第67話

 ニュークザイ銀河ブラックホール密集宙域外縁部小惑星帯。


 サンゴウはミーディアらを乗せた巡宙艦と共にこの宙域へ来ていた。遠巻きに賊らしき反応がいくつか探知に引っ掛かってはいるものの、襲ってくる様子はない。連邦の艦が識別信号を出している限り襲って来る事はないという情報は事実だった様である。


 この宙域へ出発する前の軍事基地内ではシンとゴリラ司令の会話が行われた。


「連邦の返答は決まった。当面は巡宙艦を置き半径0.05光年程度の領域を非武装完全中立地帯として外交窓口とする。最終的には要塞クラスで置き換えるが、建造するにせよ持って行くにせよそれなりに時間が掛かるのでな。これは皇国と教国へ宛てた親書だ。使いっぱしりとして役立って貰おう。そして先の約定通り、航路の情報の引き渡しと消去。対価は全て含めての報酬として貴様の要求したダークエルフ族の”同意した者”全員の引き渡しだ。但し、連邦の情報についての秘匿を強制する呪を掛けるのが条件だ。それと貴様が知った知識については傭兵の仕事の範囲内としてしゃべる事に制限は設けない。好きに報告するが良い。まぁ、一番手柄になりそうな航路のデータは無くなるがな」


「ほう。呪を掛ける技術があるのか。ダークエルフの族長一族の秘匿技術だと聞いたんだが?」


「それについての説明をしなければならない義務も必要性もないな。貴様が呪の対象になっていない事に感謝だけすれば良い。当面設置する巡宙艦で外部まで同行し、位置確定後にその位置情報と識別コードが追加で渡される。ああ、巡宙艦にダークエルフを乗艦させて移送し、その時に貴様の艦へと移乗させる段取りだ。航路のデータの消去確認と引き渡しもその時に行う。以上だ。何か質問はあるか?」


「出発日時以外は特にない。確定したら教えてくれ」


 この様なやり取りがあり、出発後60日程の航行を経て小惑星帯に到着したのだった。


「艦長。サンゴウへの476名の移乗完了しました。指示通り航路データの引き渡しと削除を行います」


「ああ。頼む。後でいちゃもん付けられない様にがっつり念入りに相手に認めさせてやってくれな」


「はい。そのように」


 双方の作業はつつがなく終わり、ミーディア以下総人数で476人のダークエルフの全員を乗艦受け入れは完了した。当然、全てが女性だ。遺伝子的に交配可能な種族が居なければもう絶滅しているのと同じ様なものである。


「さて、色々ささっと済ませたい所ではあるんだが、この宙域に留まるのは気分的に監視されてる様でよろしくないな。サンゴウ。とりあえず皇国の首都星へ向かっている様に見える感じで出発してくれ。適度な位置に到達次第追って指示を変更する。その辺は信頼してるから任せるぞ。相棒。俺は格納庫に居る全員への解呪作業に入る」


「はい。お任せ下さい」


 出番が全くないキチョウは置物の様に寝入ったままである。愛でる時ではない時間のペットはそんな存在である事が正しいのだろうけれど。


 格納庫で476名と相対したシンは、美女揃いの光景に圧倒される。だが、呆けて見とれている訳にも行かないので、気合を入れなおしての作業段取りに入った。

 そうして約1時間後、全員の解呪は完了していたのである。


「ありがとう。シンに対して感じていた呪による嫌悪感がなくなった。知っている知識の口述制限も撤廃されているな。君が望めば何でも話そう。軍に居たからそれなりの知識はあるぞ。私は」


「ああ。必要になったら頼む。さて、今後の話なんだが。ずっとこの艦に乗って生活して貰うって訳には行かない。まぁ、当たり前の事であるからそれは理解して貰えると思う。建前上は報酬として貰った形なので、君達は俺の”所有物”という事になっている。だが、俺にそう扱う意思がない。人としての権利を保障したいと思う。出来る範囲でってのが前提だけどな。ここまではいいか?」


 シンから確認された彼女達は困惑を隠せない。醜女としてずっと扱われ、男性からは嫌われ、しかし、子を成すために呪による嫌悪感に耐えて頭を下げて子種を願う。そんな行為を何年もに渡り続けてきた女性が相当数含まれている。そうではない女性もそれを知識として知っている。

 子が出来にくいエルフ女性には苦痛の一言では済まされない事だ。それが、その苦痛を与えてきた同類の人族男性から、「呪は取り払った。人としての権利を保障したい」と言われてそれを信じる事が出来るだろうか? 

