第59話

 ニュークザイ銀河オミシロン星系第4惑星衛星軌道上。


 サンゴウは係争宙域から帰還行動へと移行してこの宙域へ来ていた。艦隊司令官の少将が戦闘終了宣言を発したためである。

 即座に、係争宙域から離脱し、その宙域に居たどの艦よりも早く第4惑星へと戻って来ていた。


「サンゴウ。どうせ揉めるのは避けられないだろうから、戦闘データと映像記録、探知による敵の推定撃破数の推移。まだ他にもあれば判断は任せるが、サンゴウが上げた戦果を客観的に証明出来る証拠を提出用に纏めてくれ」


「はい。既に作成済みです。どうされますか?」


「もう作ってあったのか。さすがだな。ではそれを依頼報酬の請求と共に傭兵ギルドへ送付してくれ」


「はい。そのように」


 時系列は少し戻る。


「司令。敵は撤退を開始しています。ですが、追撃が可能な位置に就く事は不可能です。進軍停止と敵の撤退終了を確認後、戦闘終了宣言を発令する事を具申致します」


「ふむ。作戦参謀。1つ確認をしておこう。私は戦闘開始を発令した記憶が無いのだが、それについては間違いが無いか?」


「はい。相手の出方次第で艦隊機動を変更し、ある程度艦の配置宙域が確定した時点で発令される予定でしたので。予測では現時刻の30分後辺りでそういった状況になると考えられていました」


「そうだな。貴官の先の発言に対し、戦闘開始を発令していないのに終了宣言を発令する事はあるのか? と疑問に思ってな。だが、区切りとしては必要か。全艦進軍停止。参加傭兵にもそれを伝えろ」


 進軍停止が発令され、敵の動静を注視していた時、セレン少佐からの通信が入る。内容は謝罪からであった。


「司令。事後連絡となり、申し訳ありません。参加傭兵のシンからの申し出があり、戦闘艦サンゴウによる戦闘行動の許可を出してしまいました。サンゴウは現在も攻撃中です。先程の発令にサンゴウのみ交戦継続を追加して下さい」


「貴官に戦闘行動の許可を出す権限は無いはずだが。しかし、今はそれを問う時間が惜しい。サンゴウのみの交戦継続許可を発令する。先の発令からこの発令までの間に、サンゴウに戦闘行動に伴う前進が有った場合は準備行動期間として扱う。命令違反扱いではない。記録しておけ。急げよ。それと、セレン少佐。今回の件は戦闘終了後報告書を提出する様に」


 セレンはシンとの交信の後、司令への通信をする努力はしていた。

 しかしながら、直通での通信を司令の側近達にのらりくらりと阻まれる。そうこうしているうちにサンゴウによる砲撃が開始され、短時間で敵が激減して行く状況の変化に司令の側近達は対応で追われた。結果的に待たされていた彼女の通信は事後報告の形になったのである。

 まぁその間に彼女も絶句状態になっていたりしたが。


 尚、セレンは伝言での伝達を頼んだ部分もあったのだが、そちらは途中の段階で止められて握り潰されていた。お飾り女性士官は傭兵の受付窓口だけをしっかりやってろ! 指令に態々急ぎで報告する様な重要案件がある仕事じゃねーだろ! と軽視されていたのが原因であった。


 サンゴウの交戦中にはその様な事態で防衛軍と傭兵は推移していた。

 そして、砲撃を終了後にサンゴウが防衛軍の集団へと進路を向けた事が確認された時点で、戦闘終了宣言が発令されるに至る。

 後は監視用の艦艇を少数を残し、凱旋帰還する手筈を整えるだけである。


 サンゴウは先に帰ってしまうけどね!


 そうして、冒頭の状況へと繫がって行く。


「わーお。期待の新人君の依頼報酬請求が来ましたよっと! 予想より早過ぎるけど。さてさてどんな……」


「……」


「おい。どうした。お前ら2人が沈黙するって。そんなに酷い内容なのか? 戦果0で参加報酬のみとかか? 参加取り止めで依頼受注の取り下げか?」


 異変を感じた支部長が後ろから声を掛ける。


「逆ですよ! コレ。信じられない。戦艦を主体として巡宙艦、空母、砲雷撃艦を約4千隻。カウントして貰えるかは不明として添えてあるのが宇宙バッタ1万を完全殲滅。1隻の戦果じゃないですよ。コレは。新人君だから間違えて戦場全体のデータを送っちゃったのかなー。あははー」


「貴方ねぇ。よく見なさいよ。この戦闘推移の記録。この新人君の艦以外は戦場に着いてないわよ。というか、ナニコレ。この距離で攻撃してるの? 通常の5倍以上離れてるじゃない。実体弾を使ったのね。ってビームと違って減衰はしないだろうけど、傭兵の艦単独で撃てる数なんて知れてるでしょう。それに、当てるのが無理よね」


