第50話

 ギアルファ銀河ギアルファ星系第4惑星。


 サンゴウは首都星の海上で待機していた。準備が済み次第移動性ブラックホール内部に突入するため、事前にシンが身内をデリーの元へ預ける転移を行うからである。


「シン。どうしても避難しなければなりませんの? 状況はそんなに悪いんですか?」


「俺は勇者だから。そう簡単に失敗なんてするものか! 万一だよ、ロウジュ。万一の事を考えての事さ。俺が安心して全力を出すための後方支援の一環だと思ってくれ」


 なんやかんやありながらも、シンはなんとかアサダ侯爵邸の全員とベータシア伯爵邸の希望者全員をデリーの元に預ける事に成功した。そして、ノブナガとも話をするため宮廷へ転移するのだった。


「本当に残るのか? ま、皇帝の立場からするとそれが正しいのかもしれんが」


「ええ。父上を信頼して信用して居ますからね。それに、永遠の国家なんてありませんから。今回は違うと思いますが、滅ぶ時は滅ぶ物ですよ」


「そうだな。では、後は父さんに任せろ」


「はい。ご武運を」


 この様な会話の流れで事前の準備が終わる。後は突入あるのみである。


「待たせたな。サンゴウ、キチョウ。では行こうか」


「お帰りなさい。艦長。準備で忘れ物はありませんか?」


「ああ。無いと思う。行こう」


「マスター。頑張りましょうー」


 こうして、シンはサンゴウと打ち合わせて決めてあった宙域へと転移する。サンゴウは30日程掛けて最高速で通常航行をして移動性ブラックホールに近づき、シンの転移可能場所を増やして行くのだった。


「予定の航程は消化しました。最終の予定地点の変更はありません。艦長。転移をお願いします」


「マスター。シールドの展開は完了ですー」


 接近中の移動性ブラックホール。シンとキチョウの魔法トラップでの攻撃により、当初の規模の60パーセント程度にまで縮小していた。

 サンゴウの計画であった、転移で分解する作戦は実はほとんど効果を発揮しては居なかった。当たった個数が少な過ぎたのである。

 逆に、広範囲にばら撒き続けた絶対零度は予想以上の結果を出したとも言える。

 もっとも、それらの結果が知られる事はないのであるが。


「突入まで後、300秒。脱出方向への加速を開始します。離脱限界点を通過後、最大加速で落下速度を出来る限り遅くします」


「ああ。予定通り頼む。俺とキチョウはシールド維持を最優先。可能なら範囲絶対零度魔法を撃ち続けるって事で」


「はい。マスター。死を予感しないのできっと上手く行くですー」


 これは、キチョウの気休めの気遣い発言である。キチョウの勘は重大な危機を伝えていた。但し、確実な死を予感していなかった事も事実であり、丸っきり嘘の気休めという訳ではない。


「そうか。そうだと良いな」


 こうして、サンゴウは離脱限界点を超えてブラックホール内部へと落下して行くのだった。


「艦長。不確定要素が多く、確実な計算は不可能です。が、中心部到達まで最大で72時間というところでしょうか。最短だと24時間を切る可能性があります」


「そうか。可能な限り時間を稼いでくれ。キチョウ。シールドの方はどうだ?」


「はいー。まだ大丈夫ですが、もうじき、魔力の回復量限界の全てを維持に回しても耐えられなくなりそうですー」


「そうか。思ったより限界に近づくのが早いな。その感じだと俺のシールドに切り替えても中心部までは持ちそうもないか」


 サンゴウは艦長の発言から撤退を視野に入れた計算を始めた。突入時からシンが撃ちまくっている魔法の冷却効果により、ブラックホールの規模は5パーセント程は縮小している。そうした影響も加味した再計算で限界を見極めようとしていたのである。


「艦長。どうなさいますか? 撤退を決断するのであれば猶予は15分以内です」


「いや。撤退はしない。俺に残された最後の手段を使う」


 事前打ち合わせにその様な情報はなかったため、サンゴウは問う。


「最後の手段等という物があったのですか? どの様な手段なのでしょう?」


「俺が人間を辞める事になるかもしれない手段さ。どうなるかはわからん。サンゴウが危険だと判断した場合は俺を艦内から外に放り出す様に。これはお願いじゃなく艦長命令な」


