭部が見える。


「....ろ、ざ....りえ....?」


椅子に座り、俺の寝ているベッドに顔を伏せるようにして寝ていたロザリエに声をかける。すると彼女はガバッと勢いよく顔を上げて、嬉しそうに笑った。何か言葉を発する前に、口の端から垂れているヨダレを拭ってやる。


「おお、すまん。それより....目が覚めたか!」

「うるせぇ....寝起きに大きな声聞かせんな」


俺は顔を顰めると半身を起こして周りを見渡す。よく見ると隣にはソリッドがベッドに横になっていて、俺はその姿に目を見開く。


──下半身が無い。


俺に呼びかけるロザリエの声を遠くに聞きながら、最後の記憶を思い出す。妙な二人組にエルシュの真実を告げられたと思えば気を失わされ、胸元に何かを刻まれた。


「──っ」


自らの胸元を見るがその時の刻印は無かった。そしてまた頭の痛みを感じてある光景が脳内に浮かぶ。ソリッドとグランを殺そうと、イカれたように笑い戦った事を。


「お....おれ、がやったのか....?」


ぼんやりとしていた焦点が、またソリッドにあった。分からない、思い出せない。戦闘の記憶は断片的でどうやって自分が生かされたかも分からない。胸元を抑え、手に触れた枷を握りしめると....何かに包まれる。


「....大丈夫だ。ヴィノスは誰も殺していない」

「....じゃあソリッドは....」


ロザリエに強く抱き締められ、俺は呆然としながらそう聞いた。ソリッドとはそこまで仲が良かった訳ではない。ただ、目的が一致したから度々共に行動をしていただけで、何処かでくたばろうが自分には関係ないはずだった。


「ソリッドは私とヴィノスを正気に戻すために....少し無理をしてくれたようだ」

「無理....?」


先に目覚めていたロザリエに事情を聞く。ある程度聞いてから、俺は直ぐにベッドから飛び起きると隣のベッドに横たわっているソリッドの顔の横に手を勢いよく置き睨みつけた。


「おい、てめぇ....!」

「....なんだ、我は今魔力回復で忙しい」

「そんなやり方で恩を売った気か?胸くそ悪ぃんだよ!」


違う。言いたいことはそんな事じゃない。


「恩?貴様はそう思っているのか、ならば言うことは無い」

「──っくそ!分かってんのか....いくら竜族でも頭飛ばして生きてられるかなんて分かんねぇだろ!!」

「まぁな。しかし、少しでも可能性があるなら我はそこに賭けたかったのだ」


状況が状況だ。その選択をしたことを誰も責めることは出来ないとは理解していても、言わずにはいられなかった。怒りをぶつける先はソリッドでは無い。それも分かっている。


「てめぇは....何なんだ....」

「貴様が言っていただろう。影の守護者、と言うやつか?」


軽く鼻で笑いおどけるようにそう言ったソリッドを殴りたい衝動に駆られるが、彼が負傷しているのは自分のせいなのだ。そんな事は出来ない。

ソリッドは不意に手を俺に伸ばすと、頭に手を置き軽くポンポンと撫でるようにした。俺は急なその行動に何も出来ずにいると、ソリッドが笑う。


「そんな泣きそうな顔をするな。我は死なん」

「泣きそうな....は?俺が?」

「ああ、貴様がだ」


自分で分からんのかと呆れたように言う彼に、俺は恥ずかしくなり頭に乗っていた手を払うと背を向ける。そこにはロザリエがいて俺の顔を見るなり傍にあったティッシュを差し出してくる。


「いや、泣いてねぇよ」

「そうか....」


ロザリエはそう言う事にしておこうといい俺に抱きつくと、ボソリと本音を漏らす。


「私は....泣くほど怖かった」

「........」

「断片的にあるんだ....戦った時の記憶が」


俺も同じだとその頭を抱き込むように片腕で抱き返すとロザリエの俺の服を掴む力が強くなる。彼女は腕っ節は強い。だからといって心も強い訳でない。ずっと、ずっと誰かを助けられない事を、守れないことを恐れている。


「師匠と、レンディエールさんを....私は殺そうとした」

「....ああ」

「守るべき人を、私はこの手で──」


ロザリエを抱きしめる力を強め、それ以上は言うなと小さく告げた。彼女は泣かない、もう泣き尽くしたのだろう。俺はロザリエの目が赤く腫れているのを、目覚めた時から見て見ぬふりをしていた。


「これから....取り返せばいい。誰も死んでねぇんだ、もう終わりってわけじゃねぇだろ」

「........」

「お前1人で背負えないなら、俺が一緒に背負ってやる」


体を離し、ロザリエの顔を両手で包むとその瞳を覗いた。分かったかと問うと彼女は控えめな笑みを見せて小さく頷いた。その時、コンコンと音がしてそこ視線を向けると壁を叩き合図するレンディエールの姿が見えた。


「イチャつくのはそれぐらいにして、これからの行動について考えましょう」

「イチャついてねぇよ、てめぇの目は節穴か?」


妹のような存在を案じて何が悪いんだと思いながらロザリエと離れ、俺は肩を回した。少々ダメージは負っているが体は余裕で動く。


「これからの行動っつてもあの二人組殺すだけだろ」

「何処にいるかも分からないのにですか?」


レンディエールの言葉に何も返せず暫く黙り込む。情報となれば自分の分野だ、絶対に見つけ出して殺してやるとだんだんと苛立っているとある物の存在を思い出す。


「その手掛かりになった本は....それか?」

「ええ、こちらです」


レンディエールがずっと手に持っていた焦げ茶の本を見ると、それを寄越せと手を出す。レンディエールは1度迷った後に頷くと俺にそれを渡した。

表紙には見た事のある紋章....俺達の胸に刻まれた刻印と同じものが描かれていて、舌打ちをうつとページを捲り始める。


「グローハーツ....」

「聞いた事あるのか?」


ロザリエはひょこっと横から覗き込み、文字の羅列に顔を顰めている。グローハーツ、どこかで聞いたなと記憶を探りながらページを捲り続けていると、家系図がありそこで止まった。そして上から指でなぞっていくと、ある人物の名を見てそこを指でなぞる。


「カリギルア・フィール・グローハーツ....あ〜、あれか....?」


何度かその名を繰り返し、ここまで出てるんだがなぁと喉のあたりをトントンと指で指しながら考え込む。沈黙....俺の記憶だけが今は頼りだ。便利屋を初めてから長い、顧客全員の名前や依頼内容などは流石に完璧には覚えられない。


