第76話
イオイータ銀河シロン星系第9惑星周辺宙域
サンゴウはイオイータ共和国の首都星星系から出発し、隣の星系となるこの宙域へと急行していた。シンの決断からわずか5時間後の出来事である。
ちなみに、共和国軍の到着予定は早めに見積もっても7日以上先の事になる。もっとも、単艦行動のサンゴウと比較するのは気の毒な話にはなるのだけれど。
そして、緊急依頼に応じた傭兵達も、依頼内容から基本的に傭兵のみの少数で対峙出来る相手ではない事を理解している。そのため、軍の行軍予定を確認して実質的にはほぼ指揮下に入っての行動に近くなるのだった。
つまりは、短時間で単独で駆けつけて来ているサンゴウが如何に異常であるかという話になってしまう。
異常なのは移動能力だけじゃないけどね!
「艦長。この星系の外縁部となる第9惑星の周辺宙域へと到着しました。宇宙獣の襲撃を受けている惑星は第8惑星となります。攻撃可能な状況になるのは15分後となります」
「了解だ。俺の方の探査魔法にそれっぽい反応は確認出来てる。宇宙バッタの時よりすごい事になってる感じだな」
シンは広範囲に濃密に存在している宇宙獣と思われる反応を、魔法によって確認出来ていた。それは、数を把握する事に意味を見出せない程に膨大と考えられる反応数となっている。
「はい。生命反応の波動からおそらく宇宙Gであると考えます。生態的に宇宙バッタに似通っているので、この規模の集団だとトノサマやオクガタサマに該当する個体が居るかもしれません」
「うわぁ。Gが相手なのか。あんまり見たくないし近寄りたくないな。キチョウのブレスやサンゴウの砲撃だと殲滅するには時間も掛かりそうだな」
生理的嫌悪感でちょっと来てしまった事を後悔してしまうシンであった。だが、だからと言ってここで回れ右と撤退する選択は取り辛いのが現実である。そして何より、キチョウが殺る気満々だったりするのだから”お任せして見てても良いかな?”という考えも有ったりする。
「迎撃している防衛軍みたいのも居るようだな。多勢に無勢で、すり潰されない様に態勢を維持するのがやっとみたいだけど。ま、この状況でそれが出来てる時点で指揮官として優秀なのが居るんだろうな」
守るべき物を守り切れてはいないのが残念ではあるのだが、現有戦力で出来得る最大の効果を引き出してはいるのだろう。”有能っぽいのに事後に責められると気の毒だな”などと、戦闘が始まる前から考えているシンは余裕が有り過ぎである。
「えーと。キチョウとサンゴウは二手に分かれて防衛軍の支援主体で攻撃。俺は範囲殲滅魔法を離れた場所から撃ちまくる。あ、サンゴウ。参戦連絡を送り付けておいてくれ。『こっちは傭兵だから指揮下には入らず、好きにやらせて貰う』って感じで。『味方だからキチョウに攻撃するなよ!』も念押しも頼むな」
万一攻撃されたとしても、キチョウもサンゴウも防御力は高い。と言うか、共和国の持つ攻撃装備で防御を貫く事はまず不可能と言って良い。だが、だからと言って、助けに来たのに、助ける相手から攻撃を受けるのは良い気がする訳がないのである。それが、誤認による攻撃だったり、流れ弾だったとしてもだ。これは心情的な話であるから実際に被害が出る出ないは関係がない。よって、そういう事が起こらない様に一報入れておくのは当たり前の話なのだった。
そうして、サンゴウが広域通信で参戦を宣言した内容は、「返答不要。要請も命令も受け付けません。文句があれば傭兵ギルド経由でどうぞ!」が必要な連絡事項の最後にしっかりと付けられていた。艦長であるシンの指示があったとは言え、サンゴウもいい性格をしている。
そんな広域通信を発せられれば、苦労して不慣れな防衛軍の指揮官を務めていた者は当然の様に激昂してしまう。だが、それは長く続く事はなかった。傭兵の参戦宣言の後、直ぐに戦況が激変したからである。
尚、不慣れなのはこの宇宙獣の襲撃初期に、旗艦が失われた事で上層部を軒並み喪失したのが原因だ。それが理由で中佐という階級でありながらいきなり代行を務める事になってしまったのだから不幸な事ではある。
攻撃の起点となっているのは1隻と1匹。実際にはそれに加えて勇者シンが範囲殲滅魔法を連発しているのだが、魔法はそれを行使しているのが誰なのかを共和国の人間では理解出来ない。魔法なんて技術の存在を知らないのだから当然なのだけれども。
