憧れの青へ

気づけば、森の中だった。そこに座り込んでいた私はただぼんやりと周りを見渡す。


「ここは....」


自分の体を見る。まだ小さく、衣服は着ていない。それもそのはず、私はさっき生まれたばかりだからだ。

自分がどうやって生まれたか、何故少し成長した姿なのか、何よりこの知識は何故持っているのか、分からないことは多い、が。


「へプシュッ」


寒い。こんな真冬に裸でいたら当然寒いに決まっている。ゆっくり私は立ち上がると、曇った空を見上げた。

暗く、寂しい....嫌になって歩き出す。とりあえずこの下がっていく体温をどうにかしなければと考えていた時、私は人と遭遇する。


「──っ」

「....どうしたんだ、そんな格好で」


老人が私にそう話しかけるが、私は彼のその暖かそうな服を見ると襲って奪おうかと物騒なことを考えていた。それを察したのか老人は自分の上着を脱ぐと私の足元に投げた。


「着なさい。大丈夫だ、君に危害を加えたりはしない」

「........」


信じていいか分からない。それを判断する材料が、そして知識が私には無かった。足元の上着を拾うと急いで羽織って体を丸める。

老人は警戒している私に近づこうとはせず、その場から問いかけた。


「何故君のような子供が、こんな所に?」

「........」

「そうか、答えなくないならいい。では、行く場所は」

「....ない」


それを聞くと老人は黙り込んだ。私はじっと彼の様子を伺う。老人は私に向かって歩むと私の目を見て、微笑んだ。


「家に来るか?儂とうるさい婆さんしか居ないが」

「........」


私は黙ったままコクリと頷いた。それを見て私の頭を軽く撫でた老人はまた歩き始める。歩幅を合わせてくれている老人の優しさを感じながら、私はその後をついて行った。





──





「綺麗....」


私は、晴れた空を見た。初めて見た時の灰色でなく、綺麗な青色だ。私の瞳と同じ色──


「なんだ、あんた泣いてるのかい?」

「....泣いて....ますね」

「変な子だねぇ....ああ!爺さん!早く支度しな!」


わしわしと私の頭を撫でたお婆さんは外に立ちつくす私を家の中に戻るように促した。しかし、私はその綺麗な空に見とれて動けなかった。手を伸ばす。この世界しか知らない、生まれた森と、この老夫婦の家だけが私の世界だ。


「あそこに、行きたい....」


届かない、私には翼も、空飛ぶための魔術もない。重力が私の邪魔をして、私はただただその場をぴょんぴょんと飛んでいた。どうすればあそこに届くのか、私はその日からその事ばかりを考えていた。





──




老夫婦にお世話になって5年が立った。生まれた時5歳児程だった私の外見はもう20代程になっていた。その異常な成長を見ても、老夫婦は何も言わなかった。


そして生きるために、剣を学んだ。私が来てから老夫婦の生活が貧相になっているのは一目瞭然。これ以上は迷惑はかけたくない。

本当は魔術師を目指そうとしたが、飛行魔法の適性がない事が分かって私は剣を取った。


「はっ....!」


剣を振ると、木が一刀両断されてバキバキと音を立てて倒れた。木は無駄に切るなと言われていたのでそれを見て焦りながら私は剣を鞘に収める。


「........」


とりあえず見なかったことにして、素振りをする。この剣はお爺さんが昔使っていたものらしく、かなり年季の入った代物だ。しかし、手入れはきちんとされていて、問題なく使える。


