第70話 放浪編3
イオイータ銀河外縁部。
サンゴウはシンとキチョウと共に、1年の歳月を経てニュークザイ銀河の先にあったこの銀河へと到達していた。
ニュークザイ銀河でのアレコレはもう済んだ事となっている。但し、セレンの妹は姉から最後の別れの挨拶をされた際に、彼女との繋がりが完全に途絶える事には難色を示した。
以前、セレンは実家の両親にはそこら辺のところを伝えて、了承されていたはずなのだが、彼らがそれを妹には伝えていなかった事がその時に発覚する。いくら両親が疎んでいる長女の事だとはいえ、妹にとっては大切な姉だ。
にも拘らず、両親は姉妹が今生の別れとなるかもしれない事を知っていて、それを次女には事前に知らせなかった。結果的に、彼女は挙式の日にその事実を知らされたのだから実に酷い話である。
お祝いの場で長々と話をする訳にも行かなかったセレンは、その場は持ち帰りの検討案件とする事で直ぐに話を切り上げた。
そうして彼女はシンと共に自宅に戻った後、妥協点を話し合った結果、彼が転移で訪ねて来られる専用の部屋を義妹が用意する事が決められた。落としどころはデリー君の星と同じやり方である。平たく言えばシンが御用聞きをするだけなのだが。
これが、彼らが参列した挙式の際の、姉妹の交流の事後副産物となる。
尚、マレーユとの連絡手段がない皇帝にも、後日こっそりとこの件は伝えられた。
その結果、セレンの妹の家へ入り婿で入った男性貴族は、周囲から皇帝に急に優遇されていると見られる様になったのは些細な事である。
そんな事情で設けられた部屋には、シンが概ね30日に1回位のペースで連絡事項の有無を確認するために訪れる事で話がついていたのだった。
新たな銀河へ向かう航行中は特に艦内でやるべき事がある訳ではなく、シンもキチョウも基本的に暇だ。
以前、ニュークザイ銀河へと向かった際は、航行を中断して転移で自宅に戻る事を頻繁にしていた。だが、今回はロウジュの提案により、連絡事項の最低限の確認での短時間中断以外は航行を続けるやり方へと変更がされている。但し、常時シンのお相手をする誰かが複数同乗するという条件で。爆発しろ!
シンとキチョウだけが乗艦している時であれば、サンゴウは限界まで航行速度を上げる事が出来る。だが、艦長が女性を連れ込み、アレコレ致すのであればそんな事は出来ない。但し、今のサンゴウは昔に比べれば性能が大幅に上がっている。それは限界速度だけに限った話ではなく、艦内環境の維持という面でも恩恵がある。
つまりは、移動効率という観点からすれば、現在のやり方でも移動性ブラックホールの一件でのパワーアップ前以上の速度が確保されていたりするのであった。
そもそもが、到着期限を切られている話ではないのだから、限界速度を維持して旅路を急ぐ必要性はないのである。速度はともかく航行を続けて進んで行けば、当然何時かは目的地に到着する訳であり、そうして到着したのが冒頭の場面なのだった。
尚、新たな銀河で不測の事態が起こる事は、過去の事例からも、シンの運命的な物からも確定であり、残念勇者本人を含めた関係者全員の認識も一致していた。よって、到着直前に同乗者を自宅に送り届ける事は、必然的に行われるべき規定路線だったのである。
「サンゴウ。MAP魔法の情報からだとこの銀河はイオイータ銀河と出てる。登録名はそれにしておいてくれ。探査魔法には人工的と思われる動きをしている反応も幾つか引っ掛かっているな。ってか、またか。一番近い反応があるのは交戦中というか襲われてる感じっぽいんだが」
「艦長。サンゴウもそれについては探知しています。介入されるのですか? 進路はもうそちらへ向けておりますけれど」
通常の艦や船であれば、艦長や船長の許可なく勝手に進路を決めて航行する事はあり得ないし、あってはならない。だが、シンとサンゴウの現在の関係はそうではないのである。
そして、出番が無さそうだと判断しているキチョウは、我関せずの優雅なお昼寝タイムを続行だ。
「うーん。接近して状況把握が出来てからの判断だな。とりあえず、通信波的なものの傍受も頼む。意思疎通が出来ないと話にもならんしな。いつも通り、内容は直ぐに伝えるからサンゴウは翻訳作業も並行で頼むな」
「はい。そのように」
シンは言葉には出さないが、意思疎通が出来たとしても相手がどんな生命体かはわからないと考えている。人型だといいなと期待はしているが、人型であってもニュークザイ銀河シグマダウ星系での臨検で出会った様な人達の例もある。
建前としては容姿で人を差別してはいけないが、実際のところは好みの容姿の異性には甘くなるしイケメンは敵である。イケメンは敵である! いいね?
