第75話 放浪編4

 イオイータ銀河クロン星系第4惑星周辺宙域


 サンゴウはイオイータ共和国の支配宙域へと入り込んでいた。現在位置は共和国の首都星の周辺宙域となっている。


 イオイータ連邦でのアレコレが済んだ後、連邦はこの銀河の2割しか支配領域としていないため、”未だ確認していない残りの8割もある程度見たいよね”という艦長の意見によりサンゴウが行動した結果である。


 両国は戦争状態にあるため、”簡単には入国出来ないのでは?”という点が至極当然の疑問として出たのだが、シンが傭兵ギルドに登録していた事でこの点はクリア出来てしまった。

 傭兵ギルドは両国にそれぞれ独立して存在しており、国を跨いだ組織という訳ではないのだが、その仕事の性質上お互いの国にある組織と独自の付き合いがある。

 入国手続きに当たっては、入国した国において傭兵ギルドでの活動をする事と、相手国への通信の制限及び定期的に発信着信のログの提出が求められるのに従う事を誓う必要がある。が、逆に言えばその点をきっちりしていれば比較的簡単に入国が認められるのである。


 サンゴウはそういった手続きをささっと熟し、シンは共和国の傭兵ギルドで塩漬けになっていた厄介な賊の掃討依頼を立て続けに3件熟した。


 シンとサンゴウとキチョウの3者が揃えば、賊の探知から殲滅まではイージーモードとなる。なんなら、”如何に賊が持つ資産の破壊を最小限に止めて、お小遣い稼ぎを効率良く行うか”を考える余裕まである。シンに至っては賊の本拠地の1つで潜入からの制圧戦までをやってのけた。

 お遊びで”全員殺さずに捕えてみよう”という自身への縛りをかけての行動なのだが、実際にやった事は、賊の根拠地への潜入後にシールド魔法で防御を固めて堂々と正面から歩いて接近し、軽い麻痺を付与して動けなくなった者を全員拘束しただけの話であったりする。勿論、拘束後に影収納に放り込んでしまうので身柄の確保も完璧だ。


 賊側は次々に無力化される仲間の状況に驚き、本来施設内での使用は厳禁レベルの武装まで持ち出して対抗しようとした。だが、そこまでの覚悟で対抗しようとしても勇者の前には完全に無力であった。

 尚、根拠地丸ごとの自爆はサンゴウが送り込んだ子機にメインシステムのセキュリティがあっさりと突破され、全システムを掌握された事で防がれている。ついでに言えば脱出も。こういった部分への必要な対処は、勇者であったシンには経験がないため残念ながら気づかない。考えが及ばないとも言う。やはり相棒としてのサンゴウの存在はシンにとっては必要なのである。

 今回はサンゴウが対処して防いでしまったが、仮に賊の手による根拠地丸ごとの自爆が行われたとしても、実は全く問題はなかったりする。”今の”サンゴウの攻撃ですら貫く事が出来ないシールド魔法で守られている勇者は、自爆に巻き込まれたとしても平然と生き残るだけだからだ。


 それはさておき、そんな感じでギルド所属の傭兵達の誰もが不可能だと判断して手を出さなかった依頼が、ふらりと現れた1人の傭兵によって処理された。そんな事が起これば当然ながら目立つ。しかも、その傭兵の記録を確認すれば、連邦で登録してからの実績がほとんどない新人。そして、所持している艦は外観を視認しただけで一般的な宇宙船とは明らかに異なっている事がわかってしまう。その上、ギルドに登録しているクルーが存在しない事から、単身での運用も疑う事が可能というおまけまで付く。

 傭兵シンの様々な異常性も含めての判断で、ギルド長へ緊急報告がされたのは自然な事ではあったのだろう。


「大量に賊を捕えたので引き渡したいだと? それと賊の拠点を確保しているが所有権はどうなるのかだと?」


 ギルド長は報告を受けて思わず内容を聞き返してしまった。


 シンが捕えている賊の数が5000人を超えており、200隻程度の艦船を運用出来る規模の賊の根拠地を1つと65隻の艦船を”ほぼ無傷で”鹵獲しているしているという驚くしかない物量だったからである。

 ちなみに、ここでは関係ないがシンは3つの依頼を熟しているため、確保しなかった賊の2つの拠点という物も存在する。そして、それらについては、サンゴウの砲撃とキチョウのブレスで壊滅させている。