 呪が払われた事は感覚としてはわかる。嬉しい事だ。だが、即座にそれが目の前の男性を信じて従う事には繋がらない。

 経験、価値観、そういった物から来る感情は、直ぐに覆るような軽い物ではないからだ。いっそ、所有物として扱われた方が酷い扱いを受けないのであれば楽かもしれない。

 自らの意思で未来を選び取る。それには相応の教育というか教養というモノが必要であり、それを持っているのはこの中ではミーディアのみであった。


「シン。すまないが私達は意見を求められても、恐らく答える事が出来ない状態になるケースが多い。判断の基準になる物も論理的に思考する術も持っていないんだ。だから私から代表して言わせて貰う。どこか、君の庇護下で暮らせる場所を提供して欲しい。可能であれば教育も受けて、判断が出来て独り立ち出来る様に成れればそれが最上だ。私達の立場で望み過ぎなのは承知している。対価となる物も提供出来ない。だが、私が出来る事は何でも応じる。だから、全員を庇護下に置いてくれ。頼む」


 ミーディアの覚悟、決意、意思。どう表現するのが適当であるのかが不明であるそういった物は確かにシンに伝わった。シンはそれにどう答えるのか? 勇者の行動は決まっているのである。


「よし。わかった。全て俺に任せろ。サンゴウ。今良いか?」


「はい。どうかされましたか?」


「全員にギアルファ銀河の言語関連、一般教養関連、あ、ついでにシルクの作ったあれから礼儀作法関連だけ抽出して流し込んでくれ。ええい。更に追加だ。俺が士官学校に通ってた時の知識もおまけで付けてしまえ。出来るよな?」


「はい。可能ですが5時間程掛かります。それと前例からご存じだとは思いますが流し込んで直ぐは多少混乱が起こります。ですので睡眠魔法の使用をお願いします」


「了解だ。という事でミーディア。俺は今から寝具を全員に支給する。全員にここで休息がてら6時間程寝て貰う。あっ。変な事はしないから安心してくれ。なんなら証拠で映像記録も撮るから」


 そうしてシンは、その場で収納空間から大量の寝具を出して支給した。自重という言葉はどこかに飛んで行ってしまった様である。元からなかったかもしれないが。


「艦長。彼女達の受け入れ先はどこにするのですか? 自宅では不可能な人数だと考えます」


「うーん。分散させるのは良くないよなぁ。大人数が滞在可能で空いてる場所で、それなりに文化的な場所。ミウ達が元居た星を最初は考えていたんだが、あそこじゃダメだな」


「艦長。ロウジュさんにお話を通さなくて良いのですか? まずそれが最優先だと考えます」


「それだ! あっぶねぇ。また引っ叩かれるとこだったわ。サンゴウ。ありがとな」


 残念ながら手遅れである。476人の女性を面倒見たいからと連れ帰って来ている事が事前に相談されていない時点でアウトだ。

 そしてサンゴウは、手遅れである事には気づいているが、更に遅れる報告になるよりはましだと判断しているので黙っているだけであった。残念鈍感勇者はそういうところには気がつかない。残念!


 サンゴウには改造済みのミウが元居た惑星での待機をお願いし、眠っているミーディア達が起きる前にとシンは自宅に転移する。

 2時間後。両の頬にロウジュの手の平と同じサイズの赤い痕を付けたシンは、サンゴウに戻って来た。

 ちなみに、勇者であるシンは彼女のそれを躱す事も、痕が残らない様な肉体的強度を保つ事も可能なのだが、それをする事は無い。愛する妻からの行為は相手が納得する様に受け止めるのみである。


「サンゴウ。ロウジュからの提案があって彼女達の受け入れ先は決まった。ノブナガの管理する離宮が空いてるんでな。そこに全員入って貰って侍女見習いをして貰う事にした」


「そうですか。受け入れ先が決まったのは僥倖ですね」


「そうだな。しかしなぁ。俺、悪い事したか? ロウジュの視線が痛いんだ。アレは絶対零度の冷気を上回ってる様に感じるんだが」


 いくら優秀なサンゴウであっても、ロウジュの心情を事前に完璧に予測する事は不可能である。


「艦長。所謂、浮気的な悪事を艦長が行えるとはサンゴウは考えません。そして、ロウジュさんもその点は同じだと考えます。しかし、妻としては他に女性の影が増えるのは面白くはないでしょう。特に、あずかり知らぬところで増えた場合は。ロウジュさんがその程度で済ませて許すのは、艦長への愛が深い証だとサンゴウは考えます」