それはさておき、防衛軍の認識としてはたった2つの戦力が加算されただけなのである。但し、その2つは1つ1つが1個軍を軽く上回る戦力だったりする訳だが。
戦場の状況は完全に様変わりした。2つの戦力が加わっただけで、これまでの防戦一方がまるで嘘の様に、周囲からはもの凄い速度で敵である宇宙獣が駆逐されて行く。
防衛軍の規模は元は1000隻近かった。但し、これまでの戦闘で若干の犠牲は出ており、現状では総数で900をやや下回る数となっている。だが、数だけはなんとか維持されていても別の問題が発生してしまっていた。
戦闘時間が30時間を超えて継続している事で、防衛軍の継戦能力は失われつつあったのである。武器弾薬、燃料といった物理的な物資の補給問題と、人間の生物的な話として休息なしに戦闘が出来る限界も存在しているからだ。
そして、惑星の防衛軍という性格上、無補給での長時間戦闘は想定されていないのが災いした。敵の数が多過ぎた事で、通常の想定される戦闘に比べると武器弾薬の消費ペースが異常であったのも原因の1つではあるのだが。
サンゴウとキチョウの参戦で補給と休息を考える余裕は出来た。しかし、本来補給が行えるはずの場所は既に失われてしまっている。第8惑星は軍の施設も含めて壊滅してしまっている状況なのだ。
端的に言えば、補給物資の当てなどないのが現状だったりするのである。
モニターで確認出来る光学映像からは、謎の化け物にしか見えないキチョウ。その継戦能力は、防衛軍の総指揮官代行である女性には想像する事も出来ない。だが、500m級の戦闘艦と思われるサンゴウであれば、見当はつく。遠征可能な軍艦の基準に当てはめても、500m級の戦闘艦が全力攻撃可能なのは48時間未満であるだろう。そして、その時間的制約が存在する以上、このペースで殲滅が続いてもおそらくは全ての敵を倒しきる事は不可能に思われた。
勿論、この見解は彼女の中での常識から導き出されている。現実のサンゴウは、融合された龍脈の元から無限に生み出される魔力を使用出来る存在だ。その事を彼女が知るはずもない。ついでに言えば、彼女からすれば奇妙な外観にしか見えない不思議な艦は、まだ全力攻撃ですらない事も知らない訳だが。
サンゴウは魔力を使用するエネルギー収束砲の攻撃限定ではあるものの、全力攻撃に時間的制約は無いに等しいトンデモ艦なのである。
「傭兵シンへ。参戦助力に感謝する。私は第8惑星防衛軍所属のライラ・シーン中佐。現在防衛軍の総指揮官代行を務めている。残念ながら、無補給での長時間戦闘により、防衛軍の戦闘能力はもう喪失寸前だ。そして、補給の当てはない。後退して安全が確保出来る場所も存在しない。そんな状況であるので、攻撃手段がなくなった艦から順次、現在位置での待機に切り替わる。すまんがあとは任せるとしか言えん」
「艦長シンは今通信に出られる状況ではないため、サンゴウが代わってお答えします。当方で約200隻が収容可能な要塞を貴軍への貸出という形で用意出来ます。そこには貴軍の全艦へ補給可能な物資がありますが、要塞を運用する人員は1人も居ません。ですので、防衛軍の人員から人手を抽出して運用を行って貰う事になります。但し、私達や要塞に関しての情報の秘匿厳守と、発生するであろう各種疑問への質問を受け付けないのが条件です。この条件を含めた提案にご納得いただけるのであれば、直ぐにでも実行に移します」
サンゴウはライラからの通信をそのままシンへと子機アーマー経由で垂れ流していた。そして、艦長からのいつもの対応策丸投げを受けて、即座に対応策を纏め上げての提案となったのが前述の通信内容となる。
勿論、サンゴウの提案に出てきている要塞とは、先日賊から鹵獲した根拠地のアレである。当然の様にシンが収納空間に放り込んで所持しているため、それを取り出して使用させる事は不可能ではない。
”どこからどうやって持ってきたのか?”や、”いきなり要塞を目の前にポンと出せる技術という物はどうなっているのか?”といったツッコミどころが満載な話ではあるのだが、サンゴウは「質問を受け付けない」と明言している。