 有用な資源になりそうな部分は破壊後に、ちゃっかりとシンが収納して確保して居たりするけれども。


「はい。傭兵ギルドのギルド員が賊を相手にする場合は、基本的に賊の所有する装備は破壊されますし、その破壊に伴って賊が死亡するため、生きて捕らえられるケースはほとんどありません。例外としては降伏した賊を受け入れて捕らえる場合ですが、その場合は数が知れています。又、鹵獲品と表現するのが適当なのかどうなのかもよくわかりませんが、彼が確保していると主張しているブツについて。その件も含めて、過去の少数、少量を扱った事例と同列に扱って良いのかと心配になりまして」


 そもそもの依頼は賊の討伐であって端的に言えば”賊を殺して排除する事”が前提である。今回のシンがやった様な、”賊を捕まえて無力化”というのは依頼側の想定外の方法で賊の排除が成されているものの、討伐と同等の効果はあるので依頼としては達成と見なされている。単に結果へ至る過程と手段が、依頼側や傭兵ギルドから想定されている物ではなかったというだけの話だ。

 そして、捕らえられた賊の処遇は共和国の法に照らし合わせれば、当然ながら重犯罪者へのそれに該当する。おそらくは捕らえられた”賊の全員”が民間船等への襲撃経験があり、乗組員や乗客の殺害等を行うかその幇助に該当する行為をしているはずである。つまり量刑的にはどう転んでも死刑以外はない。

 但し、シンが影収納に放り込んだ人間の中には、”賊に捕らわれていただけ”と思われる者も含まれている。賊の根拠地を襲撃した際に、捕らえた人間を一々選別する事が不可能であったため、シンは一律に麻痺させて拘束の扱いをしている訳だが。

 そして、シンが行った”賊ではないかもしれない者”への対処は、今回の様なケースの場合、罪に問われる事はないのである。少なくとも共和国の法に置いては。

 

 勇者、生体宇宙船、神龍といった3者は傭兵ギルドの常識の外側に存在するモノである。そうであるから、彼らが成し得る事を想定した、ギルドの規則やら共和国の法やらが元々有るはずもないのだ。しかし、だからと言って規模が全く異なる過去の事例を適用しようとし、無理矢理当てはめるとそれはそれで問題しかないと思われるのである。それ故に職員はギルド長の判断を仰ぐ事になったのだが。


「過去の事例から行けば、その連邦から流れて来た傭兵の所有権を認めるしかない。だが、個人所有して扱いきれる物ではないだろうし、相手を選ばずに売却処分されてもギルドとしても国としても困る。さてどうしたものか」


「ギルド長。追加情報です。『まずは、捕えた全員への対処を優先して欲しい』と傭兵シンから新たに要請があったようです。艦の大きさから考えても限界まで詰め込んでいるのでしょうから妥当な話ではありますけれど。あと、『無差別に拘束したのでひょっとしたら賊ではない人間が混ざっているかもしれない』という情報もありました」


「賊を一旦収監出来る場所の確保と尋問して選別する人材の手配を急ぐとしよう。そこの部分は私が国へ直接要請する。警察もしくは軍の領分と考えられるからな。君は傭兵シンへ、1時間以内に優先事項へは結論を出して返答する旨を伝えて置いて欲しい」


 そんな流れで鹵獲品の所有権の話は結論を先送りし、優先事項を処理するために傭兵ギルドは動き出したのであった。


「艦長。傭兵ギルドから連絡がありました。護送用の輸送艇で全員を運びたいとの事です」


「うん? 全員分の宇宙服の用意なんて無いけどそれって可能なのか?」


 サンゴウは宇宙港の近くで待機中であり、宇宙空間を経由せずに人間を移送するとなると輸送艇とのドッキングを繰り返さねばならない。シンはそこまでの事を考えていた訳ではないのだが、直感的に”無理じゃね?”と思えたので確認したのだった。


