第4話 「キネンシャシンを撮りましょう」

ユウコはヤマグチとノエミの関係が確かなものか確かめるために、しばらく様子を見ることにした。

「ユウコー。あの講義のレポート終わった?」

ノエミが話しかけてきた。

よく私に話しかけられるなと、そんなことを思いつつユウコは答える。

「うん。終わったよ。」

(いろんな意味でね?)

「私まだ終わってないんだよね。」

「珍しいね。ノエミ、いつもすぐ終わらせるのに。」

「そうなんだよー。最近予定が立て込んでて…」

(予定?ヤマグチ君と密会するための予定かしらね?)

と顔には出さずに、しかし怒りを感じながらもノエミと笑顔で話している。

そこに遅れてリコとハルタがやってきた。

「おう、おはよう」

「おはよう。」

「レポートが何たらって聞こえたけど、もしかしてユウコまたギリギリなの?」

「俺は分かるけどなぁ。あれ、面倒だからつい後回しにしちゃうんだよね。」

「レポートギリギリなのは私じゃなくて、ノエミ。」

ノエミは気まずそうな笑顔を浮かべながら「そうなんだよぉ。誰か助けて」と冗談交じりに言った。

(これこれ、私にはできなくてノエミにはできる笑顔。)

ノエミは正直可愛い。

ユウコは可愛いというよりかはどちらかと言うと綺麗な方。

ユウコもそこそこ言い寄られる。

しかし、ノエミのような人懐っこさはあまりない。

周囲の人間には涼しい奴だと思われているに違いない。

「またまたー、上手いなぁ。」

そう笑うのはハルタ。

ハルタ曰く、「ノエミちゃんは女の子らしい、可愛いところがある。」だ。

お手洗いに行っていたヤマグチが戻ってくるとノエミは一瞬顔色を変えた。

嫌な顔をしたとは別の、私の見たこともないような嬉しそうな顔だ。

ヤマグチも一瞬ノエミの目を見たが、「ノエミちゃんか、珍しいね。」と素知らぬ顔をしてつぶやいた。

ユウコはその空間に耐え切れず、これから昼食をみんなでとる予定でお腹も空いていたがその場から逃げることにした。

「ユウコ?」

「ごめん、私急用思い出して。昼食はいいや。」

「じゃあ、俺も行くけど?」

ヤマグチは気を利かせてか、浮気をカモフラージュする為か、ユウコを監視する為かついて行きたがった。

それとも離れたくないのか?

(いや、しかし…)

と考えていたが、これ以上ノエミの顔もヤマグチの顔も見ていると殴りかかりそうなくらい憤りを感じていたため、ユウコはやはりヤマグチに希望を持つのはやめた。

「いい、私1人で行くから。1人で行かせて…。」

何かを察したリコが心配そうにユウコを見ていたが、ユウコは無視して逃げるようにその場を後にした。


その日は講義が午後からの代わりに午後の部は7限まで入っていたため、ユウコとヤマグチの帰る頃には夜になっていた。

ヤマグチはユウコを駅まで送りたがったが、ユウコは午後の3限からずっと冷たい笑顔でヤマグチを見ていた。

とてもヤマグチといる気分にはなれなかった。

そんな理由もあったが、彼女には計画があるのでそれを実行するためにはこうするのがよいのだ。

「今日は本当に、1人にしてほしいの。ごめんね?今日は先に帰る。」


ユウコは聞いてしまっていたのだ。

誰も寄り付かないような狭い廊下でヤマグチとノエミが話しているのを。

「ねぇ、今日待ってていいでしょ?」

「え、今日?今日は講義が7限まであるから遅くなるよ?」

「いいの。カフェで待ってるから。」

と言う、密会の計画と思しき会話が聞こえてきた。


そんな会話を聞いて確認しない女はいないだろう。

ユウコの頭には完全に血が上っていた。

今日、浮気現場に乗り込んであれをしよう。

そう決心したのだった。

そのためにはヤマグチより先にカフェの見える場所に行って、写真を撮るのだ。

彼らは確実にべたべたくっつく。

そう確実にだ。

これは確信。

根拠があるわけではないが、女の感と言うやつである。

少しの間ヤマグチとノエミは立ち話をすると、腕を組んで楽しそうに歩き出した。

ユウコはこの尾行を始める前から、終始いちゃつく行為に近いことをしたら必ず写真を撮ろと決めていたので、すかさず彼らの写真を撮った。

道はどんどん明るくなっていき、それに比例するかのように怪しい通りに近づいて行った。

煌びやかなネオンと歓楽街特有のいやらしさをまとった通りに行きついた。

そんなところに男女2人で腕を組んで行くということはもうそれはそれだろう。

ユウコの読み通り2人はラブホテルに入っていこうとした。

そこでユウコは作戦を決行した。

「ねぇ、何で2人がここにいるの?」

ドキッとした顔で2人は固まっている。

それはそうだ。

今から大人のスポーツをしようとしていたら、遭ってはならない人と遭遇してしまった。

誰だって、どんなに偉大な神様であっても同じ顔をするだろう。

「何でって、ユウコとのデートの下見?」

「そうだよ。それに私が付き合ってあげているの。」

2人は苦しい言い訳をしているが、腕を組んで歩いていたことを忘れてしまったのだろうか。

「ちょっと待ってね?」

「お、おう」

なんだとばかりに2人はその間抜けな顔を見合わせて、いかにもユウコがなにを考えているのか分からないですという顔をした。

ユウコは自分のスマホを片手に「はい、チーズ」と言って、写真を撮った。

更に意味の分からないヤマグチとノエミは互いに目を合わせるが、ユウコの真意を理解できるはずがない。

そのまま何やらスマホを操作するユウコを見ても2人は何も言わず突っ立ているしかできなかった。

操作を終えたユウコはただ茫然と立っている2人に「じゃあ、キネンシャシンは取れたので私はこれで。」と言って立ち去ろうとしたが流石にヤマグチは止めた。

「なに、しているの?」

「何って、あなた達のキネンシャシンを撮ったから私はもう帰るって言ったの。」

「記念写真って?」

「あなた達の生まれ変わった日記念。私とあなたは終わったってことでしょ?だから、さようなら。」

ヤマグチもノエミもこれ以上何も言わなかった。

ユウコが帰っていくのを止めようともしなかった。

そしてユウコが駅に着いた頃、2人は懲りることなく裸で身体を重ね合っていたのであった。

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