第58話
ニュークザイ銀河オミシロン星系第4惑星周辺宙域。
サンゴウは係争中の宙域の拠点惑星であり、セレン少佐を置き去りにしたあの場所へと戻ってきていた。ロウジュとマレーユの意向をシンが了承した結果である。
時系列は少し戻る。
「サンゴウ。しばらく自宅に戻るから待機になるんだが、待機場所に希望があるか?」
「そうですか。自宅のある首都星は海上にしろ周辺宙域にしろ目立つからよろしくないでしょう。有機物の補給が出来る海上が良いので今回はベータシア星系第3惑星海上が希望です。あそこならノブカネ君に一報入れれば問題ないですから。但し、今後も似たような事が想定されますので、時間が有る時にミウさんが居た惑星を住めるように改造する事を提案しておきます」
「そ、そうだな。何度も同じ事が起こる前提ってのはちょっと引っかかる物はあるんだが、気軽に転移出来て待機していて問題ない場所ってのは魅力的かもしれん。ギアルファ銀河帝国があの惑星の所まで勢力拡大するのは100年単位の先の話だろうしなぁ」
さり気なくチクリとやられた気がしなくもないが、提案は直ぐにでも実行したい物であった。魔力に物を言わせれば大した手間でもない事が素晴らしい。
「あの。惑星の改造って一大事業だと思うのですが。そんな簡単に決めて良い物なのですか? それと、所有権がはっきりしていない場所を勝手に改造するお話に聞こえるのですが」
マレーユの見識は正しい。正論である。但し、シンやサンゴウがそれを考慮するかどうかは別の問題となる訳だが。
「あー。誰も使ってない場所を有効活用するだけで、所有権を主張したい訳じゃないから。後々、自分の領地だ! とかするつもりないから。それに元々居た先住民は生き残りが居るから、所有権が有るとしたら彼らに権利が有るだろうな」
「えっと。所有権を得られる訳でもないのに莫大な投資をして惑星改造とかして大丈夫なのですか?」
どうやら懐具合を心配されていたようである。
「あー。その辺はまぁ後で自宅に戻ってからゆっくり説明はする。理解するのは大変かもしれないけどな」
そんなこんなで、サンゴウを影に入れてノブカネの居るベータシア星系の首都星へと転移する。オレガやレンジュ、ノブカネに挨拶をして許可を取った後、海上に転移し、サンゴウを影から出す。出発後、約1時間が経過した頃にはそんな状態であった。
「あの。さっきまで宇宙空間でしたよね? 何故いきなり海上に居るのでしょうか?」
「うん。その辺も纏めて後で説明するから。キチョウはどうする? ここに残るか一緒に行くか」
「マスター。怒られに行くのに誤魔化し要員で誘うのはダメですー」
「わかったよ。じゃ、留守番な。サンゴウ。短時間とはいえマレーユ達3人でそのまま影に入るのは負担が大きい。20m級を用意してくれ」
「はい。では格納庫に準備します」
こうして、マレーユとメイド2人を連れてロウジュ達が待つ自宅に帰ったシンは、一発引っ叩かれたれた後、何とか許して貰ったのだった。
浮気ダメ! 絶対!
「マレーユさん。今後はマレーユと呼び捨てにします。正妻のロウジュと申します。ギアルファ銀河帝国の皇帝ノブナガの母であり、そこに居るシンの妻です。貴方は第5夫人という事になります。そして、愛人も2人居ますので序列順では公式には5位、身内だけの時は7位の扱いになりますが、それを受け入れられますか?」
マレーユは自身の身分は高いとは思っていたが、シンの妻が国母であるとは想像していなかった。
つまりシンは、前皇帝? それとも、目の前のロウジュが女帝で帝配? 徒の傭兵とは思っていなかったがあまりの事に驚きで固まってしまう。そしてなんとか返答をするのだった。
「はい。よろしくお願いします」
「はい。ではもう貴方は私達の家族です。何でも要望が通る訳ではないけれど、何でもかんでも我慢して、自分さえ耐えればってのは無しにしてね。公の場に出る事はまず無いでしょうから気楽に過ごして貰って構いませんよ」
「はい。あの。わたくしここに住むのですか? ずっとサンゴウに乗り込んだままだと考えていました」
「サンゴウは戦闘艦ですから常駐するには向いていませんよ。それに貴方だって子供が欲しいでしょう? 産むにしても育てるにしても、どの道無理が有ります。ならば今からここの環境に慣れるべきだと考えますよ」
ロウジュの言い分は全くごもっともである。正妻の貫禄という物であろうか。
そうして、ロウジュはその場でさっさとノブナガに通信を繋ぎ、マレーユの帝国国民としての登録とジンとの婚姻手続きを依頼する。国母の特権乱用の無茶振りなのだが、ノブナガは逆らえないので即、手続きを部下に命じるのみだ。
父上の妻はあとどれだけ増えるのか? 今後もこういうのあるんだろうなと未来の自身に思い馳せて遠い目になったのはノブナガだけの秘密である。
この時のマレーユは、あれ? ジンなの? シンじゃないの? となったのだが、それは後々の内輪の笑い話のネタになるのが確定している未来だ。
「甘えてしまって良いのですね? では1つお願いが有ります。セレンの身体を子供が望める様に治療する事は出来ますか?」
「貴方? セレンさんというのは?」
目がマジに怖いロウジュさん。視線は凍てつくなんとかを思わせる。
「おいおい。やましい事は何も無いぞ。マレーユの銀河に行った時に最初に会った艦の指揮官だ。元護衛騎士だったらしくて、身を挺して彼女を守った事が原因で重傷を負い、子が望めない身体になったと聞いている。そうだよな? マレーユ」
「はい。彼女の好意がおそらくシンに向いている事以外はそれで合っています」
ここで自覚無く爆弾をぶっこんで来るマレーユさん。危険!
「そうですか。その様な女性が居ましたか。身分的には妾というか愛人枠になりますが、本人が希望するなら迎え入れる事を考えましょう。貴方? それで良いわね? 後、治療の件は良いわね? まさか妻からのお願いで対価を寄こせとか言わないわよね?」
ロウジュさんの冷たい視線が痛い。シンはもう逃げ出したくなっている。しかし、魔王(正妻)からは逃げられない!
こんな感じで話は纏まり、シンは自身が何者であるのかの説明はロウジュに丸投げする。そして、この話の冒頭へと繫がって行くのである。
「艦長。周囲に艦艇の反応はありません。目的地は第4惑星の民間用宇宙港でよろしいですか?」
「ああ。とりあえずそこへ行って傭兵ギルドの依頼を確認するのと、セレン少佐へ連絡が取れるのかを確認だな」
「はい。では1時間程で入港作業に入ります」
オミシロン星系第4惑星傭兵ギルド宇宙港支部。宇宙港の一角にある小さな支部だ。
3交代制の受付嬢が常時2名と裏方の事務員が常時3名、副支部長と支部長は交代で常在となっている。
「新規登録で500m級をいきなり登録した噂の新人君が入港しましたね。この支部に顔出すのかなぁ」
「どうだろうね? でも護衛依頼の消化してくれると良いなぁと期待はしちゃうかな」
ちょうど受付業務が一息ついて暇になり、雑談タイムに突入のお嬢さん達。そんな彼女達の所へ、軍から緊急依頼が出る。
依頼内容は下記。
・パトロール隊が敵急襲部隊1艦隊を発見。迎撃に参加する傭兵を求む。
・参加報酬及び戦果報酬は通常の3倍。
・対象宙域第16惑星付近。
・拘束期間は最低1日最大3日。軍指揮官が戦闘終了宣言をした時点で終了。
・参加者数制限無し。
・参加者は傭兵ギルドに申請後、現地指揮官第3024隊セレン少佐へ到着申請を行う事。
・味方の識別コード設定はパターンA26番を設定する事。
緊急依頼のため宇宙港内を含むオミシロン星系第4惑星周辺宙域限定の全ての傭兵の艦に情報が伝達された。
サンゴウが入港し、係留作業に入った直後の出来事である。
「艦長。迎撃の緊急依頼です。現地指揮官セレン少佐が参加受付の申請対象になっています。依頼内容をモニターに表示します」
