早すぎた出会い

それは、本当に偶然だった。

いつかは訪れるだろうと思っていた出会いだったが....あまりにも早すぎた。


街の真ん中、北からは任務の帰りで何か買い食いでもしようとお店を探していたロザリエ・リーベス。

東からは仕事上必要となる情報を得ようと聞き耳を立てながら歩いていたヴィノス・ラージェン。

西からは自らの敬愛する主人に何か贈り物をしようと街を回っていたレンディエール・エクリプス。

そして南からはずっと部屋にこもっていたので外の空気を吸いに少し遠出したグラン・アーテル。


ついに、この4人が同時に顔を合わせてしまう時が来てしまった。エルシュ・ネルトの死から4年。いや、それ以前からこうやって4人が同時に遭遇することなどなかった。しかし結局は確率の問題だ。


「「「「........」」」」


お互いを認識するとまるで時が止まったかのように4人は止まった。この中でもすぐに状況を理解し、焦ったのはヴィノスだった。


「(マジかよ....レンディエールとアーテルが会ったらかなり不味いんじゃねぇかこれ....)」


ヴィノスはとりあえずグランがもし自分達と敵対行動をとった場合のためにロザリエの前に立ち様子を伺う。

しかし、グランも戸惑っていた。3人は今までエルシュを守ってきた者達、協力して襲いかかられてしまえば生きては帰れないかもしれないと。


しかし、戦いは起こらない。それは勿論街のど真ん中である事であったり、そしてそれぞれの持つ感情の変化もあった。


「....グラン・アーテル。私を覚えているか?」


最初に言葉を発したのはロザリエ。彼女は自分の前に立っていたヴィノスを避けると、グランへ近ずいた。グランは警戒したが、ロザリエがその腰に下がっている剣に手を伸ばすことは無い。

グランは数週間前にヴィノスと会い、ロザリエが自分に対してどのように考えているかを聞いた。そのためすぐに逃げるようなことはしなかった。


「ロザリエ・リーベス。あの女の親友。私は忘れないわ」

「....そうか、私は君に言いたいことがある」


そう言うとロザリエは背筋を正すとグランに頭を下げた。グランはその予想外の行動に、いざと言う時の為にと出そうとしていた弓を落としそうになる。


「すまなかった、エルシュが犯してしまった罪を私は知らなかったのだ。君が何故エルシュを狙うのかも知らなかった。それでも君と戦ってきた。エルシュを守るために」

「........」

「もしまだ恨みがあるならば、私が彼女の代わりとなろう。....それで許しては貰えないだろうか」

「──っ!」


ロザリエの言葉に、グランが感じたのは怒りだった。何故そこまでしてあの女を庇うのか、そして自分のターゲットに代わりなど存在しないと。

緊迫した空気。周りの人達もその異変に気づいたのかロザリエ達を遠目に見ている。


「……場所を変えましょう」


4人はロザリエの住む小屋がある山の森林に無言のまま歩き出す。森の中、暫く風に揺られる葉の音や、動物の鳴き声だけが耳に入る。そして数十秒後に、グランは口を開いた。


「私は、別に許す立場じゃない。私が憎んでいたのはエルシュ・ネルト1人。しかし彼女は死んだわ....私の復讐はもう終わったの」

「しかし──」

「それより、私はそっちの殺気むき出しの男の方が気になるんだけど」


グランが顔を向けたのはレンディエールだ。先程から大人しくはしていたが、その目は殺意に満ちていた。ヴィノスはロザリエがグランを受け入れるならと彼女に対して敵対心は持たないが、レンディエールは違う。


「最近、私の敬愛する主に何か悪い虫が寄ってきてると聞いたのですがね....なんでも盲目で両足のない仮面をつけた翼人の女だとか」

「へぇ、それは大変ね」

「はっ、他人事か?貴様の事だろう」



「(はぁ〜?ふざけんじゃねぇよコイツら....!つーかレンディエールの方にアーテルの情報はいかないように止めてたってのに、なんて執着心だアイツ....きめぇな)」



ヴィノスはとりあえず今にも戦いだしそうなレンディエールとグランの間に入り、やめろと止める。

しかし双方武器を収めることは無くずっと睨み合う。そして彼らの状況をよく理解出来ていないロザリエは少しお腹が空いたと場違いなことを考えていた。しかしその手は剣の柄に触れている。


「聞け。無駄な争いはやめろ。以上だ」


ガチャッと音がしてレンディエールとグランは武器を構える。ヴィノスは元々戦いを仲裁する所かむしろ種火をまいて起こさせる方だ。彼の言葉で2人が止まることは無い。


「ヴィノス、退いてください。その女は危険だ」

「危険なのは貴方でしょ?あの人が居ないと生きていけないくせに」

「それは貴様も同じことだろう、早く視界から消えろ」


胃が痛い。そんな事でなんで自分がストレスを感じなくてはいけないんだとヴィノスはだんだんと苛立ってきていた。もうエルシュのことなど関係ない。レンディエールとグランはある一人の英雄と呼ばれた男を取り合って戦おうとしている。