その時の、体が浮いた。


「──!?」


なんだと周りを見渡すと下に先程私がいた森が見えて、そして体に痛みを感じる。

大きな爪が私の体にくいこんでいる。鳥型の魔物が私を掴み飛んでいた。確かに空に近づきたいと願ったが、これは違うと私は剣でその魔物を突き刺した。

あまり高く飛びすぎると落下した時、命は無い。


「........もしかして遅かった?」


奇妙な鳴き声を上げ私を離した魔物は飛び去ってゆき、私はそのまま落下した。びゅぅっと風の音が聞こえて、私はその高さに死を覚悟して体を丸めた。






気がついたら、老夫婦の家に戻っていた。心配そうに私の顔を覗き込んでいた2人は私が目を覚ましたのを見て泣いている。心配をかけてしまったようだ。


「心臓が止まったかと思ったよ!あんたは本当に──」

「今回ばかりは儂も怒っておるわ!」

「ご、ごめんなさい....」


謝った私を、2人は抱きしめてわんわん泣いている。2人を抱き締め返して、私は生きていることに安堵した。

落ち着いてきた頃に、私は周りに剣がないことに気が付きそれをお爺さんに聞いた。


「ああ、お前の傍にも落ちていなかったよ。探したんだが見当たらなくてなぁ」

「わ、私....大切な剣まで....本当にごめんなさい....」

「剣など要らん、儂らはお前さえ生きていればいいんだ。今度は新しいのを買ってやろう」


そう言って笑うお爺さんに私は何も返せなかった。







──





また5年が経ち、私の肉体の成長は止まった。剣の腕は天才と呼ばれるほど成長し、そして──


「なんで....」


それを見届け安心したかのように、お爺さんは亡くなってしまった。私を慰めていたお婆さんも後を追うように亡くなり、私は1人になった。

2人ともあの空の向こうに行ったのだと、私はまたそこに手を伸ばす。私も死ねばあそこに届くのだろうか。そう思った時、強い風が私にふいた。


「....駄目ですよね」


2人に止められた気がした。私は老夫婦の家を残したまま、身支度を済ませてその場を去った。少しでも2人のいる場所に近ずいて、ありがとうとまた伝えるのだ。


「確か、群って言うのがあったよね....」





──





「はぁっ!」

「──っく!」

「もっと足に力を込めて、重い一撃を!!」

「は、はいっ!」


私の剣に、別の剣がぶつかる。こんな私が教える立場となり、可愛い弟子が2人もできた。

エルシュが前から攻め、裏から待って私にも切りかかろうとしていたロザリエを足で蹴り飛ばして回避する。エルシュの剣を押し返し、隙ができた瞬間に彼女の手首に手刀を叩き込むと落とした剣の刃踏み拾えなくする。


「死んでも剣は離さない!」

「はい!........師匠、休憩しようよぉ」

「えぇ....ロザリエ〜?」

「私も、同じく休憩を....」


私はため息をつくと2人の要求を受け入れた。ロザリエの家にお邪魔して、椅子に座ると背後から伸びた手をペシッと叩いて阻止した。


「いったぁ....師匠家でぐらい兜取りなよ!」

「これ私の皮膚だから」

「嘘だぁ〜!そんな人いたら気持ち悪いよ!」


そういうエルシュに対して私は笑う。不満そうに私の向かいに座ったエルシュは、私にキラキラと眩しい笑顔を見せる。


「な、何....?」

「師匠って....謎が多いよね」

「謎ぉ?」


こうして鎧をずっと身にまとっているのは、単に痛いのが嫌いだし簡単に死にたくないという理由だ。そして弟子ふたりが中身がみたいと直ぐに脱がそうとするからこっちも意地になっているだけというアホらしい理由もある。