「カリギルア....?おい、カリギルアと言ったか」

「ああ、そうだが」


その名に、ソリッドが食いつき体を起こそうと....するが下半身が無いのでそれは出来ずにポスッと頭を枕に戻すと本を寄越せと俺に指をクイクイと向けて合図する。てめぇは1回見てるんじゃねぇのかと愚痴りながらそれを渡すと、ソリッドは小さく唸ったあとコクリと1度頷く。


「我は....こやつと会ったことがあるな」

「早く言えよ!」


ソリッドは1度だけだがなと言い俺に本を返すと、傍にあったマントを腰の当たりに巻くと深呼吸をする。

次に何が奇妙な音がしてマントに膨らみが見えた。足、それを軽く撫でるとソリッドはベッドから降りてレンディエールに服を取ってきてくれと頼むとマントを結び俺達の方に向かってくる。


「はぁ....再生というのは疲れるな」

「それで、いつ、何処でこいつに会った」

「少しはいたわらんか戯け....確か、13年前....いや12年か?以前我はある施設に囚われていてな。その幾つかある施設の元締めがカリギルアだったはずだ」


囚われていていた。まあ、竜族を捕える理由など大体予想がつく。そこには特に触れずにソリッドの話を聞いて俺はある依頼者を思い出した。


「依頼主の名前は言えねぇが、連れ去られた竜族の恋人を取り返して欲しいっつー話を受けた事がある」

「ソリッド....貴方は恋人がいたのか?」

「いや、それは我ではないな」


ロザリエの問いにソリッドは首を振ると、俺に話を続けろと促した。実際、話を受けたはいいが色々情報を集めているうちにそれが危険すぎるものだと知った俺は依頼主に全てを話断った。数ある依頼の中でも俺が途中で放棄したと言うのが悔しくて覚えていたのだ。


「その依頼で調べた時にカリギルアの名が出てきた。確か優れた幻術使いの一族だとかで....あと、2人の子供がいた。容姿がどんなもんか聞いたが、ある程度はヤツらと一致してる」

「では家系図にあるカリギルアの子....リュド・アリル・グローハーツ、リーラ・アリグ・グローハーツと言うのは....」


ソリッドが先程見た家系図から名前を出す。恐らくその名を持つものが、あの二人組なのだろう。しかし──


「ヴィノス、名前と容姿から居場所を探せるか?」

「あ〜、まぁやってみるだけやる。そんで駄目ならまた方法を探せばいい。ただ....絶てぇ見つけ出して殺す」

「私も手伝うぞ!」


お前は来るべき時に備えておけとロザリエに言うと、俺は早速取り掛かろうと医務室を出ようとする。が、ドアノブに手をかけた時その扉が俺に向かってバンッと開いた。向かいから誰かが勢いよく開けたのだ。


「へぃ、話は聞いたよ!私に任せなさい!」

「....誰だてめぇ」


痛む額を抑えながら中に入ってきた鎧の人物を睨んだ。ごめんごめんの肩を軽く叩きながらそいつはロザリエの傍に立つ。


「私はリアシアール・ノヴァリア。エルシュとロザリエの師匠だよ!初めましてーじゃないんだけど、よろしくね」


リアシアールは俺に向かって手を差し出す。恐らく握手がしたいのだろうが、そう言うのは結構だと無視すると残念がる彼女に話を聞く。


「そんで、任せろってのは?」

「名前にもねぇ、強い力があるんだよ」

「....痕跡が残るのか?」


冴えてるねぇとからかうように言ったリアシアールをまた睨むと、今度はノックの音がした後レンディエールが入ってきた。


「ソリッドさん、着替えを....」

「丁度いい!なんてナイスタイミング!」


レンディエールがリアシアールの嬉しそうな動きに若干嫌な顔をしたのを見て、俺がおかしくなってる間になんかあったなと思いつつ哀れみの視線を向けた。

それを感じたのかレンディエールはやめてくださいと一言言うとソリッドに着替えを渡す。


「レンディエール、助かったぞ。それで....何がナイスタイミングなんだ」

「だってここにいるメンツみんな戦うことしか出来ないじゃん。その点このレンディエールくんは違う!」


リアシアールはグイッとレンディエールの襟首を掴み引き寄せると、その背をバシバシと叩く。....ロザリエとそっくりだ。


「レンディエールに名前からその人の気配を割り出してもらって、私の召喚獣でその痕跡を辿る....みたいな?」

「....てめぇ、さてはなんの根拠もねぇな?」


俺から目を逸らしヘッタクソな口笛を吹いたリアシアールを見て俺はため息をつく。だが、レンディエールはそれに対して否定的な意見ではないようだった。


「....出来るかもしれません」

「....マジ?」

「ええ、マジです」


リアシアールは、ほらぁ!と嬉しそうに言い、恐らくその兜の下の顔はドヤ顔なのだろう。そして、そう言えばと俺はロザリエを見る。


「アーテルはどうした?」

「アーテルさんなら私の杖の修繕を頼みに行っていますよ」


ロザリエの代わりにレンディエールが答え、ロザリエはどこかバツが悪そうな顔をした。なんだと思っているとまたまたタイミング良く扉が開き、グランが例の杖を持ち入ってきた。


「ラージェン、目が覚めたのね」

「ああ、お蔭さまでな」

「そして....はい、貴方の8代目[オルラルド]よ」

「しらっと何代目かばらさないで下さい」


レンディエールは杖を受け取ると軽く回して嬉しそうに指で撫でた。あいつの普段の杖の使い方を考えれば8代目なのも頷ける。普通は魔術強化の効果があるだけの杖なのにそれで敵をタコ殴りにして殺そうとしたりするから、どうせ何本もポキポキ折っているのだろう。


「つーか名前から気配割り出すってなんだよ」

「グランが見えるオーラ....それと似たようなものを魔術で物質させて、それをうちの召喚獣が感取して追跡って感じかな」


リアシアールはレンディエールを見た。レンディエールは眉間に皺を寄せたまま暫く考え込むと分かりましたと頷く。そして俺の持っていた本を受け取ると家系図のあるページを開いて床に置き、杖の先端をそこに当てた。


「……」


するとそこから濁った赤と青の霧が浮き出て、リアシアールが指を鳴らし彼女の影から飛び出た2体の召喚獣がそれに顔を近ずける。召喚獣は暫くそれを観察するとリアシアールの元へ戻り足元に座った。


「アルビス、クラージュ....いけそう?」


リアシアールが召喚獣にそう聞くと少し間が開き彼女は嬉しそうに頷く。その反応に大丈夫だったかと安心するとリアシアールは、ん〜と少し唸った後皆を見渡す。


「ちょっと難しいけど頑張るって!」

「いや、難しいのかよ!どう見ても今の反応は余裕って感じだったじゃねぇか!」

「ヴィノス、師匠はこういう人なんだ....諦めてくれ」


ロザリエは何処か遠くを見ながらそう俺に言った。ロザリエのこういう表情は珍しい、リアシアールという人物は余程はちゃめちゃなやつなのだろうと俺はため息をつき眉間を抑えた。


