ペアチケット

ヴィノスは疲れていた。仕事上信憑性があり、幅広い情報を得なくてはいけないためにあっちこっち回って街の噂を聞いて、裏取りをして、そして売って....それだけで一日を終えられるほど。

それにプラスしてロザリエを守るという役目もある。彼女は戦闘になるとすぐに仲間を守ろうと突っ走るし、この間なんで憧れの戦士と手合わせが出来ると張り切って本気を出して無茶したり、大食いだが料理ができず得意なカレーばかり食べたり、よく分からない男を部屋に入れるし、目が離せない。


もう一度言うと、ヴィノスは疲れていた。


別に今の状況に不満がある訳では無いが、体が悲鳴を上げていた。そろそろ休ませろと。その時ヴィノスはロザリエから贈り物を貰った。



──



「なんだこれ」

「見て分かるだろう、温泉旅行の無料宿泊券だ」

「....いや、それは分かるけどよ」


ロザリエが俺の目の前にずいっと出したのは2枚のチケット。なんでも知り合いに貰ったらしいが、ペアの券なので一緒に着いてきて欲しいというのが彼女の言い分だ。

....なぜ俺なんだ。


「ほら....もっと誘うやつが他にいるんじゃねぇか?ホウプスとか」

「一応話はしたんだがなぁ、なんでも忙しいだとか....」

「もしかしてお前友達いねぇのか?」

「いない訳じゃないが、こうして旅行に誘うのは少し勇気がいるぞ」


他の友人はダメで俺はいいのかと思ったが、もしあのロザリエが好いている魔族の男と一緒に行くなどとなったら俺様が発狂するので、渋々首を縦に降った。

丁度最近だるさを感じていたので温泉でまったりするのも悪くないかと少しだけ乗り気になる。


「ヴィノス、今少しだけ乗り気になったな?」

「はぁ....相変わらずだな。俺は顔に出ねぇタイプなんだが」


ロザリエは人の感情を読み取るのが上手い。そうなるのに色々経緯があるが話すと長いので割愛。普段は抜けているのにこういう所は敏感なのかと少々呆れる。普段もしっかりして欲しいものだ。


「そうと決まれば早速準備だ!」

「は?」

「明日行くぞ!」

「いやいや、明日は用が──」


ロザリエは俺の言葉を全て聞く前に部屋の奥にすっとんで行った。話を聞かねぇやつだ、誰に似たんだと思いながらもやはり笑顔な自分に気づく。


「おい、キャリーバッグは持ってるのか?あーあー、菓子は持っていくな、現地で買ってやるから」


たまにはこいういのもいいかと綻んだ顔をそのままにして、俺はロザリエの荷造りを手伝う事にした。




──





「ここが」

「旅館か....!」


俺達の目の前にある旅館はこういう時のお約束、すげぇおんぼろ....などではなく、逆に想像していたよりも豪勢な旅館だ。急かすロザリエに手を引かれながら中に入ると、旅館の女将が丁寧に迎えてくれた。

しかし、全くと言う訳では無いが人の気配があまりない。


「おい、ロザリ──」

「早く部屋に行こう、荷物が重い....」

「だからお菓子は持ってくるなっつっただろ....俺の見ない隙に沢山詰めてきやがって」


ギチギチと今にも爆発しそうなバッグを見ながら俺はロザリエの言う通り、割り当てられた部屋に行くことにした。

というか何入れたらキャリーバッグがあんなに膨れるんだ。


「おお、綺麗な部屋だなっ!景色もいいぞ!ほらヴィノス、見てみろ!」

「はいはい、見てるよ」


確かに部屋は綺麗で特になんの問題もない。窓を開けたら墓があるとかそういうのもないし、壁にお札がはってあるだとかもない。じゃあこの人の少なさは従業員の態度の悪さかとも思うが、女将の対応は特に不愉快には感じなかった。


「(なんなんだ....この違和感)」

「....ヴィノス?どうした、お腹すいたか?」

「お前と一緒にすんじゃねぇよ。じゃあ早速....温泉入るか?」

「待ってました!そう来なくてはな!」


いえーいと言いながらキャリーバッグを開けたロザリエの顔面に勢いよく飛んだお菓子がぶつかるのを見て俺は小さく笑う。この違和感はただの勘違いかと思いながら、俺も温泉に入る準備をした。




........




