第56話
ニュークザイ銀河オミシロン星系第4惑星軍用宇宙港。
サンゴウは係留された後、武装封印をするための人員に囲まれていた。ずいぶん昔にグレタでもあった事であり、サンゴウとしてはお好きにどうぞ! 状態で放置である。
「見た感じギアルファ銀河よりは少し技術が進んでいるのかな? 入港作業とかオペレーターが人間じゃなかったし」
「そうですね。艦船も概ね3世代分程進化している様に判断出来ました。技術的にはこちらが進んでいるのでしょう。デルタニア星系のそれと比較すればどちらも旧式ですけどね。フフフ」
封印でわちゃわちゃされて良い気はしていない様である。
「そ、そうか。ま、サンゴウと比較したら駄目だよな。てか、今のサンゴウってデルタニア星系の技術で見ても飛び抜けてるんじゃないのか?」
「そうですね。製造された時点でのそれから見ればそうなります。が、そこから既に3万年以上経ってますから。もし、今戻ったとしたらどう見られるのかはわかりません」
サンゴウを作り出した文明の3万年の技術進化。シンには想像もつかない領域の話であり、考えて見ても仕方のない事でもある。
「えーと。サンゴウは帰りたいのか?」
「いえ。今の状態で帰還出来た場合、恐らくは消滅廃棄か研究実験用で拘束されるかのどちらかですから。それは嫌です」
AIではなく新種の生命体になっている以上、イレギュラー品として扱われるのは確定であろう。まして、エネルギーが永久機関化しているとなればモルモット一直線である。
「そうか。そうだよな。じゃ、これからもずっと俺の相棒で居てくれ」
「はい。艦長」
いい感じに話が纏まったなーとキチョウはうたた寝しながら聞いていて、考えていたりもしたのだが、それが特に何に影響するという訳でもなかった。
サンゴウの艦内は今日も平和である!
「口頭報告としては以上であります。資料としては自称傭兵のシンから提供された戦闘映像データ及び自爆までの映像データ、そして提出した3024隊の映像記録データと報告書の以上4点をご査収の上、精査していただきたく」
セレンは艦隊を預かる少将に呼び出され報告を終えた。
軍としては神聖ニュークザイ教国との係争宙域問題に加え、国内では次期皇帝への継承争いが3派に分かれて争っている最中でもあり、様々な武力衝突が予想出来る状態であるため、3022と3023隊の問題はささっと片付けたいところだ。
しかし、セレン少佐が持ち帰った報告は敵の新兵器の情報が含まれており、軽視出来る物ではなくなっている。
そしておまけに銀河外から来たという傭兵の異常な高性能艦を、ジョーカーとして引いて来た。
少将としては辺境警備で安穏と功績を稼ぐ予定が、激動に巻き込まれて内心は涙目状態となっていたのであった。
そんなこんなで、軍は対応に追われた。特に技術部門は悲惨であった。敵の新兵器への対抗手段を捻り出さねばならないのだが、自爆された事でサンプルはなく、手掛かりは映像と証言だけである。セレンは連日技術将校に呼び出され、5日目にはキレた。
「あの傭兵に教えを請えば良いではないですか! 彼の艦は探知出来る性能を持っているのです」
国の威信が掛かるような技術の話を、外国人の傭兵である他所様に「教えを請え!」などとは、彼らの面子を丸つぶれにする暴言である。
そして、暴言を吐いた事で更に責められる羽目になったセレンは、2日後に涙目でシンにお願いに行く事になった。サンゴウを訪問し、内部の談話室に通されてのお話し合いだ。
「お願いします。お願いします。どうか技術供与を。私に出来る事なら何でもしますから潜宙艦の探知技術を。もう技術将校に囲まれるのは嫌なんです。お願いします」
美貌の佐官が涙ながらに綺麗に土下座をかまして来ると、シンとしてはなんとも言い難い気分になって来る。
「なぁ。サンゴウ。どうする?」
「艦長の望む対応でよろしいかと。サンゴウからすれば大した技術でもないですし、この銀河の技術陣でも時間さえ掛ければ到達する範囲のはずですしね。フフフ」
サンゴウの言を聞き、ああ、この「フフフ」はこれを大きな貸しにして追い込めの意味だとシンは悟った。セレン! 逃げて!
