第69話

 ニュークザイ銀河ブラックホール密集宙域外縁部小惑星帯。


 サンゴウは艦長の我が儘と称する連邦への意趣返しへの付き合いで、この宙域へと来ていた。

 そしてここは、3か国の外交交渉で定義された、連邦の準領土扱いの暗黒宙域の手前でもある。


 時系列は少し戻る。


「初回の外交交渉から戻りました。ニュークザイ銀河連邦を自称する集団の外交代表との交渉だった訳ですが、結論から申しますと、交渉で決定してきたのは連邦という国の存在を認める事と支配宙域の認定、これは国境の確定と言い換える事も出来ますが、その2点のみになります。連邦の支配宙域内を視察出来た訳ではありませんし、軍事力の規模も不明です。彼らが提示してきた資料を基に、連邦を自称する勢力が実際に存在すると仮定した場合で、我が国の現状から損が生じない部分を認めただけですな。相手の内情は視察出来ていないので提示してきた資料を信用するかしないか。話はそこに尽きると考えます」


「大元は皇国が派遣した傭兵が暗黒宙域内に侵入に成功し、持ち帰った親書と傭兵ギルドにその傭兵が提出した報告書の写しが今回の交渉の発端だったな。して、その傭兵とも接触出来た件の方はどうだ? 信用に足ると判断したのか?」


 教国の全権大使は教皇の質問に即答せず、瞑目して考えを纏める。彼は優秀なだけにその時間は刹那とも言えるほどに短い物ではあるが。


「所持艦の外観は教国の設計思想で作られた艦ではありませんでした。皇国のそれで作られたとも考えられません。滞在した内部設備は言い辛いですが、教国の艦と比較するのも馬鹿らしいほどレベルが上でした。そして、あの規模の艦であれば我が国の常識から言えば運航で最低でも20人程度、通常配備であれば100人から200人の人員が必要となるはずです。が、彼の艦は艦長1名のみで運行されております。個人の1人乗り小型艇に近い物ではなく、”500m級の艦が”です。そして、移動速度。私の帰還までに要した日数からお分かりいただけるとは存じますが、教国の艦で目的地であった宙域まで往復するのであれば70日から80日は必要となります。それに加えて交渉の日程が必要です。出発前は余裕を見て100日間の日程を確保しておりました。帰還した今、未消化で余った日程が75日。彼の艦が見破る事が不可能なトリックを使っていたのではない限り、性能が隔絶的に上なのは確実です。そうした客観的要素から、あの傭兵の提出した報告は信用出来ると考えますし、それを前提にせねば何を信じて交渉にあたるのか? となってしまいます。猊下におかれましては、この目で見て感じ、考えてきた私の判断を信用いただけるかと」


 教皇は大使の言を是とし、事前に予定していた傭兵への勲章を含む褒賞の履行を指示した。教国側の事情はこの様になっていたのだった。


 そして、皇国側の大使と皇帝のそれも言葉は違えど、中身は似たような物である。どこの国でもこういったことは似通ってしまう物なのであろう。


「この傭兵シンの調査報告書は以上で間違いないか? 抜擢して使用した軍部の判断は出された成果、結果からだけで判断するのであれば、評価するべきなのだろうな。しかしだ、逆に言えば、軍とその上層部は、自力でこの傭兵と同等以上の結果を出す事が困難だと判断したからこそ、依頼を出す方法を選択した訳だな? この傭兵の艦が大使の報告からだけでも超が付くほど優秀なのはわかる。だが、莫大な予算で整えた軍備、高い地位とそれに見合う金銭を受け取っているはずの軍上層部。これらで対処する事が困難だという話、それ自体が問題である。人を変える事で即座に改善する物でもなかろうが、何もしないよりはマシであろうな。軍上層部の人員刷新を命じる。能力重視の査定を行え」


 成果だけから判断するのではなく、過程もきちっと見ている皇帝はこれまで特筆する様な事を成し遂げてきた訳ではないが、凡庸、暗愚といった形容詞が似合わない程度に能力はあるのだろう。