シンはモニターの依頼内容に目を通す。そしてサンゴウに指示を出した。
「入港作業中止。緊急依頼に参加のため出港する。サンゴウ。最短での現地到着までを任せる」
「はい。そのように」
こうして、シンはなし崩し的に紛争宙域の事態に巻き込まれて行くのだった。
「艦長。敵艦隊は約1万隻。但し、別で宇宙獣1万を誘導している様に判断出来る艦隊行動です。何か誘導する方法を確立したのでしょうか。サンゴウのデータには無い戦術であり、興味があります。味方艦隊約5千隻。傭兵と考えられる戦力が約千隻。戦力差から傭兵は撤退を決断する者が出ると考えます」
「ふむ。宇宙獣はどんなのかわかるか?」
「光学映像確認可能距離まで後600秒です。種別確認はしばらくお待ち下さい」
「了解。セレン少佐に通信回線を開いてくれ」
そうして、久々に見るのセレン少佐の表情は相変わらず、疲労の色が濃かった。実際、疲労困憊なのであろう。
「傭兵ギルド。シン。戦闘艦サンゴウで参加する。許可を求む」
「来てくれたか。許可する。だが、戦力差が歴然だ。傭兵は参加した以上戦う義務が有り、参加中の逃亡は撤退命令が無い限り許されない。だが、敵への降伏については制限が無い。シン。生き残れよ」
「俺はマレーユの願いを叶えるためにここに来た。そして、あの時の貸しを今返して貰う。敵への攻撃に関するフリーハンドを要求する。指揮下での団体行動は苦手なんでな。出来るな? 戦闘に関しては後の事は俺とサンゴウに任せろ。俺が居る以上負けは無い!」
「え。あっ。そんな権限は私には」
サンゴウは言いかけたセレンを無視して通信を遮断する。最後まで聞いてしまうとまずいからだ。サンゴウもシンの影響を受けてなのかいい性格になって来ているのである。
「艦長。攻撃方法はいかがなさいますか?」
「うん。今回は見せても問題無い手段で行こう。小惑星を出す。実体弾の乱れ撃ちと行こうじゃないか。味方に当たる可能性が無く、星系内に流れ弾が飛んでも大丈夫な位置取り。サンゴウに任せる」
「はい。小惑星曳航準備完了。砲撃可能位置まで400秒下さい。宇宙獣の種別特定。光学映像モニターに出します。宇宙バッタです」
「そうか。じゃバッタバッタと殲滅してやれ」
「マスター。そういうのは要らないですー」
出番のなさそうなキチョウはシンの寒いネタにイラッとした様である。
そしてサンゴウは艦長へは言わなかった。「小惑星を出すのは見せても問題無いのか?」と。それは、味方の探知能力を低く見積もっていたせいであり、些細な事だと判断したせいでもある。結果的に小惑星が湧いて出た事に気づいた味方は存在しなかったが。
サンゴウの毎秒840発の砲撃が始まった。10分後には50万発以上が撃ち出され、命中率は低いものの、宇宙獣は激減して行く。そして更に砲撃は続けられていた。
敵艦隊も例外では居られない。バリアを展開しているため1発当たって、即行動不能や撃沈とはならないものの、ビーム系の兵器とは違い実体弾はバリアに掛かる負荷が桁違いに大きい。
徐々にバリアが過負荷により消滅させられて行き、艦体への被弾が起こり始める。
防御力の高い戦艦を前面に押し出して対処する艦隊機動は行われていたのだが、大量に命中弾が出てしまっては最後には沈むしかないのだった。
たかが1隻からの投射量としては多過ぎる。そして、完全に自軍の射程外から行われる砲撃のため、バリアで耐えるか回避するかしか選択肢がない敵の総指揮官は、茫然自失の状態に陥っていた。
「何故だ! 実体弾の射出量が多過ぎる。そして何故こんなにも命中するのだ! 敵の砲撃艦はバケモノかぁ」
「勝ち目はありません。撤退を具申します」
「誘導艦は進路そのまま。無人操縦へ切り替え総員退艦。近くの戦艦に移乗せよ。移乗を受ける戦艦以外は即時撤退を命じる! 移乗を受けない戦艦は殿軍を務めよ。1隻でも多く前線基地へ向かって逃がすのだ!」
敵軍総指揮官は自身の艦を殿軍として最後までサンゴウの砲撃を受け続けた。撤退の支援を完璧に熟したが最終的には撃沈される結果となってしまうのだった。
セレンは敵軍を探知して表示しているモニターを凝視し、絶句していた。
自軍が砲撃可能となる接敵をするまで、まだ2時間以上もあるのだが敵が次々に消滅して行く。
何が起こっているのか? モニターを通して受け止めるべき事態は、彼女の理解の範疇を超えてしまっていたのである。
こうして、緊急依頼の出された紛争宙域での迎撃作戦は終わる。ニュークザイ銀河皇国防衛軍の被害は皆無であり、敵戦力の7割を超える戦果を上げた。
戦果100パーセントがサンゴウだけどね!
何もしなかった傭兵の千隻に報酬を出すのかどうか。一悶着ありそうだなぁと自分の功績を棚に上げて無駄にフラグを立てに行くシンなのであった。
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