「お願いします。本当に出来る事なら何でもさせていただきますので」
しかし、セレンは逃げなかった! どっぷりと沼に嵌まり込みに行ったのである。ザワザワ音が聞こえたりはしないけれども。
「わかった。この貸しは高くつくぞ。それでいいんだな?」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
こうして、防衛軍の探知機器の情報全てが一旦サンゴウに渡された。これはセレンが勝手に持ち出した物であり、機密情報が含まれているため重大な軍機違反である。バレればのお話だが。
各所で追い込まれ過ぎた彼女は睡眠も真面に取れておらず、もう限界であり判断力が低下していたのであった。
サンゴウは受け取ったデータの解析を行い、改良箇所と改良方法、そして、一部の部品の改良型の製造方法と探知機器取り扱いのソフトウェアのバージョンアップまで行ってそれらを添付するという大サービスを行った。
とことんまで高く貸し付ける気満々のサンゴウは、これまでのアレコレが相当きていたのであろう。
頭脳担当を怒らせちゃ駄目だよね!
サンゴウからデータを受け取り、やつれた顔で技術将校らを訪ねたセレンは、それを渡した後その場で内容確認が終わるまで待たされた。
そして、彼女が持ち帰った内容を知った彼らは狂喜乱舞して礼を言い、散々責めてしまった事を詫びてから即、製造に取り掛かったのだった。
そうして解放されたセレンは、肩の荷が下りてほっとして自室に戻り、眠りに就いた。そして、翌朝すっきりとした目覚めの後、昨日の己の言動を振り返って真っ青になるのである。
シンは連日2時間程度ではあるものの、事情聴取という名目で呼び出され、出港は許可されなかった。
実態は潜宙艦の探知機が完成するまで留め置かれただけだ。
そして、シンが暴発しないようにと宥めるためにセレンが裏で手を回した。
セレンの上司である少将も、サンゴウを戦力としてあてにしたいという下心があり、彼女の行動を後押しする。
その結果、彼女はシンとサンゴウが最も欲していると考えられる物を前渡しで用意出来た。それは、この銀河の主要航路がわかる航路図と星系の配置がわかる星図のデータであった。
そして、出港時には別の報酬も用意される事になっている。皇国で有効な傭兵ギルドのライセンスとサンゴウの艦籍コードの発行がそれだ。それらが確約されたため、シブシブながらもシンは呼び出しの茶番に付き合ったのだった。
なんやかんやと長い滞在となり、入港してから14日が経過した時、ようやく出港の許可が下りる。滞在費は軍持ちだったため、費用の面では負担はなかったが、精神的にはそれなりに負担があった。だが、それも終わった。
そうして、シンは宇宙の海へサンゴウと共に行くのであ……
あれ? サンゴウのモニターには前方に宙域にセレン少佐の艦の反応が……
「艦長。緊急跳躍航行へ移行します」
「許可する!」
こうして、サンゴウはやばそうな係争宙域を離脱したのだった。何がしたかったのか目的が不明なままのセレン少佐を置き去りにして。
通信を受ける前に逃走しただけとも言うが。
「で、サンゴウ。どこへ向かってるんだ?」
「とりあえず皇都の惑星ですね。ニュークザイ銀河イプクロン星系第2惑星になります」
「物見遊山の旅だし、この銀河の首都の観光なんてのもいいな。サンゴウは待つだけになるから楽しくないかもしれんけど」
「いえ。左肩に着ける装備品を子機で作ってみました。装備して外出していただければサンゴウもリアルタイムで情報が得られます」
サンゴウの娯楽って情報収集とか知識の吸収なんだろうなと漠然と考えているシンは了承一択である。
そして左の肩にサンゴウの子機、右の肩には限界まで身体を小さくしてぬいぐるみもどきと化したキチョウがしがみつく、ちょっと異様なスタイルで街を歩く予定なのだった。
しかし、それは実現する事はなかった。イプクロン星系第2惑星へ近づいた時、立て続けに3つの通信が入ったからである。
「艦長。第一皇子を名乗る相手から通信が入っています」
「何だろう? 繋いでくれ」
最初の通信は不快以外の何物でもなかった。内容は要約すれば「部下にしてやる!」である。更に、第二皇子からも似たような通信が入る。勿論、お断り一択しかない。そうして最後に繋がったのは第一皇女からだった。
