第5話 「勝手に幸せになってろ」

ユウコは自分の部屋に帰って、少しの間ふわふわのクッションに頭を押し付けて放心していた。

自分から別れを告げたのに急に悲しくなり、涙が溢れてきたのでクッションから顔を放した。

ユウコは1人でも涙を流すことをここ10年ほどしなかった。

自分が弱い人間であるという証明をしているように思えて、涙を流すのは好きではなかった。

こんな下らないことで泣くなんて、とユウコは悔しくなりまた少し涙が流れるのだ。

一通り泣くと、ユウコはあまりよく働いてくれない頭のまま脱衣所へ行き服を脱ぐと、鏡に映った自分を見た。

スタイルはいい。

「でも、こんな泣きはらした腫れぼったい眼は私には似合わない」

そう言うと、シャワーで熱いお湯を浴びた。

少しでも考えるとあふれ出てくるその涙をどうにかして水に流したくて、いつもより長くシャワーを浴びた。

お風呂と言うのはそれ以外に何もすることがないからか分からないが、余計なことを考えてしまう。

(あの2人はきっと、あの後も夜のお楽しみをしているのだろうな。)

そう思うと、怒りと共に悲しみも込み上げてきてまた涙がこぼれた。


「え…、ちょっとユウコ。どうしたの?」

運が悪いことに次の日も学校があった。

昨夜、枯れることのない涙を流していたユウコの眼はいつもの輝きがなかった。

明らかに、昨夜泣きまくりました、と言わんばかりに腫れぼったくなっていた。

「ん?何が?」

ユウコは明け方まで泣いていたので泣きつかれていた。

喉もカラカラで、声もカスカスだ。

ユウコは強がって言おうとしなかったが、明らかに泣いた後の顔をしている。

「何か、あったの?私でよければ聞くよ?」

「何もない。ごめん、お手洗い行く。」

これ以上声を出したらまた涙が流れそうだったので、ユウコは取り敢えず個室に入って心を落ち着かせることにした。

意地でも、他人に泣いているところを見られたくないのだ。

これ以上自分のプライドが傷付くようなことを起こしたくなかった。

ふぅー…。

一息ついてポケットサイズのリフレッシュシートで顔を拭くと、いつもの自分を取り繕った。

戻ると、ハルタが来ていた。

「ユウコちゃん、おはよう。」

「おはよう」

いつものように落ち着いた雰囲気が出るように、落ち着き払っていった。

「うん。もう大丈夫みたいだね。」

リコはユウコを心配していたらしいが、トイレに行ってさっぱりしてきたユウコの様子を見て安心した。

「別に最初から、何もないんだって。」

「はいはい、そういうことにしておくよ。」

「何々?何かあったの?」

そんな感じで話していた時、ふとハルタが気が付いた。

「そう言えば、今日は一緒じゃないんだね?」

「うん。もうサヨナラしたから。」

(ついでにあの、腐れバカ女ともね)

なんてことは心の中でのみで言い、澄ましたように見えるように言った。

「えっ」

2人はかなり驚いた様子でいたがそれでもユウコは浮気されたなんてことは言わなかった。

ただ、「ちょっと飽きちゃった」と嘘をつくことでその場をやり過ごした。


その日の昼休憩中。

「ねぇ。あの2人、仲良かったっけ?」

「いや、そんなに仲良くなかったね。」

リコやハルタから見て少しおかしな組み合わせであるノエミとヤマグチが2人で昼食をとっていた。

そんなものを見たのでついリコは疑問を口に出したが、これまた珍しいお客さんが3人の話に加わった。

コウズである。

彼はヤマグチの友人であり、ユウコとはヤマグチを間に挟んで話す仲ではあった。

学部学科や専攻、ゼミなどはユウコとヤマグチは同じところに所属している。

リコとはほとんど関わりがなかったが、ハルタとは割と話していたらしく気軽に話し出した。

「コウズ。なんで、お前ここにいるんだ?」

「今日は他の連中が外に行ってて僕1人なんだ。いいだろ?僕もうここで食べる。」

「別にいいけど。」

いきなり来たコウズに対しハルタは少し不満そうにしていたが結局はまんざらでもないらしい。

「アイツ。今日僕と昼食とるはずだったんだよ。なのにあのノエミちゃんと食べるなんて言うから。」

「あー、そういうことね。やっぱりあいつクソだな。だから俺、アイツ好きになれないんだよな。」

「あ、眼合った。」

「何あれ、眼合ったのに無視かよ。」

「あーあ。感じ悪いよね。あり得ないよね。」

「あ、やっぱりユウコ朝のやつ、ヤマグチ君が原因なの?」

ユウコはリコに図星をつかれたが、そんなわけないという顔をした。

「違うよ、あれは映画観て感涙したの。」

変な嘘であったが、どうやら信じてくれたらしい。

再び、ヤマグチの愚痴が始まった。


結局ユウコはヤマグチの愚痴を他の3人ほど、言うことはできなかった。

本当は吐き出してやりたかったが、そんなことをしたら分かれた本当の理由がばれそうだったのでやめた。

その代わりに、ユウコは家に帰ると日記に愚痴を吐き出した。


何で私があんな奴にあんな風にして、ぞんざいに扱われなければならないの?

本当にわけ分からない。

あんな奴どこかに飛ばされればいいのに。

よく学校来れるよね。

あんな顔で、私の眼に映らないでくれない?

と言うか、わざわざ学部内で浮気しなくてもいでしょ。

しかも私の友人と。

そんで、何で私の眼に映るようなところで普通に2人で過ごせるのか不思議でならない。

本当なら、アンタ、干されるべきなのよ?

干されるべきだし、干されるべき。

心の底から憎いわ。

心の底からアンタを殺したい。

アンタの悲しみに満ちた顔を見て私は清々したわ。

アンタの不幸な姿を見て、あざ笑いたいわ。

なのに何でアンタじゃなくて私がこんなに惨めな気持ちにならないといけないのよ。

私の恋を返しなさいよ。

私の時間と恋愛にあてた労力を返しなさいよ。

クソみたいな時間を過ごさせた罰として今すぐ、学校から消えなさいよ。

さもなくば、私はアンタを殺したいわ。

一番惨いやり方で、アンタが泣いて叫んで苦しさで藻掻いて私に涙で助けを願っても苦痛で死ぬまで傷付けたいわ。

アンタは男である権利もないし、人間である権利もないわ。

あーーーー、死んでくれればいいのに。

でも、アンナに幸せそうな顔をするのなら勝手に幸せになっていればいいわ。

私はアンタが後悔するくらい素晴らしい男性に全てをささげるから。

アンタなんか比にならないくらいハイスペックな男性をものにしてやるんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る