影の守護者

夜道、滅多に行かない遠くの街まで任務で駆り出された私はそれを終え肩をぐるぐると回しながら歩いていた。

周りには誰もいない。流石にこの時間は皆家にいるだろう。


「....オバケとか出ないよな」


あまりの静寂さに嫌な考えが浮かび慌ててそれを否定する。幽霊などいるはずもない、死者は皆冥界にゆくのだと自分に言い聞かせながら早足で家のある方向に向かう。


が、その時....背後に気配を感じた。


「──っ!」


すぐにそれから距離をとり剣の柄に手を添える。背後に立たれるというのはネモで何度も経験しているのでそれに関しては私はプロだぞと心の中で笑い、その姿を確認する。


真っ黒なコートと鎧、赤のマントを纏いその顔は被った冠についているベールで隠されている。身長は150程度だろうか、子供がこんな所で何をしているのかと疑問に思う。黒に先端だけ濃い赤に染まったその髪が風でさぁっと揺れるとその人物は1歩前へ出た。


「何者だ。急に人の背後に立つなど、失礼だとは思わないか?」

「申し訳ない、癖のようなものでな」


声は見た目にそぐわない成人男性のような声をしてる。一応ちゃんと会話をしてくれるという事に安堵する。問答無用で斬りかかってくる者も多い、しかし彼はそうではないようだ。


「して、何用か」

「....ロザリエ・リーベス。お前は今幸せか?」


いきなり名を呼ばれてどきっとする。私の素性を知っているということはもしかして誰かに以来され殺しに来た暗殺者かと相手を睨む。

しかし、質問の意図が分からない。幸せかと聞かれれば確かに私は幸せだが、こいつに何故それを言わなくてはいけないのだろうかと返事を出来ずにいた。


「幸せでは無いのか?」

「....貴様の目的が分からない。それを聞いてどうする」

「親友の死を己のせいだと嘆き、復讐をして追われる身となったお前は....幸せなのか?」

「....何のことだ」


知らないふりをする。自分が指名手配犯だと知るものはいないはずだと不安に思いながらも平静を装った。しかし、やつは案ずるなと言うと周りを見た。


「人払いは魔術で済ませた。ここには我とお前しかおらん」

「....貴様は私が幸せかどうか聞くためにそうしたのではないだろう。目的を言え」


幸せかどうか。私が復讐の時に殺した者の家族などが私が幸せに暮らしていることを許せない、そういった所だろうと予測して戦闘になった時のことを考える。

しかし、やつはそれを察したのか小さく笑った。


「なんだ、私如きすぐに殺せると笑っているのか?」


ついに剣を抜いた、[エグランティーナ]の刀身が街灯の光を反射させてきらりと光る。しかし、相手はなんの動きも見せない。剣を抜かれたのにも関わらず、余裕な態度を見せている。

そしてやつが動き出す。私は剣を構える....のでは無く、その行動に戸惑っていた。


ガシャッと金属音がなる。何故かやつは右腕につけていた鎧を外して地面に捨て置くと、そのまま足甲も外して同じように横に置いた。


「な、何をしている....?」

「我は武器を持っていないぞ」


マントを畳み鎧の上に置くと、さらにコートも脱いで中に何も隠し持っていないと見せるようにしてから捨て置く。次にベストに手をかけたのを見て、私は剣を収めた。


「やめろ」

「ふむ、魔術師だと疑っているか?」

「そうではない。....敵だという認識を改めよう」


そうかと一言言うと、やつは先程脱いだ物をまた着ていく。おかしな奴だ。本当に何が目的なのか分からなくなってきた。

先程と同じ格好に戻ったやつを見て、私は自らの顔をとんとんと指さしてやつに仕掛ける。


「脱ぐならそのベールからではないか?ずっと顔を見せずに話すつもりか」

「.....これは....そうだな....別に良いか、お前なら」


やつは案外あっさりと承知するとその冠に手をかける。てっきり渋ってそれは無理だと言ったところをでは話は終わりだと立ち去ろうとする予定だったが、その道は閉ざされた。


「──っ....なるほど。貴様、人間ではなかったか」


尖った耳を見てそうかとは思っていたが、やつの顔を見てそれは確信へ変わる。目が普通とは違い白目が黒い。その真紅の虹彩をした瞳が私を見つめる。左目の下に何故か体が割れているようなヒビがあるが、それらが無ければただの少年の顔だ。


「魔族には枷があるはず。貴様、契約者は」

「....おらぬよ」


やつが何故か一瞬笑ったのを私は見逃さなかったが、それに関してては何も言わなかった。契約者がいないということは戦っても勝てるだうと安堵して私は柄に置いていた手を下に下げた。