「なんだかね、師匠はなんでも出来てかっこいいよ!私の憧れなんだ」

「憧れねぇ....」

「師匠程になったら、空も飛べるんじゃない?」


なんてねと笑うエルシュの言葉に、私はドキッと心臓が強く脈打つのを感じた。


空、空は飛べない。私は、それは──




「師匠?」


黙り込んだ私を見て、エルシュは不安そうに私に呼びかけた。私は椅子から立ち上がりよく分からない決めポーズを決めると、エルシュにビシッと指さす。


「そう、私ほどになると空を飛べるし....この山ぐらい大きい魔物でも倒せる!更には地球の終わりまで生きれる!」

「──流石師匠!やっぱり人間じゃないね!」

「....それ褒めてる?」

「うん、すっごい褒めてる!」


そうかそうかと笑う私は、彼女が向ける私への憧れの視線を受けながら決意した。彼女の望むような師匠でいたい。そのためには、やはりあの場所に届かなくては行けない。


「ねぇ、空飛ぶの見せてよ」

「駄目駄目、あれは秘蔵の力だから溜めてる」

「....かっこいい!」


....この弟子ちょろいな、大丈夫かと私が心配していると、シャワーを浴びて戻ってきたロザリエに、エルシュが先程の事を話している。


「私は巨大な魔物を倒すのが見たいです!!」

「えぇ....」


どんどん色んな事を要求してくる弟子たちの頭を撫で、また今度と誤魔化した私に2人は渋々頷いた。






──しかし、その今度は来なかった。





エルシュが死んだ。私はその事をロザリエから聞いて、泣いている彼女を1人置いてある場所へ向かった。


「私の、私の弟子が逝っちゃったんです....そこにいますか?」


老夫婦の家の裏にある2人のお墓に私は語りかける。勿論答えは帰ってこない。

人間は、獣人のような秀でた身体能力も、翼人のような翼も、魔族のような反則級の力も無い。そして人間としての才能である物作りの才能も私には無かった。

そして唯一私の力であった剣も、大切な弟子1人守れないものだった。


「なんでかなぁ....本当にこの鎧の中が空っぽな気がするんだ」


自分の兜なぞってカツカツとつつく。また空を見上げるが、私の気持ちとは裏腹に快晴だ。


「──」


お墓の横に腰に下げていた剣を突き刺し、私は森に向かって走り出した。鎧を脱ぐことなど忘れ、私は初めてお爺さんと会った場所を通り抜け、そして──



崖から飛んだ。



一瞬だけ飛んだ....というか落下だが、私は空には届かなかった。私は弟子たちの、理想の師匠なんだ。空も飛べるはずなんだ。しかし、私は落下していく。

ガシャンと大きな音がして、私は地面に叩きつけられた。


「──ったぁ....」


骨は折れていないようだが、やはり全身が痛い。私はまた同じ場所に戻り、飛んで、戻って飛んで....何度も繰り返す。



ただ空を飛んで、お爺さんとお婆さんににお礼を、そして弟子の願いを──



「なんで飛べないの....」



どんどんと近づく地面を見ながら、私は落ちた。





──




「翼人に頼むとか、魔術師に頼むとかはダメなんだよねぇ....私が飛ばなきゃ....」

「愚か、我に頼めばいつでも空に連れてゆくぞ?」

「竜族もだめ!」


ソリッドの言葉に速攻で返した私に、彼は貴様はよく分かららんと優雅に紅茶を飲みながらため息をついた。


「そもそも、空を飛びたい理由がマヌケ過ぎる。天に登ろうとも死者には会えない、弟子の理想である必要も無いだろう」

「確かに人からしたらそうかもしれないけど....私は真剣だから!」

「....ふむ」


私の様子にその言葉が真実だと分かったのか、ソリッドはそれ以上何も言わなかった。私は出された紅茶に口を付けずに、ただただ彼に思いを告げた。


「私は自分が人間である事に何度も嫌気がさした、弱い種族だって」

「........」

「だけど、私は諦めたくない。不可能は可能にできるって....自分に証明したい」

「....自分に?他者ではなくか?」


その問に頷くと、ソリッドは笑った。すると彼は袋いっぱいの金銭を取り出すと、私の前に差し出す。


「....なにこれ」

「白辰に行け、さすれば方法が見つかるやもしれん」

「でも白辰って....」


いい噂は聞かない。やばい実験ばっかり国全体で行っているだとか....誘拐もざらではないとか....私も少し避けていた。

ソリッドは私の反応を見ると私の前に差し出た袋を戻そうとした。が、私はそれを止めた。


「分かった、行く」

「しかし、自分で言い出しておいて何だが....危険だ」

「それでも....私は空を目指したい」

「....もう、止めんぞ」


その言葉に私が頷くと、彼は袋から手を離した。私は有難くその金銭を頂戴して、直ぐに白辰に向かった。空を飛ぶ方法を探したいのもあるが、他にも目的がある。


「なるべく法に触れない系がいいな....」


そんな都合よくできる事ではないとは分かっているが私は4年間、白辰に滞在した。


が──







「時間稼ぎ?」

「うん、見つからなかったから時間稼ぎだけしてきた」


ソリッドは意味がわからないと目元を抑えながら、私をぺしっと叩いた。


「あと転職した、召喚士に」

「き、貴様は....全く....言葉も出ないわ....」


今度は手甲の着いている方の腕で強く殴ってきたソリッドの拳を鎧で受けながら、私は軽く笑った。そして彼の手に袋を持たせる。


「....なんだこれは」

「初めに借りたお金、ちゃんと返すよ」

「貸してなどおらん、資金としてやった物だ」


それを返そうと私の手に戻したソリッドに、私はまたまた返そうと押し付け、その攻防が暫く続いたあと不毛だと理解してとりあえずテーブルにそれを置いた。


「それで、時間稼ぎとは」

「そのままの意味だよ、どれだけ時間がかかっても空を飛ぶ方法を見つけるってこと」

「貴様は....いつも言葉が足りん」


もう疲れたと前のような紅茶を飲んだソリッドに、私は内心感謝している。恐らく口で言っても、そんなものは要らんの一言で済まされるだろうから言わないが。


「本当に貴様は愚か者だ」

「分かってるよ、それでも飛びたいんだ」

「....もう何も言わん」


呆れたようにため息を吐いたソリッドに私は笑うと、席を立って部屋から出ていこうとする。


「待て」

「ん?──って、おっと!!」


私に向かって袋が投げられた。思わずそれ受け取り見ると先程のお金が入った袋だ。何故だとまた返そうとするとソリッドは手を軽くあげて止めると私を見つめた。


「鎧、所々傷が目立つぞ。その金で新調するか直してくるがよい」

「そんなにかなぁ?」

「そんなにだ。どうせ白辰でも崖から飛ぶなどと愚かな事をしていたのだろう?」

「愚かなことじゃないよー、いつか飛べる」


その考え方が愚かなのだと鼻で笑ったソリッドは私を追い払うような仕草をすると優雅に紅茶を飲み出した。私はそれ以上何も言わずに小さくお礼を言い彼の部屋から出ていった。


中庭に出ると綺麗な空が見えた。


「いつか....必ず」


私はそう呟くと、走り出した。鎧がガシャガシャと音を立て、転びそうになった体勢を整えながら全力で走る。


向かう先は勿論、いつもの崖だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る