第65話 放浪編2

 ニュークザイ銀河ブラックホール密集宙域。


 サンゴウは無数に存在するブラックホールの隙間を抜ける様に、進路を細かく頻繁に変更していた。 出口が本当にあるのか? 折り重なる様に存在するブラックホールの離脱限界点の外側を航行し続けるサンゴウの行為は、宇宙空間を舞台とした巨大迷路の内部を彷徨う様相を呈していた。


 時系列が少し戻る。


「賊の支援国家?」


「ああ。ニュークザイ銀河の星雲には広範囲に不自然に光が通って来ない宙域があるんだ。その外側には万遍なく取り囲むように小惑星の密集帯があってな。そこが賊の巣の様になっている。とは言ってもそれがまた範囲が広くてな」


 セレンは気乗りはしない事ではあるが、実家を通じて出された要請をシンに伝えている最中だ。


「話が見えてこないんだが?」


「要は小惑星帯に賊がたくさん潜んでいて、その奥にある宙域に賊へ物資を供給している国家が有る様なんだ。年々賊の規模が大きくなり、武装も充実して行く。皇国としては、最初は神聖ニュークザイ銀河教国が支援しているのだと思っていたのだけれど、係争宙域の件で休戦条約を結ぶ事になっただろう? 休戦するのだから武器の供与で支援するのは止めにしてくれと申し入れしたのさ。そうしたら、向こうは逆に皇国が支援していると思っていた事が判明した。情報をすり合わせたところ、第3の国家規模の物が小惑星帯の後方にある様なんだ」


「そこは理解した。けれど、それをセレンが俺に説明しなければならない理由がわからない。表情から察するにしたくてしている話じゃないんだろう?」


 鈍感残念勇者であっても、露骨に表情に出てしまっているセレンを見れば、何かそうせざるを得ない事情があるのだろう位は察する。


「そうだな。私は子供が望めない身体になったから、実家の子爵家からは継承権をはく奪されて代わりに伴侶を選ぶ自由を貰っていたんだ。要は廃嫡だな。だが、貴族籍自体は残されていた。除籍したいのが本音だろうが、原因が原因だけにな。家としての体裁もあるから。で、籍が残っている以上婚姻には報告の義務がある訳だ」


 シンとしてはギアルファ帝国の国民としての登録を行って嫁にした以上、セレンはニュークザイ銀河皇国と縁が切れる物と思っていた。実際、マレーユからは彼女は家から出され、実質絶縁状態だと聞かされていた。まぁ、マレーユも他人事ではなく同じ立場な訳だが。


「報告の義務はあっても事前の許可が必要な訳じゃない。だから、事後報告の形を取った」


 気まずい表情は丸出しのセレンは更に言葉を続ける。


「私は皇国から見たら外国へ嫁ぐ事になったのだから、除籍の手続きも必要になったんだ。で、シンの出身と名前を手続き上、書類に記載した事で、”傭兵シン”と強力なつながりがある事が皇国にバレた。家を通じて圧力が掛かった。そういう事だ。両親に対しては思うところが色々あるのでそれだけなら無視するのだが、下に妹が居て入り婿を迎える事になっているんだ。そちらへも圧力がかかってな。すまない」


「国からの事ならマレーユ経由じゃ。あ、そうか。マレーユへは連絡手段が無いのか」


 マレーユは皇族籍から抜け、サンゴウを住居として登録した一般人となっている。書類上は夫であるシンの国籍へと変更されているため、皇国国民ですらない。国民ではないため、納税義務も所在を知らせる義務もない。つまりは、ギアルファ銀河へ移住していても全く問題がないどころかギアルファ銀河帝国の国民になっているのだから住居を移していても当然なのだ。

 血縁という意味においては実父である現皇帝のみは健在だが、政治的に利用される事が無いよう、父としての配慮で除籍と同時に存在の全てを隠匿してしまっていた。


 平たく言えば皇国は傭兵のシンにどうしても頼みたい仕事が出来た。だが、傭兵ギルドへ連絡を頼んでも所在が不明。さてどうしたものか? の状態の所へセレンの事が偶然伝わったのであった。


 そして、セレンは状況の説明を再開する。


「あくまで、仮定の話なのだが、星雲の一部を塗りつぶす様にぽっかりと空いている空間を支配宙域とする国家だと仮定すると、ニュークザイ銀河皇国と同規模の支配宙域を持つ事になる。それをA国と呼ぶ事にするが、星雲の全てであろうと考えられる範囲に対して、支配領域の割合で考えると皇国2.5、教国2、A国2.5何処にも属していない未開拓宙域3の割合になるんだ。未開拓宙域にはA国を覆う小惑星帯が含まれるんだが、小惑星帯だけを賊の支配宙域として見た場合、3のうちの半分の1.5がそれに相当する。これはそのまま国力の割合と考えて貰って良い」


「つまりなんだ? 直接砲火は交えていないが新たに同規模の仮想敵国と言えるモンが出現したから調査したいと? で、傭兵の俺にそれをやらせたい。そういう話な訳か?」


「ああ。そういう事だ。軍の偵察部隊をいくつか出したのだが、賊に襲われて調査どころではなくなってしまう結果になったそうだ。本来なら、賊を一掃する程の戦力を抽出して向けるべきなんだが、賊自体が新興国家の規模になりつつあってな。手を焼いているんだ」


 事情はわかった。軍が困っているのもわかる。だが、そこで何故傭兵の俺を担ぎ出そうとするのか? 疑問に思うシンの感覚は正しい。


「軍の仕事だと考えているだろう? だがな、軍の上層部に最近栄転したあの中将が居るんだぞ? 彼はおそらく、あの時の戦闘推移の記録を説得材料に使ったはずだ。そして傭兵を使っての実績、いや言い換えるべきだな。成功体験がある」


 つまりは、係争宙域で小惑星を食い潰しての実体弾連射が原因である。付け加えるなら弾の原料が目の前に山の様にある宙域だからだ。その上、”被害皆無”でサンゴウのみで1個艦隊規模の敵を相手取り、甚大な被害を与えて敗走させられる戦闘力を持つ事が既に証明されている事もある。


 皇国の軍上層部の結論は、防衛軍が持つどの艦よりも、どの部隊よりも、”傭兵シンが保有する戦闘艦サンゴウがこの強行偵察には適任である”となった。


 確かに、サンゴウには小規模で部隊を出して情報を得たい場合で、尚且つ、”敵の攻撃を受けた場合でも帰って来る事が期待出来る戦闘力がある”という条件を満たす性能がある。故に、結論が間違っているとは言えないのだ。


 根本的に「そこ、傭兵に頼って良いとこか?」という正論が出なかった! 知らなかった! 事にして目を瞑れば。


 そんなこんなで、シンはセレンが持ち帰った依頼内容をざっくり聞いて、傭兵ギルドに顔を出して詳細を確認し、条件を詰めてお仕事を受けた。


 そうして冒頭の宙域の部分へと繋がって行くのである。


「うーん。MAP魔法と探査魔法で内部に星っぽい物があるのと動きから見て宇宙船かも? という物があるのはわかる。だが、このブラックホール群とでも言うべき部分を抜ける道は判別出来ないんだよな」


 MAP魔法は原理不明であるけれど、星系の名前がわかってしまう魔法なだけに恒星とそれを取り巻く惑星が複数存在している事だけはわかる。だが、ブラックホールの高重力の影響範囲などわかる訳がないのだから当然だ。


「そうですね。手探りで進むしかありません。内部の文明が外側とどう交流しているのかが疑問ですけれども」


「それも含めて調査って事なんだろうけどな。ま、行けばわかるさ」


 心の中では某有名レスラーのあの方の言葉を反芻しながら「ダァー」のネタがしたくなってきているシンだった。

 ちなみにキチョウは特にやる事もないので優雅に午睡のお時間となっている。


 そんな感じで行き止まりで引き返すなんて事を繰り返しながらも、ついにはブラックホールの迷路を抜ける事が出来た。一度抜けてしまえばシンには転移という反則技があるため、防壁としてはもう役に立たない存在に成り下がるブラックホール群ではある。


「ふぅ。やっと普通に星々の光が見える宙域へと来れたな」


「はい。皇国の艦艇の速度で最適ルートで航行した場合、片道60日前後が必要ですね。なかなかに厄介な宙域と言えるでしょう。直進する光が抜ける場所が無い様に隙間なくブラックホールが配置されている事には作為があると考えられますが、ではどうやって作り上げたのかとなると方法論が全くわかりませんね。人工的に作られた物であるならその技術には興味が有ります」


「ま、そのへんは追々わかって来る事もあるだろう。とりあえず、進路は一番近い恒星の星系へと向けてくれ。MAP魔法からの情報ではシクマダウ星系って名称になってる」


「それでは進路をシクマダウ星系に向けます。艦長。こちらへ向かってきている船がありますがどう対処されますか?」


 この宙域に侵入した経緯を考えると、外部からの来訪者を想定しているとは思えず、どう考えても排他的で、敵対行動を取って来る相手であるとしか思えない。だが、だからと言ってこちらから攻撃して敵対する必要は今のところない。”セレンと遭遇した時と同じで良いか”そう結論を出すのに必要な時間は0.1秒にも満たなかった。