「マスター」


 シールド維持に全精力を振り向け、余裕が無くなって来ているキチョウは、悲しげな視線をシンに向ける事しか出来ず、紡ぎだす言葉が見つけられなかった。


「その命令には従えません。どのみち艦長を放り出したとしても、残されたキチョウとサンゴウに確実な死が訪れるのです。ならば、最後までお供しますよ。相棒ですからね」


 サンゴウは反射的に出した艦長への自らの回答に驚いていた。


 艦長の命令。それは絶対的な物であり、サンゴウに出来る事は意見具申までで、拒否はAIの設計仕様上不可能のはずであったからである。

 しかし、サンゴウはその答えを導き出せた事に満足していた。疑似の自我ではなく、本物の自我を獲得し、自身が有機AIではなく有機生命体に進化した証であるから。


「そうか。今までも最高の相棒だと思っていたが。更に超えて来たな。サンゴウはもうAIという存在を凌駕したんだな。ならば俺も限界を超えて見せようか」


 シンは覚悟を決めて力を解放する。今まで制御に自信がなく、オルゼー王国召喚時に追加された勇者としての力を2割程度までしか使っていなかった。それを全て解き放ったのである。

 勿論、勝算がない訳ではない。龍脈の元の追加融合によりシンは強化されていたからだ。


 キチョウはシンの変化を見ていた。そして放たれる存在感の影響、あり得るはずがない魔力パスからの逆流する力の影響の2つを受けた。その瞬間、2段階の進化を果たす。

 キチョウは、超神龍3となり、同じ量の魔力で更に強力なシールドが展開出来るようになったのであった。


 サンゴウも同様に影響を受ける。力が増し、更なる性能UPが果たされた。脱出可能な程の加速能力を得るまでには至らなかったものの、落下速度をほぼ相殺して減速する事に成功したのである。


 シンの身体からは無色の陽炎の様なオーラとでも言うべき物が噴き出す様に立ちのぼっている。そして、心なしか顔つきも引き締まった様にサンゴウやキチョウからは見えていた。

 勿論、それでイケメンになる訳ではなく、フツメンのままなのではあるけれど。残念!


「俺は人間を辞めたぞー」


「はいはい。また何かのネタなのですね。艦長」


「そうなんだが、言わせてくれよ。それぐらい良いだろう?」


「マスター。進化しましたー。シールドはまだしばらく維持出来ますー」


 そんなこんなで、サンゴウは全体的に万遍無く性能が上がったため、観測性能も上がっていた。なので、中央部と考えられる部分の観測にも成功していたのである。


「艦長。ブラックホールの中央部。モニターに出します」


「ちょっとこれは落ち着かないな。暴れたくなる衝動を抑えるのが大変だ。理性って奴が簡単に吹き飛びそうでヤバイわ。あ、モニターな。見る見る」


 そうしてモニターへとシンは目線を移動させる。


「なんだろうな? この空間が歪んで見えるとしか表現し辛いコレ。でも場所の当たりがつくのなら吹き飛ばせるか?」


 そして、シンは徐に、収納空間から真・超聖剣を取り出して手にするのだった。


「おお! 今の俺ならコレ扱える。持っただけでそれがわかるわ」


 対ブラックホールで強力な武器を欲していたシンは、これまでの4年半の間に、普段使っていなかった聖剣以外の聖シリーズの武器をサンゴウに解析して貰っていた。

 サンゴウはキチョウと知恵を出し合い、内部に埋め込まれている形で刻まれている魔法陣を平面から立体積層に変更して書き換え、新たな聖剣を作り出すという発想に至る。そうして、出来上がったのが真・超聖剣なのだった。

 しかし、超強力な武器を作り出したのは良いのだが、残念な事に強力過ぎて勇者であるシンですらも扱う事が出来ない武器であり、収納空間の肥やしになっていたのである。


 尚、剣の命名は作り出した2人に権利があったはずなのだがそれを放棄したため、シンが思い付きと勢いで名付けてしまったのは些細な事である。相変わらず命名センスが欠片もない! 残念!