これは彼の内心の問題であるから、誰からも文句を言われる筋合いの物ではない。
そもそも”元”勇者で現在傭兵をやっているシンは、誰も彼もを公平に扱わなければならない立場に立っている訳でもないのだから。
「通信波と考えられる物を傍受しました。音声出力を開始します」
サンゴウは対象の方向からの感度を集中的に上げる事で、早い段階での通信波傍受に成功していた。
「救助求む! 襲われている。現在位置はガイファイ星系の8番惑星付近」
同じ内容が繰り返されている事をサンゴウに告げたシンは、同じ通信方式での発信が可能かを念のために確認を取る。そして予想通り通信可能な事がわかると、通信回線を開く様に指示を出すのだった。
「こちら外宇宙からやって来た傭兵シンと戦闘艦サンゴウ。救助が必要なら介入したいと思う。返答を待つ」
接近しつつ発信はしたものの、返答はなく同じ言葉の救助要請の通信波が垂れ流されている。返答が出来る状況ではないのかもしれないが、それはそれで困ったものではある。
「艦長。光学映像を出します。宇宙獣と思われる物に襲われていますね。サンゴウの持つデータに該当する宇宙獣はありませんので未知の種類です。それと通信波を出している艦の温度が異常です。あの低温では内部の生命体が生きているとは考えにくいです。生命反応の判別はこの距離ではまだ出来ません」
映像上は応戦している様に見えるのだが、自動迎撃機能が生きているだけの可能性もある。そして宇宙獣と考えられる物が襲撃側ならそちらを問答無用で殲滅する事に躊躇いはない。
「宇宙獣のみを攻撃して殲滅する。サンゴウ。攻撃は任せるぞ」
シンは長大な射程距離での精密攻撃は苦手としているため、サクッとサンゴウに丸投げである。
「はい。任されました。ターゲットロック。エネルギー収束砲、発射します」
サンゴウは複数の宇宙獣を的確に撃つ。そして、的になる存在を確実に仕留めに行くため、1体毎に対して複数の収束砲を撃って当てて行く。
こういう時のシンの頼れる相棒は、容赦がないというか過剰攻撃が基本であったりするのだった。
下手に手加減して生き残られて、反撃されたくないからね!
「全て命中しました。対象は撃破認定します。艦長。接近時に宇宙獣の死体回収をお願いします。未知の宇宙獣ですから後で時間を取って、詳細なデータを取りたいですので」
サンゴウは艦長の収納空間に生物が入らない事を理解している。故に、あるかもしれない擬態としての死んだ振りを、それで判別するという目的もあったりするのであった。
「了解だ。ところで、追われていた側は救助要請の通信波をまだ出したままなのか?」
「はい。変化ありません。宇宙獣を回収後に相対速度を合わせて船体を鹵獲するという事でよろしいでしょうか?」
「そうだな。それで頼む。船内の生命反応の有無も判別出来る様になったら結果を教えてくれ」
そんなこんなのなんやかんやで、戦闘終了からの船体鹵獲、お約束の様に微弱な生命反応を探知し、緊急避難用ポッドっぽい物を1つだけ回収する事になるのである。
「中の人だけ見ると子供の様に見える背格好の女性だな。けれど、船内にあった亡骸と船の内部設備やこのカプセルポッドの仕様から考えれば、子供だけで運用する前提の規格で作られているという特殊な物でなければ、成人でこの体格って事なんだろうな。小人族って感じか?」
「はい。そのようです。亡骸から遺伝子情報を調べましたが、背格好というか体格というかの部分と筋力に差異が見受けられる位で、他はほぼ一致しています。艦長と交配も可能ですね。勿論エルフ、ダークエルフ、獣人とも。ちなみに筋力は筋肉量に対しての出せる力が大きいですね。筋肉の質が獣人を上回っています。この女性は体格が明らかに違うミウさんと同等かそれ以上の力が出せる計算ですね」
「いや、交配可能とか言われても。俺ロリコンじゃないし。小人だけどドワーフじゃない。でも力は強いのか。俺が居た地球のファンタジーだと、敏捷性や器用さに特化したそんな感じの種族はあった。が、それとも違うんだろうな。もっとも空想上の種族と丸っきり一致しててもそれはそれで『なんだろう?』となりそうだが」