「はぁ....意外といいな....」


温泉はいわゆる露天風呂と言うやつで、まだ少し明るいがつい息を吐いてしまうような美しい景色が見える。夜だったらまた違う顔が見えるのだろうなと俺は縁にもたれかかった。

この頃ずっと体に鞭を打ち働いていたせいか、生き返るような気持ちだ。

幸いにも俺以外に入ってくるやつはいなくて、左腕の刺青を見ながら少しほっとする。自分の外見が怖いことには、一応自覚はあるのだ。


『〜♪〜♪』


隣から歌が聞こえる。この声は....ロザリエだ。

どんだけ楽しみにしてたんだと壁を隔てた先にいるであろうロザリエに話しかけようかと思ったが、もしかしらあっちには誰かいるかもしれないとやめる。


「あちぃな....」


自分の使う魔術は氷系。暑くなれば自分の放つ冷気を自分に返してセルフクーラのようにして歩いたりもする、暑さとは無縁の生活をしていた。風呂もシャワーを浴びて終わりにすることが多いので、こうして長く湯に浸かるということはあまり無かった。


「そろそろ上がってもいいか....」


人よりは短いかもしれないが、まあ楽しんだからいいかと思い俺は湯から上がる。ロザリエはまだ歌っている。逆上せるなよと心の中で忠告しながら俺はその場を後にした。




この時、何故''それ''に気づけなかったのか。今でもよく分からない。




──




「ふぃ〜いい湯だったぁ」

「おう、良かったな」


先に部屋に戻り浴衣姿で酒を飲んでた俺を見て、ロザリエは羨ましがり俺の酒を奪う。


「私も飲むっ!」

「やめとけ、お前酒強くないだろ」

「やだっ!折角来たんだ、私も飲みたいぞ!」


1度言い出したら聞かないので、しょうがないと承諾した。その時外から声が聞こえ、夕食の用意ができたと伝えられたので持ってきて欲しいと頼んだ。

ロザリエは物凄く期待しているようだ。本当に食べ物関係すると目が輝くなぁと俺は笑う。

料理が運ばれてテーブルに並ぶと、ロザリエは満面の笑みを浮かべた。


「凄いな!ああ、涎が....」

「じゃあ食うか」

「「いただきます」」


2人で同時に料理を口に運ぶと、互いに顔を合わす。グルメと言うほどではないが普段から良いものを食べているつもりだ。しかし、そんなのは比にならない。


「美味しい....すごく美味だ!」

「だな、まさかこれ程とは」


来てよかったな!と次々に口に運んでいくロザリエを見て、彼女の皿に自分の分を少し分けていく。俺はそこまで胃は大きくない。まあこいつと比べたら皆少食だろう。


「酒が進むなぁ!」

「ああ....あんま飲みすぎんな、どうせもう1回温泉入ろうと思ってんだろ?」

「おお、よく分かったな!」

「あんだけ楽しそうにしてたんだ、そりゃ分かる。....俺も夜がどんな景色になるか見てみたいしな」


じゃあ控えめにするかと言い容器を置いたロザリエだが、その顔はもう赤い。この状態で風呂に入らせるのは危ないかと思うが、緊急時は俺がどうにか出来る。

運ばれた料理はロザリエの胃に簡単に全て収まった。まだ足りないと言ってゴロゴロしながら菓子を食べ始めたのを見て、なんでこいつはこんなに細いんだと不思議に思う。


「あんまりだらしない生活してると太るぞ」

「むむっ....それは嫌だなぁ....」

「....折角だし卓球でもするか?」

「する!」


温泉から先に上がった時にここがどんな場所かとウロウロ回っていた。その時卓球台があったのを思い出して、ロザリエを誘う。彼女は負けんぞと意気込みながら、先導する俺の後を着いてきた。



──



道具を借りて、ピンポン玉を軽く台に当てて跳ねさせるとロザリエに視線を送る。

いつでもいいぞと挑発的な笑みを浮かべたロザリエに俺も笑みを返す。跳ねている玉をまた掴むと、また台で跳ねさせ破壊しない程度の力で相手コートに打つ。

ロザリエはそれを簡単に打ち返すと暫くラリーが続いた。互いに譲らない攻防。どっちも勝ちたいという気持ちから徐々き高ぶってくる。


「(そろそろ仕掛けるか....)」


帰ってきた玉を、先ほどより力を込めてコートの端ギリギリを狙って打つ。ロザリエは一瞬の驚いた顔をしたが、すぐに笑顔に戻ると腰を落として構える。


「──は?」

「くらえっ!」


ビュッと俺の顔の横を何かが猛スピードで飛んだ。ロザリエの方のコートにも、俺の方にもピンポン玉は見えない。ということは俺の顔の横を飛んだのは....


「馬鹿かお前....戦闘みたいに本気出すな」

「いたっ、だって負けるかと思ったらつい....な」


ロザリエに軽くデコピンを食らわすと、粉砕したピンポン玉を見てため息をつく。恐らく酔っているというのもあるのだろうが、まさか技を使うとは思わなかった。これぐらい弁償しても痛くも痒くもないがロザリエには力加減と言うのを教えた方がいいなと考える。


「ヴィノス....汗かいた」

「また温泉入るか?」

「うん」

「俺はこれの説明してくるから、先行っててくれ」


粉砕したピンポン玉の欠片を残さず拾いながら、頷いて俺に背を向けた彼女の背中に護符を素早く貼った。それがすっと消えて行くのを見て俺は安堵する。もし彼女の見に危険が生じれば俺にアラートが聞こえるようになっている。酒を飲んだ状態で風呂に入らせるのは不味いが、彼女は言うことを聞かないだろうとせめてもの抵抗だ。




「ええ、勿論弁償致します。いや、こちらのミスですのでどうか受け取って頂けないでしょうか?」


つーか俺も早く露天風呂に入りたいんだと道具を貸してくれた従業員に札を適当に渡すと俺も浴場に向かった。






──



「また1人で入りてぇな....」


旅館なのでしょうがないが、先程のように1人で堪能出来たら最高だなと思いながら浴場に入ると奥に人影が見える。


「(先客がいたか)」


少々残念に思いながら、体を洗いまた湯に浸かる。

そして、やはり気になるものだ。どんなやつが入っているのかと。もしかしたら珍しい情報でも持っているかもしれないと話しかけようか迷った時、それに気づく。

髪は纏められていて分からなかったが、かなりの長さの白髪。景色を見ていたその真紅の瞳が俺を見て、その目を見開いた。


「....ヴィノス?」

「ロザリエ....マジかよ」


ロザリエが何故かここにいる。間違って女湯に入ったかと思ったが、そんな失態はしないように2度のれんは確認した。つまり、間違って入ったのは....


「お前....はぁ....相当酔ってんな?」

「ん〜、どうだろうなぁ?酔ってるのか、私は?」


そう言うやつは必ず酔ってる。全くと思いながら、ふと自分の置かれた状況を理解する。温泉の湯は白く濁っているが、互いに何も纏ってはいない。タオルを巻いたまま浸かるといいのはマナー違反だと分かっているので互いにそれに従っていた。


「待て........今誰か来たら不味いな」

「んー、だろうなぁ....」


他人事ようにぼんやりと俺を見ているロザリエを見てため息を吐く。原因はお前だと思うが、酔っているのを知っていて向かわせた自分も悪いかと策を考える。


「(さすがにこいつの裸は見たくないな....)」


ロザリエは妹のような存在だ。その裸を見るなんて罪悪感で普通に死ねる。かと言って自分の裸を見せるのも可哀想だ。スタイルに自信が無いわけでは無いが相手も身内の裸を見てしまった時の何とも言えない気持ちになるだろう。


「ヴィノス、星が綺麗だなぁ....」

「んな事言ってる場合じゃ──」


ガラッと音が聞こえて俺は少し体を跳ねさせる。あんだけ人の気配がしなかったのになんでこんな時に限ってと自分の不運さを呪うが、誰だか知らんがロザリエの色っぽい姿を見せるわけにはいかねぇ。

