第三話 焦燥

 前回のあらすじ

 刻は丑三つ時。夜咄よばなしの最中、大奥様から言われた「これからお勉強をしましょう。」

 夕方に大奥様から頂いた姿見の前に立ち、自分の思う場所を映し出す事に成功する華。

 自分の能力に驚きつつも、故郷の父と母を思い出す。

 そして、蟠りを残しつつも春宮への同行も受諾した華だった。




   🚙


 


 秋のような高い空。そんな空にもかかわらず、日差しは容赦なく照りつける八月下旬。

 春宮へと向かうため、大奥様と私は高輪たかなわの交差点へと差し掛かっていた。

 大奥様と私の乗る自動車に手を振る子供たち。その子供たちに大奥様は笑顔で手を振り返している。

 東京でも、まだまだ自動車は珍しいようだ。

 かく言う私も、自動車に乗るのは今日で二回目。恥ずかしながら私自身の心も弾んでいる。


「実はね、私も父と母に会うのは久しぶりなの。」

 屈託のない微笑みで、私に仰る大奥様。

「大奥様のご両親もいらっしゃるのですか?」


 私の返答に、口を押さえる大奥様。内密な事なのか、少しためらったようす。


「ええと…。今は内緒です。」


 頬を染めて、照れたようすの大奥様。

 本当にこの方は五十歳なのだろうか?

 どこからどう見ても、私と同年代、またはそれ以下に見える。

 でも初めてお会いした時は、これほど若々しくは無かったような…。

 髪の色もそうだ。異国のお人形のような薄茶色の髪。その髪は艶やかに光沢を放っている。

 そして髪の色に合わせたような、茶色い瞳。

 お化粧もしていないのに、白魚のような真白い肌。

 大奥様がお若く見えるのも、錬金術による物なのだろうか。

 本当に不思議なお方です。


 そんな事を思う中、気が付くと私たちは春宮の建礼門を抜けていた。

 そして承明門の前で車を降りると、先に到着をしていた、若旦那様と姉様が笑顔で迎えてくれた。

 

「久しぶりね佐代子。元気にしていた? 華を大事にしてくれている?」


 思わぬ言葉が姉様の口から、大奥様に向けられた。

 そして、若旦那様は私を見て仰る。

「華、今日は来てくれてありがとう。そしていつも佐代子の面倒を見てもらって、嬉しい限りだ。」

 若旦那様から私に向かい、労いのお言葉を頂いた。が、素直に受け入れられない自分がいた。

 それに大奥様は姉様に頭を撫でられている。


 いったいこれは?

 いったい、どう言う事でしょう…。


「とんでもございません若旦那様。私こそ大奥様に良くして頂いております。」

 私の返答に若旦那様は笑顔でお返しになられた。

 そして大奥様は姉様と楽しそうに、お話をされている。

 姉様は大奥様を軽く抱きしめた後に、私へと目を向けた。

「元気そうね華。屋敷内では目の上の瘤のようですね。」


 笑顔で言われた姉様の一言に、私の両目からはポロポロと涙が零れ落ちる。


「辛かったでしょ? でもあと少しの辛抱よ。」

 姉様は優しく私に言ってくれた。

「私と宗一郎さんは宮内庁長官とお話がありますので、華は佐代子が依頼された、文献の修復と刀の複製のお手伝いをしてくださいね。」

「姉様、私が手伝える事などあるのでしょうか? それに、大奥様も仰っておりましたが、あと少しの辛抱とは何の事でしょうか?」

 涙を流し話す私に、姉様は花柄の綺麗な手巾で私の涙を拭う。

「その事に関しては昼食後、全てをお話しします。さあ、もう泣かないで。」

 姉様は私にそう言うと、若旦那様と共に宮内庁棟へと向かった。


「華、私たちも管理室へ向かいましょう。」

 笑顔で私の頭を撫でる大奥様。私は大奥様にお礼を言い、春宮の管理室へと向かった。




   🤍 🤍 🤍



 

 宮内庁長官が来られるまでの間、待たされた応接室。と言っても、応接室とは名ばかりで、ガヤガヤと騒がしい広い空間を パーテーションと呼ばれる仕切り板を使い、区切られただけの応接室。

 御簾垣 宗一郎と妻の律は待たされている間、佐代子と華の話をしていた。


「さすが一之瀬家の御息女ですね。律と同じく素敵なお嬢さんです。」

「宗一郎さんったらお上手ですね。でも確かに華だったら佐代子の付き人を任せられるますね。」

 