 サンゴウの見解は全く持って非の打ちどころがない程に正しい。シンは神妙に頭を垂れて聞き入れるのみであった。


 ロウジュから緊急回線での通信を受けたノブナガは、母の背後に正座して両の頬を赤くしている父の姿を視界に収めた。それにより、今から何が要請されるのかを察する。父の女性関連なのは確定であり、100パーセント無茶振りが来る。その覚悟は一瞬で出来たのだが、今回のソレは予想を遥かに超えているモノだった。

 ”皇帝用の離宮を寄こせ”と476人にも及ぶ大人数の諸手続きと受け入れ。過去に例がない規模の要請である。母の表情は能面の様に感じられ、完全に作り物の顔から淡々と要請事項が語られる。

 怖い! 恐怖以外の何物でもない感情を必死に抑えこみながら、ノブナガはただただ了承の返答を返すのみの機械と化したのであった。


 父上。一体何をどうしたらこうなるのですか! こちらにとばっちり被害を寄こさないで欲しいです! 心の中でそう叫んだノブナガを責める事が出来る人間は存在しないだろう。そう信じてる。強く逞しく育ってくれ!


 後の世で発見される回顧録に彼は「俺、皇帝なんだけどなぁ」というつぶやきとも愚痴ともとれる記述を残している。そして、更にこうも記していた。「これは最後ではなかった。序の口だった」と。合掌!


 ギアルファ銀河第4惑星。首都星の海上にシンの転移で到着したサンゴウは、50m級と20m級をピストン輸送で使用して、ノブナガが用意した離宮へと476名を移送した。全員の移送が完了した後、シンがノブナガを紹介し、彼女達はイケメン皇帝と面識を得る事となる。そして、ノブナガはミーディアを見て一目惚れしたのであるが、それを他者に知られる事はなかった。誰も知らないし、知られちゃイケナイ! キケン!


 離宮でのアレコレはロウジュの差配でローラ、シルク、ピアンガの3人が1か月程の期間限定で時間に余裕がある限り指導に入る事になっている。ここまでくれば事態はシンの手から完全に離れるのであった。


 そんなこんなが終わって一息つきたいシンは、自宅へと戻る。そして必要かどうかは微妙だと考えながらも、セレンに受けた仕事と経過を説明するのだった。


「と、まぁそんな感じの経緯でこれから傭兵ギルドに結果報告と皇国宛て、教国宛てそれぞれの親書を渡して貰える様に託したら終了だな。セレンは実家に報告したり顔を出したりとかの必要はあるか? あるのなら転移で連れて行くが」


「いえ。下手に顔を出すとまたなにがしかの事態に巻き込まれる気がする。ギアルファ銀河へ移住する事も伝えたし、連絡手段が特にない事も伝えている。今後、実家は傭兵ギルドへ貴方を通じて私へ連絡を取ろうとする事もあるかもしれないが、対処は貴方の裁量に任せたい」


「そうか。では、判断とか対処は任されるとしよう」


 そんな話も終わり、セレンの心理的負担も多少は取り除けたつもりのシンはサンゴウへと戻り、ニュークザイ銀河イプクロン星系第2惑星周辺宙域へと転移する。宇宙港へと入港し傭兵ギルドの支部で手続きを済ませるためだ。


 シンは傭兵ギルドへ渡すべき物を全て渡して、託すべき物も託した。持ち帰った情報も依頼達成と判断されるには足る物であったが故に、報酬もその場で受け取る事となり、お役御免となる。ハズだったのだが。


 こんなこったろうと思ったよ! チクショウ! 


 シンの持ち帰った情報や状況から予測される複数のパターンで追加の依頼が既に用意されており、即座に該当する依頼が出される。関連依頼として継続扱いであり、拒否権がないのが辛い所だ。

 新たな依頼は、あの非武装完全中立地帯として外交窓口となっている場所への護衛依頼である。


 こうして、シンは再びあの宙域へと赴く事になった。


 特殊案件の付帯事項はズルいぞ! 契約書はよく読もう! 昔もこんな事思った気がすると、自身の成長の無さにガックリきたシンなのであった。

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