第71話
イオイータ銀河ガイファイ星系8番惑星周辺宙域。
サンゴウは救難通信波を出していた船体を鹵獲した場所に留まっていた。
そして、ロウジュを連れて戻って来たシンと一緒に、覚醒状態となって会話可能となった小人の女性からの状況聞き取りを開始していたのである。
もっとも、サンゴウによる言語解析はまだ完了していないため、会話するのはもっぱらシンの役目となっている。彼は聞いた内容をそのまま説明しながら会話を進め、それによってサンゴウの言語解析が進められる。故に、会話の進みはどうしても遅い。
だが、必要な工程であるので、その部分は目覚めた女性に直ぐに了承を取っているのだった。
「そうか。君はこの銀河の2割を支配下に置いている連邦政府首相の娘なのか。ざっくりした話、母親が奇病になり、政務優先で家庭を顧みない父親に反発して、自力で治療手段の手掛かりを探していて騙されて拉致されたんだな?」
「お恥ずかしい話ですが、そうなります。おそらく、救難通信波を出していた船は私の奪還に成功した傭兵の物だと思います」
この銀河の住人であるティーニアは暴漢に囲まれて薬物を嗅がされ意識を失ったところで記憶が途切れている。だが、シンから状況を説明された彼女は、拉致という不法行為を行った集団の所持船が無差別に救助を求める事はあり得ないため、別口だろういう見解を示したのだった。
彼女を囲んだ暴漢には、人族も交じってたのが本人の記憶にあったため、小人専用の船に居たのもおかしいという、その別口の見解を補完する理由もあったのだけれど。
「現在位置は先程説明した場所になる。俺達はこの銀河の住人ではないのでここの事情には明るくない。所属している銀河というか国というかの立場としては傭兵で、自前の艦を持っているという感じなんだが、ここでは単なる旅人だな。物見遊山で放浪している。害意や敵意はないから穏便に君を希望する場所まで送り届けたいと思っている」
シンがそこまで話をした時、サンゴウから声が掛かる。
「艦長。お話し中ですが、言語の解析は完了しました。ロウジュさんに流し込みます。ロウジュさんは少しばかり混乱が起こると思いますが、慣れもあるでしょうし、覚醒状態のままで行います」
これまでロウジュはティーニアが話す内容の解説と、シンの話す内容を交互に説明されるのを聞いていただけで会話に参加したのは自己紹介のみであった。魔王は聞きに徹する事で彼女の人となりを見極めようとしていた。正妻はこの時点で既に、もうこの娘もシンの毒牙にかかるのだろうと判断を下していたのである。
彼女の思考の中では夫への評価というか表現がもの凄く悪いのだが、実際の勇者シンはこれまで妻として或いは愛人として迎えた女性に対して、毒牙などと表現されて然るべき悪事を働く様な事はしていない。
彼に嫁が増えたのも自身で積極的に増やそうとしたのではなく、成り行きでしかない。なんならロウジュの暗躍のせいで増えたという面も無きにしも非ずなのだ。しかしながら、正妻には正妻の言い分というか理由があっての行動であるし、理性と感情は別物なのだから仕方がない事でもある。
そうこうしているうちに、サンゴウによる言語解析が終了し、彼女に言語知識が流し込まれる。
シンは勇者であって脳の情報処理能力も人の領域を超えているため、サンゴウの流し込むアレコレで困った事はない。だが、ロウジュは夫に対してどれほど優位な存在であろうとも普通のエルフである。一気に言語知識を流し込まれればそれを脳内で処理するには相応の混乱が発生してしまうのは当然だ。
大量の知識を受け入れる事で、一時的に会話から離脱する事になるのはやむを得ないのである。
「今、言語解析が終わったから、ここに居る俺の妻へ言語習得の作業に入って貰った。それが終わるまでは雑談って形で良いかな?」
「はい。それは構いません。私は何かを要求出来る立場ではありませんので」
雑談とは言いながらも、お互いが知らない事ばかりなのだから情報収集に近い物に結局はなってしまう。重要な話をしている訳ではないため、サンゴウの記録をロウジュに後で見て貰えばそれで済むかなと割り切ってしまうシンであった。
「ふぅ。これで私も話せる様になったはずです。言葉におかしいところがあれば指摘して下さいね? ティーニアさん」