「不可能ではありませんが手間を考えると別の手段を提案したいですね。大気圏内に降下して適当な海上に待機し、50m級を使用してピストン輸送が良いと考えています」


「了解だ。その方法で交渉してくれ。相手がOKするのであれば、収容施設の上空で静止して子機を使用するのも有りだけどな」


 そんなこんなのなんやかんやで、サンゴウは通信による交渉を重ね、大気圏内への降下許可と惑星内の飛行許可を取り付けた。結局、海上での待機案は無くなり、4000mの滑走路を持つ軍の貨物飛行機用の空港へ着陸する事が決定されたのである。もっとも、厳密に言えばサンゴウは着陸をしない。実際は地表スレスレの高さで空中に浮いている状態を維持する形となる。

 もし、完全に着陸した場合、サンゴウの重量に滑走路が耐えられるのかが不明なのだ。それ故に、エネルギーを消費し続ける事にはなるが、微妙に浮いている状態で静止する待機方法が最善と判断されたのである。


 尚、影収納に賊を入れっぱなしにしておくと、精神に異常が出てしまうのがシンにはわかっていた。そのため、シンは引き渡しを急ぐ。つまりは気が急いていたのだが、それを感じ取ったサンゴウからはその状況の理由を確認されてしまう。そうして、あっさりと「睡眠魔法を使ったらいかがですか?」と有効な対処方法が提示されるに至る。問題は解決してしまったのであった。


 勇者に魔法という能力があっても、それを使いこなせるとは限らない。能力を適切に運用するには、前提として出来る実力がなければ話にならないのも事実だが、知恵というか発想も必要という話である。


 優秀な頭脳担当が居て良かったね!


「これで全員か? 引き渡しに感謝する。この滑走路は明日の朝6時に使用予定があるので滞在期限はその1時間前を限度とする。離陸して出発する場合は管制塔へ連絡を入れてくれ。使用通信方式は着陸時と同じだ」


 シンは問われた事に対して、肯定を示して首を縦に振った。そして滞在への返答を行う。


「了解です。特に地上に留まりたい理由はないので、直ぐに宇宙へと戻ります。お気遣いには感謝します」


 軍用の空港。それも貨物用とあって周辺には道路と倉庫の類しかない。滞在して、時間を掛けて見るべき物は特にはない場所なのだった。そして、シンはサンゴウの目となり耳となる装備を左肩に着けているため、ここでの会話状況はサンゴウに筒抜けだ。

 サンゴウは艦長が乗り込める様に地表に近い部分に開口部を作り出す。そうして阿吽の呼吸でシンが乗り込むと同時に、出発の手続きへと通信回線を開いたのである。


「ふぅ。鹵獲品の話がまだ終わってないけど、一応一区切りって感じだな」


 宇宙空間へ戻ったサンゴウへシンは話しかける。内心では特に事件も起こらないし、係わってきそうな女性の影もないしで、以前サンゴウには「あり得ない確率を引き寄せる」なんて言われたけど、こういう時だってあるじゃねぇかのドヤ顔だったりする。

 この国での傭兵活動の義務も熟した事だし、共和国の支配宙域でしか見られない3つの恒星が中心部にある珍しい星系の見物にでも。そう考えていたところへさらっと緊急通信が入るのであった。


「艦長。隣の星系から宇宙獣の襲撃を受けているという情報が発信されました。それを受けて軍は1個軍を差し向ける決定を即座に出しています。傭兵ギルドからは緊急依頼が出ています。強制依頼ではありませんが」


「マスター。参戦しないと負けるって勘が告げて来ていますー」


「ありゃま。俺らに参戦義務がある訳じゃないけど、そういう事ならおっとり刀で駆けつけるとしましょうかね。サンゴウ。任せるぞ」


 ”言葉に出した訳じゃないのに! 考えただけでフラグが立つとかないわー”等と考えているのはシンだけの秘密である。なんならドヤ顔でサンゴウに言わなくて良かったまである。

 勇者シンに安息の日々が訪れるのはまだまだ先の事になるのであろう。


 こうして、シンは傭兵ギルドに対して緊急依頼を受ける手続きをし、サンゴウとキチョウと共に大量の宇宙Gが居る宙域を目指して移動を開始した。勿論、この時点では相手がGである事をシンは知らなかったりする。そして、もし事前に知っていたら”今回はやめておこう”となったかもしれないので、共和国的にはある意味運が良かったと言えるであろう。


 レベルアップという意味での成長限界に達していないキチョウが、殺る気満々で敵となる宇宙Gが居る方向に視線を向けているのには気づかないお気楽なシンなのであった。

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