「こんなんで見つかんのか....?」





──





「見つかるのかよ....」

「やったな!」


戦闘準備を整えたロザリエ、ヴィノス、レンディエール、グラン、ソリッド、リアシアールの6名はアルビスとクラージュの後を追いある聖堂に着いた。

外観から歴史あるものだと分かるそこに、皆でゆっくりと歩き出した。トラップなどの配慮をしてレンディエールが魔術を行使しながら聖堂に入ると中の様子を見て驚愕する。


「....皆、分かるのか?」

「ああ....ここ、来たことあるな」


ソリッドの問いにヴィノスはそう答え、周りも同じように頷く。来たことがないはずだが、遠い日に見た夢のようなうっすらとした記憶のようなものが、皆にあった。


最奥に簡素に飾られた祭壇、そこには二人組....リュドとリーラに見せられた細かな装飾が施された宝玉が置かれている。広いが、椅子などは一切なく柱は所々にヒビがあり、魔術で作られたであろう僅かな光が聖堂内を照らし全体的に薄暗い。


「あの二人組の姿はありませんね....」

「いや、居るわ....あの柱の後ろ」


レンディエールが辺りを見渡していると、グランはある柱を指さして持っていた弓を構えると矢を放つ。皆でそこに視線を向けると地面に刺さった矢が踏み潰されて2つに折れた。



「おっめでとぉ〜!ピンポンピンポン大正解!!」

「よくここを突き止めたな」



柱の影から現れたのはあの時の二人組、リュドとリーラ。

リュドは不機嫌そうな顔で、リーラはニコニコと笑顔で祭壇の前に立つと、2人で顔を見合わせ何故か笑い始める。

それを不快に思ったヴィノスは魔術で氷柱を作るとそれをリュドに放った。


「──っ....まぁ、そう簡単にはいかねぇか」


しかし、それは彼に接触する直前にその手で掴み阻止される。リュドはそれを腕力で粉々にすると踏み潰し、ヴィノスを睨む。


「マナーがなってないな」

「そ〜だよ!兄さんに攻撃するなんて!ヴィノスのバカバカ

!」

「....気安く呼ぶんじゃねぇよ、殺すぞ」


2人に向かって突っ込もうとするヴィノスの腕をソリッドが掴み下がらせると、自身は1歩前へでる。その手には彼の魔術で作られた薙刀[シャティール]が握られているが、それでリュドとリーラに斬りかかったりはしない。


「貴様の望みはなんだ?我々の数年を奪って何がしたい」


それを聞きリュドとリーラはまた顔を見合わせ、軽く笑ったあとリュドが前へ出る。


「言っただろ、希望を絶望に塗り替えるのがグローハーツの役目だと」

「そこを詳しく話せと言っておるのだ。奪われた側として聞く権利ぐらいあるだろう?」


リュドは少し穏やかになった顔からまた不機嫌そうな顔に戻ると舌打ちをして頭をかく。そして顔を伏せてため息をつくと、次に顔を上げた時....その顔は憤怒に歪んでいた。


「折角絶望に落としてやったのになんだその顔は?もしかして俺達のと戦おうとしてここまで来たのか?あほらしい....お前らは一生俺達の道具なんだよ!調子に乗りやがって!」

「きゃ〜!!兄さんもっと言ってやって!」

「ロザリエもヴィノスも刻印刻んでやったのにあっさり解除か?いちいち手間かけさせて、本当に出来損ないのモルモットだなぁ!」

「そーだそーだ!」


ロザリエは....それを聞いて笑った。

彼らは勘違いしていると。


「ふ、はははっ!」

「....何がおかしい」

「いやなに、貴様らは私達を絶望にさせたくてエルシュの幻を見せていたのか?」


リュドはロザリエが何を言いたいのか理解出来ず、さらに怒る。ロザリエに手を向けると魔術を使うが──それはキャンセルされた。それに対してレンディエールは鼻で笑い杖の柄頭を床に軽く当てると対策はしてきたと主張する。


「私は....確かに、エルシュが幻だと知った時絶望した」

「ならば──」

「しかし、幻だからなんだというのだ」


ロザリエは愛刀を胸の前に掲げるとその薔薇の装飾を撫でた。例えこれが幻をより現実的に見せるために用意されたものだとしても....


「私達はエルシュの存在に希望をもらった。それが''今''の私達を作り出している....それはエルシュが存在しなかったとしても変わらない事実だ」


剣をリュドとリーラに突きつけ、ロザリエは笑みを見せる。




「貴様らは私達に絶望ではなく希望を与えてしまったのだ、残念だったな」


「俺が恋愛なんていい夢見させてもらったぜ、感謝しなきゃなぁ?」


「私もとても楽しい時間を過ごせました。家庭的なスキルも身につきましたしね」


「復讐は....私の力となった。今思えば、今日の為だと思えるわ」


「エルシュの死は辛かったが、我々はそれで得た物もある」


「つまるところ....無駄な努力ご苦労さま!って事だね」



皆で武器を構える。言いたいことは言った、あとはぶつかるのみだ。それを聞いたリュドとリーラは目を見開くと、それぞれ武器を取り出す。

リーラが取り出した斧の刃を床に勢いよく地面に叩きつけると、地面がえぐれ大きな音が鳴る。


「違うねぇ、違うねぇ!思ってたのと違うよ兄さん!」

「そうだな....しょうがない、始末しよう、やり直そう。それがいい」

「そうだね、それがいいね」


2人は互いの意見に納得したように笑うと、こちらに走って向かってくる。それに合わせてヴィノスは地面に手を当てると、魔術を発動させる。


「おらよっ!」


氷が線を引くとそこから太い氷壁が生成される。聖堂は2つに分けるように空間ができ、6名は顔を見合わせ頷くと計画通りにそこへ飛び込んだ。





──





side:ヴィノス




綺麗にリュドとリーラを隔てるように氷壁が出来たのを見て、俺は安心すると後ろにいる2人に目線を送る。レンディエールは既に詠唱を初めて俺達の強化をし、グランは義足の様子を確認しながら翼で飛び上がった。


「に、兄さん!兄さん!!」

「兄弟離れぐらいしたらどうだ?」

「いやだ!兄さんと私は2人で1人なの!!」


氷壁を叩き、向こうにいるであろう兄に呼びかけるリーラを見て俺は挑発するように言う。それが簡単に壊れるものでは無いことを確認すると、リーラは諦めたように項垂れるとまたニコニコと笑顔に戻る。