「はい。こちらこそ。無作法な点がありましたらご指摘いただけると嬉しいです」
そんなこんなのなんやかんやで、色々とお話した結果、シンはティーニアをイオイータ連邦の首都星まで送り届ける事と、彼女の母親の治療も可能であれば請け負うという話がロウジュ主導で纏められた。
尚、対価については、ティーニアが知り得る一般的な知識の供与と、連邦内での行動の自由がある程度得られる様に父親を通して便宜を図る”努力”をする事、無理なく支払える範囲の金銭の3点となった。
結局のところ、サンゴウが未知の銀河へぶらり旅で侵入する事は、現地の国家や政府などから見れば支配領域への不法侵入でしかない。そもそも銀河の外からの来訪者というモノを想定していないのが普通なのだけれど。
そして、支配領域へ不法侵入して来るモノは他国からの亡命の様な特殊な例外を除くと、基本的に外敵だったりするのである。こういった部分は宇宙船の技術レベルが、銀河間航行に耐えられるレベルまで到達しなければ変わる事がなく、そこへ至るには気が遠くなる様な長い年月が必要となる。
サンゴウの艦長は、浪漫を求めて新しい銀河へ物見遊山でお出かけを希望し、相棒であるサンゴウがそれに手を貸す形での旅が曲がりなりにも成立するのは、サンゴウの性能とシンの能力があってこその話なのだ。
それでも未知の文明への最初の接触段階においては、外敵として攻撃されるのが当然となってしまう。シンもサンゴウもそういう相手側に立った物の見方が出来ているため、反撃せずに受けに徹するのであるが。
つまりは、それが避けられる事や、穏便に現地で使える金銭を手に入れる事は十分な対価と言えたりするのだった。現地の一般的な情報については言うまでもない。
「艦長。ティーニアさんの母親の奇病。症状を聞く限りではローラさんのと同じですね。ここの文明での対処方法はコールドスリープで病の進行を止めているみたいですが」
「ああ。俺も同じ事を思った。ロウジュも同じだろうな。だから治療も引き受ける方向の話にしたんだろう」
サンゴウは鹵獲した船から抜いた情報を艦長へ提示して、文字の解析兼翻訳作業を続けながら内輪の話をしていた。ロウジュもティーニアも睡眠が必要であり、彼女達はサンゴウが用意した客室で既に就寝している。生物であるのにそれを必要としていない彼らが異常なだけなのだけれど。
「銀河の支配領域は連邦が2割、共和国が2割で残り6割が未開拓。人種は連邦が小人族が主体で一部に人族。共和国は人族のみの構成という事でしたが、実質は種族間の戦争状態ですね。宇宙獣の被害も頻出する状況ですから三つ巴と言えなくもないですけれど」
「うーん。位置関係がよくわからんからアレだけど。ギアルファ銀河の帝国と同盟みたいなモンなんだろうなぁ。あっちは種族間じゃなくて政治形態が主因だったけど。支配領域の発展度も違うと言えば違うか」
「傭兵的な立場で仕事は多々ありそうですね。艦長はどうせ何かに巻き込まれるでしょうし」
サンゴウの発言は経験に裏打ちされての物だが、シンにとっては認めたくない現実である。
「いやいや。サクッと治療して報酬貰って、連邦と共和国をさらっと見物して次の銀河へ行く可能性はあるだろう?」
「はい。限りなくゼロに近い可能性でもあるにはあると言えます。無いに限りなく等しいレベルだったとしても、あります」
「えっ。俺ってそこまで信用あるの? 悪い意味で」
サンゴウはシンの問いに対しては「フフフ」と答えるのみであった。
そんな感じのおふざけ会話の中、文字の解析も終了したサンゴウは、寝ているロウジュにその知識を流し込む。そして、完全となった星系図と航路図を利用して首都星へと進路を向けたのである。
乗客が居るため全速急行は当然出来ない。それでもこの銀河の艦船に比較すれば数倍の移動速度で首都星に到着したサンゴウは、ティーニアを通信の交渉で矢面に立たせて面倒事をある程度回避するのに成功する。
本人が権力を持っている訳ではなくとも、権力者の娘という立場は、忖度されて優遇が受けられるのはどこの国でも変わらない事ではあるのだろう。
20m級での病院への乗り付けドーン! からのティーニアの母親を掻っ攫っての治療行為は、移動、検査、治療完了、再度病院へ戻るまでの全ての工程に掛かる時間が2時間に満たなかった。