サンゴウはポッド内の人物の覚醒作業をしながら、シンとそんな会話をしつつも、子機を使って鹵獲した船体を調査し、抜けるだけのデータを抜いている。更に並行して、格納庫内に出された1体の宇宙獣の分析も行っていた。
「艦長。宇宙船の調査は終わりましたので、収納をお願いします。星系や航路のデータはあるだけ確保しています。技術的な進度はニュークザイ銀河とほぼ同等ですね。動力機関の効率と船体に使われている合金の技術が少し上回っています。が、デルタニア軍の艦の世代区分けでは同じです」
「了解。収納っと。どっちにしろ、ギアルファ銀河の艦船よりは優秀な訳か。これ持ち帰ってノブナガにあげたら喜ばれるかな?」
研究職に就いている者が気の毒な事になりそうな話ではあるのだが、ノブナガは先進技術の入手という事で喜ぶかもしれない。しかし、それならそれで、その様な現物を渡さなくても、サンゴウに教えを請えば更に進んだ技術も手に入る可能性はある。
サンゴウが有機AI生体宇宙船試作3号機であった当時は、軍事技術の出せる情報には縛りがあった。だが、今のサンゴウは有機生命体の生体宇宙船へと進化しており、そのくびきからは解放されている。
つまりは、自己判断で開示する情報の可否を決める事が出来るという話であるので、勇者シンを支える優秀過ぎる相棒の考え次第となってしまう訳だ。
「研究材料として価値はあるでしょうが、どうしても必要でなければ試行錯誤の機会を奪ってしまう事になりますのでお勧めはしません。到達する方向性を見せられてしまうと自由な発想の余地がなくなりますから。自然に任せれば独自の技術進化でとんでもない物が生み出されるかもしれませんしね」
「なるほどな。そういう事もあるか。ま、それも教えた上で判断を任せるとしよう。現段階でギアルファ銀河帝国に更なる技術進化が急務って話じゃないしな」
強力な外敵でも出てくれば話は別だが、仮にそんな物が出て来たら技術でどうこうするより前に勇者シンとサンゴウ、キチョウの出番になるだけだ。
彼らが留守の間に全滅させられる様な事さえなければ、防衛能力も攻撃能力も、この宇宙ではおそらくぶっちぎりの1位なのである。
そして、メカミーユが軍に居る以上、若干アヤシイ部分も無いではないが、よほどの事がない限り耐える事すら出来ずに全滅敗北はない。
「宇宙獣の解析も終わりました。宇宙空間へと適応したゴキブリとでも言えば良いのでしょうか。食性や能力的な部分は宇宙バッタと大差ありません。但し、繁殖能力は倍以上ありそうです」
「宇宙Gとでも言う事にしようか。モロに虫の名前だと嫌悪感が凄くて嫌だ。Gだけでも微妙なんだけどな。地球じゃ『1匹見たら30匹居ると思え』みたいな言葉がある生き物だし、繁殖力の件は納得させられるモンがあるわ」
キチョウは会話に参加はしていないが、会話内容自体は聞いて理解している。興味がある事は少ないため、聞いた端から要らない情報は忘れ去ってしまうけれど。そして、少し離れたところで視線だけは向けている。離れているのは覚醒した人物の間近に居た場合、驚かせる可能性があるからだ。
そうしてシンとサンゴウがそんな会話を続けていると、持ち込んだポッド内に変化が現れる。遂に覚醒の時がやって来るのである。
「生体反応レベルが急激に上昇中。おそらく数分以内に会話可能な覚醒状態になると判断します」
「お。ようやくか。さてさて、どんな話が聞けるのか。楽しみでもあり、怖くもあるな。ってやべぇ! 女性が係わる時は事前にロウジュに話をするんだった。ちょっと行って来る。直ぐ戻るけど」
こうして、シンは大慌てで魔王(正妻)ロウジュに事情を説明するために自宅へと転移した。
新たな銀河での遭遇する浪漫に思いを馳せる前に、嫁のご機嫌伺いから始める事になる勇者シンなのであった。
◇◇◇お詫び◇◇◇
【魔力が0だったので超能力を】を書いていてこちらの方をお待たせしてしまいました。ごめんなさい。
切りの良い所までこちらを書く予定です。
次話投稿については近況でお知らせします。
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