 2人の話を聞いてそれを覗き込んだ支部長は直感的にヤバイと感じた。これ参加してる事になってる他の傭兵達、”何もしてないぞ”と。

 そして、受付嬢の見解も正しい。実体弾は搭載量に限りがあるので撃てる数が制約される。ビーム系兵器と比べれば物凄く少なくなるのだ。更に言えばコストの問題から傭兵が好んで使う武器ではない。

 戦果から言えば百発百中で当てたとしても1万4千発を撃っている計算だ。勿論そんな命中率はあり得ない。命中率も加味して想像すればその100倍撃ったとしてもおかしくないのである。

 小惑星を抱え込んでその場で弾を生産しながら、砲撃が出来るサンゴウが異常なだけなのだった。


「傭兵ギルド第4惑星宇宙港支部長。ブシ・マースギルだ。依頼報酬の請求と添付資料は受け取った。すまんがバッタの件も含めて依頼主と話をしてからでないと支払いが出来ない。早急に幾らか必要ならば仮払いで立て替えには応じるが金額に制限は有ると思ってくれ。時間的には防衛軍が帰還してからプラス3日位あれば話がつくと思う。待ってもらえんだろうか?」


 立場上放置も出来ず、受付嬢任せでは不安があったブシは、さっさとサンゴウに通信を繋ぎシンと話し合う選択をした。


「ああ。こちらもすんなり貰えると思ってはいなかった。だが、依頼主との交渉はギルドの仕事だよな? こちらに不利益が無い様にしっかり交渉してくれ。後、ついでで悪いんだが、軍に連絡を取るのならセレン少佐にシンが面会を希望していると伝えてくれないか? 個人ルートでも勿論行うけど、確実に伝えたいんでな」


「それぐらいは構わんさ。では数日の待機になってしまうがよろしくな。何ならその間に別の仕事を熟して貰っても良いぞ」


「いや。大仕事の後だ。のんびり待たせて貰うさ」


 大仕事=サンゴウの砲撃を見ていただけ。とんだ大仕事が有った物だ。

 勿論、シンは状況判断に頭は使ってはいるけれど。

 その部分ですらかなりサンゴウに任せてたりもするけれど! 仕事しろ! あっ! 小惑星を収納空間から出すお仕事はしてたね!


 尚、数日後にシンは満額回答の報酬を得る事となる。そして、懸念していた他の傭兵達にも参加報酬が通常の”4倍”支払われる事で決着がついた。

 これは、軍上層部が本来であれば出たであろう被害を、提出された緻密な大量の資料を基に認めた事が原因だ。


 セレンの通信を妨害し、伝達も握り潰していた側近の一部が、自己保身のためにそれらを綿密に作り上げ、艦隊全体での功績だと資料提出して具申したのである。

 被害に伴って出るはずであった遺族年金などの補償、兵器の補充、新規人員の訓練及び補充といった広い観点で金額を積み上げた結果、この位は払っておいて損が無い。寧ろ大々的に喧伝して、今後も傭兵に頑張って貰おうという好循環の思考へと導かれたのだった。

 最後の止めでそれを後押ししたのは、神聖ニュークザイ銀河教国からの申し出で、紛争宙域からの撤退と賠償金を伴う下手に出た停戦交渉が始まった事だ。

 教国側は新兵器の潜宙艦部隊の全艦喪失という被害と、自信を持って行った宇宙バッタの誘導戦術が完全に無効化されたと考えたため、対皇国への手持ちのカードが無くなり、停戦を選ぶ事となる。


 全部サンゴウがやったんだけどね! 


 こんな感じのなんやかんやでシンの予想は良い意味で裏切られたのだった。


「報告書はこちらになります。この度の件、誠に申し訳ありませんでした」


 セレンは綺麗に頭を下げる。元とはいえ皇女の護衛騎士を務めていただけあってこういう所作は他の佐官とは一線を画している。


「ふむ。一応これは預かるが、実は必要が無くなった。傭兵シンは軍の依頼を傭兵ギルドで受け、君に参加申請も行って許可が出されたその後での戦果だ。すなわち、これは皇国防衛軍の視点では傭兵を上手く活用したという見方が出来る。つまり、我が艦隊の手柄なのだ。少々、情報伝達に問題が有った事は事実だが、この巨大な武勲の前では声を上げてそれを問題にする事は出来んだろうよ。事実、軍上層部からは黙認するという通達が来ておる」


 少将は上機嫌であり、表情に丸出しであった。


「我が艦隊の主だった首脳部連中は軒並み昇進だ。私も、勿論君もな。セレン中佐。辞令はこれだ」


「ありがとうございます。謹んでお受け取りします」


「それとだ。もう聞いておるかもしれんが、殊勲の傭兵シンから君に面会依頼が出ている。会ってやれ。彼には追加で勲章の授与を打診したのだが、『受け取るだけで良ければ喜んで貰うが、授与の式典とセットなら辞退する』とぬかしおってな。君に預ける。面会時に渡してやってくれ。おっと言い忘れていた。君には特別休暇が4週間出た。身体も休めたまえよ」


