第51話 誕生!勇者シン編

 パソコン画面の胡散臭い”さぁココをクリック!”


 朝田信は新しいゲームか何かだろう? と気軽にYesをクリックしてしまう。その瞬間足元に魔法陣が出現し、転移させられてしまうのだった。


(肉体の再構成12.5歳。言語理解と収納空間魔法の技能の付与。勇者としての能力強化。では、頑張って下さいね)


 なにがなんだかわからないが、流れ込んで来る意識がそんな事を伝え、身体には力が漲って来る。これが勇者としての能力強化だろうか? そんな事を考えていると薄暗い石壁作りと思われる部屋にいつの間にか自分は立っていた。周りには誰もいない。足元には消えゆく魔法陣の残光があるがそれも間もなく完全に消えてしまうのであろう。


「召喚成功。君、そこにある剣とお金が支給品だ。ダンジョンギルドに登録して、ダンジョンを完全攻略する様に。ダンジョンコアを入手すると魔王城へ転移出来る様になる。そうしたら魔王を倒す様に。魔王を倒したら元居た場所に帰れる手段が手に入る。以上だ。では頑張る様に」


 は? それだけ? てか、俺が魔王倒すの? 何で? 朝田の頭の中は疑問でいっぱいである。

 しかし、何かを問いただそうとする前に、扉が開いて兵士です! って感じの姿の男が3人部屋へと入って来る。


「さぁそれを持ってさっさと行け! せいぜい頑張るんだな」


 ラノベの召喚で朝田が知るどのパターンでもない。隷属させられないだけマシなのか? そう思いながらも部屋から外に出る。通路を通って建物から庭園へ出ると門へと続く道がある。

 そうして門から追い出されるように外へと出される朝田なのだった。


「こんなんで言う事聞く訳ないじゃん。好きにやらせて貰うか。金もある事だしな」


 独り言をそう呟くと、物見遊山気分で城門前から歩き出すのだった。


 転移前の朝田の人生という物はほぼ詰んでいた。悪い意味で先が見えていたとも言える。なので、気軽にパソコン画面のYesもクリックしてしまったし、結果として異世界召喚されていても人生詰んでいた状態から比べればマシかも? と考える事が出来た。

 そして、未だ自分の全身の姿を確認した訳ではないが、目線の高さや、手足の大きさから体格が変わっている事は確定である。ならば、若返ってる分得じゃん? と考える余裕まである。


 Yesを自らクリックしたとはいえ、本人の自覚からすれば、拉致されて召喚されている。その事実から目を背けるのであればだが。


 当面の生活費っぽいお金を手に入れてはいる朝田は、早急に確認したい優先順位が高い項目として考えた事がある。

 それは、”この手にしている金額が果たしてどの程度の価値の物なのか?”と、”子供に戻されている自分に自活出来る生活能力はあるのか?”の2点だ。


 自身の状況が全てひっくり返る程に変わった朝田が冷静なのには当然訳がある。


 召喚前の彼の生活環境が原因だ。両親兄弟親戚といった頼れる身内を全て失っていた事。そして生活の糧を得るためにしていた仕事が、非正規の立場でありながら理不尽極まりない内容だったからである。


 無理・無茶・無謀と三拍子揃った仕事を押し付けられて熟す。それが出来てしまう程に精神面が鍛えられていたからこそ、今のこの状況でもあっさりと受け入れて優先事項を冷静に考える事が出来ていたのだった。世の中何が幸いするかわからない物である。


 お金がかからない趣味の一環として、ネット小説を読み漁っていた朝田は、ラノベテンプレのパターンを警戒しつつ周囲を見物しながら歩く。勿論、能力の確認のため収納空間魔法は直ぐに試しており、お金と剣はそこに入れているため手ぶらの丸腰である。異世界あるあるのスリへの対策も万全なのだった。


 周囲の景観からはナーロッパ的な感じがヒシヒシと伝わっており、文明の程度は日本とはかけ離れている事が直ぐに感じ取れた。

 生活の質はかなり下がりそうだなとちょっと暗い気分になりながらも、露店や商店の軒先を冷かして行く。

 どうやら自身が持っているお金の価値は食べ物の価格から類推すると100万円相当程度のようだ。これなら3か月から4か月は何もしなくても生活出来るか? 倹約すれば半年以上は行けるか? などと頭の中で計算していた時、一際目立つ建物が目に入る。その建物の大きな看板にはダンジョンギルドと書かれていた。