「(もはや俺様は関係ねぇなこれ、帰ろう)」

「なぁ、ヴィノス。なんで二人は戦闘モードなんだ。私を置いていくな」


ゆっくりと後ろにさがったヴィノスにロザリエは近ずき耳打ちで状況が理解していないことを打ち明ける。まぁそうだろうなとヴィノスは思いながらロザリエの腕をつかみ2人から離れた。


「お前には関係ない話だ。こんまま帰ろう」

「しかし、そのままでは2人は殺し合うのだろう?止めるべきだ」


レンディエールとグランへ近づこうとするロザリエの腕を掴み止めるとヴィノスは頭を振る。しかし状況を知らないままでは可哀想かと思いロザリエに耳打ちで戦う理由について話した。



「さぁ、邪魔は無くなった。貴方が消えるか私が消えるか....降参するのは今だと思うがね」

「私は諦めない、あの人にもそう告げた。それは曲げない。勝つのは私よ」


それを聞きレンディエールは鼻で笑うと自らに魔術を掛け始める。グランはその隙に最初の一手を打つ。それはその場の者が誰も予想しなかった技。


「『怒りに、悲しみに追われるこの身、しかし我は光を掴もう。その意志は形となりその身を切り裂かん──』」


「──っな、アイツマジか!」

「ヴィノス、どうした?」


グランの体から光が溢れ、それが集まって1本の矢となった。それをレンディエールではなく天に向かって放とうとしている。対してレンディエールはそれに警戒しながらも続けて自らを強化する魔術の詠唱を続けながら策を考えていた。


「アーテルのヤツ最終手段を一発目から....!」

「ヴィノス、あれは不味いんじゃないか?」

「....普通に不味いやつだ」


さすがに焦り始める。ある程度見守って置いて危なくなったら止めようと高をくくっていたがそうもいかないようだ。急いでグランに向かって魔術を放とうとヴィノスが手を向けるが──


「『〈意志の大剣〉(ヴォロンテ・クレイモア)』ッ!!」


グランのその意志で作られた矢を放つ方が先だった。

ヒュッと矢が飛ぶ鋭い音がなったあとそれは空へ消えていった。レンディエールはそれを疑問に思いながらやっと全ての詠唱が終わりをグランの攻撃に備えた。


「レンディエール!無理だ!回避に集中しろ!」

「外野は黙っていて下さい!」

「違ぇよ!このままじゃ死ぬっつってんだよ!」


この場でグランの技がどのようなものかを知っているのはヴィノスだけだった。やがて異変が現れ始める。


それは大剣だった。実際の金属で作られたものではなく、グラン・アーテルという一人の人の意志が魔力で実体化したその大剣がレンディエールに向かって落ちてくる。その大きさ300m以上はあるだろうか、その大きさから想定される状況は....


「あのクソ女....俺達まで巻き添えかよ。ふざけやがって!」

「....本当に不味いな、接触するまで少々時間はあるが簡単に逃げられるものでは無い。それに....このままでは私の家まで無くなる!」


あんなものが落ちてきたらそれは当然この地は抉れ山の一部が無に帰るだろう。その範囲におそらくロザリエの住んでいる小屋も含まれている。


「私の技で……」

「お前のじゃ威力が強すぎる。二次被害は避けたいからやめとけ」

「じゃあヴィノスのは」

「俺の技は技にぶつけるようなもんじゃねぇ、それを撃つヤツに打っ放すもんだ」


実力で言うならヴィノスやロザリエの方がグランより強い。だが彼女の既に放ってしまった攻撃をこの場に被害が及ばないように相殺させる手段が直ぐには浮かばなかった。


「アーテル!やり過ぎだアホ!」

「........確かに」

「こ....このっ!ばーか!」


ヴィノスはついに幼稚な悪口が出てしまうが、そうしている間にもグランの大剣は徐々に迫ってきていた。

その時、ロザリエは[エグランティーナ]を鞘から抜いた。


「レンディエールさん!私に防御魔法を!」

「何故です──」

「いいから早く!」


ロザリエの目を見てその真剣さに頷くことしか出来なかったレンディエールはロザリエに防御系の魔術を掛けていく。そしてロザリエはヴィノスを見るとにこりと笑った。


「どうした....って、なんで今枷外したんだよ」

「ヴィノス、私をあの大剣に向かって投げろ」

「....んな事できるわけねぇだろ!あんなもんにお前投げて無事で済むか!」


先と一変してロザリエは珍しく真面目な表情をすると、ヴィノスを見つめる。対してヴィノスはこれだけは譲れないと睨み返した。ロザリエはヴィノスとって自分の身を盾にしても守ると決めた存在だ。そんな彼女を投げるなど....