「ねぇ」

「........」

「私ヴィノスの事気に入ってるからぁ、特別に見逃してあげようか?」


俺は、返事の代わりに氷の刃をリーラに放った。それを彼女は軽く斧で払い、やれやれとオーバーリアクションで残念がる。大きな斧を振る腕力がその細い腕のどこにあるんだと思いながら、俺は魔力を左手に溜めた。


「じゃあ、はじめよっかぁ」

「早く来なさいよクソ女、さっきからムカつくのよ貴方」


グランが珍しく汚い言葉を吐き、俺は女同士が感じる何かかと呆れながらグランに向かったリーラを追う。ある程度まで近づくと、翼で飛ぶグランに向かって脚力でそこまで飛び上がり斧を振りかぶるリーラを俺は狙う。


「〈グレイシ―っ!危ねぇ!!」


リーラは斧を振るうとその手を離しグランではなくレンディエールに向かって飛ばした。彼女と同じぐらいの大きさはあるだろう大斧が脅威のスピードでレンディエールに迫る。


「くっ!」


レンディエールの前にシールドが張られると斧はそれで防がれたが直ぐに破壊され、スピードの落ちた斧の刃がレンディエールの腕を掠った。


「大丈夫です!」

「気ぃ抜くなよ!」


レンディエールの傷はすぐに塞がる。俺はそれに疑問を持った。今、治癒術を使ったか....?


「よそ見厳禁!え〜い!」


ゆるい掛け声の割には重い拳を俺に振るったリーラに驚きながらそれを手で受け止めるとするりと指を絡ませて来る。なんの技が来るんだと構えていると彼女は反対側の手も掴みクルクルと回る。


「ほらほらぁ、踊ったら楽しいよぉ?」

「なら、そのまま凍るか?」


絡められた手を強く握り返すと、喘ぎ声の様な声を上げたリーラを完全に無視してそこから凍らせていく。彼女はそれを見ても特に焦る様子はなくただニコニコとしたままだ。


「腹立つ....こっちは本気で殺しに来てるのよ!」


グランが赤黒い矢をリーラの首を狙って放つと、後ろに目がついているのかと思うほど正確に位置を把握して、自らの位置と俺の位置を交代した。


「──っが!」

「ラ、ラージェン!ごめん!」


普通の矢とは違う、魔力で出来た殺意の込められた矢を背に受け思わず痛みで凍らせる力を弱めてしまう。その隙に氷を破壊して手を離したリーラは俺を回し蹴りで蹴り飛ばすとレンディエールの方へ向かった。


「大丈夫ですか!」


俺に治癒術をかけたレンディエールに、リーラは素早く斧を掴むと大きく振りかぶる。あれを喰らえば即死だと理解した俺は背に刺さった矢を抜き投げ捨てると手を伸ばしリーラに照準を合わせた。


「任せて!」


グランが一気に数十本の矢を放つとそれが全てリーラの持った斧にヒットし、軌道を逸らす。レンディエールが横に飛び退くとリーラの斧は空振りに終わった。しかし、それでは終わらない。リーラはそのまま体を回転させるとぐるぐると斧を振り回したままレンディエールに向かう。2人の距離は近い。


「あいつ三半規管どうなってんだ!!めちゃくちゃやりやがって....!」


俺は手を下ろし魔力を溜めながらそのままリーラに向かって走るとかなり距離を詰めて魔術を放った。


「固まれっ!」


リーラが氷像ように固まると俺は急いで次の魔術を放とうと詠唱を始めようとするが、彼女相手にそれは効かずに直ぐに体を覆っていた氷が砕ける。だが、彼女の回転は止まった。


「くっそ...レンディエールばっかり狙いやがって....!」

「だって回復支援系っていたら面倒じゃない?」


確かにと納得しながら、だからこそ彼を負傷させる訳にはいかないと俺は氷を拳に纏わせそれでリーラに殴り掛かる。彼女がそれを避け地面を抉った俺は直ぐに2発目をぶち込もうとリーラに向かうが、彼女はレンディエールに集中して攻撃していく。


「ほらほらほらぁ!死んじゃえ〜!」

「──っ!」


リーラから視線は外さずに飛び退き彼女の斧の連撃を避けるレンディエールの体力は徐々に切れていく。が、グランの矢が斧を打ちその動きを止める。


「え〜、もう....じゃあグランから死んでもらおうかなぁ!」


歪んだ笑みを見せるとリーラはまた飛び上がり斧でグランを叩き落とす。予想していなかった攻撃になんのガードも出来ていなかったグランを見て俺は氷剣を作り出してリーラに斬り掛かった。


「甘々だねぇ」

「──くそっ!」


首狙って振り下ろした氷剣をリーラは屈むことで避け地面手を付き俺の手を蹴り上げると、手から剣が離れ視界の端で消滅したのが見えた。

リーラはレンディエールに視線を向けると斧をまた投げてまるで飛び道具のように使う。


「避けろ!」


レンディエールは素早く回避しようとするが、後退した先は壁で迫ってくる斧に先程と同じようにシールドで対処しようとするが間に合わない。

体をひねり被害を最小に収めようとしたが、その大きな斧の刃がレンディエールの腹部を裂いた。


「──ぐぁあ゙ぁっ!ぃ....ぁあ!」

「あははははっ!!痛いでしょぉ?」


どくどくと血が溢れ、白い服が切れた部分から赤く染っていくのを見て俺は血の気が引く。魔族である俺が食らったならある程度耐えきれるかもしれないが、人間であるレンディエールが食らった場合は──


「はぁ……ぐっ……!」


レンディエールが自身に治癒術をかけると、直ぐにその傷は塞がり何事も無かったかのように杖を構えている。やはり、そこに違和感を感じる。


「ねぇ〜!ねぇねぇやっぱりヴィノスも気になるぅ?」

「........」

「レンディエールはね、ズルしてるんだよ!!」


ズル。それはどういう事だとレンディエールに視線を向けると、彼は目を逸らさずにただ少し苦笑いを俺に向けた。

その隙に、リーラはレンディエールの胸元を斧で切りつけた。切れた服の隙間から覗くのは、人には普通無いもの。


「[サクリファイス・クリスタル]〜!お披露目ぇ!」


レンディエールの胸にはしずく型の宝石が埋められていた。彼が時々見せる胸を摩るような癖の正体はこれかと理解すると、リーラは楽しそうに語る。


「レンディエールはこれ自分で取り込んだと思ってるけど、勿論私達がやりましたぁ!やったね!!」

「....やはりそうですか」


リーラは斧を下ろしてわざとらしく泣き真似のような仕草を見せると、レンディエールを見た。


「そして悲しいねぇ、悲しい!タダで身体能力、自然治癒力が上がるなんて都合のいいものはこの世に存在しないの!」

「それはそうでしょうね」

「サクリファイス!犠牲となるものが必ずあるよねぇ!!」


レンディエールはただただリーラの話を聞く。攻撃をしていない今が仕掛けるチャンスかもしれないが、この話はレンディエールにとって大切なものだろうし、何より斧の柄にリーラが手を置いているのを見ると直ぐに反撃できるのだろう。


