真夜中の食堂

「──っ!!」


それから早く逃れたいという気持ちから目を素早く開けると、見慣れた天井が広がっており私は息を吐く。

まただ。こうやって悪夢に魘され真夜中に最悪な気分で起きる日々はいつ終わるのだろうかと目を抑えた。エルシュお嬢様が亡くなってから4年間、まともに寝られたのは数えられるほどしかない。しかし元からショートスリーパーだったのか生活に支障はきたしていないのがせめてもの救いだ。


「....はぁ」


目を瞑るが寝られなくて先程の夢を思い出す。知り合いが自分の事を責める夢だ。この人はこんな事は絶対に言わないと理解はしているが、夢の中だとそれが真実のように感じる。

起きると嫌な事を言われたことに対しての不快感と、夢の中でそんな事を言わせてしまった知人への罪悪感に襲われる。


ベッドから起きると軽く髪を整えて部屋から出る。隣の部屋から気配は感じない。レイゴルト様はちゃんと休めているのだろうかと心配に思いながらも廊下を歩く。ただ目的もな──


「──がっ!」

「....?」


ガンッと廊下に音が響く。こちらもぼうっとしていたのでなんとも言えないが、丁度通りかかったある人物の部屋の扉が勢いよく開き、それが顔面に直撃したのだ。

額が痛い。腫れてないかと軽く摩ると部屋の主が私の顔を見上げた。


「エクリプス」

「アーテルさん....扉ぐらいゆっくり開けなさい」


グラン・アーテル。彼女とは少し前までは顔を合わすと殺し合いに発展してしまうような関係だったが、今はある出来事のお陰でこうして普通に話せる程度の関係になった。


まだ夜中の3時だ。彼女はこんな時間に何をしているのだろうと疑問に思いながら額に治癒術をかけた。グランは少々申し訳なさそうにしながらも謝りはしない。まぁ、私達はそういう距離感だ。

その時、グランの腹から小さくぐぅっと音が聞こえる。彼女は俯くと腹をさすり私に背を向けた。


「空腹なのですか?」

「今日、いや昨日?何も食べてないから」

「....はぁ、食事ぐらいきちんと取りなさい」


綺麗なガラスの義足で食堂に歩き出すグランの後を、気まぐれについて行く。彼女の表情は特に変わらない。特に何も言わないという事はついてくることに関して不快には思っていないのだろう。

カツカツと二人分のヒールの音だけが響く。お嬢様が亡くなったのは彼女と同じぐらいの時のだったなとふと思いながら感傷に浸っていると食堂に着く。


「貴方もお腹がすいたの?」

「いえ、そういう訳では無いのですが....気まぐれですよ」

「....そう」


それ以上何も言うことは無く、グランはキッチンに立った。冷蔵庫に入ってる食材を触れて確認するとお米を炊き始める。ピロッと炊飯器の音がなりグランはキッチンから出ると椅子に座った。

そして入口で突っ立っていた私を見ると、自分が座っている椅子の反対側の席に手を向ける。


「ご飯が炊けるまで50分。何か話を聞かせてくれないかしら?」

「....楽しんで頂けるかは分かりませんが」


何か最近面白い出来事はあっただろうかと考えながらグランの向かいの椅子に座る。彼女はじっと私を見つめる(仮面で目は見えないが)とムッとした表情を見せる。


「どうかしましたか?」

「貴方のオーラ、ほんの少しだけあの人と同じ黄金が見える....気がする。本当に少しだけど」

「それは嬉しいですね。そばに居ると影響が出るのでしょうか....貴方はどうなんですか?」

「自分のオーラは見えないのよ、だから分からないの」


残念だわとため息を付くグランを見て、オーラとはどのように見えるのかと興味がわく。


「私のオーラはどのような色をしているのですか?」

「そうね....白に近い黄色、かしら。そして....貴方、今落ち込んでたり、悲しい事があったりしたんじゃない?」

「........何故そう思うのです」

「私の見えるオーラはその人の本質を現すものと、感情を現すもの2種類見えるの」


それは便利な....と思ったが、厄介な能力を持ったものだと憐れむ気持ちがあった。それを''視た''のか、彼女は顔を顰める。彼女にとって憐れみを向けられるのは一番やってはいけないことのようだ。今更気づいてももう遅いが。


「....気づいたのならいいわ。私はこの能力を持った事に嘆いたことは無い。視え過ぎるのは確かに面倒な時はあるけどね」

「だから貴方は外に出ることを避けるのですか?」

「そうね....疲れるのよ。足が無いことに関して憐れまれたり、好奇の目で見られるのは」


今は義足があるからそういった事は減ったけどとその義足を撫でた後、頬杖をつき私を見た。なるほど、今度は私の話をする番だという意味だろう。念の為、私の話ですかと問いかけると彼女は頷いた。


「私の自身の話ですとつまらないかもしれませんねぇ....」

「そう言えば、貴方はなんでこんな時間に起きてるの?」

「不眠症なんです。よくこの時間帯はウロウロしてますよ」

「....深夜徘徊おじいちゃん」


なんだ、喧嘩を売っているなら買うぞと笑みを作るとグランは咳払いをしてならと言葉を続ける。


「睡眠薬は?」

「効かなかったです。体質ですかね」

「そう....やはり元を断たないと」


そう言ったグランは、私がどうして不眠症になったか察したようだった。元を断つと言っても、自分はもうエルシュお嬢様の死を受け入れ前に進んだはずだと考えこむ。

何がダメなのだろうか、もしかして不眠症の原因は他にあるのだろうかと色々思いつくが、どれもそれだけの事で寝れなくなるだろうかと言うものばかり。


「寝れた時、夢は見るの?」

「ああ、見ますね。今日が丁度そうでしたが....貴方が出てきましたよ」

「........なんかヤダ」


そう言われてもなぁと思いながら、内容を聞かれたので簡単に説明する。エルシュお様様が死んだのはお前のせいだと永遠と責め続けられるのだと言うと、グランは心底嫌そうにした。