 セレンは後々知ったのだが、少将は中将へ昇進し、中央へ返り咲く栄転が決まっていた。上機嫌で笑いが止まらないのも当然であろう。


 そうして、セレンはサンゴウへ向かいシンと再会する。マレーユの依頼内容を説明され、その場で治療を受ける事になったのだった。


「凄い。私の下半身が完全に元の身体に戻っている」


 セレンは左足丸まる1本を失い義足生活になっていた。下腹部にも大きな怪我を負い、下周りも人工機器を使用していたのである。性別は女性であっても、女性としての身体機能が無い。彼女が負った傷は身体だけの物ではなかった。

 それが無かった事の様に綺麗に治ってしまった。感謝してもし切れない。彼女の中でのシンに対する借りは大きくなるばかりなのだった。


「こんな治療がシンの銀河では可能なのか。もっと早く治療を受ける事が出来ていれば婚約解消は無かったかもしれないな。もう過ぎた事だが」


 セレンは重傷を負い退院した後、身体上の理由から婚約者と護衛騎士の職を同時に失う。

 そして、身を挺して皇女を守った功労者をそのまま放置は出来ない。そのため、軍籍に戻し、昇進理由を捻り出して2階級押上げ少佐となった。

 その後の配属の細かなところまで口出し出来なかったため、辺境宙域での艦長兼パトロール部隊の隊長になる。

 しかし、彼女は荒れた。護衛騎士の適性は完璧に近い程有ったが、艦長職や隊長職への適性が全くと言って良い程無かったからだ。

 そして周囲からはいきなりコネで大抜擢されたお飾り指揮官と陰で言われる様になるのだった。

 セレンの背景はそんな感じで色々あった悲運の連続により苦悩に満ちた物だったのである。


「そうか。時を戻す事は出来ないからな。月並みな話になってしまうが、これからの人生を考えて生きて行くべきだと思うぞ」


 シンは彼女のその様な背景は知らないため陳腐な言葉で助言位しか出来ない。


「そうだな。今回の一件で退役軍人になっても恩給年金がそれなりに貰える立場になった。引退して慎ましく田舎で暮らすのも良いかもしれないな。ところで、シン。私はマレーユ様にもお礼を言いたい。皇族籍を抜けているのは官報で見て知っているのだが、今はどちらにいらっしゃるのか聞いていないか?」


 来てもおかしくない質問であり、来ることを予想して然るべき質問であるのだが、シンは非常に答え辛かった。だが、ここで嘘で切り抜ける訳にも行かない。


「マレーユは俺の自宅に居る。第5夫人として迎え入れた」


「はっ?」


「俺の自宅に滞在している」


「いや。それはわかった。だがどうしてそうなった……」


 セレンは考え込んでしまった。


「あの。セレン中佐? 目の前で考え込まれると俺としてはどうして良いか対応に困るんだが?」


「シン。お前傭兵だよな? 戦力はひょっとしたら国相手でも喧嘩出来る程あるかもしれないが、徒の傭兵だよな? あの方は第一皇女だったんだぞ?」


「いや。俺もその点についてはセレン中佐に激しく同意したい。どうしてこうなったのかと」


 さらっと無意識に”徒の”傭兵の部分にはスルーして答えないシンである。


「うん? ちょっと待て。シンはこの銀河の外から来たのだよな? 自宅も当然この銀河内じゃないな? 一体どうやってマレーユ様を自宅に連れ込んだのだ?」


 非常に人聞きが悪い質問をするセレンさん。シンが連れ込んだというよりは彼女は自主的について行っただけである。多分。きっと。おそらく。


「ああ。もう細かい事は良い。私も連れて行って貰って会う事は可能だろうか? 休暇を4週間貰ったんだ。明日以降で連れて行って貰えないだろうか?」


「わかった。休暇中はサンゴウに乗せて貰って長距離航行に出るとでも届け出をして、明日また来てくれ。そうだな。1週間程度の旅行をするつもりで荷物を纏めてくれれば良い」


 こうして、セレンはマレーユに会い、ロウジュにも会う事になる。そして、休暇が終わった時、彼女は退役した。”借りは一生側に居て返す”とシンの第6夫人枠へと入り込んだのだ。


 ナンデコウナッタ? 物見遊山の旅のはずが嫁が2人も増えるという結果を引き寄せるとは想定しているはずもない。

 これってニュークザイ銀河から2人を拉致した事になるのかな? 考え込んでしまうけれど、旅を止める気は無いシンなのであった。

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