「じゃあ言っちゃおうかな?言っちゃおう!その代償となるのは....じ──」

「寿命、でしょう?」


レンディエールは軽く笑いながらそう言うと、リーラに杖で攻撃を仕掛ける。が、それは直ぐに避けられる。


「薄々分かりますよ、こうして体の一部となっているのですから....自然とね」

「な〜んだ、つまんない!」


レンディエールの平然とした様子に、俺は怒りを覚える。何故、そのようにされてもリーラに対して何も言わないのか。まるでそれを埋めたのは自分の意思だったかのように振る舞うのか。


「おい!聞いてねぇぞ....!」

「そうそう!そう言う反応!あのねぇ、レンディエールはこれのせいで早ければ40歳ぐらいで死んじゃうかもぉ!ははは!!」


リーラが語る言葉に、レンディエールは特に動揺したりはしなかった。逆に俺とグランの方が動揺している。グランはリーラに矢を放つがそれはやはり斧で弾かれ、それでも何度も何度も矢を射った。


「しつこいよぉ?」

「........」


グランが怒っているのは見なくてもわかる。彼女のレンディエールの今の関係はよく分からないが、レンディエールの不幸を聞いて感情を乱すぐらいは関わりがあったのだろう。しかし、当の本人は杖を構えると俺達に強化を魔術をかけた。


「ですので、私は一分一秒でも惜しい。早くこいつを殺して帰りましょう」

「え〜、私を殺すぅ?出来るわけないじゃん!!」


レンディエールの言葉を不快に思ったのか、リーラは乱暴に斧を振るった。彼は後でたっぷりと叱ればよい、優先するのはレンディエールの言う通りリーラを殺すことだ。


「らぁっ!」


斧で払われるのを承知で氷柱をリーラに放ち、こちらに意識を向けさせる。再び飛んだグランに目で合図すると彼女はリーラの足元に矢を放ち、リーラはそれを軽く後退しながら避けていゆく。そして次に放ったグランの矢は避けたリーラに向かって方向転換をして向かって言った。


「こんなへっぽこな矢で私を殺そうだなんてねぇ!」


それを飛び上がり斧で粉砕すると、傍あった壁を蹴りグランに接近しようとする。今だ──


「〈グレイシア〉ッ!!」


空中で斧を振りかぶるリーラには避けられないだろう魔術。それで斧で振り払おうにもこれは接触した時点で発動する。青光の塊を、リーラはその身で受けることしか出来なかった。そして氷漬けになったリーラは落下する。


しんと、場が静まり返った。


あれは俺が使える中でも上位の魔術、俺は急いで氷塊に向かって走りその中身ごと粉砕してやろうと足を引くと、そのまま蹴り壊そうとする。



「──っ!!」



しかし、足が触れる前に氷にはヒビが入るとそれは砕け散り俺の足にリーラが掴むと勢いよく地面に叩き付けた。

背と頭部の痛みに怯むとリーラは俺の首を掴み半身を起こさせた。


「じゃあ、お返しねぇ」




そう言い笑ったリーラの手が、俺の胸部を貫通した──






──





side:ロザリエ



リュドは氷壁に手を当てると、がんっと拳を叩きつける。完全にリーラと隔離出来た事に安堵すると、私は剣を構えた。


「やってくれたな....妹は俺がいないと駄目なんだ」

「知らんな、それよりこちらに集中しろぉ!」


リュドに向かって一気に距離を詰めると、私は上段から斬りつける。しかし、それは何かによって受け止められた。リュドが持っているのはステッキだ。


「まさか、それで戦うつもりか」

「何か問題か?」


リュドは顔を顰め、その後鼻で笑う。ステッキをクルクルとと回すとそれを私に突きつけた。それを不快に感じて真っ二つにしてやろうと剣を振るうと、金属音がして私の剣が横に逸れる。

リュドの手元を見ると、先程ステッキとは違う鞭になっていた。それも普通の鞭では無い、しなるそれは全て刃で出来てる。


「その剣、俺に届くと思うか?」


挑発するように笑ったリュドに私は気にせず突っ込んで行った。しかし巧みに鞭を扱うリュドの技に、私は回避するので精一杯で次の手を打てずにいた。


「退けっ!」

「──くそっ!!」


私はソリッドの指示通り横に逸れると、炎の斬撃がリュドに迫る。しかし、ソリッドの薙刀の刃をその鞭で叩くとその動きが乱れ、その攻撃はリュドには届かなかった。

が、ソリッドは諦めない。一度下がるとまたリュドに向かっていき、私もそれに合わせて走った。


「無駄だ」


大きく横に鞭が振るわれ、私は右腕に痛みを感じる。血が出る感覚を感じながらも、私はそのまま突っ走った。近くまで来てしまえばこっちのものだとリュドに剣の突きを放つと、鞭だったものがステッキに戻りそれを弾かれる。

しかし、ここまでは計算通り。斬りつけ、止められ、斬りつけと攻防を繰り返しているうちにソリッドはリュドの腹部に薙刀を突き刺す。


「──ぐっ!」

「残念だったな、届くぞ」


刃が引き抜かれ大量に出血し、リュドをそこをおさえなが後ろに飛び退いた。しかし、それでは私達の攻撃避けられない。


「行け!!」


リュドが避けた先にはリアシアールが待ち構えており、アルビスとクラージェがリュドにその鋭い牙で噛み付いた。苛立った様子で2体を蹴り飛ばしてまたステッキを鞭の状態へ変えると、それはリアシアールに向かった。


「させん」


それをソリッドは横から斬り払いリアシアールを守る。舌打ちをしたリュドに向かって私は炎を纏わせた剣で斬り上げるように振るうと、一本線が引かれるようにリュドの胸元を斬り裂いた。


「──がぁっ....!」

「私達は相性が悪いらしいな」

「舐めるなぁ!!」


私に向かったリュドは一瞬のうちに私に接近して、鞭などではなくその拳で私の顔を殴りつけた。魔族の腕力、それをもろに食らった私は横に吹っ飛び氷壁に衝突する。


「ロザリエ!」

「他人の心配をしている場合か?」


駆け寄ろうとしたソリッドとリアシアールにリュドは鞭を振るう。ソリッドは怒りに任せ、それを弾くとリュドに向かって薙刀を振りかぶる。

その刃をステッキで受けると押し返して脅威のスピードでソリッドに近づくと、その首をつかみ締め上げる。


「──かっ....ぐぁ....!」

「このまま折ってやろうか?」


もがき苦しむソリッドを見て、私はクラクラとすると頭をそのままに走り出した。ソリッドは私とヴィノスを救うために無茶をし過ぎた。明らかに弱体化している。


「[エグランティーナ]よ、我が血を──」


ある技のために剣を自らに突き刺そうとしていると、クラージェが私に駆け寄りそれを止める。それ見てリアシアールの方を向くと彼女は怒った様子で私を見たあとアルビスに指示を出している。


