第72話
イオイータ銀河ファイロー星系3番惑星周辺宙域。
サンゴウはイオイータ連邦の首都星があるニューロー星系を出発し、ゆっくりとした速度で5日の時間を掛けてリゾート惑星があるファイロー星系に到達していた。
この星系の第3惑星がリゾート地として改造された惑星となっており、自然豊かで風光明媚な環境を保っている。それでいて、文明的な便利さも確保しているのだから金持ちの道楽として遊びに来る場所としては最高なのである。
尚、サンゴウが速度を調整したのは、艦の性能を大っぴらに見せつける気がないからだ。もっとも、首都星で20m級の卓越した性能を既に見せつけているため、何を今更という感はあるのだが、サンゴウ本体の速度性能や戦闘関連の性能を開示するかどうかは別物なのである。
「艦長。サンゴウはどこで待機する形にされますか?」
「えーと。大気圏内の飛行性能を見せつける気あるのなら、降下手続きをこの艦で。そうでないなら衛星軌道上で待機で20m級で降下する。サンゴウの希望する方で良いぞ。宇宙港に入っての待機は嫌だろ? 無駄にお金も掛かるしな」
「そうですね。では、衛星軌道上での待機を選択します。絶対何か起こりますからそのほうが対応出来る選択肢が増えますので」
サンゴウはあっさりと自身の方針を決定する。宇宙空間と惑星内を子機の使用も含めて隈なく監視体制に置き、不測の事態に万全の対応をする気が満々だ。
それはそれとして、どうするのかが決まったのでさっさと宇宙港へは入港しない連絡を済ませる。そして、自前のシャトルで4人と1匹が降下するという内容で手続きを開始していた。20m級で降下して良い場所の確認や検疫関係など、必要な諸手続きはそれなりに多く煩雑ではある。
「なんかこう、トラブルメーカー的な扱いをされると釈然としないんだが。今まで色々あった事は事実だが、俺が原因で起こったってのはあんまりない様な? 基本、巻き込まれ系だと思うんだが」
「安心して下さい。艦長はそういう運命を背負っているのです。確率的にはあり得ないはずのモノを引き寄せているのです」
シンはサンゴウに運命だと言われてもどうにも腑に落ちない。だが、滅多に遭遇する事がないモノに次々と遭遇しているという事実は動かない。成り行きに身を任せている部分でそうなってしまうのだからどうしようもないのである。
「今度から、何か見つけても見なかった事にしてスルーしたり、転移で逃げてしまうっていうのはどうだろうか?」
「物事の状況によりますが、救難信号系は傍受したら、自らに危険がない限り助けなければならない事になっています。しかし、艦長の場合はそもそも未知の言語が理解出来る時点からおかしいのです。”何かの信号は受信した。けれども何だかわからないのでスルーしよう”とはならない部分が問題ですね。もっとも、艦長が聞かなかった事にするという方法もありますけれど。しかしながら、サンゴウが知る艦長の性格を加味すると、『知ってしまったら見捨てるのは気分が悪い』と言い出すのが確定事項だと考えます」
サンゴウは自身の性能を棚上げして、全て艦長のせいだと言わんばかりの発言をしている。確かに取り得る行動の選択の決定をしているのはシンだ。それは間違いない。
だが、いくら勇者であっても、高速で移動中の宇宙船を破壊する事なく鹵獲するのは不可能だ。そして、仮に鹵獲が出来たとしても、その後の対処も含めれば勇者としての能力だけで出来る事は限られている。
つまり、実質的にはシンとサンゴウのそれぞれの能力がなければ、面倒事に巻き込まれに行く事すら出来ないのが現実である。
「サンゴウさんも貴方も、何を不毛な責任の擦り付け合いの様な話をしているのですか。色んな事を見聞きするのが目的で旅に出ている以上、遭遇した事態はどちらか片方に責任がある話になるはずがないでしょう。但し、貴方が新しい女性と妻を増やす感じで係わるのは、サンゴウさんの責任ではありませんけどね」
シンはロウジュの発言の後に無いはずの「フフフ」が聞こえた気がしていた。そして、サンゴウとキチョウは、”今は絶対に発言してはイケナイ場面だ”と雰囲気で察知した。彼らは生物としての本能が最大限の警鐘を鳴らしているのを感じていて、沈黙を保ったのである。
ロウジュさんには逆らってはいけない! いいね?
