第68話

 ニュークザイ銀河ブラックホール密集宙域外縁部小惑星帯。


 サンゴウは皇国の外交担当官1名と随伴員2名、教国の外交担当官1名と随伴員2名の総員6名を連れて、非武装完全中立地帯として外交窓口と指定された宙域へと来ていた。


 サンゴウが非武装とかちゃんちゃらおかしい大笑い状態の話であるのだが、連邦はサンゴウの攻撃性能を知らない。乗艦臨検した3名の報告書から、”傭兵の武装船と言うより旅客船に近い”という判断が信用されていたからこその”連邦から”の指名である。

 連邦側もいきなり威嚇する方向では最初の交渉には適さないと判断を下したせいもあり、巡宙艦1隻のみしか戦力を保有してはいない。故に、見知らぬ皇国の軍艦や教国の軍艦を近づけさせたくないという思惑もあったのだろう。


 親書には最初の交流には”可能であれば”と条件付けされていたものの、サンゴウでの来訪と最少人数でという指定があったのだった。そして、親書を受け取って内容を精査した両国もバランス的にはそんな物だろうという事で話が落ち着いたのであった。

 サンゴウの攻撃力を骨身に染みて知っている皇国と教国は、暗黒宙域を抜けて連邦へ到達し、無事に帰って来た性能を持つ艦という評価も加わり、安全度の高さは折り紙付きであるとされた。

 そうした状況から、捨て駒に近い外交担当官ではなく、最優秀の全権委任大使が担当として送り出されたのである。


 勝手に指定されて巻き込まれたシンとサンゴウには迷惑な話ではあるけれど。


 そして、シンは迷惑な話であり、受けたいと思って受けた依頼ではないため、さっさと片付けて解放されたいという考えだ。だから移動手段でも自重はしない。

 後々、移動速度はどうなっている? というツッコミが入る事は明白な話なのだが、そんな事は考慮せず、シンは転移を使った。

 この一件が終わればこの銀河へ来る事も無いだろうというガバガバな判断のせいでもあった訳だが。


 最初に受けた依頼の依頼書にあった付帯条項。


 調査結果から依頼主が関連事項に関する追加依頼を出す可能性がある。余人を持って代えがたいと依頼主が判断し、継続指名した場合は依頼を受ける義務が発生する。その場合の報酬はギルドの最低保証のガイドラインに沿い、その100倍の金額を適用とする。


 本来はあってしかるべき依頼の拒否権や報酬への交渉権が無い代わりに、普通の依頼で設定される報酬額の50倍という高額が設定されている。ちなみに最低保証額は通常の相場の半額程度なのでその100倍はすなわち、通常の50倍という換算となるのであった。


 最初の依頼の段階では選択権があったにもかかわらず、付帯条項を気にせずサインしたシンに責任が有る以上、どんなに乗り気じゃなく、やりたくなくても依頼をやらざるを得ない。

 そして、ここで逃亡という選択肢を取らないシンは、ある意味律儀ではあるのだろう。

 彼の判断基準がブレブレな気がしなくもないが、明確な信念や基準が絶対に必要であり、それを守らなければならない事ではない。気分で場当たり的な対応なのも人間臭い。良くも悪くもシンが人である以上は仕方がない事なのかもしれない。


 そんなこんなで、巡宙艦へサンゴウは横付けし、最初の挨拶は巡宙艦内へサンゴウが運んできた人員が向かう事で行われた。そして、話し合いは1週間の日程で会場は1日おきにお互いの艦内を提供して行われる事に決まったのだった。

 勿論、それはシンに確認が取られてから決められた事であり、半分程度でも交渉が見られるサンゴウとシンにも利があると判断された結果だ。

 そうして翌日の初となる交渉はサンゴウの艦内で行われたのである。


「皇国としては、連邦を国家と認定して、支配宙域を確定させた上で大使館を置き、交流と交易を行う準備はある。但し、それは敵対行動が無い事が前提であるのは当然だ。現在皇国に接する小惑星帯に潜んでいる賊の被害は馬鹿にならないものであり、皇国は連邦が賊に武器を供与して支援していると判断している。これは間接的には敵対行動に当たるため、貴国の意図するところをまずは確認したい」


「教国としては、皇国とほぼ同じ見解だ。連邦を国家と認定して、支配宙域を確定させた上で大使館を置き、交流と交易を行う準備は教国にもある。前提となる条件も同じだな。教国に接する小惑星帯に潜む賊への武器供与を止めて貰う事。そこが国交を開くスタート地点だと考えている」


