真実の扉 No.1
訓練所に行き、私は木人形に向かって拳を叩き込んだ。治癒術師にとってあまり体術ばかりに熱を入れるというのは関心する行為ではないかもしれないが、ある戦闘で私の助太刀をしてくれた青年が亡くなったことをがどうしても頭をよぎるのだ。
「治癒だけではなく、相手を殺す力も....!」
今のように力があれば....エルシュも死ななかったかもしれない。受け止めたはずの死を、また思い出してしまう。しかし、私は前の私とは違う。
「もう、二度とあのような悲劇は──」
「そうだねぇ、起こしちゃいけないよね!」
ゾクリと悪寒の様なものを背後から感じて、私はすぐに振り返り杖を構えた。
そこには2人の男女が立っている。青い目をした無表情の男に、赤い目をした笑顔の女。だが、どちらの瞳も冷たい。
「どちら様ですか?」
私の問いかけに、2人は顔を見合わせると楽しそうに笑った。何がそんなに楽しいのか、そしてこの嫌悪感は何なのか、思考を巡らせながらできるだけ情報をえようと2人を観察する。
「レンディエール....」
「貴方に不幸をお届けしに来たよぉ〜!」
──
「不幸?意味がわからんな」
我は2人の言葉に顔を顰めると無駄な時間を取ったなと立ち去ろうとする。この2人から離れろと先程から本能のようなものが警告してくるのだ。
「あれあれ〜?どこ行くのぉ?」
「逃がさんぞ」
男の方が我に手を向けると光の玉が飛び避ける間もなくそれが体に接触する。それが光の輪となり我の体に巻き付き拘束すると、男は無表情のまま我に近づいた。
「ソリッド....立場を弁えろ」
「──っがぁ!」
一瞬頭が飛んだのではないかと疑うほどの力で顔を殴られた。勢いよく地面に叩きつけられると男は我の髪をつかみ無理やり立ち上がらせた。
「兄さんやりすぎ〜カッコイイ!」
「そうだろうな」
逃げるのは好きではないがと思いながら逃走用のルートを探りだす。これ以上関わっては、本当に命を落としかねないと何故か理解できる。
「じゃ〜ん!!ねぇねぇこれに見覚えない?」
──
「あ?知らねぇよそんな....」
女が懐から取り出した細かな装飾が施された宝玉の様なものを、俺は....見た事があるような気がした。いや、知らない、見た事は無いはずだ。なのに何故だろう、この目が離せなくなる感覚は──
「ヴィノスも、やっぱりちょ〜っと記憶はあるのかなぁ?」
「そういう事もあるだろう」
女はその宝玉をしまうと、俺に近づく。そして首に手を回されて女の顔が近づくと頬に口付けられた。俺は苛立ちながら女を睨みつけるが、女はニコニコと表情が変わらない。
「あれぇ?抵抗しないのぉ?」
「こういうのは慣れてるんでな、気色わりぃから早く消えてくれ」
女の首を掴み心臓に魔力で作り出した氷剣を突き刺す。しかし、ニコニコとした顔のまま口から血を流した女の輪郭が歪むと消失する。
「幻術ってやつか」
「そうだ、ここにいる俺達は正確には俺達ではない」
まるで本物のようだ。こうして相手に接触しても何ら変わりないように感じるほどの幻術は初めて見た。余程腕の経つ魔術師なのだろう。
先程消えたはずの女は、また男の隣で相変わらずの笑みを浮かべている。
「それでぇ、本題に入ろっか?」
──
「私を殺すつもりかしら?」
弓を構えたたまま私は2人に問うた。私にとっての不幸。それは想い人に何かある事だが、こいつらがあの人にそんな事が出来るほどの者だとは思えなかったし思いたくもない。
「殺すなんてぇ、不幸を届けに来って言ったじゃない!」
「ただ、ある真実を伝えるだけだ」
そう言い男が指を鳴らすと、私の前にある人物が現れた。黒い髪にマリンブルーの瞳、白と青を貴重とした服を纏ったその女性は──
「エルシュ・ネルト....?」
「久しぶりだね、グラン・アーテル」
彼女は死んだはずだ。しかし、私の目の前に実際いる。思わず弓を下ろしそうになるが、直ぐにまた構え直した。
「幻術ね、馬鹿にしないで欲しいわ。私はこんなものに惑わされたりしない」
「そう、そこだ」
男はニヤリと笑うと私に指を向ける。人に指を指すなと親に教わらなかったのかと不愉快に思いながら私はどういう事だと問いかけた。
「エルシュ・ネルトの幻術は──''いつから''幻術だと思う?」
──
「いつから?意味が分からないなぁ。さっき見せたのがそうでしょ?」
私はどくどくと鼓動が早くなるのを感じた。嫌な予感がするのだ。早く、早く話を終わらせてこの場を去りたい。これから言われるであろうこいつらの言う不幸を知りたくなかった。
「貴方、リアシアールの大切な、た〜いせつなお弟子さん!」
「エルシュ・ネルトという人物は──」
やめろ、やめろと何度も頭で叫ぶが、それは私の口からは出なかった。
「「存在しない!!」」
大きな笑い声だけが、ただただ聞こえる。エルシュが存在しない。それを聞いても私は理解ができなかった。私達は確かに出会い、彼女に剣を教え、弟子として大切に思ってきた。存在しないと言うなら、その''日々''はなんなのか。
「エルシュはねぇ、私達がそれはもう頑張って頑張って見せてた幻なのぉ!!あはははははっ!!」
「どうだ、信じていたものが偽りだった事実は?」
──
「う、嘘だ....!信じないぞ、そのような世迷言は!!」
私は2人に向かって叫んだ。信じられない、信じたくない。エルシュが幻と言うならこの記憶はなんだ?この彼女と過ごした2年間の記憶はなんだ?
「確かぁ、貴方とエルシュが会ったのはウィツィカトルのとある酒場でぇ、最初の台詞は「楽しいことしてるじゃん、私にも教えてよ」....だったかなぁ?」
「そしてお前らの約束は互いに1番の味方であること、星の綺麗な夜にお前の家の屋根に登って誓ったんだったな」
私の....私とエルシュしか知らないはずの思い出を、何故こいつらは知っているのだろうか。2人はまだあるぞと私達の思い出を語る。全て、全てが仕組まれ事だと私に理解させるように。
「あ、ああ、ああぁあ゛あっ!!やめろ!!やめろぉ!!」
私は耳を塞いでしゃがみこむ。それでも2人の声は鮮明に聞こえた。私の、私の親友は幻?何処から、何処までが本当で、何が嘘なのか──
「お前の人助けも全て無駄なんだよ!いくらエルシュの遺志を継ぐって言ってもなぁ、そのエルシュ自体が存在しないんだからな!!」
「あはははは!本当ロザリエはお馬鹿だねぇ!だから私貴方のこと嫌いなのぉ」
やめて....やめてくれ....私は、わたし、は....ワタシは....?
「ひっ....ぅっ....」
「あらあら泣いちゃったぁ」
「お前らの信じていたものは最初から無かった。残念だったなぁ」
エルシュが、エルシュが居ない?私は、誰に助けられ、誰と共に高みを目指し、そして誰が私を庇って──
「ああ、楽しいなぁ」
頭上で聞こえた男の声に顔を上げた私が最後に見たのは、拳だった。
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