 今回の人員刷新の決定は数年の時を経て、あれが転換点だったと言えるほどに軍部が変化するきっかけになったのだった。


「大使殿、この準領土扱いというのは何ですかな?」


「宰相閣下、連邦の支配宙域ではないが、領土防衛の重要地域として認めろという強硬な主張から捻り出された造語です。扱いとしては連邦が暗黒宙域に侵入した艦船について攻撃権を有するというだけですな。実効支配している領土ではないので、その宙域に関しての所有権の主張は出来ない事と、自衛反撃した場合は双方の自己責任として外交問題や賠償問題として取り上げないと決定した宙域となります。特に皇国に損が発生する事項ではないため、ある程度譲った項目になりますな」


 大使の概要報告書を読んでいた宰相からは他に気になる点はなかった様で、傭兵シンへの特別褒賞をという要望書も問題無く受理された。そうして、それらが考慮されて、傭兵ギルドから以外での皇国から傭兵シンへの褒賞が履行されたのであった。


 そして、場面は冒頭へと戻る。


 サンゴウは、外交交渉から帰還中の艦長と大使との雑談内容から、小惑星帯と暗黒宙域で艦長が”何か”を行う事は予測している。

 しかし、未だ艦長からは、何をどうするのかは説明を受けていない。なので、小惑星帯の一掃とか賊の一掃かな? 程度の予測をしていた。結果的にそれ”も”間違ってはいなかったけれども。


「MAP魔法で位置関係を確認っと。うん。この位置でこの方向なら流れ弾的な状態になっても大丈夫だろ」


「艦長。そろそろ何をするのか明かしていただけませんか?」


「おう。最初はあれだ。前に試せなかった全消滅スラッシュクロスをな。小惑星帯から暗黒宙域の一番外側のブラックホールに当てる形でやってみよう! だ」


「マスター。一緒に行って見てても良い?」


 むくりと起き上がったキチョウは興味津々の様である。


「おう。ちゃんと自前でシールド展開しとけよー」


「はーい」


 シンとしてはブラックホールの中心の中核物質に攻撃を当てられない限り、ブラックホールを消滅させるのは不可能だろうと考えていた。その場合、すり抜けて行く斬撃の軌道が高重力の影響でどうなるのかが見たかったという実験的要素も含んでいるのである。そして、純粋に威力も試したいというのも目的の1つだ。


「久々に全力解放! 全消滅スラーッシュクロース!」


 勇者の力を全て解放した大技。その威力はシンの想像を超えていた。広範囲の小惑星帯がごっそりと消滅。斬撃は重力の影響は受け無い様だ。ブラックホールの内部を通過して通り抜けた先の小惑星帯もごっそりと消滅させているのがMAP魔法からわかる。

 サンゴウからすれば、消滅の影響範囲もさることながら、攻撃の到達速度が明らかにおかしい。

 だが、誰に聞いても原理の説明が出来る物ではない事だけは理解が出来る。ここは、「艦長デタラメですから」で納得してスルーしておくしかない。それ以上の考察を放棄するサンゴウなのだった。


「ただいまー。さてとお次はっと」


「おかえりなさい。艦長。次は何ですか?」


 サンゴウはもうアレの連打でも良いのでは? と考えていたが艦長には何か考えが有るだろうと質問を投げ掛ける。


「うん。とりあえず皇国と教国に接してる部分の小惑星を全部収納して行く」


「もうツッコミません。どうせ、どれだけでも入るんですよね。いいです。やっちゃって下さい」


「賊が出たら対処はサンゴウとキチョウに任せる。好きに暴れてくれ」


 あの巡宙艦の鎮座している宙域からある程度の距離の部分までは、直ぐにバレる事が無い様、小惑星帯をそのままにしておいた。

 が、そうした気遣いはしたものの、それ以外は大暴れである。


 小惑星の収納と賊の蹂躙を続ける事20日間。国境と接していたと考えられる部分のそれは綺麗さっぱり消失していた。ついでに蔓延っていた賊も綺麗さっぱりである。消毒だ!


