悲しい思い出

金欠状態なロザリエは悲しくもお腹が空いていた。こんな時ばかりに群に頼るのもとは思うが背に腹は変えられないと施設に足を運んだのだ。


「ううっ....お腹が寂しい....」


本当にお腹と背中はくっ付くのではないかとコルセットをした腹を擦りながらよたよたと食堂へ向かう。

その道中、ある人物を見てロザリエは止まった。その人物もロザリエの方に気づくと、一緒に歩いていた者に軽く頭を下げるとロザリエに小走りで向かう。


「ロザリエ様」

「ぁ....レンディエールさん....」

「お久しぶりで──....どうかなさいましたか?」


ロザリエのいつもとは違う様子にレンディエールは軽く背をさすりながら顔を覗き込む。そして丁度ロザリエの腹が鳴り、ああそういう事かと直ぐに理解したレンディエールはロザリエを横抱きにすると食堂へ向かう。


「またでございますか?あれ程空腹は我慢しないようにと言いましたのに....」

「ははっ、少し金欠気味でな....」


少し早足で食堂へ急ぐレンディエールは昔のことを思い出す。エルシュお嬢様が初めて彼女をおぶって連れてきた時は何事かと焦ったものだ。その時もロザリエは行き倒れていたなと。

そして食堂に着くと、ロザリエを椅子に下ろして上着を別のイスに掛けるとレンディエールはキッチンへ向かう。


「簡単なものでよければお作り致します」

「た、頼む....」


エプロンをして慣れた手つきで調理して行く。エルシュはレンディエールにかなりの信頼を置いており、料理のできる使用人もいたが大体はレンディエールが調理していた。その腕は一流と言えるだろう。

しかし彼が作るのは洒落た料理ではない。ロザリエが今求めているのは質より量だ。そして出来た物をロザリエの前に置く。


「オムライスです。お好きでしたよね?」

「ああっ!好きだ!いただきます!!」


ロザリエはスプーンをレンディエールから受け取ると手を合わせて次々と口に運ぶ。とても嬉しそうに食べるロザリエに自分も嬉しく思いながら、レンディエールはまたキッチンに戻る。

彼女に渡したオムライスは特大で3kgぐらいはあるだろう。しかし彼女の腹がそれだけでは満たされないのをレンディエールは知っていた。


「(昔と変わらない....エルシュお嬢様が居ない事以外....)」


どうしても思い吹けてしまう。レンディエールは無心でハンバーグのたねをこねることにした。ロザリエは人の気持ちの変化を察知しやすい。心配をかけたくなかったのだ。

オムライスがロザリエの胃に全て収まる頃、特大のハンバーグの乗った皿と綺麗に食べられ終えた皿を取り替える。


「おおっ、済まない。流石レンディエールさんだ!」

「ふふ、お褒めに頂き光栄です。デザートの希望はありますか?」

「ん〜....パフェ!」

「かしこまりました」


また改めて手を合わせハンバーグを食べ始めたロザリエを見ながら、レンディエールは食堂の食材を使い果たしてしまわないかと少し心配しながらいちごパフェを作り始める。


『ロザリエはいちごパフェ、私はチョコね!!』


....いつだったか、エルシュに言われたことを思い出す。どんなパフェにしようか考えることも無くレンディエールは当然のようにいちごパフェを選択したが、その言葉の影響だろう。

レンディエールは自然と笑みがこぼれ、ロザリエに視線を向ける。


「むぐっ....むっ....ん?レンディエールさん、どうかしたか?」

「いえ、あまりにも美味しそうに食べるので」

「実際美味いからな!」


ニコニコと嬉しそうに最後の一口を食べたロザリエを見てカラの皿とパフェを取り替える。そして珈琲を入れ自分もロザリエの向かいの席に着くと、小さく伸びをした。


「美味しいですか?」

「ああ、とても美味だ!」

「それは良かったです。私も作りがいがあってとても楽しかったですよ」


レンディエールはロザリエを見ていると、彼女にエルシュを重ねているのに気づく。今更だなとと思い珈琲の入ったコップを顔に近ずけると、その表面に映るレンディエールの顔は酷く悲しそうな顔だ。


「レンディエールさんは今どうしているんだ?」

「どう、とは?」

「群の寮にいるのか?」


その事かとレンディエールはカップをテーブルに置くとロザリエに嬉しそうな表情を見せた。


「ええ、寮に居ます」

「....凄く嬉しそうだな。何があったのか?」

「私は今凄い御方に仕えているのですよ?自慢したいです」

「ははっ、それは聞きたいな。....ん?もしかしてさっき一緒に歩いていた....」


ロザリエは空腹で意識が朦朧としていた上に、脳内は食べ物のことでいっぱいだったので、気に求めなかったことがふとレンディエールと歩いていた人物を思い出す。


「あれは....レイゴルト殿か?」

「我が主をご存じで?」

「1度助けられた事があってな」

「そうでございますか。やはり....あの御方は....」


レンディエールは目を瞑り思いにひたっているようだ。ロザリエはそれを見ながらレンディエールが新しい道に進めていることに安堵しながらパフェを完食する。

レンディエールは人に尽くすことが好きだ。その人が喜ぶなら自分の身を削っても良いと無茶をするのをロザリエは何度も見てきた。


「レンディエールさん、あまり無茶をしてくれるなよ?」

「それはよくレイゴルト様にも言われます....けど、ちゃんと自制はしてるつもりですよ?」

「それなら良いが....」


本当だろうかと、ロザリエはレンディエールの目の下のクマを見ながら思った。しかしそれは見当違いで、レンディエールはただ不眠症なだけなのだが。


「ロザリエ様は最近どうなさっているのですか?」

「私?私は....依頼をこなしたり....友人と過ごしたり....かなり平和な日々を送っているかな」

「そうでございますか。それなら良かったです」


何年ぶりかの再開だが、エルシュについては触れてはいけないもののように話さない。互いに辛いことだと理解しているからだが、そうすることでまるで彼女を忘れようとしているようだと、それもお互いに感じていた。


「........」

「........」


暫く沈黙が続く。外からサァーッと音が聞こえ、雨が降り始めたのが分かった。ロザリエはレンディエールに顔を向けると、その言葉を口に出した。


「エルシュの事は....本当に申し訳なかった」

「──っ....なぜ、貴方が謝るのですか?」


頭を下げるロザリエにはレンディエールの表情は見えないが、その少し震えた声から自分に向けられている感情が良いものでは無いのが分かる。


「私は、彼女が死んだ時──」

「やめてください」

「........」

「どれだけ後悔しても、どれだけ懺悔しても....エルシュお嬢様は帰ってきません....」


その通りだ。死んだ者は帰らない。

残された者はそれを理解して、受け入れて、進むしかないのだ。


「忘れろとは言いません。しかし、そうして私に謝ることがエルシュお嬢様のためになりますか?」

「わた、しは....」

「私もずっと胸に刻み、お嬢様の死を背負ったまま生きます。....貴方も進みなさい」


ロザリエは頷くと、小さく礼を言いその場を逃げるように去った。

レンディエールは罪悪感を感じながら、珈琲を1口飲む。

こんなに苦いものだったかと顔を顰めながら溜息をつき、シンクに珈琲を流した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る