 とは言ったものの、果たして華にこれから先の事を任せても良いものなのでしょうか…。

 父様と母様とのお別れ、双葉家の兄様とのお別れ。

 華は双葉家の長男、佐之助兄様を慕っている。左之助兄様も華の事を慕っている。

 でも、それは茨城県の小さな村を出たことの無い二人が、他に出会いが無かったからだ。

 私は長女の為、生まれた時から結婚が決まっていた。華には普通の女の子として生活をしてもらいたい。

 今の華は東京にいるが、佐代子の女中として働き、外には出た事がない。恋をしろ、と言う訳ではないが、女性として素敵な恋愛を経験してもらいたい。華は私と違い自由なのだから。

 それなのに、本物の大奥様ときたら…。


「律? もしかして僕との結婚は嫌だったのかい?」

「嫌ですわ宗一郎さん。私の胸の内を探らないで下さい。」

「君がそこまで、不安そうな顔をするのは初めてだから、気になってしまいました。」

 もう、宗一郎さんは可愛いですわね…。

「宗一郎さんを愛しているから、佐代子が生まれたのですよ。もう、女性の口からこれ以上は言えません。」


「おやおや。相変わらずの鴛鴦ですな! ガッハッハッハッ!」

 品の無い笑い声と共に現れた宮内庁長官。名前を宮前という。


 私はこの宮前という男が苦手なので、会談は宗一郎さんにお任せ致します。


 私が心の中でそう呟くと、宗一郎さんは私に向かい微笑んだ。

 やはり私の胸の内を探っておりますのね…。


「御簾垣様は保管室へ向かわれましたか?」

「既に始めている頃と思います。」

「本当に助かります。今回の書物や剣は匠の力量でもどうにもならない物ばかりで。アッハッハッハ!」

 高笑いの後、お茶を啜る宮前氏。私はこの男のお茶の飲み方にも嫌悪感を覚える。

「それで? 本来のお話をお聞かせ下さい。緑綬褒章は12月です。今回はその時の展示品だとしても、時間的には、かなり余裕がありますが?」

 鋭い眼光と共に宮前氏に問い詰めるように言う宗一郎さん。佐代子の事が絡むと、自我を失うのですね。

 それに対し、宮前氏の眼も真剣そのものとなった。

 宮前氏はお茶を一口飲み、重い口調で語りだす。

「実は異国に予言者と名乗るものがおりましてね。と言っても、既に他界しているのですが、その予言者の書いた書物に、百詩篇というものがありまして。その中の第10巻72番、まあ向こうの連中はX‐72と呼んでいるらしいのですが、そこに書かれている予言っていうのが。


 1999の年 7の月空から恐怖の大王が降ってくる

 アンゴルモアの大王を復活させるために

 その前後の期間マルスは幸福の名のもとに支配に乗り出すだろう。


 まあ、今は昭和二十五年、1950年だから、まだまだ先の話なのですがね。ただ日本は既に絨毯爆撃もされ、馬鹿でかい爆弾も落とされているんですよ。これがお遊びの予言だとしても、国民がこの事を知ったら、不安になりますよね。」

 宮前氏はそこまで話すと、お茶を啜り沈黙した。

「それで、私たちにどうしろと?」

 

 宗一郎さんが白々しく怪訝そうな面持ちで言うと同時に、一人の男性が応接室へ入って来た。


「お話中に失礼いたします。私、深山みやまと申します。」

 深山氏はそう言って、私たちに名刺を一枚づつ手渡す。その名刺には、防衛庁と書かれている。

 肩書きは、防衛庁長官。そして名を深山 銀時ぎんじ

「大変失礼ですが、防衛庁とは?」

 宗一郎さんは当然のことを深山氏に問う。

「警察予備隊の次に発足される省庁で、五年以内の発足を目標としております。」


 宮前氏とは違い、清潔感溢れるこの男性。年齢は四十歳、手前だろうか?

 しかし、清潔感とは裏腹に私はこの名前に懸念した。何故なら私はこの名を知っている。

 深山の名はその昔、双葉と共に、一之瀬に支えていた名。

 三代目 深山銀時が、博打により全財産を失い、御簾垣から破門されたと聞いている。当時の一之瀬、いわゆるにのまえは深山を助けなかったらしい。何しろ当家や双葉から借りた金銭を返しもせず遊び呆け、挙句には御簾垣家にまで金銭を借りに出向いたらしい。恐らくご先祖様も殆、手を焼いたのだろう。

 そんな深山家を継ぐ銀時とは?

 戦時中にも姿を現さなかった深山家が何故、高官にまで上りつめたのだろう。

 

 宗一郎さん、焦燥感を覚えるのは私だけでしょうか…。

 

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