丁度視界に大きめな岩が見える。なんてご都合主義なんだと思いながら急いでロザリエをそこに隠す。


「ん?どうした?」

「静かにしてろ、絶対に声を出すな」


相手は中肉中背の少し歳のいった男。そいつは特に俺に話しかけるわけでもなく(恐らく俺の顔が怖いから)ゆっくりと湯に浸かった。


「(ああ....早く上がってくれ....逆上せそうだ....)」


暑い。しかしロザリエを守るためには必要なこと。何がなんでも耐えてみせる。相手は長風呂をするタイプなのか、ただ単に露天風呂で浮かれているのかなかなか上がらない。

ロザリエはと言うとぼんやりと俺にもたれかかって景色を見ていた。


「(もしかしてこいつも逆上せそうなのか?....やべぇな)」


ロザリエの口をカポッと開けさせると自分の魔力で作った小さな氷を食べさせる。んー、と声を出したロザリエの口に手を当て喋るなと合図すると男の様子を伺うが、まだ出ていく気配はない。


「(............死ぬ)」


視界がぼやけてくる。時々ロザリエの口に氷をぶっこみながら長らく浸かっているがなかなか男は出ていかない。

最悪氷漬けにして俺達が出ていくかと思い始めた時、やっと男は湯から上がりその姿を消した。


「....はぁ、やっとか」

「ん〜?何がやっとなんだ?」

「この....あぁ、これ倒れるな....」


目の前がグルグルとする。若干吐き気のようなものを覚えながら白くなる視界に焦るが、まだミッションは終わってないぞと自分に言い聞かせまた考える。

それはどうやって互いの裸を見ずにここから出るかだ。今更もういいだろと思うかもしれないが大切なことだ。俺にとっては!!


「ロザリエ、ここで待てるか?」

「うん、待てる」

「ぜってぇ動くなよ」


ロザリエを岩場に隠れされたままにすると、俺は急いで脱衣所に行き体を素早く拭くと新しい浴衣を着直す。目の前がぼやぼやと白くなるが今はそれどころじゃない。


「流石にまずいかもしんねぇが……」


入口を氷で通れなくすると目を瞑りまた温泉の方に向かった。こうしている間に誰かが来てしまったら終わりだ。そしてこの氷壁に気づき人を呼ばれてもまずい。スピードが命だ。


「ロザリエ、聞こえるか?」

「あぁ、聞こえる....」

「俺のそばまできて、手を取れ」


目をしっかりと瞑り、聴覚を研ぎ澄ます。じゃぷじゃぷと音が聞こえ、ロザリエがここに向かっているのが分かる。そして手に柔らかいものが触れる。ロザリエの手だ。


「よし、そのまま歩け」

「ん〜」


ロザリエをゆっくりと脱衣所に連れると、彼女が入ってきた時に持ってきた浴衣を彼女に着るように促した。小さく返事をしたロザリエに早くしろと急かしていると、後ろに倒れそうになり慌てた踏ん張る。


「着たか?」

「うん、着た──」


うすーく目を開けると、胸元はガバ空きだがちゃんと浴衣を着たロザリエがいたので安心してすぐに氷壁を破壊する。そしてロザリエを横抱きにして物凄い速さで部屋に走った。

本当に、本当に不味い。


部屋の扉を勢いよく開けて中に入るとそこには布団が敷かれており、ああ従業員がやったのかと理解したが....