「フォルムチェンジ!いきなさい!」


アルビスが大剣の形へ変化すると、そのままリュドの胸目掛けて矢のように飛ぶ。それを察知してリュドは鞭でアルビスをなぎ払おうとするが、意思のある大剣はそれを交わしてリュドに命中した。その痛みに、リュドはソリッドを離す。


「ゲホッ、ガッ....はぁっ....やってくれたな....!」

「そ、れはこっちの、台詞だ」


リュドの胸に刺さった大剣は霧状になりリアシアールの足元に行くと狼の形に戻る。それを恨めしそうに見たリュドはソリッドは蹴り飛ばすと私に向かって鞭の一撃を放つ。


「なっ!」


不意の一撃に防ぐのが遅くなる。私を襲うであろう痛みに覚悟覚悟するが、それは私に届く前にカキンッと鳴らし防がせる。私の前にはリアシアールが庇うように両手を広げ立っていた。


「ふぅ、鎧って便利〜」

「師匠....!申し訳ありません....」


守られてばかりだと悔しく思っていると、リアシアールは私の肩を軽く叩くと召喚獣に命令を下している。嘆いてる暇があるなら攻撃を当てろと言う事だろう。


「どいつもこいつも....大人しく絶望に染まれ!!」

「くだらん、我々は貴様らの思い通りにはならんぞ」

「....意味が分からん」


ふと、リュドが攻撃の手を止める。その雰囲気に嫌なものを感じソリッドは後退して薙刀を構えると、私も同じように剣を構えた。


「道具が、言うことを聞かないのは....おかしくないか?何故絶望しない?何故希望を持とうとする....?」

「........」

「父様も....お爺様も皆やってきた....何故俺は出来ない」


リュドは私達を見ているが、その瞳は濁っていて恐らく私達を見てはいない。彼にとって人を絶望に落とすというのは幼い頃から教えられた''当たり前''の事なのだろう。彼はそれに気づくことが出来なかった。


「哀れだな、掌で踊らさせているのは貴様の方だ」

「....どういう事だ、どういう、いや、聞きたく、ない....聞きたくない!!」


リュドは鞭を乱雑に振るい、私に向かってくる。その表情は....痛々しかった。私は見るに耐えんと剣を振りかぶるとソリッドとリアシアールに目で合図をして退避して貰う。


「『我を包む闇を払いたまえ、我を光へ導きたまえ、これは未来を切り拓く為の一撃とならん』」

「ぁあぁあ゙ぁああ゙っッ!!」




終わらせてやる。その苦しみを....




「〈真紅の復讐劇〉(プロミネンス・ヴェンデッタ)ッッ!!」





炎さえ焼く業火の斬撃が、リュドを焼いた──





──






ロザリエが大技を放つのと、氷壁が砕け散るのは同時だった。砕け散ったその先に見える光景にロザリエは絶句する。リーラに胸を貫かれたヴィノスの姿....怒りが爆発した。


「き、さまぁっ!!」


自分に向かって走り出したロザリエを嘲笑い、リーラは手を引き抜くと祭壇の前へ飛び退いた。ロザリエはそれを追うことはせずにヴィノスに駆け寄る。レンディエールも同じように駆け寄り、ヴィノスに治癒術を施した。


「ゲホッ、ぐっ....ぁ、治癒、はいい....それより、アイツらを....!!」


苦しそうに立ち上がるヴィノスを地に降りてきたグランが支えると、ソリッドとリアシアールが走ってロザリエに向かった。


「リュドの姿が見えない!」

「あやつ、お前の技を食らっても―」


パチパチパチと拍手の音が聞こえ、皆そこに視線を向けた。

祭壇の前にはリュドとリーラが立ち、拍手をしたリーラは楽しそうにロザリエ達に手を振った。


「皆、よく頑張ったねぇ!そのせいで私達ボロボロ!」

「........」


リュドは全身焼傷だらけで立つことで精一杯のようだ。それを見てリーラはリュドの頬を両手で包むと、笑顔のままつうっと涙を流した。


「兄さんのそんな姿初めて見たよ....」

「....ぇ....と....けで....ぃ....な」

「うん、私も凍傷だらけ....凄く痛い!!」

「──ゃ....と....は、わ....な?」


リーラはリュドの言葉を聞くと、強く頷いた。リュドの声は小さくロザリエ達は聞き取れなかったが、リーラの何かを決意した表情を見て身構えた。


「兄さん大好き」

「........」


リュドはそれを聞き、ただ小さく笑う。

リーラはそのリュドの胸を手刀で狙うと....そこを貫いた。


「っな、何故!?あいつらは何を....」


グランの声は2人には届かない。リーラはリュドの心臓を抜き取ると、だらりと力の抜けた兄を支えゆっくりと床に寝かせた。そして祭壇に置かれた宝玉に何かを念じるように手を当てると、それは砕け散る。


「こ、これをっ、贄とし....我を、みっ、導きたまえ....!!」


リーラは泣きながらリュドの心臓を食らった。ぐちゃぐちゃと咀嚼すると音を聞きながら、ロザリエ達は動けずにいた。


「全ては.....グローハーツの為に!!」


両手を広げ、天を仰ぐリーラの体を魔力の渦が包み込む。それを見てソリッドはいち早く飛び出しリーラの元へ向かう。走る、走るが距離が遠い。


「我が────!その力、今解き放たん!!」


ソリッドの体を業火が包み青年の姿になると、増した力で先程よりも早く走る。しかし、それでも──



「ぁぁぁ゙あああ゙ぁああ゙っッッ!!」



ブチブチと肉の裂ける音を響かせた後、魔力の渦が消えたそこには大きな獣がいた。それはリーラ・アリグ・グローハーツでは無く、ただの狂った獣だった。


「くそっ、間に合わなかったか!!」


鋭い爪の生えた前足を振るうと、ソリッドは軽く飛ばされ体を回転させながら柱に衝突するした。それを見てロザリエは走り出す。


「ロザリエ!!」


リアシアールが止めるように叫んだのを聞かなかったことにして、ロザリエは獣に斬りかかった。全く刃が通った感覚はなく、獣はロザリエを前足で踏み潰すとその爪で斬り裂いた。