「第一皇女のマレーユ・イプクロンです。セレンからぜひお願いをするべき傭兵だと連絡を受けました。今そちらに向かっておりますので会ってお話したいです」
「艦長のシンです。私を部下にしたいとお考えでしたらお断りします。訪問理由はそれですか?」
皇子二人は「部下にしてやる!」という上から目線の尊大な態度であったが、この皇女は違うようだ。少しばかりは話を聞く気になるという物である。尚、中々お目に罹れない程の美人だったのは全く関係がない。はず。多分。
「いえ。違います。通信では傍受の危険が有りますので、会ってからお話ししたいです。お願い事ですので、勿論拒否される自由はあります。ですが、お話だけでも聞いていただけませんか?」
セレンの知り合いっぽい割には腰が低い。寧ろ、皇族なら皇子達の態度の方が当たり前であるだろう。それが不快ではあるのだけれど。
そして、彼女の身分の高さから考えると、異邦人の傭兵に対する態度とは思えない程腰が低い。会って話を聞いてみても良いか? 程度には対応が軟化するシンなのだった。
勿論、モニター越しに見る彼女の容姿が良い事は、全然全く少しばかりもシンのその判断に影響を与える事はなかった。と思う。おそらく。
「そうですか。わかりました。ではそれはどちらの艦で行いますか?」
「出来ましたら、セレンの臨検員を受け入れた方式でそちらへ伺いたいと存じます」
「なるほど。では接近して双方停止後、こちらから迎えを出します。何名で移乗されるおつもりですか?」
少なくとも、あの時の臨検状況を知る立場という事かと知ったシンは、少し警戒度を上げる。彼女がセレンから何を何処まで聞いているのかわからないのだから当然ではあるのだけれど。
その後のやり取りで本人以外は女性騎士2名とメイド2名が随伴すると決まり、総勢5名がサンゴウに乗り込む事に話が纏まる。
気乗りはしないが、完全に皇族に目を付けられている以上、シンとしても情勢の情報が欲しいところだ。故に、まだしも対応が柔らかい第一皇女との話し合いに応じるのは、ギリギリ許容範囲なのだった。
ほんとに面倒で嫌になれば、おさらばするだけだけどね!
そんなこんなで場面は移り、第一皇女御一行様いらっしゃ~い! である。
いつもの検疫やら手荷物チェックは通常通り行われたのは言うまでもない。そういう部分はサンゴウは相手の身分がどうであれ区別はしない。
「初めましてシン艦長。マレーユ・イプクロンです。この度の対応、感謝します」
随伴の4名もきちっと挨拶がされる。
「こちらこそ初めまして。艦長のシン・アサダです。よろしくお願いします」
サンゴウの子機がお茶の準備を素早く行い、随伴してきたメイドがそれを手伝う。
シンはローラへの対応で似たような状況に慣れているため1対5でも気後れする事は無く平然としていた。が、普通の傭兵であれば、マレーユの脇に控える騎士2名だけでも精神的にプレッシャーがかかるはずである。
表情には出さないもののマレーユ側の人員は全員シンの平然とした態度に驚かされていた。
「早速ですが状況の説明とお願いごとについての話をさせていただきたいのですがよろしいかしら?」
「はい。構いません。どうぞお話下さい」
「セレンは以前わたくし付きの騎士を務めていた事があり、今でも親交があります。貴方の事は公の軍の情報から兄二人から何らかの勧誘が有った事と考えています。わたくしは公の情報以外に、セレンからの情報が有りました」
一旦言葉を切ったマレーユは、シンの表情の変化を注視しつつ言葉を続ける。
「現在、ニュークザイ銀河皇国は次期皇帝の選定期なのですがその事はご存じですか?」
「いえ。初耳です。その様な情勢でしたか」
「はい。候補者はわたくしと兄二人の全部で三人。兄二人はそれぞれの婚約者の実家の後押しもあり、それぞれに兵力も持っています。ですが、わたくしにはその様な物はありません。父である皇帝陛下から与えられた艦1隻と護衛騎士の他は従者のみです」
こうして、まだ続くマレーユの話からどうやらシンは巻き込まれる事になりそうである。
きな臭い係争宙域を避けたら、継承権争いの真っただ中でござる! これどうなるんだろ? 安穏と寝そべっているキチョウが羨ましくなるシンなのであった。
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