彼女の役目
「........」
ある山小屋の前に、黒に青の模様がはいったプレートアーマーを着た何者かが立っていた。ガチャッ、ガチャッと一歩一歩小屋に近づき、その扉をノックする。
足音が聞こえる。家の主がこの扉に近づくのを感じて鎧を着た者は腰に下げていた剣を抜き取る。
鍵を外す音を聞き、その剣を構えて──
ギィッと扉が開き、家の主....ロザリエが顔を出す。
──そして、その頭目掛けて剣を振り下ろした。
「──っ!!」
しかしその剣は、彼女の愛刀[エグランティーナ]によって受け止められる。ロザリエはすぐさま剣を押し返すと外に飛び出て距離をとる。
「何者──....ん?」
「いやぁ、さすがロザリエだ。腕は鈍ってないみたいだね」
ロザリエはその人物を見て固まり、ガシャッと剣を落とす。剣士として戦闘中に剣を手放すというのは降参を意味するものだろう。しかし、ロザリエはそんな事はどうでもよかった。
「し、師匠!?」
「うん、師匠だよ〜」
ロザリエはただただ唖然としていた。というのも、エルシュが死んでからロザリエは彼、いや彼女の姿を見たことがなかったのだ。てっきり死んだものだと思っていた人物が今目の前に現れて、ロザリエはいろんな感情が渦巻いていた。
「と、とりあえず家に上がってください....」
「お邪魔しま〜す」
その姿はロザリエの記憶にある師匠、リアシアール・ノヴァリアとなんの変わりもない。いつものお気楽な彼女だった。
──
「師匠」
「はい?」
リア師匠はずっと鎧を着けている。長いこと弟子として剣を教わっていたが、彼女が鎧を脱いだとことを見たことがなかった。エルシュと何度か脱がそうと試みたが、全て失敗に終わっている。
なのでお客様が来た時に出す紅茶の出番は今回は無しだ。本当に中身が入っているのかと非現実的な事を疑ってしまうほどだ。
「今までどこに居たんですか?エルシュが死んでから....」
「いやぁ、正直....剣士として自信なくしちゃってさぁ」
「師匠がですか!?」
あの剣豪と呼ばれたリア師匠が自信をなくしたという事が私には信じられなかった。いつも前向きで能天気でお気楽な師匠が、自信をなくした....それほど、エルシュの死がリア師匠に影響を与える出来事だったと理解させられる。
「では、今は何を?」
「前からねぇ、召喚士に興味があったから勉強しながら頑張ってるよ」
「召喚士ですか」
あの剣を振り敵を華麗に斬り倒していた師匠が召喚士....どうにも想像出来ない。私はうんうんと頭を悩ませながら紅茶を飲む。師匠はそれを見て笑った。
「ロザリエが元気そうでよかった。てっきりもう剣を握れなくなったのかと思ってたよ」
「....そう思っていたなら出会い頭に叩き斬ったりしませんよね?」
「うーん....一応寸止めするつもりだったよ?」
師匠の剣術なら可能だろうが先程聞いたら剣から長いこと離れた生活をしていたらしい。それなのに真剣で斬り掛かるなど、どうかしている。本当にこの人の考えは読めない。
師匠は周りを見渡すと不思議そうに首を傾げた。何故師匠がそうしたかは検討がつく。
「エルシュがいなくても私は生活出来ますよ。元々綺麗好きですし」
「どうせごちゃごちゃしたゴミ屋敷だろうなぁと思ったのに....」
失礼なと文句を言いながらも、恐らくネモが度々この家に来ないなら掃除はしないなと自分で自分に呆れる。勿論そんな事師匠には言わないが。
「ロザリエは何か変わった事ないの?」
「変わった事....ですか」
なんだろうと考えるも、思いつくのはヴィノスやレンディエール、グランの事ばかりだ。最近あった出来事の中で濃厚と呼べるのはその辺だろう。しかし、師匠になんと説明したらよいかと悩んでいる時、ふと数日前のことを思い出す。
