第60話 記憶喪失元勇者編
前書き的なお知らせ。
このお話はシンに日本に送り返された勇者君のお話です。
かなり感じが変わるのでご注意下さい。
数話で纏めるつもりです。
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知ってる天井だ!
帰って来れた! 今一状況が理解出来ないが、手にしている明らかに自分の筆跡である自分に宛てた手紙。そこには目の前の人間の指示に従えば自宅に帰れると書かれていた。そして現在自宅の自室だ。
混乱するな! 落ち着け! とりあえず、5歳の時にミヨちゃんに玉砕した時の事でも思い出してろ! 色々あって半年の記憶喪失状態で日本に戻れる。そうも書かれているその手紙。
「うん。間違いなく俺自身が書いた俺宛の手紙だ。ってハズカシイわ!」
独り言と羞恥心が原因で、理解出来ない状況でのパニックからハジメは脱出しつつあった。
そして書かれている、”色々あって”の部分が重要な気がしなくもないが、書かない理由も存在するのだろうと考える事が出来る程度には落ち着いてきた。
相田一。12歳。4/1生まれのオタク中学生だった彼は、肉体的には10歳と半年少々の身体に若返っている。
最初の異世界召喚で肉体の再構成を受けて10歳の身体になり、半年少々の時を過ごして戻って来たからだ。
時系列は少し戻り、召喚されて2か月。ハジメにとっての体感時間は12歳と2か月の時期に当たる。
2か月間のダンジョン攻略。大して人生経験も無い子供にしては頑張ったほうではあるのだろう。勇者としての能力強化や成長補正によって肉体的には強くなってきていた。
だが、比較対象が悪過ぎた。直前の勇者は歴代最速の攻略記録の保持者であったのだから。
事有る毎に”前の勇者は”と引き合いに出されるのはうんざりするのは彼からすれば当然である。
「記録を見る限り、この朝田信。いや、勇者シンか。生きてる訳ないんだよな。俺が召喚出来てる以上は。でも、犯罪者として指名手配が取り消されない。罪状は今一よくわからんけど、国の根幹システムの破壊って何だよ? よっぽどの事やって恨まれてるのだけはわかるけどな。こいつのせいで魔法が使えなくなったって話も聞くが、どうやったらそうなったんだかな。魔力の源を盗んだのか。なるほど? 俺の頭じゃさっぱりわからんわ。確実に言える事は俺が苦労してるのは全部このシンって勇者のせいだって事だな」
ダンジョンギルドの資料室で休憩がてら資料を漁っていたハジメは独り言で疑問とも愚痴とも言える内容を吐露していた。
状況改善には必要な資金を貯める必要が有り、金銭的にはかなりきつい。所持金の総額としてはそれなりに持ってはいるのだけれど。
宿の利用も控えるしかないハジメは、机に突っ伏して寝ていても怒られる事がないこの空間を愛用せざるを得ないのだった。
もう少しで、荷物運び兼補助火力の奴隷を買える。それが成れば、状況が改善するはずだ! 根拠が無い思考回路からの思い込みなのだが、そんな目標でも無いとやっていられない。
ラノベの様に”奴隷ハーレムしたいじゃん!”思考だ。ヤバイ奴である。
収納空間魔法は付与されていても魔力が薄く、ロクに使えない状態では技能としての成長が期待出来ない。実際、所持金と身の回りの品、ちょっとした食料と水。それだけしか入れる事が出来ないのだ。
チートがしょぼ過ぎだろ! もし、文句を言える相手が目の前に居たら確実に掴み掛って問い詰める位はしたい心境ではある。
「今代の勇者は今ので3人目か? こいつも外れだな。低層の半分にも到達出来ないとは。次のダンジョン攻略時に人を出しておけ。確実に始末しろよ。次のを呼び出す準備に入る」
こうして、ハジメはダンジョンに挑んだ時、低層の初心者殺しと呼ばれるモンスターハウスの罠に嵌められる。
もう駄目だ! そう思い、死にかけた瞬間に気づいたらガラス? 透明なプラスチック? 機械とそれに囲まれた椅子の上に座っている状態へとなっていた。
「は? 何だここ? あ? 『貴方は、危機から脱出して召喚されています。この世界の住人の助けになってくれる事を期待します。24時間以内であれば、再度元の場所に戻る事が可能ですが、自殺行為に等しいそれはお勧めしません。異なる言語の理解へは干渉済みとなっています』って何だよこの説明っぽいホログラフィみたいのは」
独り言で愚痴っていると、偉そうな感じの服装の団体がぞろぞろとやって来る。透明部分が勝手に開き、いかにも降りろ的な状況だ。そして実際降りてみると、目の前の集団は状況説明を始めたのだった。
「説明より先にチート寄こせよ!」
思わず叫んでしまったが、聞いているうちにどうも武器チートっぽい物が遺跡の中にあるような話なのがわかってきた。