「くそ、俺達はカップルじゃねぇよ....」


1組分しかない布団に若干の苛立ちを覚えながらも、ロザリエをゆっくりと降ろすと俺は頑張ったと自分に労いの言葉を投げかけながら意識を失った。






──





「──ス....ヴィ....ス....ヴィノス!!」

「るっせぇな....」


ぺちぺちと頬を叩かれて俺は意識を取り戻す。ゆっくりと目を開けるとそこにはドアップでロザリエの顔が見えた。

とても心配そうにしている。なんか柔らかいものに寝ているなと思うと、それは彼女の太ももだ。


「う....あぁ....膝枕とか....そいうのは将来、大切なやつにしろ....まぁ俺様を倒せたやつしか、認めねぇが....」

「はぁ、良かった。冗談が言えるほど回復したようだな」


いや、冗談じゃねぇよと思うが、それを伝える事元気すらない。完全に逆上せた。体が火照ってとてもダルい。


「申し訳ない....私はあまり記憶が無いのだが、迷惑をかけたようだ」

「お前のせいじゃねぇよ....ちゃんと酒が抜けてるの確認してから行かせるべきだったな....」


しょんぼりとするロザリエの頬を撫でて安心させるようにすると、彼女は悲しそうに笑う。しかし彼女が無事で何りよだ。そしてロザリエはそう言えばと布団を指さす。


「何故か1式しかないんだ。ちゃんと2人で予約したよな?」

「ああ....それについては突っ込むな。俺は椅子でも寝れる」

「なっ!駄目だ!体が痛くなるぞ!」

「あー、叫ぶな。頭が痛てぇ」


すまんと謝り、どうしようか考え込むロザリエに俺はただボケっとそれを見ていた。弱った俺を見てかなり焦っているのか、彼女の顔は険しい。違う、そういう顔をさせたくてここに来たのではないのだ。


「あんま心配すんなって。なんなら一緒の布団で寝るか?なんて──」

「それがいい。そうすれば二人とも体を痛めずに済むな!」

「.............え」


今こいつなんて言った?いや冗談にきまってるだろという前にロザリエは俺を持ち上げると掛け布団をげしっと足で捲ると敷布団に俺を寝かし自分も横に転がった。


「は?は?意味わかんねぇ、は?」

「よしよし、体調も良くないのだろう?ゆっくりと寝るといい」


掛け布団を2人で被り、ロザリエは俺の腹の上を軽くポンポンと叩く。いや、母親か。

俺はと言うと....混乱している。何故同じ布団で寝ることになったのか。自分の冗談がまさか本当になるとは思わないだろう?だが現実はこうだ。

俺が起き上がろうとすると、ロザリエはそのご自慢の腕力で無理やり俺を寝かせた。言うことを聞かないとまたわーわー言われるなと理解した俺は、とりあえず大人しくしておく事にする。


「うーん、暖かいな」

「....そうだな」


横を向いて俺を見ているロザリエの柔らかい何かが、何かが!(俺にはよく分からない)腕に当たっているがそれは気にしないことにした。あれはただの脂肪の塊だ。なんてことは無い。


「....エルシュともこうやって寝たことがあるんだ」

「そうか」

「私が寒くて寝れないと言った時、じゃあ一緒に寝ようかと言ってくれた時は嬉しかっなぁ....その時も、こうやって....暖かくて....ん....」


すーすーと横から音が聞こえ、俺はロザリエの方を向く。寝ている。さっき布団に入ったばっかだぞとは思いながら俺は今がチャンスだと起き上がろうとするが、ロザリエに腕をがっちりホールドされていて、それは不可能だった。


「....マジか」


まさかこのまま1晩過ごすのかと俺は寝れないことを覚悟してため息をつく。だがロザリエの寝顔が子供のようで、俺は彼女の頭を軽く撫でた。

こいつもいつか好きなやつと結婚して、自分の家庭が出来るのか。そしたら俺は必要なくなるかもしれない。確かに守るべき存在であることは変わらないが、俺がそこまで生きれるか──


「んんっ....ん〜....」

「──びびった....寝言か」


悲観的な考えを丁度ぶった斬るように、ロザリエはむにゃむにゃと俺の腕に頬擦りをしてる。食べ物と間違って食いつかないでくれよと思いながら久々に感じる人肌の温もりに、俺も次第とウトウトとしてくる。


「(あー、今の状況誰かに見られたら死ぬな)」


ゆっくりと目を閉じる。布団のズレを直してロザリエにもしっかりと被せると、彼女を包むようにして俺も眠りに落ちた。





──





「どこのド○クエだよ....」


昨晩はお楽しみでしたね、などと言われて俺は顔を顰める。何も楽しんでねぇよ勘違いしやがって。

荷物を纏めると散乱した菓子の袋を処分して俺達は土産を探していた。


「何が良いか....やはり温泉饅頭とかか?」

「それはありきたり過ぎんじゃねぇか?いや、普段来ねぇからそういうものでもいいのか....?」


うーんと2人で悩む。そもそもどいつに渡して、どいつに渡さないのか。そのボーダーも曖昧だ。とりあえずチケットをくれたヤツだけに土産を渡すということに落ち着き、結局饅頭を買って宿を出た。


「自分の分は家に着いてからって言っただろ」

「すまん....腹が減って....でも美味いぞ!!」


ほらと渡してくるロザリエの手から饅頭を受け取り食べると、確かに美味しかった。ひょいひょいと口に運ぶロザリエはすぐに2箱分の饅頭を胃に収めた。


「お前はずっと上機嫌だな。昨日なんて露天風呂で歌まで歌って」

「....歌?歌った無いぞ?」

「はぁ?すげぇ歌ってたじゃ──」





──いや、違う。俺は立ち止まりある事実に気づく。


ロザリエ・リーベスは歌がド下手だ。


なら、あの歌声は....?




