狩りの時間

何度も矢を放つ。しかしそれは何度も払われた。

逃げるターゲットを飛行して追いながら追尾性能のある矢を射つがそれも弾かれる。なかなか仕留められないこの現状に若干の苛立ちを覚えるが、何事にも冷静にとすぐに落ち着かせる。


「木が邪魔で視えない....」


しかし、弱音を吐いている場合ではない。今を逃してしまえばターゲットには完全に逃げられるだろう。相手は珍しい魔物、依頼主は殺しても良いと言っていたので殺すつもりだが、こんなやつを何に使うのだろうと疑問に思う。


「そこまで干渉しては駄目よね」


事前に便利屋からこの仕事は危険な事に関わってないと調べさせたので、私はまたターゲットに照準を合わせた。

赤く光る矢に自分の意志を込めてその力を増幅させていく。


「狙い射つ……!」


扇状に矢が何本も散ってゆき、それが弧を描きターゲットに向かった。何本かは気にぶつかり消滅したが数本でも当たれば良い。狙い通り矢は5本ターゲットに突き刺さりやっと足を止める。


「ふぅ....ハラハラさせないでよ」


翼を折りたたむと木を足場にしてとんとんとリズムよく飛びながらターゲットの傍に着地した。まだそれは生きている。しかし、哀れみなどは向けない。これも仕事なのだ。

そもそも....オーラが気持ち悪い。聞いたところによるとカラスの体に犬の頭を無理やりくっつけたような妙な魔物らしい。こういう部類のものは苦手だ。


「....これ、私が持って帰るの....?」


正直触りたくない。時々跳ねるその魔物を若干引き気味に見ながら私は暫く立ち尽くしていた。

その時、木々の間に人影が見えてすぐに弓を構える。獲物を横取りする輩は多い。その割には余裕の態度だと警戒するが、その姿を見て私は弓を下ろす。


「ラージェン、こんな所で何してるの?」

「何だてめぇか....安請け合いするんじゃなかったな....」

「どういう意味?」


姿を現したヴィノスはため息をつきながら私に近づく。すると私の傍に転がっている魔物を見て顔を顰めた。


「うわっ、気持ちわりぃ。なんだコイツ」

「私の今回のターゲットよ、分かったらどっか行って」

「なるほど、じゃあ依頼主が言ってたのコイツか....」


何やらヴィノスもこの奇妙な魔物に用があるようだ。まさか横からかっさらって行くつもりかと私はヴィノスの足元に矢を放った。それを華麗に避けるヴィノスはふわりと後退する。ポケットに入れていた手を出すとそのまま軽く振った。


「何だ、戦いてぇなら最初から言えよ」

「貴方....私の獲物を横取りしようって言うの?」

「誰もそんなこと言ってねぇだろ。まぁ、正解だがな」


上手く利用されたかと悔しく思う。というのもこの仕事が危険でないと言った便利屋というのは他でもない、ヴィノスだ。最悪だと思いながらまた弓を構え戦闘態勢に入る。だが、ヴィノスはただ魔物を見ながら黙り込んでいた。