そんなこんなのなんやかんやがあっても、目的の惑星の宙域に到着し、降下の諸手続きが完了すれば、やる事は20m級で予約した宿泊施設に向かうだけである。
4人と1匹はそうして、宿泊施設がある場所に到着し、アンドロイドの執事やメイドからの歓迎を受けていたのだった。
このリゾート惑星では環境への負荷を避けるという目的から、AI制御のアンドロイドが接客の全てを担っており、お客様以外の人間は惑星上に一切存在しない。そして、見た目は人に見えるアンドロイドだけではなく、動物や植物などに擬態したロボットも多数配置されており、それらは全て緊急時の荒事対処用に武装もしていたりするのであった。
尚、有人対応がどうしても必要な部分は、宇宙港とそこに併設されているコロニーの職員が担う。通信での対応が基本となるが、状況によってはシャトルで地上に降りての対応をするケースもある。
「って、着いて一晩でこれかよ!」
シンのシールド魔法を貫ける攻撃は出来ていないので、問題ないとまでは言えないかもしれないが、一応安全は確保されている。それはキチョウを付けた母娘の方も状況は同じだ。
夜明けが近く、空が白み始める時刻になった時、それは突如として起こった。アンドロイドやロボット同士の戦闘が始まっていたのである。
昨日の朝にこの地に降り立ったシンとその一行。ちょっとした手荷物以外は勇者が全員分の荷物を収納して持ってきていたため、滞在予定が30日間となっている割には所持品が異常に少なく見える。
だが、その異常な様子をAI達は現地購入現地廃棄のお金持ちの行動だと捉えていた。それ故に、購入打診があればお勧めする商品のリストアップを即座に並行して開始していたのである。もっともそれらは全てが無駄になるのであるが。
滞在予定の予約した部屋へ案内された後、シンはロウジュとの混浴温泉も美女3人(但し、小人族2名を含む)の水着姿も堪能し、一応リゾートっぽいイベントは初日だけは消化出来た。出来たのだが、勇者シンにそんな平穏が続くはずはないのである。
当然の予定調和で、シンとサンゴウが緊急報告としてキチョウの勘が危機を告げている事を、知らされたのはその日の夜の話だ。
キチョウの勘では”明確に何が起こるのか?”までがわかっていた訳ではない。そのため、シンは寝室を共にするロウジュへの守りを、シールド魔法を室内で常時展開する事で対応。ティーニア達にはキチョウを同室にして貰って、守りを任せる形でなにがしかの起こる事態に備えた。
サンゴウからは「艦長、転移で夜間だけでもサンゴウ内で過ごしてはいかがですか?」という提案もあったのだが、「せっかく来たリゾート地なのにそれはどうなんだ?」という点と、護衛対象である2人にどこまでシンの能力を見せるのかという問題もあった。
それを聞いていたキチョウは、”荷物の運搬で能力の一部は見せてるからもう良いじゃないのー。ほんとニンゲンってメンドクサイ”と考えていたが、それを態々口に出す事はなかった。ペット枠の行動としては正しい姿である。
ちなみに、サンゴウが逐一状況を把握出来ているのは、以前に作られたシンが肩に着けている専用の子機装備のおかげだ。
そうしたアレコレがあって夜明けを迎えた訳だが、その時には前述の状況に陥っていた一行なのだった。
「サンゴウ。AI同士? 機械同士? どういう表現が適当なのかはわからんが、戦闘が始まっている。確認出来ているか?」
「はい。惑星全体の監視網を構築してありますので、上空からの光学映像確認で把握出来る部分については。建物内や地下で起きている事については未確認です。宇宙港とコロニーでも異常事態の発生は把握出来ている様です。大量の通信波が飛び交っていますね。それはそれとして、艦長。やはり、運命には抗えないのですね」
「それについては言いたい事はあるが、今はそれを議論している場合じゃない。で、何でこういう事態になっているのかはわかるのか?」
シンとしては防御に問題がないのでまだ余裕はある。彼や超越した龍族からすれば、現在の状況の把握とどこまで介入するのかの話となるのだ。
ぶっちゃけると、攻撃を受けて破壊された部屋からティーニア達を連れて来て合流したキチョウからは、「マスター。戦闘をしている機械全てを問答無用で破壊して良い?」と許可を求められているまである。