「変わった事と少しズレてしまいますが、最近妙な夢を見たんですよね」
「夢?」
「現実なのか夢なのか正確に分からないんです」
それやばくないと師匠は言ったが、私もそう思う。任務後でかなり眠かったというのもあったが、流石に夢と現実の区別がつかなくなるのは不味い。
「確か、ソリッドと言ったかなぁ....顔を隠してて、いや....どうだったかな....」
「ほほう、そのソリッドって人が?」
「帰る私を引き止めるんですよ、急に友達になりたいとか言い出して」
師匠は顎に手を当て考えるような素振りを見せる。もしかしてそのソリッドとか言う人物に思い当たる節でもあるのかと私は期待した。
「それって....ロザリエが友達が欲しいって願望が夢に出てきたんじゃない?」
「うむむ....やっぱり夢ですか」
「だって怖くない?急に友達になりたいとか言い出すやつが現実とか」
確かにと頷いた私に、絶対そうだよと笑う師匠。まあ彼女がそう言うならそうなのだろうと私は納得した。そして師匠はじっと風呂場の方を見ると私に向き直る。
「で、恋人はいつ私に紹介してるくれるの?」
「──っ」
口に含んだ紅茶を吹き出しそうになりゴクリと飲むと私は困ったような表情をして眉を顰めた。
「恋人?ははっ、私は戦士として女を捨てた身です。そんな存在はいませんよ」
「へぇ....あんた1人であの量のバスタオル使うんだねぇ」
師匠の兜のスリットの下にある目がキランと光った気がした。しまったと私はが思った時にはもう遅い。リア師匠は不意に立ち上がると家の中を物色し始めた。
「はんはんなるほど、一緒に住んでいる訳では無いけど頻繁に来るって感じかな?」
「あああ〜、師匠....分かりました、説明しますから....」
「よろしい」
師匠は椅子に戻ると私にどうぞと手を向け事の説明を促した。私は渋々ネモとの関係を説明して、それが終わると1回頷いてあのさぁと続ける。
「じゃあ彼とはずっと平行線のまま生きてくってわけ?」
「そう思ってます。私はそれで幸せですから」
「....うん、なら何も言わないよ」
案外あっさりと引き下がった師匠に私は逆に驚いた。それに対して師匠は小さく笑うとあんたが決めたことならと特にこれ以上何も言う訳では無いようだ。
てっきりおかしいと言われるものだと思っていたので拍子抜けだ。
「なーに変な顔してるの?」
「へ、変な顔はしていませんよ」
「とにかく、あんたが幸せに暮らしてるなら私は特に言うことは無いよ」
そう言い師匠は立ち上がると家の出口に向かっていった。もう行くのかと問いかけると師匠は手をひらひらと振りながら扉を開ける。
「また来るよ、心配だからね」
「私はもう大人ですよ....」
「私からしたらまだまだ子供だよ〜」
6つしか年は変わらないだろうと思いながら私は去ってゆく師匠に手を振り見送った。その黒と青の鎧姿がどんどん遠のくのを見ながら、私は少し寂しく思う。
最後にリア師匠にあった時もこうだった気がする。稽古が終わり、また明日と言って、そして──
「今度は居なくならないでくれ....」
完全に見えなくなったのを確認した私はゆっくりと扉を閉めた。
──
私は群の施設に向かい森の中を歩く。可愛い弟子がちゃんと暮らせていることが分かったので上機嫌だ。
しかし、一瞬の瞬きの間に目の前に人が現れたのを見て私は立ち止まる。この身のこなしは──暗殺者だ。
「ふんふんなるほど、私は暗殺者に狙われるほどゆーめーなかぁ〜」
「おい貴様、わざとらしいぞ」
「あははっ、ごめんごめん」
その暗殺者、ソリッド・プリズアームに軽く手を挙げ挨拶すると彼はそれでと直ぐに本題に入る。
「貴様、我と同じくひっそりと皆を守るとかほざいておらんかったか?」
「貴方がそれ言う?ロザリエにバレそうになってたらしじゃん」