「横取りっつーかよ、てめぇのためでもあるんだぜ?」

「....意味がわからないわ」

「そろそろ....来たか」


グチャッと何か音がして、その発生源に私は視線を向けた。

グチャ、グチャッ、バキッ...鳥肌がたちそうな気持ち悪い音は先程瀕死状態にしたはずの魔物から出ている。

ぐちゃぐちゃと内蔵のようなものが出てきたと思うとそれが何かの形を作り、その魔物が巨大化した。


「ひっ....きもっ....」

「下がれ、こっからは俺様の仕事だ」


3m程に巨大化した魔物は遠吠えのようなものを上げ、その唾液がびちゃびちゃ飛んでくるのを見てすぐに避けた。

大きくなるとさらにオーラが気持ち悪い。何なんだこいつはと思いながら距離を取るとヴィノスは魔物に向かって手を向ける。


「ふざけんじゃねぇよ、汚ぇもんぶっかけようとしやがって....殺す!!」


手に魔力が溜まっていくのが分かる。ヴィノスの刺青が薄く光、一気に魔力が増大した。


「くたばれっ!!」


氷柱を大きくしたような氷の塊が猛スピードで魔物に向かっていく。グチャリと喉(恐らく)に直激したその氷柱は棘のようなものが内部から突き出て、魔物の頭部を散らす。


「(....夢に出てきそう)」


その時べちっとヴィノスの顔面に肉片がクリティカルヒットして私は思わず笑う。彼は額に筋を浮かべその肉片を素早く床に落とすと私のことを睨みつけた。私は何も悪くない。少し笑っただけだ。


「くそっ...このまま帰れってか」


彼の白いコートは返り血にまみれ、彼自身も血の匂いがする。このまま歩いて帰ろうものなら変な目で見られるのは一目瞭然。私はそうだと思いつき、ある方向を指さす。


「あっちに川があったわ、軽く水浴びでもしたら?」

「てめぇが案内すんのか」

「うーん....それでもいいけど」


別にそう言う訳ではなかったが時間もあるしいいかと承諾した。魔物の死体を一瞥したが、今回のミッションは失敗だなとため息をつきヴィノスを川のある場所まで案内する。


先程の場所から少し離れた位置にある川に着いて、私はほっとする。正直途中から場所を見失っていないか不安に思っていたのだ。それを察してかヴィノスは道中大丈夫なのか、本当にあっているのかと何度も聞いてきた。しかし、こうして着いたのでなんの問題もない。


「じゃあ私は行く──」


立ち去ろうと振り返ると、ガッと石を踏みよろけるとそのまま川に突っ込んだ。服がびちょ濡れになり、ついでに下着濡れた。....不愉快。


「ははははっ!だっせぇ!」

「わ、笑わないでよ....いたた」


お尻を強打して擦りながら起き上がろうとすると、義足がすっと消えた。もしかしてとズボンを少し捲りあげると義足を生成するリングに少し傷が入っていた。


「嘘でしょぉ....はぁ....」

「どうした」


ヴィノスは真顔で近づいてきてきて私の手を取った。そのまま陸に上げると私は濡れた翼を大きく動かして水を払う。


「おい、人が横にいんのにバサバサすんじゃねぇよ」

「だって濡れてたら飛べないし」


べしっと強く翼でヴィノスを押すと彼も川に落ちた。それを見て笑った私を彼はまた睨む。さっき私が落ちた時に笑った仕返しだ。


「てめぇ....つか服まで濡れたら着替え無くなるだろ!!」

「....そうね」

「責任取ってどっかで調達してこい」

「えぇ....びしょ濡れで帰れば?」

「いいから行け!このポンコツ翼人!」


ポンコツとは言ってくれたなと私は渋々街まで飛ぶことにした。私の服は飛んでいるうちにある程度乾いたので良いが、彼をこのまま置いて行ってはさすがに目覚めが悪いと久しぶりに街での買い物がスタートした。


「男の服なんてよく分からないわ....」


それに手持ちもそこまで多い訳では無い。できるだけ簡素なもので済ませたいが、後で請求すれば問題ないかと服を探す。適当にワイシャツとスラックスを見繕い──


「え、下着....どうすればいいの」


最難関。男性物の下着を買うなど18の少女にはハードルが高すぎる。しかしノーパンで返すのも何だかなぁと思いながらウロウロしていると店員さんに声をかけられる。


「いや、なんで....もない、です....」


素早くその場から消えるとこのまま飛び去った。

しょうがない。しょうがないのだ。


「彼には....ノーパンで帰ったもらおう....!」


私にはなんの影響もないので、ヴィノスには犠牲になってもらおうと私は急いで川の方に戻った。




「買ってきた」

「....まぁ、しょうがねぇな」


下着がないことに彼は納得したようだが、まだ不満があるようだ。私の買ってきた服のラインナップを見て鼻で笑う。


「てめぇ、服のセンスねぇな」

「何色をしてるの?」

「ああ、なるほど....見えねぇのか」


自分の服は父が選んでくれたものと同じものをずっと体の成長に合わせてオーダーメイドで作ってもらっている。だから私自身のファッションは問題ないと思うが、急に服を買えと言われても色が分からないのだ。店員さんに聞けばい良い話だが、緊張して話すことが出来ない。


