真実の扉 No.2



ここは、どこだ....私は....何をしている....?気持ち悪い....早く、早く目を覚ましたい....


「ぁ....はぁ........」


目を開けると、家の前に立っていた。今まで何をしていただろうかと思考を巡らせる。が、直ぐにそれを後悔した。


「ぁあ....エルシュ....エルシュ....!!」


奇妙な男女に伝えられた真実を、エルシュ・ネルトという人物が居ないのだという現実に、私は苦しさから胸元を掻きむしる。

私達のあの楽しかった日々は全て偽物。私が彼女に教えられ、信じた正義も、全て偽物。エルシュは存在しなかったのだから。


「ぁああ゙あぁあああ゙ぁああっッ!!」


こんなに辛いなら、知らないまま生きたかった。

苦しい、苦しい....こんな彼女の存在すら奪ったこんなに世界など──





──要らない






──






「レンディエール・エクリプス」


ただただ訓練所で立ち尽くしていたレンディエールは名を呼ばれてゆっくりとそこへ視線を向けた。そこには黒に青の模様が入ったプレートアーマーを纏った誰かが立っていた。

体つきも声も中性的で男が女かは判別できず、その人物が傍に歩んでくるのを呆然と見る。


「........」

「私の名はリアシアール・ノヴァリア。聞いた事があると思う」

「リアシアール....確か──」


レンディエールは確かに名に聞き覚えがあった。エルシュが師匠が出来たのだと嬉しそうに話をしてくれた事を。しかし、この記憶さえ....


「貴方も....聞いたのですか?」

「....うん」


エルシュはあの男女の魔術師が見せたただの幻だった。レンディエールは8年、幻を見せられていたことになる。それだけの実力を持つあの二人組をリアシアールは速やかに排除しなくてはと考えていた。

全ては大切な人を守るために。それはエルシュが存在しなかったのだとしても、変わらなかった。


「レンディエール、貴方はどう考える?答え次第で私は対応を変えなきゃいけない」

「........わたし、は....」


レンディエールの瞳は揺れている。リアシアールはそれを見ながらただ彼の返事を待った。暫く沈黙が続き、レンディエールは顔を1度伏せたがまた上げてしっかりとリアシアールを見た。その目は何かを決心したように見える。


「私は、絶望に染まったりなどしません。....ヤツらを抹殺します」

「そう来なきゃね」


リアシアールは気合を入れるようにレンディエールの背を叩くと早速だけどと話を続ける。


「エルシュの真実を知って確実に自分を見失う人がいる」

「ロザリエ様とヴィノス....でしょうか」

「御明答。さっきから2人の魔力の荒れようが凄いんだよね」


何故2人の居場所が分かるのかとレンディエールは疑問に思う。そんなの、ずっと監視でもしていないと分からないことではないかと考えているとリアシアールはその思考を遮るようにレンディエールの肩に手を置く。


「今からロザリエの所に行く、説得に付き合って欲しい」

「それは勿論良いですが、ヴィノスの方は....」

「それはある人と話をつけてあるから大丈夫、私達は私達のやるべき事に集中すればいい」

「....分かりました、行きましょう」


駆け出したリアシアールの後を着いていく。説得と言ってもそれで終わるとは思えないと、レンディエールは杖を強く握った。





──





グランはある森の中で弓を持ちある人物を待っていた。ある人物と言っても彼女は会ったこともないがその人に話がしたいとこの場所に呼び出され、危険を承知で来たのだ。

すると、一瞬の瞬きの間に目の前に人が現れた。グランはそれに驚き軽く後退すると弓を構える。


「貴様をここに呼び出したのは我だ。武器を収めて欲しい」

「....貴方がソリッド・プリズアーム?」

「ああ、そうだ」


ソリッドはグランを見つめると、なるほどと頷き軽く笑う。グランはそれを侮辱されたと受け取りまた弓を構えようとするのを見てソリッドはそれを止める。


「いやなに、貴様も聞いただろう....真実を」

「ええ、聞いたわ。だから何?」


ソリッドはそこだと言うと、先程笑った理由をグランに述べる。


「貴様は変わらないのだな」

「それは貴方にも言える事だと思うけど」

「....確かにな」


ソリッドは確かにエルシュを大切に思っていた。そして彼女の正義を自らの正義としてこの4年間生きてきた。そのエルシュが幻だと知った時の衝撃は頭がおかしくなるのではないかと言うほどのものだったが、今はこうして人と話せるレベルに落ち着いている。


