第2話
「……おすみさんは、生まれは?」
良治が重い口を開いた。
「……南です」
「南か。じゃ、雪は見たことないだろ?」
「南でも少しは降ります」
「こっちの雪は凄いぞ。屋根ぐらいまで積もる」
良治が大袈裟に頭の上に手を
「えっ! そんなに?」
澄が子供のように目を丸くした。
「嘘だよ」
「も。びっくりしちゃった」
少し怒った顔をした。
「ハハハ……。だが、この辺ぐらいは積もるぞ」
良治が胸元に手を置いた。
「そんなに?」
「ああ。だから、雪だるまやかまくらが作れる」
澄の猪口に注いでやった。
「へぇー。作ってみたい」
酒が入った澄は頬を
そんな楽しげな二人を見て、香は
数年前に妻を病気で亡くした良治は、
澄もまた、不器用な女だった。男に苦労しながらも、尽くすことしかできない
良治はそれから、
「……あの子に惚れんくださいよ」
洗い物をしながら、香が言った。その言葉に、良治は傾けようとした猪口を
「あの子にはこれ以上苦労させたくない。よしさん、どうか分かってくれ」
手ぬぐいで手を拭きながら頼んだ。
「……ああ」
「すまない」
香は頭を下げた。良治は物思わしい顔つきで酒を
「女将さん。よしさんの横に座ってもいい?」
酔っていた澄は、厠から戻ると、遠慮のない口を利いた。
「……ああ」
香は無愛想な返事をした。澄は白い歯をこぼすと急いで座り、良治の横顔を見た。香は、子供のようにあどけなく笑う澄を
閉店時間になると、良治が腰を上げた。
「ごちそうさん」
「毎度っ。気ぃつけてな」
香が礼を言った。
「女将さん。そこまで送っていい?」
澄が気持ちを
「あー。すぐ戻れよ」
「はーい」
急いで良治を追った。駆けて行く澄の下駄の音を聞きながら、香は深いため息を
下駄の音に振り返った良治は、立ち止まると澄を待った。はにかんで俯いた澄は、良治の腕に抱きつくと、ゆっくりと歩いた。
……良治さんの家が遠いとこならいいな。そしたらずっと、こうして一緒に居られるのに……。澄はそんなことを思っていた。
「……この辺でいいよ」
突然、良治が足を止めた。顔を上げると、月明かりに小さな橋が浮かんでいた。澄が、着いてしまったことをつまらなそうにしていると、突然、良治が顎を掴んだ。互いは見つめ合った。そして、良治がゆっくりと唇を重ねた。だが、それはあまりにも短い
「……おやすみ」
良治は
「……良治さん」
良治の唇は温かくて、そして、優しかった。――
だがそれっきり、良治は店に来なくなった。澄から笑顔が消えた。そんな澄の心中を察しながらも、香は見て見ぬ振りをしていた。
……お前のためだ、お澄。良治はやくざだ、惚れちゃいけない。香は心でそう諭した。
そんなある日。香は澄に縁談を持ち掛けた。
「……お澄」
布団に入っている澄の背中に声を掛けた。
「……はい」
「吉川さんが、お前のことを嫁に欲しいと」
それは、常連客の大地主の名前だった。
「……」
「十四になる娘さんがいるが、お前も若くないんだから
「……」
「財産はあるから食うに困らん。悪い話じゃないだろ?」
「……私、誰とも結婚する気はありません」
「じゃ、お前はなんのためにこんな地の果てまで来た? また、男で苦労したいのか。苦労から逃れたくてここまでやって来たんじゃないのか」
「……」
「身を固めて幸せになってくれ。お前が可愛いから言うんだぞ。澄、悪いことは言わないから嫁に行ってくれ」
「……考えさせてください」
逢いたい! 良治さんに逢いたい! 澄は心で叫んだ。
――早くに目を覚ました澄は、朝靄の中を良治を見送った橋の袂まで行ってみた。だが、一軒家なのか、借家なのか、ましてや、良治の名字さえ知らない澄には捜しようがなかった。
落胆して部屋に戻ると、香が布団の中からこっちを見ていた。ギクッとして、目を丸くしていると、
「どこに行っていた」
香が抑揚のない言い方をした。
「……散歩を」
角巻を畳んだ。
その夜。良治をよく知る大工の杉原が一人呑んでいた。澄は、香が
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