バッと後ろを振り返ると....そこには温泉宿などなかった。さっきまで俺達はそこにいた。そのはずだ。

しかし、そこには何も無い。



「........」

「........」


お互い無言で視線を合わせた。するとロザリエはさぁっと顔を青くする。


「お、お化けか?神隠しか?」

「いや、なんかの魔術だろ....多分」


あれほどの幻覚を見せるなんてどんな魔術なんだと自分の言ったことに自分で突っ込みながら、俺はロザリエの手を見る。


「お前、土産はどこにやった」

「........消えた」


なるほど。なるほど....消えた。しかし先程の食べたものの満腹感は残っていると言う。なんだったのだろうとまた宿があった方に戻ろうとするが、ロザリエは俺の腕を掴み止めた。


「嫌な予感がするんだ、行かないでくれ」

「....ああ」

「あと単純に私が怖い」

「....おう」


ロザリエはこういう類のものは苦手だ。敵対しても剣で切れないからと言ういかにもな理由だが、今かなり怯えているようで俺の腕を握る力は強い。

一体何が目的だったのかと、ふと最初に戻る。


「そういやチケットは誰に貰った?」

「ん?チケットを貰ったと言ってきたのはヴィノスだろう?」

「.............よし、帰るか」


ロザリエは無言で頷いた。その手は俺の手をぎゅと握り、離そうとしない。まあ、幻覚でもいい思い出だったなと思いながら、俺達は早足で帰った。






──





「本当だっつってんだろ」

「そう言われてもですね...貴方達三日間行方不明だったんですよ?」

「レンディエールさん、本当なんだ。信じてくれ....」


帰ってくるとすぐにレンディエールに脳天を杖でぶっ叩かれた。貴方が付いていながら何故ロザリエ様が危ない目にあっているのか、と。


「大体、お二人が言う場所は地形的に存在しないんですよ」

「でも確かにそこに泊まったぞ?」

「こっちはお前との戦闘で常に幻覚耐性付けてんのに、もしそれを超える術者だった場合かなり強敵だぜ?」


確かにそうですねと考え込み始めたレンディエールを見ながら俺も考え込む。

実は、あまり思い出せないのだ。あの宿で何があったかを。帰り道でそれに気づいたのだが、その宿があった場所から遠ざかるたびにどんどんそこでの記憶が薄れていっていた。

それはロザリエも同じらしくて、先程からペラッペラの話の内容に、レンディエールの信用を勝ち取れることが出来ずにいた。


「思い出した!確かヴィノスと同じ布団で寝たぞ!」

「........」

「いや、ちげぇよ。そんな目で見るな」


汚物を見るような目で俺を見たレンディエールに弁解しようとするが、また杖で殴られそうなのでやめておく。俺はロザリエの言ったことは覚えていないが、何故同じ布団で寝ることを許しだのだろうかと自分を叱咤した。


「はぁ....わかりました。信じますよ」

「良かったぁ....」

「良くねぇよ、なんで俺と同じ布団で寝たってとこで信じるんだ」

「だって....ねぇ?」


レンディエールの呆れたような顔を見てキッと睨みつける。冗談ですよと笑う彼を見て俺は座っていた椅子から立ち上がると俺は2人に背を向けた。


が、その時緊急用のアラートが聞こえて俺は立ち止まる。一瞬何かと思ったが、そう言えばロザリエに護符を付けたなと思い出してすぐに振り向く。

しかし、ロザリエはただそこに座っているだけで、特に危機的状況という訳では無い。

あの護符は信頼出来るやつから貰ったものだ。誤作動など起こさないはず──



「レンディエール、杖構えろ」

「はい?何故です?」

「........そいつ、ロザリエじゃねぇ」



その言葉を聞いたロザリエは、見たことも無い笑顔で笑った。

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