「艦長。お疲れさまでした」


「うん? 何言ってんだ? これからが本番だぞ?」


「えっ?」


 シンはサンゴウとキチョウに新たな指示を出す。


 指示に従ったサンゴウは躊躇する事なく、暗黒宙域のブラックホールに突っ込んだ。そして、各種探知能力を総動員して、核となる物質の位置を大雑把に特定する。

 キチョウはサンゴウへのシールドを担当するのみだ。

 そうしてシンはサンゴウから核となる物質の位置情報を受け取り、勇者の力全開にして飛び出して行く。そんな感じで、次々に収納空間へ放り込み、ブラックホールを消滅させ続けたのである。


「全部取り払っても良いんだが、武士の情けじゃ。大穴6個開けただけで勘弁してやろう」


 キチョウはブシってなんだろう? と疑問に思いはしたもののマスターのネタかな? 位にしか思えず態々確認はしなかった。

 サンゴウはキチョウと同様の疑問と更に追加して、6個開けた”だけ”? ”だけ”って言葉の意味は艦長の中ではどうなっているのか? も疑問であった。しかし、聞いても理解出来る真面な答えが返って来る可能性がないという結論になり、疑問のままで放置する決断をしたのだった。


 6個の大穴の位置。それは、球体の内部に角がピッタリと当たる大きさの正八面体を入れたと想像してみると多少はわかりやすいかもしれない。ちなみに正八面体ってなんだろう? の人は某アニメの5番目の使途を思い浮かべても良い。

 暗黒宙域を球体に見立てて、角が当たる部分6か所に大穴が空く様に。

 シンはMAP魔法で位置を確認しながらサンゴウに移動指示を出し続け、ブラックホールを収納して除去したのであった。


「ここまでやれば、連邦の優位性はさすがに崩れただろう。後は3か国で今後お互いにどう付き合って行くのか。当面は賊の問題は無くなったはずだしな。好きにすれば良いんだ。俺としてはこれでスッキリだな!」


 ”気に食わないから”というたったそれだけの理由で国家の天然の防衛ラインを勝手に除去。とんだスッキリもあったもんである。勇者シンには喧嘩を売ってはいけないのかもしれない。

 サンゴウは乱れ飛ぶ通信波を大量に受信していた。連邦内はパニック状態の様である。国防の根幹が崩れたのであるから当然と言えば当然ではある。


「艦長。後はどうされますか? 連邦内に侵入して攻撃も可能ですが」


「いや。直接攻撃はやめとこう。やり残しはないと思うんだが。サンゴウはなにか気づく事はないか?」


「そうですね。傭兵ギルドにセレンさんあての連絡があるかだけ確認すれば良いのではないでしょうか?」


「そうだな。そうしよう」


 そんなこんなで転移したシンは傭兵ギルドに確認を取る。セレンの妹さんからの挙式の知らせが届いていたため、それは持ち帰る事とした。


 そうして、転移でセレンを連れて来ての挙式への参加や、彼女の伴侶としてシン自身が紹介されるといった出来事はあったが、特別何かが起こる様な事は無かったのであった。

 今後の姉妹の交流方法に関してのみ、ちょっとした持ち帰り案件になって決めるべき事が増えたのであるが。


 こうして、”現時点では”新たに嫁が増える事はなく、ニュークザイ銀河でのシンの物語は終わる。ミーディアの行く末は? 475人の美女軍団はどうなるのか? それは未来のお話だ。


 そして、ロウジュさんが、シンに自由に旅をさせるのを放置する事の是非を考えている事を鈍感勇者はまだ知らない。

 次はどんな銀河が待っているのか? まだ見ぬそれに思い馳せる、正妻の思惑に気づかないシンなのであった。

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