第77話

 イオイータ銀河シロン星系第8惑星周辺宙域


 サンゴウは宇宙Gへのエネルギー収束砲による全力砲撃へと移行していた。単体では総合力が高い宇宙獣ではないので、1発の威力を上げるより手数を優先する砲撃。サンゴウはこの銀河の軍艦では到底不可能な速射で敵を屠っていた。

 キチョウはキチョウでブレスと範囲殲滅魔法を連打しており、経験値をドンドコ稼いでいる。背後に守るべき要塞はあるものの、守る事自体はシンのシールド魔法にお任せでお釣りがくるのである。


「総指揮官代行。要塞の主要機能の掌握完了しました。順次入港と補給作業を急がせます」


 ライラの副官は取り纏めた情報から報告を上げた。


「わかった。出来る限り進めてくれ。だが、焦る必要はない。この要塞の左右の前方に陣取っている2つ。あれらの攻撃力は異常の一言に尽きる」


 共和国の一般的な軍用艦艇は前面への攻撃力を重視し、全ての主砲を配置している。他の方向へは副砲の類しか用意されていない。これは、攻撃したい方向に艦首を向ける統一した艦隊行動で、最大火力と強靭な防御力を引き出すシンプルさを目指したと言うと聞こえが良い。が、実際には単純に生産性とコストの問題で優先順位が高い順に機能を選択し、組み上げたらこうなっただけの話である。


 今回の戦闘の相手であるこの宇宙獣討伐に関しては、1匹に対して1発の主砲を直撃させる必要があった。仮の旗艦としてライラが移乗した戦艦ではそれが8門。つまり最大でも1回の斉射で8匹しか倒せない。

 勿論、100発100中などという命中精度は望むべくもない。しかしながら、敵の数と展開密度のおかげで、流れ弾となった攻撃も最終的には必ず敵へと被弾させる事には成功していた。但し、直撃ではない命中も含んでいるため、平均撃破数は1斉射につき6である。

 ちなみに、連射速度は最大では毎分10発となるのだが、長時間の戦闘になればそれを維持し続けるのも不可能だ。最終的には毎分6発に落ち着くのであった。


 戦闘初期の防衛軍は1000隻近い規模であった。そしてその内訳は、戦艦2、巡宙艦3、駆逐艦4、補助艦艇1の割合となっていた。

 戦艦の主砲数から戦力評価を1隻8と見積もった場合、他の艦種は巡宙艦4、駆逐艦2、補助艦艇1の戦力評価となる。

 ライラが引き継いだ時点では80隻程が既に失われており、戦力評価を基準で考えるならばその時点では3400を少し超える程度であった。つまり毎分15000以上という数の宇宙獣を撃破し続けていたのだ。長時間である30時間にも及ぶ戦闘で、撃破数は27000000を優に超える。だが、そんなものは宇宙Gの総数から見たら誤差の範囲に当たる数ではある。


 防衛軍は戦闘開始初期の段階で旗艦を失い、守るべき場所である惑星上や軍の施設への侵入と攻撃も許してしまった。そういった艦艇以外の場所も無抵抗だった訳ではないが、宇宙Gの数の暴力の前にはあっさりと呑み込まれた。

 そして、いきなり旗艦を失うと言う混乱から反撃しつつ、なんとか防衛軍の全ての艦艇を掌握したライラに突き付けられた現実は厳しい物であった。

 既に真面な退路と思われる物は失われており、防衛軍の任務としても失敗している状況であったからだ。だが、彼女は無抵抗でこのまま散る事を良しとはしなかった。密集隊形での球形陣を組み上げ、内側との交代を可能とし、持久戦で援軍を待ったのである。

 彼女の目算では、同一星系内の戦力をかき集めれば8000程になるはずであり、早ければ15時間少々でこちらへ到達するはずであった。現状では全ての敵が陣形を組んでいる場所へ向かって来る訳ではなく、惑星上や衛星にも取り付いている事で分散している。その状況に変化はなく耐えているだけで時間だけは過ぎて行った。

 来るはずの援軍は、この宙域へ到達する前に、遥か遠くの段階で接敵している。その重大な情報が彼女の元へ届く事はなかった。


 そうして、戦況に変化が訪れたのは、明らかに追撃戦を想定している退路に見せかけた罠の宙域から、もの凄い速度で侵入してきた、戦闘艦が到着してからである。

 これがサンゴウが到達して参戦するまでの流れであり、その後のアレコレが済んだ事でライラは思考時間を割く余裕が出来た。そうした時間があった事でサンゴウや謎の怪物の戦闘力の凄さを実感する事になるのであった。