「──ぁああ゙っ!ぐぁっ!!」


痛い。痛い....が、それでも止まれない。ここで止まってしまえば、誰がこの獣を止める?ロザリエはまたよろよろと起き上がると今度は獣の背後に周り剣を突き刺した。その皮膚はまるで鎧のように固く、やはり刃は通らない。


「ロザリエ!止まりなさい!」


リアシアールがロザリエに向かって叫び、走り出す。それに続きレンディエールも走り出した。レンディエールは治癒術をロザリエにかけると、後ろ足で蹴り飛ばそうとしていた獣の一撃からロザリエを庇うように包み屈む。

ギリギリでその一撃をかわしたレンディエールはロザリエを抱えると獣から距離をとった。


「こんのぉ馬鹿弟子!1人で突っ走るな!」

「しかし、私が止めないと──」

「私がじゃない、私達がでしょ!?」


リアシアールの言葉にロザリエはハッとして、そして申し訳なさそうに俯く。しかし、そうしているうちにも獣は攻撃を仕掛けてくる。


「危な──」



「『今、終わりの時を迎える。全ての命よ燃えろ、我が怒りを知るがよい──』


『〈終焉の烈火〉(フィーネ・ブレイジング)』!!」



火柱が獣を襲い、それを受けた獣はもがき苦しんでいる。ダメージを受けたようだ。大技を放った衝撃で薙刀を支えによろよろと必死に立つソリッドはロザリエに叫ぶ。


「今だ!!」


ソリッドが起き上がったのに気づいて、獣は前足の払いでまたソリッドを攻撃する。体の再生で魔力も体力を限界だったのに加えて、リュドとの戦闘、ソリッドはそれを防ぐことも出来ずに食らうとそのまま壁に衝突し、気を失った。


「はぁっ……!!」


ロザリエは飛び上がり、獣の顔を目掛けて炎を纏わせた剣の一撃を放った。その時見えた獣の目は──


「──っ」


ロザリエは一瞬戸惑った。その隙を逃さなかった獣は、また鋭い爪でロザリエを斬り裂いた。痛みにまともな着地ができず床に叩きつけられたロザリエはリアシアールに抱えられる。


「あそこで気を抜くなんて、何考えて──」

「....泣いているんだ」

「誰が?」

「あの獣は....泣いている」


リアシアールはロザリエの言葉を聞きながら獣の攻撃を避けると、それを見上げた。特に泣いているようには見えずに、獣からある程度の距離を取るとロザリエを下ろす。

ロザリエは分からなかった。


救うべきか、殺すべきか。


あれだけ仲間を傷つけられて、長年自分たちを苦しめた悪でも、助けを求めているのなら....救うべきではないのかと。

それを見たレンディエールはロザリエが何を考えているのか悟ったのか、ロザリエの肩に手を置く。


「あの獣はもう助かりません。一度禁忌に手を出してしまえば、もう元に戻ることはないのです。ですから....楽にしてあげましょう」


リーラは兄を殺した時泣いていた。本当は、こんな事はしたくなかったのではないだろうか。兄を殺してまで、こうして力を得たくはなかったのではないか。ロザリエはリーラの気持ちを、リュドの気持ちを考え....決断した。


「彼らを救う....死をもって」


胸が痛い。それでも、自らが生き残るためにはそれしか無かった。ロザリエは獣を見つめる、時間を稼いでいたリアシアールはもう持たないとアルビスとクラージェを連れて気を失ったソリッドを抱えると、ロザリエとレンディエールと共にヴィノス達の元へ下がる。



そして獣は叫び声を上げた。ロザリエの決意を望んでいたかのように。



「レンディエールさん、援護を頼む....!」

「畏まりました。『この叫びは遥かまで届きその加護を与えん。我が身の全てを捧げましょう―

〈強欲な咆哮〉(アヴィド・ルッジート)』!!」


レンディエールが杖を掲げると、獣以外のこの場にいる全員の基礎能力値が大幅に強化された。その反動でレンディエールは膝をつき苦しそうにすると、ロザリエに笑いかける。


「ロ、ザリエ....枷を」


ヴィノスの言葉を聞いてロザリエは少し黙りゆっくりと頷くと、枷を外す。そしてヴィノスは支えていたグランに一言礼を言うと、ロザリエ見て軽く背を叩いた。


「....決めたんだな?」

「ああ」

「じゃあ....行くぞ!!」


ロザリエとヴィノスは走り出した。何かを抑えるようにもがく獣に向かって。


「『命よ、華麗に散れ。その姿を永遠に──


〈氷河の虐殺〉(グレイシア・カルネージ)』ッ!!」


ヴィノスは魔力を溜め、その全てを乗せてそれを獣に放った。獣は凍りつく、しかしそれは長くは持たない。後数十秒後にはその氷は砕かれるだろう。


しかし、十分な時間だ。





「『共鳴せよ。



《長い夢だった》



我が魂とこの剣はやがて1つとなり、



《しかしそれは私達に闇ではなく》



汝を無へと誘う──』



《光を与えた》




安らかに眠れ....〈秘技・流星斬〉』ッ!!」




星の輝きを帯びたロザリエの剣から、光の斬撃が放たれる。氷塊は、その斬撃を受けて──中の獣ごと砕け散った。


「....エルシュ、今度こそ本当にさよならだ」


粉々になった獣を見ながら、ロザリエはそう呟く。

そして後ろでドサリと音が聞こえ、振り返ると血にまみれたヴィノスが倒れていた。体を貫かれた後で、枷を外し無理技を放ったのだ。体が限界を迎えたのだろう。


「ヴィノス!!」

「........」


返事はないが、傍によると微かな呼吸音が聞こえて生きている事を確認する。ロザリエは急いでヴィノスを横抱きにして抱えるとレンディエールの元へ走った。レンディエールは直ぐに治癒を施すが、ヴィノスの傷から血が止まらずに彼の顔色はどんどんと悪くなる。


