第66話

 ニュークザイ銀河シクマダウ星系の軍事基地内。


 サンゴウはミーディアの駆逐艦の横に入港し停泊していた。人型兵器に囲まれ物々しい雰囲気だ。外観からしてこの世界の艦艇とは全く異なるのであるから警戒されるのは仕方がない事かもしれないが。


「艦長。エンジン停止を求められています。無い物は停止出来ません。どうしますか?」


「動力は止めています。とでも返答しておけばいいんじゃないか? 事実そうなんだし」


「はい。ではそのように」


 生体宇宙船は機械とは全く別物であり、現物の動作原理を持たざる者が理解する事は不可能だ。艦長であるシンですら、原理自体は理解出来ているのかが怪しい。一応知識的には概要は流し込まれているけれど、かみ砕いて理解しているかどうかは別の問題なのである。


「艦長。事情聴取へ出頭要請がミーディアさんから来ています。それと臨検をその間にしたいとなっていますね。手の内を明かす事になりますが、艦長しか乗組員がいないとして同時進行は拒否でよろしいですか?」


「そうだな。乗艦臨検自体は拒否しないが艦長が立ち会える時に限定するとしておいてくれ」


「はい。返答しました。臨検を優先し、終了後に事情聴取ということになるそうです」


 そうして臨検の人員の訪問を受ける。他人の容姿をどうこう言えるほどシンは容姿が整っている訳ではない。が、モニター上とはいえミーディアを見た後にやってきた臨検員3人を見た感想は、はっきり言ってしまうと、酷い。

 良く言えばふくよか。悪く言えばデブ。冷蔵庫型体型とでも形容すれば良いのか? 顔面もパンパンに膨れ上がっており、お世辞にも綺麗とは言い難い。だが、彼女らが発した言葉はシンの想像を絶するモノだった。


「私達みたいなグラビアモデル級の美女軍団を臨検とはいえ、艦内に招いて同行出来る幸せに感謝するように」


「……」


 シンは絶句して目が点になってしまっていた。


「あら? 美しさに感動して言葉もないようね。まあ当然の事よね。ではさっさと案内をお願いするわ」


 嫌な予感がビンビンしてきていたシンは、勇気を出して雑談に交えて予感の真偽を確かめる行動に出る。


「はい。ではご案内します。ところで臨検が女性ばかりというのは通常の事なのですか? 過去に受けた経験では全て男性ばかりだったので」


「はぁ? 男の仕事は家庭を守る事でしょうが。男を働きに出すような甲斐性のない女は存在価値が無いわ。底辺の仕事にしかつけない女の相手にしかなれない極少数の男ならそういう事もあるのかもしれないけど、男じゃ任される仕事はたいした物は無いわね」


 予感は当たりのようだった。って美醜逆転、女尊男卑じゃねえか! しかも男の数も少ない? シンの予想はヤバイ方向へと流れていた。


「ほうほう。そういうモノなのですか。では美人のお姉さん方はすごいかっこいい男性を伴侶に迎えているのでしょうねぇ」


「当然じゃない。見たいの? 仕方がないわね。見せてあげるわ」


 仕方ないという感じではなく、嬉々として見せびらかしたい雰囲気しかない。そして、所持している端末から画像を選び出し、シンに見せつける彼女。そこにはブタさん。失礼。丸々と太った男が写っていた。

 勿論、シンの美的感覚ではイケメンではない。確定である。


 特に見るべき物がないサンゴウの臨検は直ぐに終了した。強いて言えば念入りに見られたのは珍しい生き物枠のキチョウと格納庫の50m級、20m級、5m級の子機や子機アーマーぐらいだ。艦内で使える武器らしい武器や、サンゴウ用の武器弾薬も無いのだから居住区と艦橋を見せたら終わってしまう。

 臨検に来た3人は「傭兵の船ってよりは客船ね。武装船と言える危険性は無い」と評価して下艦したのだった。

 無知とは恐ろしい物だ。”コレ、サンゴウが聞いてるんだよなぁ”と考えてしまったシンは背中に流れる冷や汗が止まらない。


 ニュークザイ銀河連邦。


 ニュークザイ銀河にデリー達の居た銀河で精神生命体へと昇華した存在が太古の昔にバラ蒔いた生命の種から進化した者達を起源とし、出来上がった国の1つだ。


 ”外部から隔離された宙域で独自の進化を遂げた場合”という精神生命体達が好奇心から作り上げたブラックホールに取り囲まれたこの宙域で誕生し、独自の文化を育んだダークエルフの種族。そして、今の連邦の外部の宙域で宇宙船を作り出す文明を築き上げた人族。