「あの二人組は我々を絶望させたいらしいが、我にとってはそれは絶望とならない」

「........」

「我はエルシュの死で命の尊さを知った。それが幻であろうと我の信じる正義は滅したりはせん」


グランはそれを聞き、いいんじゃないと一言言うとまた黙り込んだ。するとソリッドは次はそちらの番だと言わんばかりに顎で合図され、少々苛立ちながら自らの答えを話す。


「私の場合はエルシュ・ネルトには恨みしかないわ。復讐のターゲットがエルシュからあの二人組に変わっただけよ」

「そうか....では、聞いても良いか?」

「なに」


聞いてもいいかと言いつつソリッドは黙る。何故だとグランは思ったが、どうにも言いづらいことらしいのを察していいから早くと催促した。

ソリッドはため息をつくとグランのその仮面の下の目をしっかりと見つめた。


「我と、心中する気はあるか?」

「あるわけないでしょう、馬鹿なの?」

「いやいや言葉が悪かった」


ソリッドは一言すまないと謝るり息を吐くとしてある方向を指さす。そこを見て何だと思いながらグランは首を傾げた。


「この先にヴィノスが居る」

「....それと心中となんの関係があるのよ」

「これから....ヴィノスと戦う。それの援護をして欲しい」


グランは顔を顰める。ヴィノス・ラージェンの事は勿論知っているし彼が恨みを買うような仕事をしている事も理解している。しかし、恨みでソリッドがヴィノスを殺すようには思えなかった。


「エルシュの真実を知って、ヴィノスは正気を失っている。最悪....被害が出ないように殺す事になるかもしれない」

「....そう」

「しかし、無力化で収めたい。その為には我一人では不安な所があるのだ」


ソリッドは先程指さした方向を見ながらそう言った。彼もヴィノスを殺したい訳では無いと理解したグランはそう言う理由ならと頷いた。


「彼には借りがある。返すまで死んでもらっては困るわ」

「そうか....では、やつの元へ向かおう」


ソリッドは[シャティール]を作り出すとそれを一振する。守りたかった者を、まさか自らの手で傷つける日が来るなど想像もしていなかった。


「幻だとしても....」


マントの下にあるラペルピンを撫でると、ソリッドはグランと共にヴィノスのいる方向に向かった。





──






「........」

「....ロザリエ」


私はロザリエに呼びかける。しかし彼女の虚ろな瞳を見ると、それは届いていないように感じた。ただ少し俯き地面を見続けているロザリエの手には、彼女の愛刀である[エグランティーナ]が握られていた。


「ロザリエ、師匠が来たのに挨拶もなし?酷いなぁ〜私ショックだな〜」

「........」

「ノヴァリアさん」


レンディエールの呼びかけに私は手を軽く上げることで止めると、またロザリエに向き直る。指を鳴らし召喚獣を左右に従えるとまたロザリエにおどけるように語りかける。


「エルシュが幻だった事がそんなに辛いの?」

「──っ!!」


先程までぼんやりと俯いていたロザリエがやっと顔を上げる。その瞳には光はなく、そして私に対して初めて殺意を向ける。ゆらり、ゆらりと揺れたロザリエは剣を振り私達を睨みつける。


「なぁ、師匠。エルシュはいなかった、私の、私達の大切な彼女は、いな、いなかったんだ....」

「うん、そうだね」

「私の信じたものは幻だったんだ!!偽りだったんだ!!こんな、こんなくだらない世界要らないと思うんだ!!!........そうだろ?」


おかしい。勿論言っていることが滅茶苦茶だと言うのもあるが、ロザリエがそう思う事に何か違和感を感じた。その答えは恐らく──


「胸元にある刻印のような物、思考を操作されている可能性があるかと」

「やっぱり?しょうがないなぁ....」


レンディエールの言う通り、ロザリエの胸元には見た事のない刻印のようなものがある。彼女は言葉として捉えられない何かを叫びながらそこを掻きむしっていた。

こうなったらやるべき事は1つ。説得など最初から出来るとは思っていなかった。


「一旦落ち着いてもらおうか」

「....了解しました」


少し間を置いて返事をしたレンディエールに、私は申し訳なく思いながらもロザリエを見据える。ロザリエは強い。私一人では勝てない可能性があると、レンディエールに辛い思いをしてもらう事にやはり罪悪感がある。

と、思っていたが....


「腕がなりますね、こういう戦闘は久しぶりですよ」

「──っ....ありがとね」


レンディエールはそう笑顔で私に言った。私の考えが伝わってしまったのだろうか。彼の気遣いに私はもう迷うことは無いと召喚獣に指示を出す。


「(剣は避けながら足を集中して狙って)」


召喚獣、アルビスとクラージェがロザリエに向かい、私はレンディエールに視線で合図する。


「必ず、勝ちましょう」


レンディエールの言葉に、私は強く頷いた。





──





暫く森の中を走っていると、拓けた場所に誰かがぽつんと立っているのを見つける。言うまでもない、ヴィノスだ。我はグランとヴィノスの前に立つと、彼の様子を伺う。

ヴィノスはただ一点を....いや、どこも見ていないのだろう、その瞳は暗く無表情のままそこに立ち尽くしていた。


「おい」

「....ああ?何だ」


呼びかけると、返事は直ぐに帰ってきた。予想外に思いながらも背後から音がして我はグランに視線を向けた。

彼女の様子がおかしい。


「どうした?」

「か、彼のオーラが....気持ち悪い、色をしてる....今のラージェンは、本当におかしいわ」


グランの言葉に、ヴィノスは笑った。

笑う、笑う、笑う──


「俺は何もおかしくないぜ?いつも通りだ」


確かに言葉だけ聞けば普段と変わらない、それどころか少し上機嫌と言えるだろう彼の態度が、逆に正常ではないと物語っている。


「....貴様もあの二人組から真実を聞いたのだろう」

「しんじつ?いや、俺は何も聞いてな、い」

「本当か?エルシュがあやつらの作った幻だと、聞いたのだろう?」


それを聞いてヴィノスは一瞬目を見開いたあと、また笑う。何がそんなにおかしいのか、息が苦しくなるほど笑っている。


「ははっ!はははっ!な、なに、言ってるんだ?ええる、しゅがまぼ、ろししなん、て、はははっ!!そんな、そんなそんなそんな、こと........嘘言うんじゃねぇ!!!」

「....真実を受け止めろ。今すぐとは言わん、時間がかかるだろうが──」

「うるせぇ、う、るせ、ああ?そう、だ!!える、えるしゅはかくれ、て俺をおどろ、かせ、るのが好きだっ、たな!また、か?あはは!ははは!!」


ヴィノスは完全に正気を失っている。エルシュも、ヴィノスも....互いに愛し合っていたことを我は知っていた。しかし、2人の想いは通じあわないままエルシュは亡くなった。それの愛すら、見せられた幻だったのだ。


「あ、あはははっ!はは!!あ........それで、てめぇらは何しに来たんだ?」

「これを見て分からんか?」


ヴィノスに手に持っていた薙刀を見せると彼は顔を歪めて笑いなるほどなぁと何度も繰り返しそして怒鳴り散らす。


「俺を殺そうってか!!ふざけんじゃねぇ……お俺はまともだっつってんだろ!!」

「我々にはそうは見えん」

「意味がわかんねぇ、俺は普通だ、いつも、通りなんだ、いつも通りだいつも通りだいつも通りだいつもどおりだいつもどおりだいつもどおり──」


ヴィノスはふと言葉を止めると首を傾げて、グランに氷柱を放った。いきなりの戦闘行動に我は戸惑いつつ薙刀でそれを払い消失させるとヴィノスを睨む。


「ぁ、あああ?さっきの二人組、じゃねぇか....殺す、殺す殺すころすころすころすコロスコロスコロスッ!!」

「また幻覚か?」

「プリズアーム、彼の胸元の....」


グランが言うのは普段の彼にはない胸元の刻印だろう。それを確認すると私は薙刀を構える。ロザリエもヴィノスもエルシュが存在しなかったとい事実をまともには受け止められないだろう。その上にあの二人組は何かをしたようだ。


「ヴィノスよ、少し落ち着いてもらうぞ」


彼はもう我々の言葉は聞いていない。殺す事にならなければよいがと思いながら、我は1歩踏み出した。





──





「あ、あぁぁああ!!」

「──っレンディエール!!」


ロザリエは私の召喚獣を切り払うと直ぐにレンディエールに向かって行った。ロザリエの一撃を彼は杖で受け止めるが、その衝撃は凄まじいものだろう。杖を持つ手が震えている。


「こんのぉ!」


私はロザリエを蹴り飛ばすとその後を追い追撃を試みる。アルビスとクラージェも実質影のようなものなので切られてもすぐに元の形に戻る。命令を下すとロザリエに向かって行きその足に噛み付く。


「ぁあ、煩わしい!消えろ!!」


剣に炎を纏わせるとアルビスを切り飛ばそうとする。それを影の形に戻りギリギリで回避したのを見て私は心の中で褒めた。魔術での攻撃はさすがにダメージを負ってしまう。


「頼みますよっ!」


レンディエールの攻撃力強化魔法がアルビスとクラージェに飛び二匹のステータスが強化されていく。

私がクラージェに指示を出すとそれは刃の形となりロザリエの右足に突き刺さる。


「がぁああっ!」


大切な弟子を、こうして痛めつけるというのは胸が痛い。私は顔を顰めながら召喚獣に指示を出してゆく。

アルビスにも同じように足を突き刺せと命令するが、私の戸惑いを感じ取ったのかアルビスは動けずにいた。


「消えろぉ!!」


アルビスにロザリエの剣が迫るのを見て私は血の気が引く感覚がしたが、直ぐに回避を命令する。が、完全に回避しきれなかったのかアルビスの体から血が流れた。


「ノヴァリアさん、落ち着いて!」

「うん、ごめんね」


レンディエールの治癒術によって傷が塞がったアルビスを見て、私は心を落ち着けた。ロザリエを倒すと、そう決めたはずだがいざ戦うとどうしても腰が引けてしまう。今までやってきた訓練とは違う、本気の戦いに。


「なんで、師匠は、私に攻撃する....?分からない、何故だ....?」


ロザリエは戸惑いながら戦っているようだ。その苦しみから解放する為にも、今は──


「アルビス、クラージェ!」


私は召喚獣を呼び戻すと、2匹を大剣の形にして手で合図してそれをロザリエに向けた。今は、今だけは彼女を敵だと思わなくてはいけない。


「行け!!」


大剣をロザリエに放つとそれを見て笑った彼女はそれを1本の剣だけで受け止めた。私は力をアルビスとクラージェに送りながら押すが、ロザリエはそれでも押し返してくる。


「くっ……!」


レンディエールの強化魔術で闇の力が増したアルビスとクラージェはロザリエを押す。ロザリエはそれ見てまだ余裕だと言わんばかりにまた笑う。その攻防が続いた。


「(何か、何か手を打たないとこのままじゃ押される....!)」


私が焦っているとロザリエは剣を捨てるように離して大剣を横に回避した。てっきりそのまま押し返して斬るものだと思っていた私は驚いた。そのまま勢いよくアルビスとクラージェがロザリエの家に突き刺さるのを見て直ぐに呼び戻す。