「な、なぁ!死ぬな!私を置いていかないでくれ!!」

「わ....が、まま....ぃう、な....」

「わがままでもなんでもいい....頼む....」


ヴィノスはロザリエの頬に手を当て笑った。あまり見ることのない、穏やかな笑みだ。本当にこれから死ぬみたいじゃないかとロザリエが涙を流すと、それがヴィノスに落ちる。


「おれ、が....ぃなくて、も....ちゃん、と....かれー、いが、い....も、くうん、だ、ぞ?」

「そ、んな....そんな事!!」

「ぉまえに、だか、れ....なが、ら....しねる、なら....ほん、もう、だ....」


ロザリエの頬に当てられていた手が離れ、ヴィノスは声に出さずに何かを言うと、ゆっくりと目を閉じた。


「い、いゃ....嫌だ!なぁ、ヴィノス!ヴィノス!!」


何度呼びかけても、ヴィノスから返事はなく。ロザリエはヴィノスを抱えたまま膝をつき、その体を抱きしめるように体を丸める。


皆、何も言えずに、ただロザリエの泣き声を聞いていた。






──












「あんだけ言っといて生きてるって....カッコ悪ぃ」


ヴィノスが目を覚まして最初に言った言葉はそれだった。


「な、何が『カッコ悪ぃ』だ!愚か者め!!」

「うるせぇな、こっちは怪我人だぞ。わーわー騒ぐな」

「わ、わた、私がどれだけ心配したか!君にわかるのか!?」


医務室でヴィノスはロザリエに叱られていた。彼の体は治癒術だけでは癒せなかった傷の手当てのために所々に包帯が巻かれており、顔色も良いとはいえない。


「君は....君は、私を守るなどと言っておきながら、その様か!」

「....それを言われちゃなぁ....」

「私は....わっ、わたしは....!!」


ロザリエはまたボロボロと涙を流す。それを見てヴィノスは目を見開くと慌てて彼女を抱き寄せた。体が痛むがそれよりもロザリエの心の痛みの方が強いだろう。


「....悪かった」

「ひぐっ....ぅうっ....も、もう...あきら、めようと....するな!!」

「ああ、分かってる。だからもう泣くな....俺は生きる」

「うっ....ぅ....」


ロザリエの泣き声が収まるまで、ヴィノスは彼女を強く抱きしめた。このように泣かせて、自分の選択は間違っていたのだろうかと少し反省しながら。


「私は....ヴィノスの事を、兄のように思っているのだ。だから頼む。これ以上私から家族を奪わないでくれ....」

「──っ!」


ロザリエの言葉に、ヴィノスは心の中で叫んでいた。兄。彼女が自分のことを兄のように思ってると、本当に今言ったのかと。


「....お前の事、絶対に守ってやるからな」

「その前に死んでいては、意味が無いだろう」


ロザリエは小さく笑った。それにつられてヴィノスも笑う。そして、壁をコツコツと叩く音がして、そちらに目を向ける。


「デジャブ....というものですかね....」

「だからイチャイチャはしてねぇっつってんだろ」


そこに入ってきたレンディエール、そしてそれに続くグランを見てロザリエはヴィノスが目覚めたぞと嬉しそうに2人の背をバシバシと叩く。


「はいはい、見たらわかるわよ」


グランは呆れたようにそう言うと、ヴィノスの姿を見て少し俯きがちになる。それに対してヴィノスは何故だと理解出来ずに眉をひそめた。


「アーテルさんは自分があまり役に立てなかったと落ち込んでいるのですよ」

「──っ!エクリプス!」

「あー、なるほどな。別にそうでもなかったと俺は思うが」


ヴィノスの言葉にグランは何も言わなかったが、ただ暗かった雰囲気は元に戻ったようだ。


「そんで、あの後どうなった」

「後処理を済ませたあと、一応群に報告をしておきました。危険な存在でしたので」

「危険、か....」


ロザリエはその言葉を口に出し、考え込んだ。皆、ロザリエが何を言いたいのかは分かる。しかし自分たちのした事が間違いだとは思えなかった。


「リュドもリーラも、ずっとグローハーツの考え方を教えられていたのでしょう。その環境下にいたのなら、私達にとっての異常も彼らにとっては正常だった」

「ただ....それが間違いかもしれないと気づき始めた時にはもう、遅かったのね....」


皆で黙り込む。

その時、バァッンと勢いよく扉が開きリアシアールが入ってきた。


「やっほー、目が覚めたらしいねぇ!」

「うるせぇな....扉ぐらい静かに開けろよ」


ごめんごめんと謝るリアシアールにヴィノスはそれ以上何も言わなかった。ヴィノスが目覚めたことを知っているものは皆ここから出ていない。つまりリアシアールは外でずっと話を聞いていて、悲観的になっていたロザリエ達を元気づけようとわざとああしてふざけているのだろう。


「....ソリッドは」

「ここだ」


声が聞こえ、先度までいなかったはずのソリッドが目の前に現れたのを見てロザリエはびくぅっと体を震わせた。


「な、なんだ今のは....!」

「彼いつもこんな登場の仕方なんだよねぇ、怖いね〜」


リアシアールは楽しそうに笑うとさて、と手を合わせる。


「ヴィノスも目覚めたし、なんか美味しい物食べに行こうよ!」

「はぁ?」

「ほら、お寿司とか!」

「止めておけ」


リアシアールの提案にソリッドはそれを止める。ヴィノスはそれに安堵すると、ソリッドは腕を組んでそれはいかんと繰り返す。


「我は生物は苦手だ、肉が食べたい」

「いや、そっちかよ!」

「私も焼肉が食べたいぞヴィノス!」

「お前も止めろ!」


それを見てグランは笑う。私はどっち派かしらと悩み始めたのを見てヴィノスはため息を吐いた。起きたばかりの病人に何を食べさせようとしているのか。


「分かりました、間をとって豚のしょうが焼きにしましょう」

「完全に肉寄りじゃねぇか....」

「私もそれがいいわ」


何故か意見があったレンディエールとグランにもうツッコミに疲れてきたヴィノスはどうにでもしてくれと目元を抑えた。皆はじゃあとヴィノスに問う。


「ヴィノスは何が食べたんだ?」

「俺?俺か....」


正直どうでもいい。というか粥とか胃に優しいものが食べたいと思っていたが、あるものを思いつき軽く笑うとロザリエを見た。


「カレー、カレーが食えてぇ」

「....そ、そうか!なら私が作ろう!!」


ロザリエは嬉しそうにすると笑いながら照れ隠しのようにレンディエールをバシバシと叩いている。それを見て皆で笑うと、ヴィノスはベッドから降りて伸びをした。

ロザリエはよーしと気合いを入れるように肩を回すと、扉の方向かい、そして後に続こうとした皆に振り返る。


「では戻ろうか、日常に」


ロザリエのいつも通りの笑みに、皆は頷いた。







『真実の扉』

―突き破って進む者達― END






──





「ひっ....ひぐっ....ぅ....」


少女は涙を流した。ある出来事で半壊した聖堂の祭壇の前で、少女は座り込んで泣いていた。


「なんでぇ....なんでお兄ちゃんも、お姉ちゃんも帰ってこないなの....?」


ここで遊ぶと約束したのに、少女の兄と姉はいくら待てども少女の元には訪れなかった。それでも、少女は待ち続ける。


血の跡の残るその聖堂で、少女はただただ泣きじゃくる。もう二度と帰ってこない兄と姉を待ちながら──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る