「あれだ....喪服」

「喪服」

「真っ黒」


なるほどと頷くと、私はヴィノスに手を差し出す。それを見てヴィノスは理解したようで残念だがと続ける。


「さっきので札も濡れた。返金は後だ」

「....約束、守ってね」

「当然だ 」


ヴィノスがそのまま服を脱ぎだそうとしてるのを視て私は翼で顔を隠した。何をしているんだと怒ればどうせ見えないだろと返されむっとして私は背を向けた。


「帰る」

「そうか。じゃぁ....これ持ってけ」

「わっ....何これ」


渡されたのは手のひらサイズの宝玉のような何か。キラキラと太陽の光を反射して輝いている。それとヴィノスを交互に見ていると彼は小さく笑いある方向を指さす。


「さっきの魔物の核。依頼主の目的はソレだから持ってけば報酬が貰えるはずだ」

「....いつの間に」


そんな素振りは見えなかったぞとヴィノスを見ると彼は笑う。私は核を仕舞うと今度こそ飛び去った。しかし、何だか腑に落ちない。


「私を嵌めようとしたのか....そうじゃないのか、よく分からない....」


ヴィノス・ラージェンという男はすぐに喧嘩を売っては相手を殺す、関わってはいけないタイプのやつだと思っていたが案外そうでも無いのかもしれないと彼の印象が変わる。

エルシュが生きていた頃はもっとトゲのある感じだった気がするが、彼も変わったのだろう。


「私も....変わったと思うけど」


彼に対してそう思う余裕があるほど、自分も''彼女''に変えられたのだろうと薔薇のような女性を思い出す。報酬でアップルパイでも買って遊びに行こうかと、私は楽しみに思いながら綺麗な青空の中飛んだ。










「しかし、どうしたもんかねぇ」


俺は飛び去ったグランを見ながら体についた血を流す。自分の依頼主と彼女の依頼主は違う。だが求められた物は同じ、さっきので気持ち悪い魔物の核だった。しかし、俺は何故かそれをグランに渡した。つまり、俺の方の依頼は失敗したのだ。


「はぁ....評判下がるか?これは」


便利屋として長いこと仕事をしてきたが、頼まれた依頼は何でもこなしてきた。この1個ぐらい落としてもそこまで影響は出ないはずだし、得意の情報操作でどうにかなるかと息を吐く。


「問題は、これだな」


こんな森の中にそうそう人など来ないだろうからすぐさま着替えれば良い話だが、下着がない状態でズボンを履くというのにそれなりの抵抗がある。しかし、グランのような年頃の女に自分の下着を買わせると言うのも嫌なので、結局はこの道しかないのだ。

陸に上がり軽く水を払うと一緒に買ってもらったタオルで頭をガシガシと拭き、ベルトに手をかける。


「はぁ....最悪だ。早く済ませちまおう」


ズボンと一緒に下着を下ろすとそれを適当に折りたたんで傍に置く。そしてグランが買ってきたスラックスを素早く履く。が、やはり思った通り。


「スースーして落ち着かねぇな、違和感だらけじゃねぇか」


このまま歩かなければいけないのかと先のことを考えると再びため息がもれる。そして黒いワイシャツを手に取ると、何かが落ちた。

それを手に取り見るとただの黒いネクタイだった。恐らくシャツとセットだったのだろう。本当に喪服じゃねぇかと心の中で言いながら折角だしとシャツを着た後ネクタイもしめてみる。


「案外悪くないか....?」


水面に写った自分を見て俺様はなんでも似合うなと鼻で笑い、脱いだものをまとめるとそのままその場を去った。

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