「私がそう言うと思ってるの?」

「今は思ってません。それに人は変わりますが夢の内容は全て同じなので、貴方だけという訳ではないのですよ」


何だか自分の嫌な話ばかりベラベラと喋ってしまったなと申し訳なく思う。逆に、とグランの夢について聞いてみると、彼女は何故か頬を染めた。その反応に余計に夢の内容に興味が出てきたので自分は赤裸々に話したぞと押してみる。


「........あの人の夢」

「あの人というのは、レイゴルト様の事ですね?」

「うん」


彼女は暑くなったのかフードを外すとこもった熱を振り払うように耳をパタパタと動かした。


「あの人と空を一緒に飛んで星を見るの。私も飛べるけど何故かお姫様抱っこされてて、星を見てる私の口にレイゴルトさんは........」

「欲丸出しの頭の悪い夢ですね」

「........」


グランは立ち上がり黙って弓を出すとそれを私に向けた。焦りながら私は杖を出そうとするが──部屋に置いてきたのを思い出す。だって誰もこんな急に戦闘になるなんて思わないじゃないですか?私は思いませんでした。

グランの放った矢が私の胸に直撃して、その痛みを覚悟したが....全く痛くない。


しかし、それが流れ込んでくる。

グラン・アーテルのレイゴルト様への恋心。


「──っな....これは....?」

「私は感情を矢に込めて相手に直接伝えることが出来る。それを今貴方に放ったわ。さぁ次よ」

「ちょ、待ってくださいやめてやめて!ストップ!」


バシュッと音がしてまた矢が私の体に溶け込むように消える。グランの感情を体感している状態なので私も''レイゴルト様に恋をしている''ような感覚になるのだ。それはいけない。直ぐにやめて欲しい。


「やめっ、ああー、ちょっと!?」

「さっきの言葉撤回して」

「分かりました!分かりましたから!その矢を射つのはやめて下さい!」


それを聞くとグランは弓を下げた。なんてやつだと思いながら私は安堵して息を吐くとピーッと機械音が聞こえて2人で視線をそちらへ向ける。


「炊けましたね」

「そうね」


グランはキッチンに向かい炊飯器を開けると中を覗き込んだ。小さくお腹が鳴った音が聞こえて私が小さく笑うと何だか睨まれた気がしたので咳払いで誤魔化す。

話にも付き合ってもらったし、そろそろ部屋に戻ろうと立ち上がるとグランに待ってと止められた。


「どうかしましたか?」


彼女は返事をしないまま何か黙々と作業を続けている。よく分からないが言う通りにまた座って待っていると、暫くしてから彼女が皿を持って戻ってくる。


「人の握ったおにぎりは食べれない人?」

「いえ、そんな事はありませんよ」

「そう、なら....どうぞ」


私の前に出された皿の上にはおにぎりが2つの乗っている。私が呆然とそれを見ているとグランは向かいの椅子に戻り、自分の分を手を合してから食べ始める。


「何故私の分も?」

「気まぐれ」

「そうですか....有難く頂きます」


正直きちんと朝昼晩と食事は取った上に元々食が細いのでお腹は空いていない。しかし彼女からこうやって気遣いを受けたことなどないのでそれが単純に嬉しかった。

私も手を合わせるとおにぎりを1口食べる。鮭おにぎりだ。


「....梅干しは苦手なの」

「私は好きですが....ああ、勿論鮭も好きですよ」


美味しいですと笑いかけると、グランも小さく微笑んだ。つい最近殺し合いをしていたなど今の風景を見た者は信じられないのだろうなと少しおかしく思いながら食べ進める。

自分は作る側の方が多いので、こうして誰かに振る舞われるのは不思議な感覚だ。


2人で同時に食べ終わるとまた手を合わせる。使った皿を重ねてキッチンに行くとグランがついてこようとしたが、あとは任せてくださいと止めた。

せめて皿洗いぐらいさせてくれないと何だかむず痒い気持ちになる。誰かから施されるのは慣れていない。

皿洗いを素早く済ませると、グランはいつも通りフードを被っていた。


「ありがとう。もう部屋に戻るわ」

「そうですね....私もそうします」


食堂の電気を消して2人で同じ方向に向かう。部屋に戻ると言っても相手の部屋は隣の隣、同じ方向行くのは当然だ。また二人分のヒールの音だけが聞こえる。

無言でお互い部屋の前に着くと、グランは部屋へ入らず私の方を向いた。


「お腹いっぱいになったら人は眠くなるもの....寝られたらいいわね」

「....そのために私の分も?」

「さぁ、貴方がそう思うならそうなんじゃないかしら」


グランは最後に笑うと部屋に入っていった。


「....そのような笑顔も出来るのですね」


私は驚きで固まりながらそう呟くと部屋に戻る。

何だか....今なら眠れる気がした。

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