だが、執事型やメイド型のアンドロイドも、色々と擬態していたロボット群も、このリゾート惑星を管理運営している団体の資産なのだ。それらに襲撃されての自衛戦闘という言い訳が出来るのであれば話は別なのだが、それが出来ない状況での無差別破壊を許可するのは不可能。
もっとも、シンが開き直って全てを弁償する覚悟まで決めてしまえばなんでも出来るのであるが、現時点ではそこまでの覚悟はないのである。
「通信波の傍受で、宇宙港やコロニーにいる管理者達は、AIの暴走という判断を下しているのがわかっています。が、サンゴウの判断は別です。何かに乗っ取られている。或いは、ハッキングでの遠隔操作又は独自のAIに書き換えられた辺りが有力な可能性と考えています」
「乗っ取られているのとハッキングが別扱いなのは何でだ? ハッキングで乗っ取られているって事で同じじゃないのか?」
「物理的に融合している形で乗っ取られている可能性がありますので。それは別で考えています」
説明されれば納得の話である。シンもサンゴウも、最初のフタゴウの時の事を忘れてはいない。
シン達は鉱物生命体であった彼らを宇宙獣としてしか認識してはいないが、帝国軍の艦艇を乗っ取っているのを確認しているし、サンゴウですらも浸食されかけたという事実があった以上、同種の物理的な話が存在してもおかしくはないのだ。
そして、まだ誰も事実として確認出来ている訳ではないが、融合して乗っ取られているという予測は結果的に正しい。
この銀河で発生した新種の細菌型宇宙獣が原因なのだが、その正解に辿り着くには単に必要な情報が不足しているだけというのが現状なのである。
「現時点で、地上側の受信と発信を受け持つ施設の全てが正常に稼働していません。つまり、宇宙からの個々のアンドロイドやロボットのデータ的な意味での状況把握と、停止も含む全ての命令コードを届ける事が不可能になっています。技術レベル的に、個体1つ1つに直接送受信が行える機能を盛り込めなかったのが致命傷と言えますね。予備も含めて全ての送受信施設が使えなくなる事態を想定しろとまで要求するのは酷な話かもしれませんが」
「えーと。各自で自立モードで稼働中って事で良いのか?」
「はい。個々のAIが独自に判断して行動しているはずです」
”自立行動出来る様にしておいて安全装置として機能させるのか? それともこういう事態の時は全て停止する様に設定しておくのが正しいのか?”は微妙なとこだなとシンは考えていたが、そんな事を考えても今の事態が何も解決しない事に直ぐに思い至る。
「護衛依頼を受けていただいてありがとうございます。キチョウさんを付けていただいていなかったら、私も娘も死んでいた事でしょう。滞在していた部屋は原型を留めていませんから」
ここまでじっと聞いているだけだったティーニアの母であるアーニアは、シンとサンゴウの会話が止まったタイミングでお礼を述べた。
筋力的な意味では人族に勝る小人族は身体能力自体は高い。だが、そういう種族が客となって訪れるこの惑星にいるAI制御の機械群は、客が暴れた場合にそれを鎮圧出来る性能が必要となる事が考慮されて作られている。
つまり、それらが敵対行動に出た場合、抵抗して切り抜ける事が出来るだけの能力を自身が持ち合わせていない事を彼女は理解していた。娘の方はどうだかわからないが。
シンにきちんとお礼を言って、感謝の気持ちと”貴方の指示に従うから守ってね!” という意思を示すのは必要な行動であったのである。
「艦長。20m級が攻撃を受けています。防御フィールドを張り続ける事は出来ませんので一旦回収します」
「了解。再度降下させる場合は教えてくれ」
こうして、シンのリゾート満喫計画は1日で終了。謎の戦闘に巻きこまれる事態へと突入した。
様子見で待機中の彼らの部屋の前に、破損度合いが酷いメイド型アンドロイドがやってくる。彼女に彼らへの敵対の意思はない。破損により対応可能な事柄がほとんどなくなったため、お客様を守るために弾除けの盾となる事を最後の仕事として選んだ個体だ。その行動と精神性に感動し、容姿も含めて気に入ってしまったシンなのであった。
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