 ここが行けと言われた場所かと思いつつ、朝田は中には入らずに通過する。まずは寝床の確保が先だと考えたせいである。

 太陽は中天を超えており、地球の感覚から言えば14時辺りの時間帯だろうか。空腹までは行かないが夕食の確保も視野に入れて行動しなければと考えてしまうのは、身体が資本の習性が染み付いているせいなのであろう。


 食事処としては大き過ぎる建物が目に入り、そこを観察していると中から若い女性が出て来た。周辺の掃除を始めた彼女を見ておそらく従業員だろうと考えた朝田は声を掛ける。


「お仕事中すみません。ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか?」


「はい。なんでしょうか?」


 今まで面と向かって話した女性の中では、ダントツに美人だと言える容姿の持ち主から無視される事なく返事を貰えてほっとした朝田は言葉を続ける。


「宿泊施設を探しているのですが、ここは食事処と併設の宿だったりしますでしょうか?」


「そうですよ。前金制で1泊で3000G。夕食が400G。朝食が300G。全部セットだと3500Gで身体を拭くお湯が付いちゃいます。部屋の空きもございますので、いかがですか? お客様」


 朝田には相場がわからないが日本での感覚からすれば高いとは思えない。寧ろ安い方なのでは? 昼食を露店の買い食い等で済ませるとして、食住だけなら250日程は無収入でもやって行けるか。瞬時にそう計算した朝田は今夜はここに宿泊しようと決めた。

 勿論、美人の女性に釣られている面も否定は出来ないのであるが。


 童貞勇者だから仕方ないね!


「はい。では、今夜一晩よろしくお願いします」


「承りました。まだ若いのにしっかりしてるのね。一人で出稼ぎなのかしら? っとこんな事を聞いては失礼ね。ごめんなさい」


「いえ。大丈夫です。今日ここに来たばかりで右も左もわからない状態ですので、雑談がてら色々教えて下さると助かります。あ、何なら掃除のお手伝いもしちゃいますよ」


「ありがとう。では、改めて。ルイーズの酒場亭へようこそ」


 看板から名前は知っていたものの、ズなのかよ! ダじゃないのかよ! ーを取ったら別の方になるよ! と心の中でついつい突っ込んでしまうのはオタクの嗜みというものであろう。そう信じてる。


 そんなこんなで、軽く掃除のお手伝いをしながらの雑談をする。会話の中で朝田はここがルーブル王国という国の王都であり、王都ダンジョンという物があるため、出稼ぎで自分のような年齢の子供でもやって来る事があると知る。

 そうして、年齢で目立つ事はなさそうだと気持ちが楽になるのだった。


 異世界の朝は早い。日の出と共に人々は活動を開始するからである。

 宿の朝食を食べた朝田は、滞在時間の期限を確認してギリギリまで部屋で考える事にした。端的に言うのであれば今後の方針をどうするかである。夕食や朝食時に滞在客と雑談をする機会もあり、それなりに知識を得ている。

 帰りたいのであれば魔王を倒せと召喚された部屋では言われたものの、もしそれを拒否した場合どうなるのか? その答えは”死”である。


 魔王を倒せる存在に駆け上がれるのは単体では勇者のみであり、勇者は1人しか召喚出来ない。正確にはこの世界に同時に2人存在する事が出来ない。つまり拒否して逃亡しようとした場合は次の勇者を召喚するために殺しに来るという事である。

 仮に追っ手を躱したとしても魔王から狙われる可能性も有る。魔王にとっての危険の芽を排除するという目的で。

 後、単純な話として、王都から逃げる事自体が難しい。王都から延びる街道の全てに関所が設けられており、納税義務を果たす事なく域外へ出るのは禁止されているからだ。

 では関所以外は通過出来るのか? 合法的に出たのではない場合、関所で発行される許可証が入手出来ないため、他の町や村などの集落に入る事が困難となる。

 そもそも街道以外を行く事自体が危険であるし、逃亡防止の巡回兵士団も居るのであるが。


「どう転んでも倒すしかないって事か。少なくとも倒す意思がある様に見える行動は必須って事だな。なるほど上手い手だ。無理やり強制で教え込みつつやらせるよりは、自主的に知ってから自発的に魔王討伐させる方が効率が良いって理解してるって訳だ。んで駄目そうなら殺せってか」