 人族の中から権力闘争が原因で脱出し、逃走したいくつかの一族が逃げ込んだ先はブラックホールの密集地帯の外側に広がる小惑星帯であった。そうして、彼らの生活の初期は小惑星帯を根城としてスタートしたのだった。


 物資の補給源として小惑星帯の資源のみでは長くは続かない。切り詰めても500年が限界であろうか。そんな状況の中、安住の地を求めていずれは旅立つ事になると覚悟していた首脳陣の内の1人が、小惑星帯で産卵と育児をして暗黒宙域へと巣立っていく宇宙獣の一種、宇宙鳩に目を付けた。

 近寄らなければ害がある宇宙獣ではないため、住み分けて放置されていたその鳩は、宇宙空間を移動する渡り鳥的性質を持っていた。目を付けた彼は鳩の後をつける指示を出し、暗黒宙域の内部で安全に通過出来る宙域を特定し、マーカーを設置して行く。


 細々と宙賊行為に手を染めて、小惑星も改造しつつ、マーカーを設置し続ける事200年余。ついに、暗黒宙域であるブラックホールの密集地帯を突破する事に成功する。正に執念の賜物であろう。

 発見された安全な航路を利用して、暗黒宙域の内部への移住を決断した人族は、全員の移住を完了した後マーカーを利用しての侵入者を恐れて全てを破壊し、暗黒宙域の内部に引き籠って独自の発展を遂げて行く。

 その過程で先住民族のダークエルフに邂逅したのだった。


 ダークエルフ達は文明の発展度で言えばまだ宇宙へ進出できるレベルではなかった。とある惑星の一部で独自に文化を形成していたのであるが、人族と科学文明の流入により、蹂躙、屈服させられ、その生活は消滅する事となる。


 そして、この宙域では美醜のパラダイムシフトが起きる。いや、人為的に起こされたと言うべきであろうか。

 長年小惑星帯で細々と生活し続けた人族は物資に余裕がある訳ではなかったため、食生活は貧相にならざるを得なかった。つまりガリガリに痩せている者が多く太っている者は皆無の状況だ。

 そして彼らは逃げ出した者達の末裔であるのだが、基本的に容姿が整った者は逃げ出さなければならない状況に追い込まれるケースが少なかった。故に彼らは遺伝子的には不細工の集団であったのだ。

 そういった者達が顔面偏差値が飛び抜けている種族と邂逅し、屈服させる。ダークエルフには性的な奴隷となる道もあったのかもしれないが、双方にとって幸か不幸かその道が選択される事は無かった。

 この世界で子供は必ず母親の種族として生まれてきてしまう。性奴隷化してそれに溺れれば、人族は種としてはダークエルフに乗っ取られてしまう事になるため、彼らを下に扱い、美醜の価値観を変化させ固定させる選択がされたのだった。

 その過程でデブが好まれガリが嫌われる価値観へと変化がもたらされたのである。ダークエルフは種族特性として、太る事が体質的に不可能であるため、その部分も都合が良かったとも言える。

 そうした事が何千年も続いた結果が今の連邦なのであった。


「これから事情聴取を行う部屋へ同行する。準備は良いか?」


 ミーディアは視線を合わせることなく少しうつむき加減でシンへ声をかけた。


「ああ。特に準備する物もないしな。身1つで行けば良いんだろう?」


「そうだな。下手に護身用武器などを持つと警戒されるから丸腰の方が良いと思う」


 外見は手ぶらでもシンは収納空間に色々持っているため、実態は丸腰でもなんでもない。その上で勇者としての身体能力も魔法もあるのだから、正にチートの権化である。


 そうして、事情聴取が行われた。この国へ来た目的の確認が、話の方向性を変えた上で何度も行われる。同じ事を別の方向性から繰り返し聞き出し、返答内容に齟齬が無いかを調べる目的なのは理解出来るが、それを理解している自分へのその行為は有効であるのか? と疑問に思わざるを得ないシンである。


「国外退去はまぁ当然だろうから受け入れる。安全確保のために外部宙域への同行と外部宙域へ出た後、航路データの引き渡しと消去。これもまぁお宅らの国防という観点からの要求なのも理解は出来る。だがな。俺は俺で傭兵の仕事として調査依頼を受けている以上、なんの情報も持ち帰らない訳には行かない。そして、危険な宙域を抜ける航路のデータは俺が自力で苦労して作り上げた物だ。まさか、実効支配していないブラックホールの密集地帯を領土だとは言わないよな? つまり、それを取り上げる権利はお宅らには無いよな? で、あればだ。落しどころについて話し合いたいと考えるが、それが出来る立場の人間を出してくれないか?」