 サンゴウの実態弾の射出能力は以前の28話で出ている通り毎秒840発だ。しかしこの数字は鉱物生命体を撃破するのに必要な威力を維持した場合の話となる。そして、これが宇宙Gを相手にし、使用する攻撃手段が実体弾からエネルギー収束砲へと変化した場合はどうなるのか? その答えはなんと、毎秒1500000発となる。

 実体弾に比べて連射性能が劣るはずのエネルギー収束砲でなぜこうなるのか? それはまず1発に必要とするエネルギー量が、対象の変化で少なくなった事により必要な収束時間が短縮。それに加えて、あの時以降で融合された龍脈の元やその他諸々の事情で、サンゴウの性能アップによる更なる収束時間の短縮が成された結果だ。

 そして、サンゴウの演算能力を以てすれば、この程度の相手に対して的を外す事などあり得ない。つまり、前述されたライラの部隊の戦闘力と比較すれば、6000倍以上となる。


 サンゴウの単艦での攻撃力は、共和国の27個軍相当にも届こうかというレベルに達していたのであった。


 この戦場に参戦しているのはサンゴウだけではない。ライラからは謎の化け物と思われているキチョウ。

 純粋な戦力評価的にはサンゴウに劣ってしまう超神龍ではあるが、それでも今回の場合は敵との相性が良かった。範囲殲滅魔法や敵の密集空間へ向けて放つブレスの貫通攻撃は1発で多くを屠る事が可能であったからである。

 相性の問題で実力ではサンゴウに及ばないキチョウではあるが、今回はマスターの相棒と同等以上の戦果を叩き出していたのであった。


 ライラは指揮下にある艦隊の補給作業進捗報告を受け、新たな指示を次々と飛ばしながらも、視線は戦況が映るモニターを見つめていた。たった2つの個の戦力での戦闘であるはずだ。だが、そこに映る光景は、”自らが敗北寸前であった敵”への正に蹂躙そのものである。

 参戦時の広域通信によって成された宣言に彼女は激昂してしまった。しかし、その後の経緯も含めての現状は、彼女が期待していたはずの援軍、その援軍がもたらしてくれたはずの予想される成果とは比べるまでもない。


 傭兵シンと一方的に告げられた存在の保有戦力は圧倒的であった。今、ライラが目しているソレからは、”もしかしたら共和国の宇宙軍全軍での攻撃力すらも凌駕しているのでは?”とまで考える余地すらあってしまった。そして、”もう無理に私達が参戦などしなくても、おそらくこの宇宙獣の集団は退けられるだろう”と彼女は思った。なんなら、”もうこの傭兵に全部任せた方が良いのではないか?”とまでの考えに至るには、そう多くの時間は必要とされなかったのである。


 シンが防御に徹し、何に遠慮する事もなくなった2者が対峙した敵の総数は、この周辺宙域に限ってで5000億程の数であった。そして、対象範囲をこの星系にまで広げるのならば更に2000億程の数が上乗せされる。

 2000億の集団の方にはボスキャラとでも言うべき存在である、オヤブンGとアネサンGの2匹が居る。だが、そういった存在の予見をしていたサンゴウにもまだ探知が出来てはいなかった。サイズとしては小型の部類の宇宙獣であり、その他大勢の個体とサイズが一回り大きいか? 程度の差しかないのがその原因である。もっとも、周辺宙域のGが少なくなって来た時点で、別の集団が別の惑星の方面に居る事自体は探知していたのだけれど。


 毎秒300万、毎分1.8億、毎時108億相当と、そのレベルの速度の討伐だと如何に数が多いとは言え、全体としては見る見るうちに減って行く。

 防御全振りで様子見をしていたシンも途中からは参戦し、サンゴウ達が討伐してポッカリと空いた空間に魔法トラップを設置したりしていた。

 危険な罠を盛りに盛り込んだ空間。その感知不能な危険地帯となる空きスペースを埋める様に、宇宙Gがなだれ込んで来る。トラップは当然の如く接近してきたそれらへ、死と破壊を振りまく機能を遺憾なく発揮する。宇宙Gをサクサク殺すお手軽なホイホイ系の方法だと勇者は自画自賛していたのであった。


 そんな流れで戦闘はまだまだ続いていた。

 しばらくするとシンは何となく自身のレベルが上がった事を感じた気がした。それは、ただの気のせいであり、タイミング的には到着後の範囲殲滅魔法攻撃をばら撒いてた時点で1つ上がっていたりするのだが、持っている技能の簡易鑑定ではレベルを知る事は出来ない。