そして、異言語理解のチートはもう授けられているのだが、自覚のないお馬鹿であるのでそこには気づかない。
全ての説明を受け、帰ったら死ぬみたいだし、ここでお金貰って自活しても良いんだろうが国がヤバイ時点で巻き込まれる可能性が有る訳か。ちょっと返事は保留して、この遺跡の中の物を漁るべきだな。使えそうな物が有るなら何とかなるかもしれんし。そこまで考えたハジメは内部を見て回り、巨大な機械騎士に魅了された。
「これがあれば、大抵の怪物には勝てるだろ。ふーん。感応シンクロ操縦システムか。何か凄そうだな。あ! 王様。俺、これ使って怪物退治引き受ける。倒したら報酬弾んでくれよ」
怪物退治は簡単だった。そしてハジメはルーブル王国では叶わなかったハーレムどころか、この力があれば全てを支配出来るんじゃね? と調子に乗ってしまった。若さ故のアヤマチ? 坊やだからさ! お馬鹿なだけである。
ハジメは機械騎士の力が無くとも、素の身体能力だけでもこの国の人間の力を遥かに凌駕している。
この世界に来た時点から彼の身体的な力は超人的に強かったのだが、怪物と称されていた地竜っぽいのを倒したおかげで大量の経験値を取得した。それによってレベルが上がり、更なる強化が成されたのであった。
怪物の討伐報酬が提示されたが、”一番の力を持つ自分が王の下につく理由は無い”と身勝手な理屈で「王女との結婚と王位を寄こせ!」と本心を叫んでしまう。
2度の召喚で手にした身体能力と機械騎士の力に溺れ、ラノベ脳に毒されてはっちゃけたのは仕方ない事ではあったのか。
それを聞いた家臣が激昂してハジメに切りかかる。反射的に反撃して、その家臣を殺してしまった事で更なる事態の悪化を招く。
結果、王と王妃、城内に居た家臣の大部分を殺してしまい、気を失って倒れていた王女を攫って行く事になったのである。
そして、王は殺される前に緊急事態の脱出指示を出す合図をする事に成功していた。
同席して居なかった王子2人と赤子の王女1人は、その合図のおかげで少数の家臣と共に城から、そして最終的にはこの星から脱出する。
逃避行の最中の彼らは、隠されていた遺跡の船にたどり着く過程でハジメの、彼の意向に従わない者への機械騎士での蹂躙を知る事となるのであった。
なんやかんやと蹂躙を繰り返し、気づけばこの星の王と言えるまでの立場に成りあがったハジメであったが、最後はあっさりとシンに屈した。
シンの恩情? により自身の悪行も含めた異世界での記憶を全て失う事が条件となるが、時間の経過は戻せない形で日本に帰る事は出来る。
そして、同意しての召喚ではなかった事と、怪物退治はしている事で世界は救っているという現実もある。彼は悪も成したがそれだけではないのだ。
最終的には被害者達の王からはハジメの扱いはシンに一任された。
そんなこんなで、彼にやり直しの機会が与えられたのは僥倖ではあったのだろう。
召喚という非日常への環境の変化ではっちゃけたけれども、元々は普通のオタである。はっちゃけた記憶を無くして日常に戻れば、特別おかしな人間ではない。オタだけど!
そして冒頭へと繫がって行き、日本に戻されたのが勇者の記憶が抜け落ちた今の相田一である。
妙な場所から目の前の他人を信じて、自宅へ戻って来た。だが、立ち上がってみると自分の背がやや縮んで低くなっている様に感じられる。
勉強机の上にあるデジタルの時計には日付が示されており、11月の半ば。最後に記憶があるのが、入学式が終わった日であるから7か月と少し時間が飛んでいる事となる。自筆の手紙には半年とあったが、若干のズレがある様だ。
時刻は正午。少しばかり腹も減っている。金曜日で平日であるため、父は仕事に出ているのだろう。ちなみに母は既に他界している。
冷蔵庫でも漁るか。と行動を起こしたは良いもののめぼしい物はなく、カップラーメンにお湯を注ぐ。多少はお腹が満たされたところで、自室に戻り、スマホを手に取る。が、長期間放置されていたのであろう。電池残量が無い様で電源が入らない。
溜息をついた後、充電ケーブルへと差し込み、PCの電源を入れる。記憶が無い期間の情報を得ようとした訳だが、その過程で自分が失踪事件の対象として報道されていた事を知る羽目になったのだった。
「やべえな。身体も縮んでるし迂闊に外にも出られないだろコレ。俺オワタ」
父親が帰って来るまでに”どう言い訳するのか”と、”これからどうするのか”の考えを纏めねばならない。
幸い、自覚は無いものの思考の速度は勇者の力で強化がされている。良い方法が考えつくかどうかは別問題ではあるのだけれど。
結局、父には記憶がないからわからん! で押し通す事にする。事実記憶がないのであるからそれは問題ない。しかし、容姿の変化は問題である。彼は身体が制服に合うサイズになるまで自宅での引き籠りを決定するのだった。