 ある程度考えが纏まった時点でついつい独り言を言ってしまうヤバイ勇者である。


 こうして、実質選択肢が無いのだと知った朝田は、シブシブながらもダンジョンギルドへと向かう。

 こうなった以上は死にたくないから振りだけでもしておこう。そのうち良い考えが浮かぶかもしれないし、状況が変わる事だってあり得る。今の朝田はそう考えるしかなかったのである。


 ダンジョンギルドではテンプレの新人に絡むイベントは普通に起こったが、朝田は全力でスルーした。

 相手にしても良い事はないとラノベ知識が、ナーロッパ知識が、教えてくれているのだから仕方がない。俺、オタクで良かったと思える珍しい瞬間となったのだった。


 そうして、登録はシン・アサダの名ですんなりと終わる。勇者シンの誕生の瞬間であった。勿論、改めて大地に立ったりはしない。最初から立っているから!

 尚、その場に居た人間の本人以外、誰もシンを勇者だと思っていないのは些細な事である。


 特に規約らしい規約がほとんど無く、決まり事のルールはシンの常識の範囲を超えるような物はない。そして、ランク分けすらないと知ったシンは驚いていた。

 Sランク冒険者! みたいのを期待していたシンは肩透かしを食らったのである。


 依頼としては常設依頼、指名依頼、期限付き受注依頼の3つがあり、新人のシンには指名などあるはずがないのでとりあえずは常設一択だ。但し、受注依頼も目を通して内容を頭に入れておく。

 何故そんな面倒な暗記をしているかと言えば、ちゃんと理由がある。

 受注依頼は受けてから行く失敗違約金のリスクを負う選択と、受けずに内容を達成してから受けて即報酬を貰うという、誰かに先を越されて無駄足になるリスクを負う選択の2つが選べるからだ。


 王都ダンジョン。最古であり、原初のダンジョンである。踏破されると一定期間後に新しいダンジョンコアが生み出され、内部構造が変更される不思議な場所だ。

 余談であるが、他の国にある全てのダンジョンは、この王都ダンジョンが踏破された時に入手されたコアを根付かせて作られた物となっている。根付いた後はそこでも踏破後に新たなコアが生成される様になるのだが、根付くかどうかは運次第だったりするし、入手出来るコアの質は下がってしまうけれど。


 シンはパーティのメンバー募集などが無いかを確認したのだが、その様な物はなかった。

 王都ダンジョンは信頼出来る仲間と入るか、一人で入るかのどちらからしい。

 実力、人柄がわからない他人に背中を預けるとか、襲ってくれと言ってる様な物であり、あり得ない選択になるから募集などあるはずがないだろうとあっさり言われてしまった。ぼっち確定である!


 なんだか全然ウキウキ感のない、ぼっちのダンジョンデビューをしたシンは、それでも低層での常設依頼を淡々と熟して行く。

 ぼっちであるから安全マージンを大きく取る事になるのだが、勇者補正での強さと成長速度が有効に作用していたため、3か月も経った頃には低層のゴミ漁りの異名が付くまでになっていた。

 通常のギルド所属メンバーは、稼ぎを求めて低層をさっさと卒業して行くのだが、シンは違った。低層で他者とは比較にならない程大量に敵を狩る事が出来ていたため、稼ぎが大きかったのである。


 低層の内の最下層で他人が狩りをする事が出来ない程、リポップする場所とタイミングを管理し、全ての敵を独占して毎日狩るのはやり過ぎではあったが!


 定期的に情報収集という名のシンの監視を行っているルーブル王国は、いつまでも低層で狩り続ける勇者を問題視する。しかし、直接強制はしない。過去の勇者召喚の記録からそれが悪手である事を理解してしまっているからだ。

 そうして、実質シン以外は対象にならない様な嫌がらせの税が新設される事となる。低層のみを対象とした超が付くほど激しい累進課税である。


 こうして、シンは低層で狩り続ける事は生活が貧相になるため止めざるを得ない状況に追い込まれ、内部での移動時間や野営の必要性という問題が発生する事になる。

 そして、シンの殲滅を期待して、最小限の見張りのみで低層の内の最下層をベースキャンプとする事に慣れたいくつものパーティが、怨嗟の声を上げたのは些細な事である。


 意図しない所で、知らないうちに便利に使われてる事ってあるよね!


 スライムでレベルを限界まで上げ切ってラスボスに挑むのは駄目なのかよ! と叫びたくなるシンなのであった。

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