 両国の大使は堂々と自国の見解を出す。当然の話が含まれており、勝手にそれをモニターしているシンとサンゴウには意外性が有る内容ではない。


「連邦としては、まず最初に1点明確に主張しておきます。我が国は確かに武器の販売は行いました。ですが、その対象は正当な対価を支払った”外国”の人間であり、買った人間の使用目的、使用状況については私共の関知するところではありません。この点は明確にしておきます。そして、単なる商取引に干渉する権利は他国には無いと考えますがいかがか? 更に1点こちらからも確認させていただきたい。貴方達が主張される賊というのはどこの国の人間なのですか? 少なくとも連邦の国民ではない事だけは私共は知っておりますし、確信しております。彼らは元は貴方達の国の民だったのではないのですか?」


 賊の元々の所属国はどこだったのか? その点を指摘されると皇国も教国もきつい。過去に討伐で賊と何度も交戦しており、その鹵獲品の検証結果から、皇国か教国の食い詰め者や犯罪者、逃亡者が主体である事は知っていたからである。そして、連邦の国民だと確定できる人員が関わっている証拠はない。そんな者は存在しないのだから当然ではある。


 そして連邦側が自国の国民ではないと言い切れる理由。それは暗黒宙域であるブラックホール群を抜けて外に出られる人間の管理が完璧に行われている事だ。

 管理に齟齬が無く、管理している人間が賊行為に加担していない以上、この宙域で賊行為をしているのは連邦の人間ではない。


「なぁ。サンゴウ。これって落しどころあるんか? 片方は”商取引の邪魔すんな。自分のとこの馬鹿ども位、手前で管理しとけや!”だし、片方は”俺らに害を与える馬鹿どもに武器や物資の支援するんじゃねぇ!”な訳だろ?」


「その点はお互いに理がありますので、そこだけを議論するのであれば平行線のままでしょう。ですが、連邦側には外に進出したい理由が存在するとサンゴウは考えます。その理由をつけば連邦に譲歩させて話が纏まるのではないでしょうか?」


 こういう話のサンゴウの判断は、デルタニア星系の長い歴史を知識として持っているため論理的で的確である。


「ふむ。ちなみに、サンゴウはその理由ってのがわかるのか?」


「はい。推測でよろしければ」


「ああ。勿論それで構わない。教えてくれ」


「大きい理由としては、暗黒宙域の内部は広いとは言っても所詮限られた空間であるという点です。時期はわかりませんがいずれ内部の資源は枯渇するでしょうし、開発して発展出来る上限に達する事もあるでしょう。維持出来る人口にも上限があるはずです。もう1つは大きな理由ではないですが、いつかは暗黒宙域という防壁が破られるという不安だと考えます。そして、実際サンゴウはあの宙域を突破出来ました。皇国や教国には現時点では不可能かもしれませんが、将来的にどうなるのかは不明です。2つの点は追い込まれてから皇国、教国と交渉となった場合、不利な交渉になるのが明々白々です。早めに手を打とうという判断なのではないでしょうか?」


 なるほどと納得するだけの理由が提示出来るサンゴウは、やはりシンには欠かせない相棒だ。優秀な頭脳担当が居てこそ、勇者の力が有効に活用出来るというものなのだから。


「それが理由だった場合、今が追い込まれている状態でなかったら、今回は”交渉決裂しても構わない”って状況もあり得るよな?」


「はい。あり得ます。寧ろ挑発して戦争状態に持って行き、力を示した上での再交渉という方法も悪い選択ではないでしょうからね。特に連邦側は打って出る全面的な雌雄を決する戦いをしない限りは、2つの国を同時に相手にしても勝てる自信があるのでしょう」


「ふむ。戦争になった場合勝つのはどっちだろう? サンゴウの予測は?」


「連邦が勝ちますね。戦力比が支配領域に比例すると仮定した場合の推測ですが、連邦に対して2か国連合で戦争になっても連邦が圧倒的に有利です。この場合、戦力が倍あるという点は戦力補充の回復力、兵站へ向けるの生産能力と補給能力以外には利点が有りません。連合国が指揮系統の連動を完璧に行う戦争出来たとして、互角か連合国側がやや不利です。ですので、実際は実現不可能だと考えられる指揮系統の問題がある以上、お話になりません」