ソリッドはそう言われるとピタリと固まり大きくため息を吐く。ベールが軽く揺れるのを見ながら、私は笑いながら彼に近づく。
「大丈夫大丈夫、私が誤魔化しといたから。あの子私が言えば大体信じてくれるし」
「それは助かる」
そうやって簡単に信じるところも心配なのだがなと鼻で笑ったソリッドの周りをぐるぐると私は回る。彼は特に何も言わない。彼とはそこまで長い付き合いという訳では無いが、こうして2人でエルシュの関係者を守ろうと動いている。
「それで....グランはどうなった?」
「ああ、ロザリエと和解したよ。今では友人らしい」
「へぇ〜、そりゃ凄い」
彼女はあれだけ復讐に執着していたのにと私はグラン・アーテルを思い浮かべるが、今の彼女は少し変わったのだろう。
ソリッドは自らの信じる正義を貫き人助けをしているが、私は自分の周りの人を守るので精一杯だ。逆に言えば、私の大切な人さえ守れればそれでいい。他の者は──
「うーん....順調、と言えるのかなぁ?」
「そうだな、しかし....」
ぐるぐると周りを回っていた私を魔力で作り出した薙刀で止めると、彼は私に顔を向ける。
「貴様、そろそろ愚者の真似事はやめたらどうだ」
「愚者?酷いなぁ、これが私の素だよ?」
私が指を鳴らすと召喚獣である二匹の狼の形をした影、アルビスとクラージェが現れて私の足元に寄った。私の態度が癇に障ったのならしょうがない。戦いになっても私は手を抜かないつもりだ。
「........よい、我は戦闘をしたい訳では無い」
「そうなの?じゃあその薙刀しまってよー」
ソリッドが薙刀をひと撫ですると、その手に吸い込まれるようにそれは消えていく。私はアルビスとクラージェに戦闘態勢の解除を命ずると二匹の頭を撫でた。
「それで、結局貴方の要件ってなんなの?」
「貴様がロザリエと接触すると聞いたのでな、様子見だ」
「....ヴィノスかな?」
ソリッドは特に頷くでもなくただ軽く笑う。それだけで十分だ。ヴィノスとは会ったことはないが何処でそんなに膨大な量の情報を集めてくるのかと言うほどの実力を持っている。そんな彼も、私の守りたい対象だ。
「ヴィノスはロザリエを守ることに執着している。その彼を守れば必然的にロザリエを守ることに繋がるだろう」
「でも彼大丈夫なの?確か凄い喧嘩好きってエルシュから聞いてたけど」
「それならば問題は無い」
どうやら彼は人間関係を広げていくうちに丸くなったらしい。血の気が多い所は変わらないようだが。私は彼がロザリエと契約していることも知らなかった....白辰に滞在している時間が長くて何も知らない。
「詳しい話はまた次回だ」
「え〜、私別に時間あるから今でもいいけど」
「我の都合も考えろ、ではな」
ソリッドはマントを翻すとまた瞬きの間に消えた。毎回どうやってやってるんだろうと疑問に思う。もし出来るならカッコイイので私もやりたいところだ。
「あとは....レンディエールか」
一番心配なのは彼だ。彼が胸に埋めた秘宝の正体を、私は知っている。というのも私が白辰に言った理由の半分はその正体を探ることだった。
あれは、[サクリファイス・クリスタル]は使い道を誤ると使用者の寿命を代償に力を与えるものになる。
しかし、私は彼に秘宝の正体を伝えてもそのまま使いづけるのではないかと思った。彼の強くなりたいという気持ちは、私にも分かる。無理やり破壊しようとしても抵抗されるのが目に見えていた。
「どうしたもんかねぇ....」
私はため息をつくとまた歩き出す。さらさらと風に当てられた木々の葉の音が聞こえ、私は天を仰いぐ。
人生、そう上手くいかないものだ。
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