「ぁああ....」


ロザリエの様子がおかしい、何処か一点を見つめると頷いて嬉しそうに笑い、何かをつぶやく。


「ヴィノス....ああ、いいぞ。''枷を外そう''」






──





「おれ、は、俺は、おかしくない、おかしくない?」


ヴィノスは自問自答するように首を傾げるが、それでも攻撃の手は休めない。氷柱が何本も我に向かい、それを振り払いながらヴィノスに接近する。


「はぁっ!」


薙刀の突きを放つが、ヴィノスの足元から氷壁が飛び出してそれを防がれる。が、我の薙刀は常に業火を纏っているため、それは回避とはならない。

氷壁を貫通するとその先にいるヴィノスにの腹部に向かってまた攻撃を仕掛ける。


「ぁあははは!はははは!!」


しかし、声は我の真横から聞こえた。顔面を捕まれ、ヴィノスはそのまま地面に叩きつけようとするがそれはグランの矢によって防がれる。


「私がいることも忘れないで欲しいわ」


矢が風を切る音が何度もしてそれは正確にヴィノスに向かっていく。ヴィノスはそれ見てもまだ笑みを絶やさずに氷剣を作り出すとそれを全て弾き落とす。


「つまんねぇなぁ....あははははっ!!」


しかし、ドスッと音がして弾いたはずの矢がヴィノスの胸元を貫通する。いや、それは弾き落としたものでは無くそれとは別に放った矢がヴィノスの背後から貫いたのだ。


「追尾性能がある矢は便利よね....あんまり舐めないで」


その隙を見て我が薙刀を振りかぶり同じく胸部を狙うと、その刃をヴィノスはその手で受け止めた。ヴィノスの手がどんどん焼けて嫌な匂いがする。


「離せ!!」


それを引くとヴィノスの手から薙刀が離れ、我は後退してヴィノスの様子を伺う。胸元に刺さったままの矢を抜き取ると、焼けた手を見ながら首を傾げた。


「痛くねぇなぁ、何でだろうなぁ....まあどうでもいいか!楽しければなんでもいい!!」

「....あの刻印のせいか」


痛みを感じていないようだが、確実に傷を負った体自体は悲鳴を上げているだろう。ただそれが脳に伝わっていないだけだ。


「プリズアーム、早く済ませないと本当に彼を──」

「分かっている....」


グランの言葉を遮り我はまたヴィノスに向かった。あの刻印さえ無ければ彼も少しは落ち着くだろうが、肝心のその刻印を無くすすべが分からない。


「くそ、200年も生きておりながらその知識がないなど....!!」

「ああぁあ゛ぁあっ!!」


ヴィノスが地面に手をつけると我の真下から氷柱が何本も飛び出てくる。それを薙刀をそこに突き刺し、突き刺した勢いで上空に回避するとベールを少しめくり口から炎を吐き出し全て溶かし尽くす。


「グラン!」


グランに向かって合図すると彼女は深呼吸をしてヴィノスに弓を向ける。そして彼女から作り出される矢は人を傷つける赤黒いものではなく、黄色い色をしていた。


「ヴィノスよ、貴様如きに我を倒せると思うな....雑魚め」

「雑魚、ざこ?おもしれぇなぁ!試してみるかぁ!?」


おかしくなっても相変わらずの短気で良かったと思いながら我は真正面からヴィノスに向かうと大振りに薙刀を振りかぶりヴィノスの頭を狙って振った。


「うぜぇんだよ!!!」


しかし、それを軽く避けて肩に突き刺さった薙刀を右手で掴んだヴィノスはそれとは左手を我に向けると魔術を放つ。そらは、拳ほどの大きさの氷の塊だった。しかしそれが体に接触すると、大きく弾けて氷柱が我の体に突き刺さる。