 シンにとってはサンゴウの結論は意外であった。倍の戦力、倍の国力でも不利というのが彼の常識からの理解を超えているからだ。


「2正面作戦やって同格の国力の国2つを相手に戦うのに圧倒的有利とか理由がわからん。連邦は援軍の無い籠城戦をするしかない様に思えるんだが? 俺の中では城攻め3倍の法則を適用しても連合国で戦う方が有利だし勝つと思うんだが?」


「艦長。ギアルファ帝国の対同盟戦を思い出して下さい。新航路の時と同じなのです。連邦はフリーハンドで両国の後方を好きなだけ襲えるのですよ。そしておそらくですが、懇意にしている賊から、航路や目標とするべき星系といった必要なデータを入手している事でしょう。対して連合国側は連邦の情報をほぼ持っていません」


 そこまで説明されるとシンでも理解が追いつく。後方を襲われないために守備に戦力を振り向ける必要性があるならば、襲う側の方が有利だ。そして同格の国で合同作戦をする場合、多少の足の引っ張り合いは絶対に起こる。サンゴウの推測は非常に納得の行く話なのであった。


「うーん。恩義はないから戦争でどちらかに肩入れする必然の理由はない。ただなぁ。連邦のやり口は気に食わない。ダークエルフの件や俺らに対する対応。まぁ皇国の俺という傭兵への扱い方にも少しばかり思うところはあるんだが、そこはまぁ、マレーユやセレンの関係者が存命という事でマイナスを相殺するとして」


「艦長? 何かされるおつもりなのですか?」


「うん。気に食わないからやりたい様にやる。これは俺の我が儘だな。サンゴウ。付き合ってくれるか?」


「内容にもよりますが、相棒ですからね。前向きに検討して、熟考して善処します」


「それ、聞くだけ聞くけどやりません! の定番返答じゃねえか!」


「冗談ですよ。ちゃんとお付き合いしますよ」


 サンゴウもシンとの付き合いが長くなり、お茶目さんの部分が出来上がった様である。


 7日間の外交交渉は終わり、支配宙域の範囲の確定だけは合意された。

 暗黒宙域は連邦の準領土扱いとなり、外部を覆う小惑星帯は中立地帯。但し、小惑星帯の賊だと認定した者への攻撃をする武力行使は自由とされた。それ以外は皇国と教国が現在実効支配している領域がそのままという3国合意だ。

 未開拓の何処の国も実効支配していない宙域については、何処かの国が領有権を主張した時点で協議の上決定する事になった。


 そして、それ以外の部分の交渉は決裂。戦争が決定された訳ではないが連邦側は現在の賊への対応姿勢を変更する気がないため、実質戦争状態に移行したも同然である。皇国と教国の両大使は憮然とした表情のままサンゴウで帰路についたのだった。


 シンがサンゴウ影に入れて転移するからすぐ着いちゃうけどね!


「お時間を取って貰ってすみません。後2時間程でこの護衛兼送迎の依頼も終わります。お別れする前に少しお話をと思いまして」


「ああ。構わないよ。世話になったね。交渉内容については語れないが雑談をして親交を深めるのも良いだろうて」


「教国は君に対して、傭兵ギルドからとは別でなにがしかの恩賞を考えているぞ。連邦と交渉が出来る様になったのは君の尽力が大きかったからな」


「おっと、皇国もそれについては同じだぞ。勲章が出るかな? ひょっとしたら法衣の爵位が出るかもしれん。確約出来る立場にはないから、あくまで可能性の話として承知しておいてくれよ」


 シンとしては傭兵ギルドからの報酬のみだと考えていたが、国としての功績評価が別で付く様だ。嬉しい誤算となる。爵位は欲しくはないけれど。寧ろ貰うと困る! まである。


 交流の雑談の中でシンは主目的であった小惑星帯での自艦での活動の自由と、暗黒宙域へ侵入した場合、傭兵ギルドや国へはどういう影響があるのか、シンに対する罰則は? といった内容の確認が出来た。

 シンがこれからやろうとしている事に関しては、特に問題となる点はなさそうである。それがわかったのは収穫と言えるだろう。


 こうして、シンは両大使を送り届けた後、ギルドからの報酬と両国からの功績への報償を受け取った。但し、提示された爵位は辞退。受けてしまうと好き勝手が出来なくなるからだ。


 さぁて蹂躙のお時間だ! 美醜逆転で傲岸不遜? 誰得だ! 焼却してやんよ! 実際にそこまでの事はしないけれど、気に食わないから意趣返しする位はいいよね? 誰に許しを貰うでもないがそう考えてしまうシンなのであった。

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