 勘違いであってもレベルが上がると気分は良く、なんならもう1つ2つ行っとくか? ぐらいのやる気にはなってしまう。


 そうして、最初の参戦から15時間が経過した時点で、全ての力を解放した勇者シンの究極奥義がついに発動する。


「全消滅スラッシュクロース!」


 最も敵の密度が高く、サンゴウやキチョウの居る位置からだと直接相対していないやや後方に当たる集団へ向けて、シンは最強の1撃を放った。そしてその1撃は狙った集団の500億程の個体を全て消滅させ、かなりの遠方に居ただけのオヤブンGをも巻き込んだ。勿論オヤブンGの周辺に居た個体も同様に巻き込まれ、20億程消滅してしまった。

 偶々、勇者の斬撃の線上に居ただけの話であり運が悪かっただけであるけれども。

 

 能力全開状態の勇者は、軽い興奮状態で戦闘への衝動が発生する。そして目の前には蹂躙して良い敵がわんさか居て、その衝動を抑える必要などない。守らねばならない要塞へのシールド魔法を維持したままでも戦闘への支障もない。


 斯くして、勇者は戦闘への衝動に従って大暴れを開始したのである。


 謎の生態を持つ昆虫系の宇宙GはオヤブンGが消滅した直ぐ後に、それを察知したアネサンGがワカガシラGを選定する。選ばれた個体はその場で別の個体を共食い捕食し、1ランク上のオヤブンGという存在へと進化するのであった。

 繁殖の問題で1つの番が王的な役割になって群れの数を増やし、導いて行く。極まれに変異個体として新たなアネサンGが生まれ、それが生まれて成長すれば別の集団へと分裂する。多少なりとも想像し易く似た例を挙げると、アネサンGはミツバチの女王蜂に近く、蜂の分蜂の様なものであろうか? もっとも、蜂の様に巣で生まれる訳ではないけれど。そして、これは割とどうでも良い裏設定の話である。


 そんなこんなのなんやかんやがあって、ライラ達の補給作業、応急整備作業と各人員の休息が終わり、完全な状態で再出撃可能な状況になった時、この宙域での戦闘はもう終盤へと突入していた。

 敵の数は小集団がまばらに存在しているだけとなり、それらも次々と撃破されて行く真っ最中だったのである。

 時系列的にはシンが最強の1撃を放って更に7時間程経過した段階の話となる。


「傭兵シンへ。私の指揮下の防衛軍は再出撃可能な状態へ移行した。担当する戦場の指定を頼みたい。今のままでは、何処へ向かって攻撃すれば良いのかが判断出来ない」


「艦長シンに代わってサンゴウがお答えします。現状維持で後30分もすれば残敵掃討の追撃戦へと移行します。その段階でお知らせしますので、その後は自由に追撃戦を行って下さい。但し、こちらも攻撃の手を緩めませんので、攻撃対象が被って先に攻撃してしまう事が発生するのは許容して下さい」


「了解した。要塞に最小限の人員を残し、30分後に全艦出撃。掃討戦へ入る。敵の殲滅が最優先目標であり、個々の撃破数の成績は問わない。攻撃目標で揉めるなよ!」


 共和国の軍艦に限った話ではないが、艦隊の攻撃は砲撃専用通信によりシステム的に連動している。故に、同じ対象に対しての攻撃数は設定している数以上に被る事はない。勿論全てが命中する訳ではないので、被って攻撃する数の設定も指揮官の才覚が反映する部分である。そして、援軍を待って手堅く戦い続ける事が出来たライラは少なくともそういった面では優秀であった。何故なら、彼女は援軍を待つ戦闘で、通常ではあり得ない攻撃数の設定である”1”を選択していたのだから。

 先の言はサンゴウの通信内容から”傭兵に横取りされた!”と考える必要はない事を指揮下の艦隊に通達しただけだ。


 こうして、勇者の大暴れタイムは終了し、戦況は掃討殲滅戦へと移行していった。


 ”もう、サンゴウとキチョウに任せて良いだろ”と判断したシンは、サンゴウの艦内へと帰還した。そして、ライラ指揮下の艦隊が要塞から出撃するのに合わせて、シールド魔法も解除した。万一の敵の接近に備えて、探査魔法で注意は払っているが、その事以外は後はのんびり見物モードである。”掃討戦が終わったら、ロウジュを連れて来てライラって人と会わせるの? 俺まだ顔すら見てないんだが”と、戦闘とは関係ない部分での今後の展開に思いを馳せるシンなのであった。

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