「はぁ....それで、そろそろ目的を聞かせてもらおうか」

「そうだな」


やつはマントの上からその下にある何かを撫でると、にこりと笑う。ただの少年の笑みだ。


「ただ友達になりたかったと言ったら、お前は笑うか?」

「....笑うと言うより....怖いな」


どこに友達なりたいやつの背後に立って敵対心を抱かせるやつがいるんだと思うが、実際目の前にいる。

やつは本気のようだ。本当に、私と話がしたいためだけにこうして夜道を歩く私の前に現れたらしい。どうせなら昼に来て欲しかった。


「何故私なんだ」

「友達の友達、その存在というのは何故か気になったりしないか?」

「まぁ....分からんでもない」


という事は私の友人の知り合いなのかとやつを改めて見るが....こんなやつを友達にする友人がいたかと私の中の知り合いを思い浮かべた。

それを見てまた笑ったやつ....というか──


「まだ名を聞いてない、友達になりたいと言うなら名乗って欲しい」

「ああ、これは失礼した。我が名はソリッド・プリズアーム。よろしく頼む」


握手を求めるやつ、ソリッドに近づきその手を握る。小さい手だ。近づいた瞬間何かされるのではないかと疑ったが、特にそのようなことは無く少々罪悪感を感じる。


「互いに名を知り、そして握手を交わした。私達はもう友人と言えるだろう....ではな」

「待て待て、そう早まるな。もう少し話をしよう」


違和感。何か....ソリッドは何かを隠している。

私はそれを感じるとすぐに背を向け家に向かって歩き出す。やはり裏があったかと残念に思いながら進もうとすると、まるで闇が移動したように私の前に黒いモヤが立ち塞がる。それはソリッドの姿へ変わり、先程彼が立っていた場所に振り向くと彼はそこにはいない。


「私を返すと何か都合の悪いことでもあるか?」

「そういう訳では無いが──」


少し苛立ってきた私の雰囲気を感じたのか、ソリッドは真剣な表情で私を止める。



私は──早く帰って寝たい。





──





「(くそ、まだか....)」


ロザリエが若干苛立ち始めたのを感じながら、我は必死に話題を探していた。彼女とは会わないつもりだった。しかし人生をとはそう上手くは行かないものだと内心ため息をつく。


「(おい、ヴィノス)」

『ああ?今やって、る....よっ!おらぁっ!くたばれ!!』


何故我がロザリエの前に姿を現したかと言うと、今ロザリエの家の前で暗殺者と戦いっているヴィノスと関係がある。


ロザリエはブラッドナイト事件で指名手配犯になっている。しかしフルプレートアーマーを身につけていたことにより、彼女の素顔は知られていない。だが、それでも彼女に辿り着くものはいる。それは警察だったり身内を殺された者のだったり様々だが、我々はそれを秘密裏に消してきた。


ヴィノスがすぐさま飛んでロザリエを足止めしに行けと言ってきた時は勿論戸惑ったが、ヴィノスは長距離を瞬時に移動する手段は持っていない。渋々承知して、現在彼が敵を全て抹殺するまるでこうしてロザリエを足止めしているのだ。


『あぁ!うざってぇ!!』

「(あと何人だ)」

『あー....3人だな。ぃってぇ!!くそっ、死ね!!』


その後に続く規制音の入りそうな汚い罵倒の言葉を魔術で聞きながら、我は横を通り過ぎようとするロザリエをまた止める。

この話はしたくなかったが──


「エルシュ。我の友人の名だ」

「エルシュ....の?」


食いついた。やはり彼女の名を出すのが一番だとは分かっていたがそれではロザリエと深い関係を結ぶ事になるかもしれないと中々出せずにいた。我は、ただ影から守る存在であればよかった。しかし、もうそうはいかなくなってしまった。


「悪党に追われていた我を彼女は助けてくれたのだ。その日から何度か彼女の屋敷にお邪魔して....お前の話もよく聞いた」

「そうか....エルシュの友人か....なら、悪い奴では無いな」


ロザリエから警戒心が完全に消えた。先程までの苛立ちも感じないように思える。我は一安心するとまたヴィノスに呼びかける。


「(おい、身バレした)」

『はぁ?てめぇあんだけ「我は、影の守護者だ」とか格好つけてたのにか!?』

「(五月蝿い、だから早く済ませてくれ)」

『もう全員始末した。だけどこんな肉塊が転がったとこにロザリエ返す訳にはいかねぇだろ。もうちょい待て』



「どうした?」

「いや、なんでもない」


黙り込んだ我を不審に思ったのかロザリエはじっと我を見る。また怪しまれるかもしれないと話題を探すが、ふと思いついたのは星の話だった。


「今、あそこに赤い星が見えるだろう」

「ああ、見えるな」

「あれはアンタレスと言ってさそり座を結ぶ星なのだ」

「....ほう」


──以上だ。今ので分かっただろう。

そう、我は話があまり得意ではない。


「では、私は行く」


こうなったら本当に最終手段だと思っていたが、力ずくで止めるかとロザリエの背を見ながら考える。彼女の平穏を守るためなら悪役になってもいい。我は魔力で炎の薙刀を──


『ソリッド、終わったぜ』

「(....了解した)」


魔力の反応を感じてロザリエが振り返るのと、我が薙刀を消したのは同時だった。ギリギリ見えていなかっただろうと安心した我はロザリエに笑顔を向けた。


「また会おう」

「ああ、その時はゆっくり貴方の話を聞かせてくれ」


ロザリエも笑うと、物凄く眠そうにしながら立ち去って行った。眠かったなら我のことも夢だったと思ってくれないだろうかと祈りながら、我は遠ざかる彼女の背を見送った。

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