「ヴィノス」

「........はぁ、どいつもこいつも自分勝手なヤツばっかかよ....人の事言えねぇがな」


ヴィノスは体に力を込め完全に魔族としての力を出すとロザリエを抱えた。


「もし死体で帰ってきたら死んでも恨むぞ」

「ははっ、心配ないさ。私を信じてくれ」


その言葉を聞き、ヴィノスは頷いた。ロザリエが信じろと言ったら、もうそうするしかないのだ。ヴィノスは自分がロザリエに甘い事を自覚している。しかし、その真剣な眼差しをヴィノスは信じたかった。


「おらぁっ!行ってこいッ!!」


投げた、思いっきり。

持っていたロザリエの重みが自分からは離れて無くなった瞬間、そのまま失われるのではないかと恐れる気持ちが沸いた。しかし遠ざかるロザリエを見ながら、ヴィノスはただ祈るしか無かった。


「ぐっ....圧が凄いな....『共鳴せよ。我が魂とこの剣はやがて1つとなり、汝を無へと誘う──』」


ロザリエの剣が星の輝きを帯びる。それはだんだんと大きくなり眩しさに技を放つ本人でさえ目を瞑りそうだった。ロザリエは愛刀を振りかぶると、想いを託すように叫んだ。


「『〈秘技・流星斬〉ッ!!』」


星のきらめきが斬撃となり、グランの放った大剣に向かう。これが失敗すればロザリエは技が直撃し、即死する。ヴィノス達が逃げられたとしてもここ一帯の地は無くなる。


「まさかエルシュの技を使うことになるとは....」


重力の働きによって徐々に落下し始めたロザリエは自分の放った技の行く末を見守った。


そして、流星斬と大剣はぶつかった。その大きさは子供が大人に向かうような無謀なものに見える。

しかし、流星斬は輝きを増して──


「頼む!!」


ロザリエの祈りが届いたのか、それはグランの大剣を綺麗に両断した。意志の大剣に大きくヒビが入ると、ボロボロと崩れ落ち塵となり消えてゆく。

完全に消滅したのを見ながら、ロザリエは落下していた。


「ふむ....完全に着地を忘れていた....」


このまま地面に落ちると自分はトマトのように....と考えていると、ドッと音がして空中で体を誰かに受け止められた。


「よし、死体じゃねぇな。上出来だ」

「──当然だ。死ぬ気などさらさらなかった」


少し心配したがなと笑ったロザリエに、ヴィノスは苦笑いを返した。そして地面に無事に着地すると、ロザリエはヴィノスの枷を嵌める。


「....ふぅ、死ぬかと思った」

「やっぱりそうか!この馬鹿野郎!」


ペシッとロザリエにデコピンをくらわすとヴィノスは振り返りグランに向かっていく。グランは覚悟しているのか特に何もせず、ただ弓を地面に落とした。

それを見ながら、ヴィノスは手を振り上げる。


が、その手はグランの頬に当たる寸前で止まった。


「ロザリエ、止めんじゃねぇ──」

「──」


バチンッと音が響く。ロザリエは怒っていた、自分の手で制裁してやろうと思うほど。グランはロザリエに叩かれた頬を抑えながら、ただただ俯いた。


「愚か、貴様自分が何をしたか理解しているのか?」

「....考え、無しに....怒りに身を任せた」

「そうだ、その結果がこれだ。阿呆め」

「........」


レンディエールは杖をしまいながらグランに近づいた。彼女は全ての罰を受けるとその仮面の下で目を瞑る。


「私に貴女を罰する資格などありませんよ。同罪ですから」

「そんな事はない。私が──」

「あ〜あ〜!もうしめぇだ!」


そう言うとヴィノスはレンディエールの腹に蹴りを放った。予測していなかった一撃に防ぐ事も出来ずその体は空を舞い木にぶつかる。


「デジャブ....。てめぇも、レンディエールも反省しろ!分かったら解散だ。二度とすんなよ!!たっく....」


ヴィノスは舌打ちをするとその場を立ち去ろうとする。それをロザリエは服をつかみ止めた。なんだと振り返るヴィノスが見たのは、いつもの笑みを浮かべたロザリエだ。


「茶会でもするか!!」

「....は?」


ヴィノスの服を掴んでいない方の手はグランの手が握られている。もしかしてとヴィノスは顰めた顔をロザリエに向けた。


「レンディエールさん!聞こえてるか!!」

「うっ....はぃ.....」

「ははっ、かなり痛かったようだな」


蹴られた腹を擦りながらこちらに向かってくるレンディエールをロザリエは迎える。

何だかんだ言ってもロザリエの特別な雰囲気、オーラというのは人を惹き付けるものだろう。ヴィノスもレンディエールもグランも、もはや答えはYESしかないと悟っていた。


「さぁ、私の無くならずに済んだ家で茶会だ!!エルシュに仲直りをしたぞと伝えよう!!」


グランの手を引き自分の家まで歩き出したロザリエに、皆は小さく笑いながらついて行くことで同意を示す。





この4人が会うのは早かったかもしれない。

そう思っていた黒髪の愛された少女は笑顔の彼女らを見て、そんな事はなかったかと笑い消えた。





『早すぎた出会い』

ー過去を乗り越えた先ー END

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