その点が要塞の使用条件なのだから、防衛軍は使いたいのであれば黙って従うしかない。そして、見方によっては酷い話となるのだが、サンゴウはライラには突き付けた条件を呑む以外の選択肢がないと考えている。要するに足元を見た確信犯だったりするのである。
もっとも、サンゴウはこの時点でべらぼうな対価を吹っかけている訳でもなく、単に”情報の秘匿やこちらの手の内を明かす事を強要する様な質問は受け付けません”と傭兵としては至極当たり前の条件を出したに過ぎない。
事のスケールが通常の傭兵が行ったり、扱ったりする物ではないというだけの話だ。まぁこの場合、正にそのスケールの大きさが問題になるのだけれど。
更に言えば、今回使用させようとしている要塞は、実はまだ所有権の話が確定してはいないのである。なので情報の秘匿が必須事項となってしまうのはやむを得ないと言えるのだった。
「わかった。その条件を受け入れる。余計な詮索は一切しない。戦闘終了後、関連する記録の消去も確約する。だから宜しく頼む」
ライラはサンゴウの提案に対して悩む事はしなかった。即断即決。男前な対応だ。女性だけど。
そんな話がされている最中であっても、3者の攻撃の手は緩む事はない。寧ろ、防衛軍の攻撃活動が緩やかに縮小する事で、誤射や巻き添え被害を恐れての手控えていた攻撃から、徐々に全力攻撃へ近づく形で勢いが増すまである。
ライラは補給作業を取り仕切っている最中にその点に気づき、”もうこの傭兵に全部任せた方が良いのではないか?”とまで考える様になるのだがそれは少しばかり未来のお話となる。
敵となる宇宙Gの数は多い。個々の個体の強さは知れているため1匹から得られる経験値という物は低い。だが、それは数で補う事が出来る。この戦闘でキチョウが得ている時間当たりの経験値を数字で認識する事はこの世界の誰にも不可能なのだが、本人(本龍?)の体感的には「目茶目茶効率良いですー」と嬉しい悲鳴が上がるレベルだ。そして、レベルもモリモリ上がっているのである。
宇宙Gの数の暴力に押される事もなく、殲滅速度が十分に追いついている以上、精神的余裕まである。そしてそれはサンゴウも同じ状況だったりするのだった。
「艦長。条件が受け入れられました。要塞の設置と、しばらくの間シールド魔法での防御もお願いします。それとは別の話ですが、この戦闘が終わったら、ロウジュさんを連れて来なければなりませんね。ライラさんは女性ですよ」
サンゴウにはこんな会話をする余裕があるのであった。
「了解。じゃ設置してこよう。だが、それはそれとしてだ。ちょっと待ってくれ。俺まだそのライラって人と顔すら合わせてないんだが。てか、アレだ。いらんフラグ立てに行くの止めて貰えませんかね? サンゴウさんや」
さすがに、この類の定番である”戦闘で死んでしまうフラグ”はあり得ないだろうとシンも考えてはいる。だが、ロウジュから”にこやかに首を絞められる”くらいの事は起こっても不思議ではない。残念勇者はそういう運命を背負っているらしい。
そんなこんなのなんやかんやで、シンは防衛軍と宇宙Gの間にシールド魔法を展開してから後方に収納空間から賊の根拠地を取り出して設置する。そして、サンゴウへと一旦戻る。要塞の運用をこっそり補助するためと、サンゴウが想定していない運用をさせないための監視を兼ねた子機を要塞内に運び込むのが目的である。
そうした保険的な事が終われば、あとは防衛軍が実際に運用開始するまでのしばらくの間、防御に徹するだけの簡単なお仕事を済ませるだけだ。ちょっと大きめのシールド魔法を展開するだけで良いのだからシンにとっては仕事という感じすらない。
こうして、シンは所有権が曖昧なままのブツを戦線に投入した。
内部に蓄えられている物資の量も含めて、根拠地の詳細は65隻の船があったこと以外は外部に伝えていない。よって、何か問題が起こっても、「え? 最初からこうでしたよ?」で惚ける事にしよう。そう決めた。と、ちょっとばかり黒い方向に思考が向いた残念勇者である。「俺のモノのハズなのに! 傭兵ギルド! さっさと明確な答えを出せよ!」と、少々不満を持ったままのシンなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます