第57話

 ニュークザイ銀河イプクロン星系第2惑星周辺宙域。


 サンゴウはマレーユの所有する艦と共に宇宙空間で停止していた。シンとマレーユの話し合いはサンゴウ内で継続していたからだ。


「皇帝陛下7票、公爵3家が各3票、侯爵5家と辺境伯4家が各1票の投票権を持っています。総数25票から期間内に取った票数で選定されるのですが、一度票を投じると投じた候補者が存命である限り変更は出来ないルールになっています。選定期間は1年なのですが残りの期間は6か月。現在第一皇子が6票、第二皇子が5票を獲得しています」


「すごく聞き辛いのですが、マレーユ様は?」


「わたくしは0票です。現在公爵家から息子を婿として迎え入れる事を条件に3票の打診を受けています。もし条件を受け入れれば、その公爵家と繋がりの強い家の2票が追加される可能性も高いです」


 聞いている限り、その状況だと誰かが、特に第一皇子はそうだが、皇帝の票を得た時点でほぼ決まりじゃないかとシンは考えた。しかし、現実はそうではなかったのである。


「皇帝陛下は現在病魔に冒されており、時折意識が戻るだけの状態になっているため、投票権を期間内に行使出来るかが怪しい状況です。そもそも病魔に倒れたので選定期になったのですが。政務は皇妃と宰相での合議で行われています」


「状況はわかりました。ですが私に何をお願いしたいのかが見えてこないのですが?」


「はい。お願いしたい事は2つ。1つはわたくしの身の安全を守る事。具体的にはこの艦内に選定期間が終了するまで留まりたいです。もう1つは皇帝陛下の治療です」


 それは、シンもサンゴウも想定もしなかったお願い事であった。そして、そのお願いをする理由もそう考えるに至った理由も謎だ。シンは事情を聞くのも、対応の判断もサンゴウに丸投げしたくなってきていた。出来ないけどね!


「お願いの内容は理解しました。ですが、報酬についてはお聞きしていません。それと、何故それらを私に依頼しようと考えたのか? 理由と経緯が知らされれば返答するのに判断材料が増えます。後、治療については病状の情報が無ければ可能かどうかの判断は不可能と思いますが?」


 受ける義理は何も無いはずであり、面倒だからお断りしたいなぁと考えているシンであったが、サンゴウ内に招いて事情を聞いている以上、即、「お断りします」とは言い出し辛い。お断りするにしても「お話を全て伺った上で熟考した結果です」と言える程度には状況を取り繕いたい。

 サンゴウと邂逅して長い年月が経っており、シンの考え方は丸くなったというか変化してきているのである。見た目は若造だけどね!


「報酬なのですが。わたくしに自由になる財貨は多くはありません。ですが、お願い事を依頼として受けていただけるのであれば、出来るだけご希望に沿いたいとは思っています。後、治療については成功報酬として、1000億皇国エンと別途必要経費が2000億皇国エンを上限に公募されています。病状については公募内容を確認すれば概要はわかると思います」


「そうですか。公募の資料はお持ちですか?」


 どこにアクセスすれば見られるのかは、随伴してきたメイドが持っていた資料から確認が出来た。そしてその部分は即、サンゴウに丸投げとなる。


「艦長。資料を見る限り、サンゴウに該当する類似の病のデータはありません。これは推測になりますが、科学的アプローチで原因を発見し、治療するのは極めて困難な病ではないかと考えます」


 技術レベルに差があるとはいえ、各種検査結果のデータにもアクセスして判断を下すとサンゴウはそう結論を出すしかない。


「そうですか。やはり無理ですか。あ、すみません。理由の部分をお話するのを失念しておりました。まず、わたくしは今、兄二人から邪魔者として排除される可能性があります。実際、何処の手の者かはわかりませんが、暗殺未遂は既に起こっています。そして、それを知ったセレンが『もし、サンゴウという名の艦に乗る傭兵シンと出会う事が出来たなら、あの艦内より安全な場所は皇国内には存在しないから匿って貰え』と助言を得ていたからです。後は治療についてはニュークザイ銀河外の技術があるのではないか? という期待が理由です」


 マレーユの語った理由を聞いたシンは、『サンゴウ艦内より安全な場所は皇国内には存在しない』と彼女に伝えたセレンの意見には全面的に賛同せざるを得ない。男性艦長1名が乗っているから貞操面での心配を無視出来るのであればだが。


「いえ。不可能とは限りません。病の治療については、艦長が『不可能』と言わない以上、現時点では保留案件です」


「まぁ治療についてはそうだな。さて、事情は理解したつもりだが、私がお願いを受けなければいけないと判断する理由はなかった様に思う。そして、この艦内に匿う事に足る報酬として魅力的な物は提示されていないとも思う」


「だめですか」


 ポツンとマレーユは呟く。表情は曇っており、このレベルの美女がそれをするとシンとしては胸にクルものはある。

 そして、本音で話すために言葉遣いを変化させる。


「うーん。何だろうな? 本当に死にたくないって熱意というか、気持ちが伝わって来ないんだよ。寧ろ、もう諦めかけてるけれど出来るなら縋りたいって印象。治療についても同じ」


「えっと。ここまで来ていること自体が熱意と受け取ってはいただけないのでしょうか?」


「自分自身で信じていない事を他人に信じさせるのは無理だな。逆に聞こう。何故もう諦めてるんだ?」


 ここまで聞く必要はないんだがなぁと思いながらも、シンはついつい聞いてしまう。


「元々、嫁いで臣籍へ入る予定だったのです。わたくしは彼を愛していました。ですが、テロ事件に巻き込まれ、彼は亡くなっています。そして、その時にわたくしを庇ってセレンは重傷を負い、子供が望めない身体になりました。そうして守って貰った生命ですが、希望的な物が無くなった人生です。投げて悪いでしょうか?」


「ふむ。皇帝にならなかった場合で尚且つ生き残った場合はどういう扱いになるんだ? 外交の駒か?」


「いえ。おそらく飼い殺しかと。子が出来て継承者候補が出来るまでは、直系だと継承権が残せますので」


 逆に言えば皇帝に子が出来て、継承者が安定すれば用済みになる。シンは部屋住みのスペアみたいなものかと納得させられてしまう。


「皇帝陛下が治療によって回復した場合はどうなる?」


「その場合は、元々の任期である70歳までは今回の選定期が停止されます。が、ルール上立場を鮮明にした家はそれを取り消せませんので、後、24年間を」


「待った。皇帝陛下の治療を俺が引き受ける。失敗した場合に次の事を考えるって事でどうだ?」


 あっさりと治療すると言い出したシンを見てマレーユは驚くしかない。先程の「治療するのは極めて困難な病」という話は何処へ行ったのか? 確かにこの目の前の男は不可能だとは言わなかった。言わなかったけれども!


 その後、なんやかんやと治療に関する条件を詰めた話が皇妃と宰相も通信で交えて行われた。

 そして、本来許されないはずの首都星へのサンゴウの降下が認められ、帝都宮廷へ横付けが、マレーユのごり押しによってもぎ取られたのである。

 500m級宇宙艦であるサンゴウの着陸スペースは宮廷にあるはずもない。故に行われたのは宮廷上空にサンゴウが静止し続けるという行動だった。それを横付けと呼んで良いのであれば。


 大気圏降下時から宮廷上空に静止。それ以降もサンゴウの周辺には常に警戒用の航空機が遠巻きにたむろしている。シンはキチョウにシールド魔法での防御を頼んでマレーユと共に宮廷へと入った。そして、サンゴウへと皇帝を運ぶ。専用に作られた5m級子機を使用しての搬送だ。


「艦長。検疫及び滅菌作業は終了しています。そして、各種検査も行いました。衰弱とは関係のない基礎疾患がいくつか見つかっています。他は特別な異常個所は認められません。衰弱原因は発見出来ませんでした」


「だろうな。これは病気じゃない。呪術によるものだ。術式自体はこれまでに見た事がない物だが、俺の解呪魔法は術式への理解は要らないからな。問題点は無理やり呪をはがす事で術者へ倍で返る事と、対象者の身体への負担が大きい事なんだが、まぁ術者はどうせ極刑だろうから良いか」


 良くはない。本来は術者が居るなら逮捕して背後関係を洗い浚い吐かせる必要がある。しかしながら、それはシンに責任が有る事ではない。引き受けた治療さえきちんとすればシンの仕事としては満点である。


 そんなこんなであっさりと解呪に成功したシンは続いて回復魔法をかける。衰えた身体を完全に回復させれば何処からも文句を言われることは無いであろう。


「艦長。基礎疾患についてはどうされますか?」


「ああ。ついでだから回復魔法で治しておいた。サンゴウ。再検査を頼む。おそらく完全な健康体になっているはずだが」


 検査も終わり問題が無い事が確認されると、未だ睡眠魔法で眠ったままの皇帝は再度5m級子機を使用しての搬送となる。シンとマレーユが最初に宮廷を訪れてからたった60分足らずでの出来事であった。


 皇帝は宮廷に戻ってから私室のベッドへと運ばれ寝かされる。そして宮廷医師の診断が行われている最中に目を覚ます。


「何をしておる」


「はい。宮廷医師として診断と検査を行っております」


「そうか。では任せる。全てがすっきりと削げ落ちたような爽快な気分だ」


「それは良い事ですな。検査数値に異常はありません。陛下は健康体です」


 そうして、3日間の静養で経過観察が行われ、皇帝は職務に復帰した。それにより次期皇帝の選定期は停止となったのである。


「なぁ。マレーユ様。治療は終わったし、報酬も貰った。もう選定は無効だよな? いつまでサンゴウに滞在するつもりなんだ?」


「あら? わたくし言ってませんでした? 今回のシンを連れ帰った功績で皇族籍を抜けましたの。もう帰る所が無いのでここがわたくしの家ですわ!」


「艦長。報酬のサインをした書類に、マレーユさんの降嫁についても記載されています。勿論ご存じでサインされていますよね?」


 シンは冷や汗が止まらない。事前に金銭の報酬の話を聞いていたため、それだけだろうと思い込んでいた点。そして、サンゴウの大気圏突入と宮廷上空での静止の件について、各種許可申請書類を事後処理で大量にサインを求められた点。

 その2つの点から最後の方は何かあっても逃げちゃえば良いやとロクに見もしないでサインしてしまっていたからである。

 そして、サンゴウはそれをシンの左肩に着けて貰った新装備の視点からそれを確認していた。


 ちなみに、マレーユはシンが報酬の受領と事務手続きを行う際、護衛騎士のみを休暇という名目で同行させ、地上へ帰している。専属のメイド2人は生涯の従者として選ばれているのでこのまま付き従う。

 シンが書類のサインをするかどうかは賭けであったのだが、彼女はその賭けに勝ったのであった。もっとも、失敗した場合は皇帝陛下にごり押しを頼むつもりであったりしたのだけれど。


 シンの嫁が1名増えた! だが、ロウジュさんはそれを知らない!←コレがヤバイ!


「マレーユさん。大変申し訳ない。書類確認を怠った俺が悪い。しかしだな、何故こうなった? 俺、好感度稼ぐイベント熟してないと思うんだが。それと俺独身じゃなく既婚者なんだが」


「わたくしは母親の身分が低く、認知されて皇女になれたのは出産後直ぐに母が感染症で亡くなったのを皇帝陛下が知り、哀れみからの事です。ですが、そういった事情ですので実質は公認の庶子扱い。直系である事は間違いありませんが、後ろ盾になるような酔狂な貴族は居なかったのです。父である皇帝も特に皇女としての責務をわたくしに求める事はしませんでした。下手に求めて能力を示すと次期皇帝へ担ぎ出される。それよりは単なる娘としての幸せをと考えて下さったのです。それは父からも聞かされて育っています」


 マレーユはシンに理解して貰うために言葉を尽くす。


「色々あって希望を失い、惰性で生きていたわたくしに貴方は手を差し伸べてくれました。それは愛情からではないと承知しています。でも、わたくしは嬉しかったのです。共に生きて行きたいと考える様になったのです。ですから父に無理を言って通しました。正妻を望んだりはしません。側に置いて下さいませ」


 シンは正直な所、感情を高ぶらせて語るマレーユの話の内容については、「え? それで惚れちゃうの?」状態で理解は出来なかった。だが、彼女の中の気持ちの動きは彼女だけの物であり、他人の理屈で動く訳ではない。

 そして、もし、ロウジュが事前にこの娘の状況と心情を知っていれば嫁の末席に加える様に動いたのだろうと想像は出来る。更に言えば、容姿はストライクど真ん中なのである。


 こうしてシンはなし崩しにマレーユを娶った。


 とりあえず、転移でロウジュの元に連れて行くしかない。そして、事前に手を出したら精神的に恐ろしい目に遭うのは確定だ。どうしてこうなった? 頭を抱えるシンなのであった。

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