「──ぐぁあっ!!」


体を何本もの氷柱が貫通して、血を吐き出した我はそのまま地面に倒れ込んだ。咳をするように口から血を吐きながら、しかしこれでいいとヴィノスを笑いながら睨みつけた。


「まだ余裕ぶっこいて──」


ドッとヴィノスに矢が刺さり言葉が途切れた。それを見たヴィノスはグランに視線をむけ攻撃を仕掛けようとするが、その瞬間その手をだらりと下ろした。


「な、なんだ....なんだこれ....や、やめろ!!」


グランがヴィノスに放った矢は彼女の希望を詰めた矢だ。それはヴィノスを傷つけるものではなく、グランの希望と言うと感情が直接ヴィノスに伝わるものだ。

ヴィノスは胸元を掻きむしる。絶望に交じる僅かな希望。滅茶苦茶な感情に焦りを隠せずにいた。


「ぁあぁああ!!やめ、やめろ!!嫌だ!!」

「では、大人しくしてもらおうか」


ヴィノスが頭を抱えながら混乱している好きに、ソリッドは立ち上がり薙刀を構えた。狙いはこれだ。最初からグランの矢を当てるためだけに我は囮になっていた。


「....すまない」


ヴィノスの腹目がけて薙刀を突き刺す。ゴボッと音を出して血を吐いたヴィノスを見て、ソリッドは目を逸らしたい気持ちになる。これで、少しは動けなくなるはず──


「なぁ....」

「──っ!!」


ヴィノスは我の薙刀の柄を掴むと我を....いや、何処かを見ながら呼びかけた。ヴィノスはまだ笑っている。


「ロザリエ....枷を外してくれ」

「なっ、くそ!!」


薙刀は強く握られ引き抜けない。ならばと魔術を発動し、その刃から業火を放ちヴィノスを体内から焼く。枷を外されては、本当にこちらが全滅しかねない。我々はが殺されてしまえばヴィノスを止めるものは居なくなる。それは避けなければいけない。


「ぁ、がぁああっ!!ああ゙ぁあ゙あっ!!」


炎に包まれたヴィノスはもがき苦しみながら膝をつく。殺したくはなかったがこのままヴィノスを放置していたら犠牲者が出るだろう。我は決心して薙刀をヴィノスの首に目がけて放った。


──だが、それはもがき苦しんでいたはずのヴィノスの手によって止められた。


「まだ動けたかっ!」

「ぁあぁああ゙ぁあ!!」


衝撃波のようなものがヴィノスから放たれるとそれを防ぐことなく浴びた我とグランは空を舞いそのまま木に衝突する。傷口から血が溢れるが、そんな事を気にしている場合ではない。


「あ、あぁ、あはははははははは!!」


体をおおっていた炎は完全に消え、枷の外された状態のヴィノスがそこに立っていた。反転した目がグランを捉え、ヴィノスはニヤリと笑った。


「『命よ、華麗に散れ。その姿を永遠に──』」

「不味い!!」


ヴィノスが詠唱を初めて、その体が光だす。グランはそれに対して回避しようとするが不運にも地形の悪さに足がもつれ転倒してしまう。


「(嗚呼、また....守れないのか....!!)」





──






「嘘でしょ、ヴィノスの枷外すって....ソリッド大丈夫かな」


ロザリエが剣を素早く拾いこちらに向かってくるのを見て、よその心配をしている場合ではないと思うとアルビスとクラージェに戻るように指示を出す。


「はぁああっ!!」


ロザリエの上段からの切りつけを手甲で受け止めると、ミシッと聞きたくなかった音がして私は横に逸れた。これは鎧にヒビが入った音だけではない。腕の痛みに耐えながらロザリエの背後に回る。


「甘いな」


ロザリエはそれをすぐに察知すると後ろにいた私をそのまま蹴り飛ばしてレンディエールに向かった。


「しまった!」


レンディエールは特に焦る様子はなく杖を構えるとロザリエの剣を受け止める。元々杖はそんな使い方をするものでは無いがレンディエールは手馴れたように剣を逸らすと、ロザリエの頭目がけて杖の大きな装飾の部分を振った。


「──がぁっ!」

「申し訳ございません....!」


頭が揺れ動きが止まったロザリエを見てレンディエールは地面に杖を突き刺すと腹部に拳を叩き込んだ。次に肘で鳩尾を突くと私に向かってロザリエを蹴り飛ばす。


「今です!!」


私は吹っ飛んできたロザリエに噛み付けとアルビスとクラージェに命令を下すが―二匹は動かない。

また、まただ。私の心の迷いが召喚獣に伝わってしまっている。その隙にロザリエは器用に空中で体を回転させると私に手を向ける。


「このっ!」

「ぐぁっ!!」


護符を使い盾を展開する防御魔術を使用すると、それで私にぶつかるようにしてロザリエは突っ込んできた。地面に倒れ込んだ私を見てロザリエは笑うと、自らの体に剣を突き刺す。


「(来たか....!!)」


その血を吸うようにロザリエの剣が赤く染まると、それを思い切り振りかぶる。アルビスとクラージェが噛み付くが痛みを感じていないかのように抵抗する事はなかった。


「〈秘技・諸刃の剣〉!!」


赤黒い斬撃が、私に飛んでくる。私の身体能力ではそれを避ける事は出来ないし、それを相殺する技をもない、召喚獣を盾にするなどは絶対にしたくない....もう、その身で受けるしか無かった。


「〈オール・カウンター〉ッ!!」


私にその斬撃が接触する直前にレンディエールの魔術が斬撃をロザリエに返した。それに一瞬目を見開いたロザリエはすぐに技を放つ。


「はぁっ!」


ロザリエの技と技の衝突。相殺されたその衝撃で私は地面に叩きつけられ、ロザリエはその上に馬乗りになると剣を私に突き立てるように上に上げると、笑った。


「まずは師匠から──」


死。確実に死ぬように私の鎧の隙間、首の部分を狙ってロザリエは剣を振り下ろす。しかし、何かを探るようにして動かした私の手に、何かが触れた──


「なっ!!」



金属音がして、ロザリエの剣は彼女の手から離れた。



「うーん、都合よく傍に転がってるなんて....私は結構ラッキーなんじゃない?」


私が握ったのはエルシュの剣だ。ロザリエの家の傍には十字架の代わりに剣を刺したエルシュの墓があった。それがアルビスとクラージェが彼女の家に衝突した時に吹っ飛んだのだと....まぁ、今はそんな事はどうでもいい。


「あの二人組が辻褄合わせのために用意した物だと思うけど....助かったぁ」

「そ、れに....触るなぁ!!」


手甲をした方の手で殴りかかってきたロザリエの腹部に、エルシュの剣を突き立てた。接近した私達はお互いの息遣いを聞き、そして私の耳元でロザリエが吐血する音がした。


「ぁ、あ....わ、わた....私は....何だっ、たんだ....」

「ロザリエはロザリエ、それだけで十分じゃないの?」


ずるりと剣を引き抜き、後ろに倒れたロザリエは僅かに笑っていた。それは先程までの狂気的なものではなく、いつも彼女が見せる穏やかな笑みだ。


「............え?やばいやばい!レンディエール!回復!!」

「やり過ぎですよ!貴方はバ──...ああ、もう!!」


走ってくるレンディエールを見ながら私はロザリエの傍に片膝をつきその頬を撫でた。青白いその顔にめちゃくちゃ焦っている。血溜まりが出来て、ロザリエは私に顔向けて小さく笑った。


「あぁ、死なないで下さい!」


薄い緑色の光がロザリエを包むと彼女の傷が少し塞がった。

まだ顔色が戻らないロザリエに焦り、レンディエールはある術をかけようとロザリエに触れるが、それを察した私はレンディエールを止める。


「それって術者自身じゃなくても出来るよね」

「....はい」

「じゃあ私が」


レンディエールは黙って頷くと、私はロザリエの体に触れる。


「〈ライフ・ダーレ〉」


ロザリエの顔色が少し良くなり、その代わり私に激痛が走った。腹部に刺されたような痛みが走り、私は冷や汗を流す。

レンディエールは心配そうに私を見ているが、大丈夫だと笑うと軽く手を振る。


「相手の半分の痛みを受け取るなど、今のロザリエ様の状態からして貴方に来る痛みは相当なもののはずです」

「大丈夫大丈夫、刺したの私だし。それにレンディエールにはまだやってもらう事あるから」


私はロザリエを横抱きにするとそのまま歩き出す。レンディエールはなるほどと頷くと私に着いてきて、そのまま2人である場所を目指して走った。


ヴィノスの枷が外されたのを、完全に忘れていたのだ。


「大丈夫ですかね!?」

「わかんない!多分大丈夫!」


ある程度走ると呼符を取り出して転移魔術を使う。転移した先は肌で感じられるほど雰囲気が違う。もう共に走っていたアルビスとクラージェは血の匂いを感じたようだ。


「見えた!」


かなり遠くだが、木々の隙間からヴィノスがグランに技を放とうとしているのが見える。ソリッドは傷が酷くそれを阻止するのに間に合いそうにない。しかしこちらも、脚力の限界というものがある。


「しょうがない、アルビス、クラージェ!ヴィノスの照準を逸らすだけでいいから!」


私はアルビスとクラージェを先に行かせるとロザリエをレンディエールに託した。


「『さぁ、宴の時間だ。踊れ、踊れ、舞い踊れ、我が手の内で。汝の行き先は闇の道──』」


間に合って....!


「『〈悲劇の運命〉(トラジティー・ドゥーム)』!!」





──





手を伸ばすが、届かない。グランの死を、我は見ることしか出来ないのかと自らの力の無さを恨んだ。

ヴィノスが笑い、体の光が左手に集中した時──



ドガンッ!!



何だと思う前に、転倒した。地面が大きく揺れこんなタイミングの良い地震があるのかとヴィノスを見ると、彼も姿勢をたもてずにグランを殺すはずだった技は天に向かって放たれた。


「ええぃ!くたばれ!!」

「──ぐがぁあ!!」


倒れ込んだヴィノスにリアシアールの召喚獣が追撃を食らわせる。アルビスとクラージェが一体化して巨人、その大きな拳はヴィノスにガード無しで直撃した。

急なリアシアールの登場に我も、グランも呆然とする。


「はい、レンディエール回復!!」

「貴方は私の事何だと思って....」


遅れてロザリエを抱えたレンディエールがヴィノスの傍により治癒魔術を掛けている。ヴィノスは気を失っているようだ。

我はよろよろとリアシアールの所へ行こうと歩むと、辿り着く前に倒れ込んだ。


「あちゃ〜、随分やられたもんだね」

「ははっ....枷さえ無ければあんな糞ガキ風情....」


我を抱えてレンディエールに回復を命じたリアシアールを見て我は笑う。そこにグランが申し訳なさそうに駆け寄る。


「わ、私....!」

「気にすることは無い、お前のせいではないのだから」


我が笑いかけると、その雰囲気を察したのかグランは小さく頷いた。レンディエールは倒れたヴィノスの隣にロザリエを寝かせ、皆で2人を見下ろした。


「なんだろうねぇ、この胸の刻印」

「あの二人組の仕業だとは思うが....」


我の中でこの刻印が何かを知る者は居ない。あの二人組を探す手立ても見つかっていなかった。もしかしたらこの刻印を消さない限りまた2人が目覚めてもあの同じな状態なままかもしれないと我は不安に思う。


「群の施設の図書室....あそこなら何かを情報があるかも」

「良い案ですね。ヴィノスが居ない今、情報を集めるのが困難ですから」

「ははっ、死んだみたいな言い方」

「笑い事ではないだろう....」


我々はロザリエとヴィノスを抱えて群に戻る事にした。時々唸る2人を魔術で眠らせながら、我はあの二人組に対する殺意が増すのを感じた。

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