娘が強引に母親を引き取って連れ出すという蛮行は、当然最高権力者である父親に連絡が行った。だが、そこには当然の如く、直通の連絡可能な手段などという物はない。厳密に言えば家族としての緊急連絡先という物はあるのだが、そこへ連絡して即話が出来るかと言えばそうではないのだった。
そんな状況であるから、彼女の父親が娘の行為を耳にした段階では、もう既に母親の治療が完了して、病院に戻っていたのである。
「色々と行われた不法行為には目を瞑る。傭兵の登録と艦籍コードの発行。貰った金銭はギアルファ銀河の10億エン相当ってとこか。金額が少ない気はするけど、俺達の目的は達成されたから良しとしておこう」
「そうですね。この後はどうされますか? 一応ティーニアさんからの追加依頼もありますけれど」
「ああ。それを受けてついでに俺もロウジュとそこで過ごそうかと思っている」
「はい。ではそのように」
ティーニアの新たな依頼はリゾート惑星への旅客搬送兼護衛だ。母親への全快祝いとしてのプレゼントであり、家庭を顧みていない父親を脅して必要な費用とお小遣いを捥ぎ取ったのが真相であるけれど、そこにはシンもサンゴウも係わってはいない。
リゾート惑星滞在中は現地のセキュリティがしっかりしているため、シンは緊急での臨機応変な対応はあり得るが、基本的には現地での行動の自由があるという緩い契約内容。ロウジュは傭兵でもなんでもないから契約には関係のない立場だ。
「貴方。まさかとは思いますけども、いくら若いとはいえ、人妻はダメですからね? わかっていますね?」
「護衛対象の母と娘だぞ? そういう目で見る訳が無いだろう。まして、体つきが完全に対象外だ! 見た目の印象が俺からしたら子供なんだぞ?」
「ミーディアを連れて来た時も、最初は対象外だと言っていましたね。でも彼女の熱意に絆されて受け入れていますよね?」
ダークエルフ族のミーディアは皇帝の離宮生活を始めてからの半年間、シンへの恩返しをずっと訴え続け、皇帝ノブナガからの求婚も断ってしまった。
476名の指導に当たっていて繋がりが出来ていたシルクは、彼女の心情をロウジュにも伝えた。そうして、ミーディアは新たな妻として加わる事になったのである。
「えーと。そう言われると困るんだが。でも、あれはロウジュがちゃんと責任を取りなさいって」
「ええ。あそこまで愛情を向けられる様になった原因を作ったのは貴方ですから。受け入れて養って行く事が可能であって、彼女側のお家事情の問題もない、貴方と深く係わった女性が心を殺す様な事を認める訳には行きません」
ロウジュは言葉には出さないが、責任の取り方としては受け入れるだけではなく、きっぱりと振って諦めさせ、次の道へ進むことを促すという選択肢もシンにはあるのである。だが、鈍感な残念勇者はそういう選択肢が自身にある事に気づかないし、彼女も夫がそれに気づいていない事を理解している。更に言えば、そういう選択を出来ないし、思いつく事すらない夫の性格というか考え方が好きだったりもする。
本来、妻が増えて行けば夜のゴニョゴニョの頻度というか回数の問題が発生するため、”これ以上は増やすな!”の様な不満から来る意見が出ても然るべきなのだが、この夫は勇者だけあって元々の体力が常人を遥かに上回っている。しかも失った体力は魔法で回復し、睡眠時間も不要である。
つまり、1日でお相手する人数が1人限定という事がないのだ。夫の限界まで試した事は過去には無いが、おそらくは5人位は余裕でアレコレしてしまうだろう。爆発しろ!
こうして、シンはサンゴウと共に3人の美女とペット1匹を連れて、イオイータ連邦のリゾート惑星へと赴く事になった。
ニンゲンって大変だなぁと考えているキチョウは火の粉が自身に飛んで来る事はなく、マスター頑張ってね! の生暖かい視線を向けている。そうした視線に気づく事がない平常運転のシンなのであった。
◇◇◇感謝◇◇◇
もう1作の【魔力が0だったので超能力を】がここ数日で急激にフォロワー数と★評価が増えました。
本作の70話を読んで下さった読者様がそちらも読んで下さっているようです。
大変嬉しく思っています。ありがとうございます。
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