「ふむ。君は自分の立場を理解しているのかね? ここで君を処分する選択を我々がしないとでも考えているのか?」


 目の前の事情聴取という名の尋問を行っていたゴリラは。失礼。女性は威圧的な態度のままそう口にする。


「ああ。理解しているとも。実力の差って奴をな。俺が交渉を持ちかけるに足る実力を持っていないと判断している事が哀れだな。逆に聞くぞ。あんたら程度の実力で俺の命を左右出来るとでも思ったのか? そういう出来もしない事を言わない方が良いと思うぞ?」


 シンは警戒して手を付けていなかった飲み物が入った金属製のコップを彼女らに見せつける様に握り潰す。

 強度からして握力が200kgあってもちょっと変形させるのがやっとのそれを、原型を留めていない物体へと変化させた事で彼女らは目の色を変えた。


「はっきり言ってやろうか? 俺は身1つでこの軍事基地の全てを蹂躙出来る。だから余裕があるんだ。そうでなかったら、態々面と向かって話をする危険を冒すはずがないだろう? 話をするだけなら艦内にいてモニター越しで通信をすれば事足りる。そして、どこかで今見てるんだろう? 俺が話を出来る相手がさ」


「生身の人間である以上、身体能力が瞠目に値するほど高くあろうとも、それだけではこの基地の全てを蹂躙などとは大言壮語だとは思うが、まぁ良い。どこかでは見ていない。目の前に居る。君の考える落しどころとやらを聞こうじゃないか」


 シンは目の前のゴリラ。元い、女性がこの基地の司令だと知らされて驚きはしたものの、いくつかの提案をして話し合う事となる。

 結局の所、双方の国が知りたい最初の一歩はお互いの目的なのだ。ならばそれをお互いに知る外交チャンネルを持てば良い。シンの提案はそれを達成する物として出され、基地司令の修正案が出されて叩き台となる物が出来上がった。後は国としてその案を認めるかどうかの問題となり、これはこの場で答えが出る類の物ではない。

 シンはサンゴウへ戻り、最終的に持ち帰ることが出来る返事を待つ事になったのだった。


「ミーディアは何故俺に付きまとってるんだ?」


「権限の及ぶ範囲で身の安全を守るためだ。それ以外に理由が必要か?」


「そうか。てっきりその”掛けられてる呪を何とかして欲しい”が目的だと思ったのは俺の勘違いだった様だな。すまんすまん」


 シンは呪についてが理由ではない事を知っていながらも、簡易鑑定で見た情報からカマをかけて反応を試した。


「呪の事を知っているのか。私達の種族はこれで縛られている。どうにもならないさ」


 ミーディアは驚きと諦めた口調で悔しそうな表情を浮かべる。


「その呪だと種族がいずれ滅ぶだろうな。男性への嫌悪感の増幅と男子が生まれない、そして生まれた子供への呪の継続か。子作りを阻害し、出来た子供には自動的に同じ呪が掛かる。誰がやったか知らんがタチが悪いな」


「元は200万人ほど人口が居たんだ。だが、世代を重ねて今ではもう500人も居ない。そう絶滅は遠くないだろうな。それに術者は既に死んでいる。誰にも解呪など出来んさ」


 呪術はダークエルフの族長一族の秘匿技術であり、人族の流入時に狡猾に立ち回った者がそれを欲して、彼らに離間の計を仕掛けた。

 ダークエルフ内の内部分裂、対立を煽り立て、絶望に陥れられた族長一族に連なる1人が種族全て滅んでしまえ! と自身の命を触媒に呪を掛けたのである。


「そうか。仮に解呪出来たとしたらどうするんだ?」


「それは私だけの話か? 全員解呪されたらの話か? まぁどちらでも無意味な仮定だがな」


「そうだな。両方のパターンで聞いておきたい」


 そんな事を聞いてどうする気だ? と怒りの視線を向けつつもミーディアは答える。


「私だけなら解呪は拒否するだろうな。全員解呪された場合はこの国からの逃亡を考えると思う」


 こうして、ミーディアから聞いた彼女の考えに満足したシンは、彼女達を救う決断をする。”だーくえるふさんが滅ぶだなんてとんでもない!”と考えたからではない。ないったらない。

 手の届く範囲で見捨てる事は気分が悪いという、単なる我が儘というか気まぐれである。いいね?


 この地の基準の美女軍団の接待とか受ける状況じゃなくて良かった! そしてこの地の基準で俺イケメンじゃなくて良かった! と心底ほっとしていたシンなのであった。

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