「撃って来ると思う。もし、先行して交信があれば繋いでくれ。こちらは俺のシールド魔法での防御のみで行く。回避行動はなしで良い」


「はい。ではそのように」


 予想通り撃って来る艦。サンゴウの判定基準では駆逐艦のそれであり、技術レベル的には皇国の防衛軍の艦艇と大差ない世代の物だ。シンのシールド魔法を貫ける攻撃手段を持つはずもなく、展開的にはセレンの時とほぼ同じ様な事になるのは予定調和なのだろう。


 所属不明艦扱いをされていたサンゴウは問答無用の撃沈での排除対象から、撃沈が不可能と見ての交渉相手へと成り上がる。

 シンとしては予想通りではあるものの、日本人的感覚が残っている身としては”事前警告がないのがデフォってどうなんだよ?”と思わなくもないのだが、警告して先制攻撃の機会を逃す愚か者はこの世界では滅多にいない。完全に前提となる常識の差というものである。

 ちなみに、サンゴウもどちらかというとそちら側であって、シンの価値観が異端なだけだったりするのだが。


「ここは、ニュークザイ連邦のシクマダウ星系軍担当宙域だ。何処からどうやって侵入して来た? そして、侵入してきた目的を明確にせよ!」


 どう見ても顔立ちは美しいエルフ女性に見える容貌を持つ人物からの通信はそんな感じであった。但し、肌の色は薄い黒で、体つきはロウジュと比べると(これ以上はいけない!)ゴニョゴニョだ。ってダークエルフじゃねぇか! シンは声に出して叫ばなかった自分を褒めたい気分になっていたりしたのだが、それは絶対に他者に知られてはいけない秘密である。


「ニューグザイ銀河皇国の傭兵シン。傭兵ギルドからの未知の宙域についての調査依頼の一環でここへ辿り着いた。結果的にそちら側から見れば不審な所属不明艦の不法侵入に該当する状況になった事については謝罪したい。当方に交戦の意思はない。但し、不当に拘束を受ける気もない。可能であれば情報提供を受けた上で退去したい。調査依頼なのでなにがしかの情報は持ち帰りたい」


 嘘も方便というやつである。ブラックホール群の内部に国家規模の文明がある事は予想されており、その調査に来た訳だが、ここは未知の宙域であり、その調査だと言っても間違いではない。所謂、”全てを語っていないだけ”という事だ。


「貴様が言っている事はおかしいな? 外の連中と交流があるが、彼らはこちら側に来られる技術を持っていない。そして、小惑星群を突破して侵入しようとする者については排除協定を結んでいる。もう一度問う。何処からどうやってここへ来た?」


「信じる信じないはそちらの勝手だがな。この艦は俺だけの特別製で、性能は比類なく高い。それは先程の攻撃を受け切って無事な事で、ある程度信じて貰えると思う。艦の性能頼りで、ブラックホールの隙間を縫う様に航行したらここへ辿り着いた。それだけだ。小惑星群を突破する際には確かに攻撃を受けた。だが、彼らはニュークザイ銀河皇国の艦船を襲う賊であるので攻撃してきた艦は全て撃沈した。自衛戦闘であり、問題はないと判断している」


 ミーディアはシンの返答を聞き悩む。ニュークザイ銀河皇国の技術としてここへ到達出来る様になったのであれば大問題だからだ。

 そして、大元が外の文明から逃げ出して安住の地としてこの宙域で発展してきた国が今の連邦である。

 連邦の存在がニュークザイ銀河皇国に知られた場合どうなるのか? 既に状況はミーディアの判断で決めて良い事態ではなくなっていた。


「私の判断権限の範囲を超えているな。処遇についての確約は出来ないが、権限の及ぶ範囲で危害が加わらないように努力する。シクマダウ星系軍基地への同行とそこでの事情聴取に応じて貰いたい。今更であるがまだ名乗っていなかった。私はミーディア。階級は少佐。この艦の艦長だ」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。想定される最悪の事態に陥っても転移という逃亡手段がある以上、シンにミーディアの要請を断る選択はない。


 こうして、サンゴウはシクマダウ星系の軍事基地へと向かった。


 エルフ、獣人、そしてここへきてダークエルフとの邂逅。ドワーフさんだけが出て来ないのは何故なんだー! 未だ遭遇しない”のじゃロリ幼女”枠へ、思いを馳せるシンなのであった。

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