こうしてみると、あの人が持たせてくれた小判と100gの無印99.99パーセント以上の純度である金インゴットが父に対する交渉材料となる。父からすれば出所不明のアヤシイ物になるだろうが、金の力はなんだかんだと強いはずであった。
日本円に換算して800万円以上。400万分は別で取って置き、父には400万相当分で交渉材料にする事をハジメは決める。
ちなみに、それらはシンが彼に収納空間に入れている物を全部出せ! と出させて持っていた現金からサンゴウに加工して貰った物と対等に交換した物である。
元が日本人のシンは、彼が日本に帰るならと、もしも自分がそうなった場合に持って行こうと考えていた準備をしてやったのだった。
深夜に酔っ払った父が帰宅する。怒鳴られ、殴られ、それでも元勇者としての肉体の頑強さから何ともなく平然としている。肉体的に苦痛がないのは助かるが、そうである原因はわからない。記憶が無いのだからどうしようもない。
そうして父が疲れて冷静になりかけた時、ハジメの交渉の本番が始まったのであった。
「という事でお願いします。たぶん1年くらい引き籠りの不登校児になるんで。次点の案としては遠方に転校するって手も無くは無いけど。どうせ勉強も遅れに遅れてるから、自習で頑張って追いつくよう努力してみる」
「ああ。わかった。警察の捜索願の取り下げをして、スマホの再契約が早急に必要な対処案件だな。後、中学への連絡もか。やっておく。まぁなんだ。無事に帰って来てくれただけで俺は嬉しいよ。殴ったりしてすまなかった」
結果的に、ハジメは、中学の2年間を丸まる不登校児として過ごし、父の転勤に伴って転居する事になる。そうして、中学3年生からの学生再デビューとなるのだった。
「初めまして。転校して来ました。相田一です。よろしくお願いします」
転校前の学校から送られてきた資料によれば、1年入学式以降一度も学校に来ていない生徒となっており、新卒2年目の担任教師はどんな問題児なのかと戦々恐々としていたのだが、挨拶も風貌も至って普通であった。
やや小柄な体格であるためそれが理由でイジメの対象にでもなっていたのかと思わなくもなかったが、それを裏付ける資料はなかった。
ハジメは父の転勤で引き籠り生活を終えた。
引っ越しで新たな生活を始める事になった訳だが、その引っ越しの作業中に気づいた事が有る。
それは、記憶にある中学入学直前の自分の身体能力と明らかに差がある事だった。
1年半弱が経過し体格も変わっているとはいえ、まとめ買い用に2人で使うには明らかに大きい600ℓクラスの冷蔵庫を軽々と持ち上げられた。異常である。
父親と引っ越し業者が仰天していたりしたのだが、本人は自身の力に興奮すると共に、今後、自重して気をつけねばならないと考える事で頭が一杯であった。
年に一度あるスポーツテスト。ここでハジメはやらかしてしまう。初っ端で力の調節を誤って50m走で5.9秒台前半。手加減したつもりであったが、ちょっとヤバイ記録だ。
そこまでならまだ取り返しがついたかもしれない。だが、クラスで一番の美少女であり陸上選手である女の子に凄い凄いと褒められ、調子に乗ってしまった。
一日が終わってハッ! と我に返った時にはもう手遅れである。知能という意味では、学力という意味では、決して低くはないのだが、美少女には弱いオタのお馬鹿な男の子だったという事なのであろう。異世界でやらかしただけの素養はちゃんと健在であった。人はそんなに便利になれる訳……。簡単には変われないのである。
「相田君。君、陸上部に入らない?」
陸上部の副顧問でもあるクラス担任はそう勧誘する。
「いえ。三年生で受験もありますし、こんな時期から入って大会出場の選手枠を奪うとか悪役ムーブしたくないですよ」
「そう。残念だわ。相田君なら全国大会まで行って良い記録が出せそうなのに」
「いやー照れますねぇ。若い美人の先生から言われると」
その瞬間、彼女はダークなマターを纏うキャラへと変化した。就職後の忙しさから彼氏とお別れして、親しい友人達は早々に結婚する者ばかり。6人の仲良しグループで独身、しかも彼氏無しは彼女だけだったのである。
「歳なんてね。放っておいても勝手に増えるのよ。若いなんて言われるのは直ぐ終わるのよ。なんで私は独身なの? ねぇ相田君。教えて?」
こうして、まだまだ別に行き遅れでもなんでもない女教師に絡まれたのだが、曖昧な笑みのままダッシュで逃げて帰宅部を貫き通す事に成功する。
その身に纏うソレのせいです。とは絶対言えない小心者のハジメなのだった。
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