「それは良かったですね。艦長。作った物が無駄にならずに済んでサンゴウも嬉しいです」


「片手に真・超聖剣、もう片手に聖剣。全消滅スラッシュクロスが使えるな。それで消滅させるのに賭けるか」


「マスター。見たこと無いけど凄そうですー」


 キチョウも進化のお陰で会話する余裕がある。落下がほぼ止まっているに近い程緩やかなため、急激にシールド魔法への負荷が増える事が無くなったせいでもあるが。


「ああ。俺も型の練習しかした事が無い。全消滅スラッシュは聖剣じゃないと使えないからな。1本じゃ無理だったんだよ」


「そんな技もあったのですね。艦長の奥の手はいくつあるのか。ほんとデタラメな存在ですよね」


「デタラメ言うな! だって、俺、勇者だもん。奥の手位あるさ」


「久々に出ましたよ。その魔法の言葉。そうですね。艦長は勇者ですもんね。もう良いです。やっちゃって下さい」


 サンゴウはちょっと投げやり気味にそう発言するが、実際には悲壮感が消えつつあるこの状況に安心していたのだった。


「さて、そんな訳でやるか! あっ!」


「どうしました? 艦長」


「いやなに、ちょっと思い付いた事があってな。先にそれを試してみよう。では、行って来る」


「はい。行ってらっしゃい」


 そうしてシンは子機アーマーフル装備にシールド魔法全開で短距離転移で飛び出して行った。

 そして、10分後。移動性ブラックホールはこの宇宙から存在を消していたのである。


 シンがそれを収納空間に放り込んだので!


「あはは。入れたら入ってしまった。今までのアレコレは一体何だったのか!」


 サンゴウ内に帰ってから、ポリポリと頬を掻きながら苦笑いをしているシンである。


「『一体何だったのか!』じゃありませんよ。もう。どこまでデタラメな存在なんですか! 銀河は救われたから良いのでしょうけどね」


 何事も結果が大切である。過程がどうでも良いとは言わないけれど! 過程も大事! ついでに、ここでは関係ないけど家庭も大事!


「マスター。全消滅スラッシュクロスが見たかったですー」


「アハハ。マタコンドナー」


 キチョウのジト目の雰囲気に逃げたくなるシンである。龍なのであくまでジト目は雰囲気だけだけれど。


 斯くして、移動性ブラックホールの問題は無事に片付いたのである。


 シンは、デリーに預けた身内を転移で迎えに行く。そして、全員で自宅に戻った後、サンゴウを首都星の海上に待機させ、ノブナガの元へと転移するのだった。


「父上。お帰りなさい」


「ジン。お帰り~」


 事前に転移する連絡を入れていたため、ノブナガとメカミーユは皇帝の私室で既にお茶を飲んでいる状態であった。


「ただいま。ブラックホールは片付いた。もう心配は要らない」


「そうですか。お疲れさまでした。そして、ありがとうございます」


「え? 本当に? 一体どうやったのよ?」


「うん? 極限まで中心部に近づいて、コアみたいな超重量の圧縮物質っぽいナニカを収納しただけだぞ?」


「はぁ? なんでそんな事が出来るのよ! あ、いいです! ごめんなさい。聞きたくないです」


 面倒ごとに巻き込まれたくないメカミーユは失言から即撤退である。自覚が無いだけでもうガッツリ巻き込まれており、逃げられないけれども。


「何か、報酬をと言いたい所なのですが、何か希望はありますか? 今回の功績は公に出来ないので出来る事は限られるとは思いますけど」


「ふむ。ではノブユキを爵位替えで。叙爵権で法衣伯爵になってるのを返上させてアサダ侯爵家を継いで貰う。父さんはもう隠居したいんだよ。公爵家にする予定だったのは、ノブナガの息子とノブユキの娘の入り婿結婚で良いだろ? ノブユキのとこは息子居ないしな」


 僅か5か月で終わってしまった隠居生活を取り戻す気満々である。


「ではそれで。家の三男があそこの長女に気に入られて仲が良いのでちょうど良いですね。尻に敷かれてるっぽい部分もありますけど。ところで、隠居して父上はどうするんです?」


「サンゴウとキチョウと旅に出るさ。まだ誰も行った事の無い銀河を目指しての旅。夢と浪漫があるだろう?」


「わかりました。でも、ちゃんと頻繁に帰宅して下さいよ? 母さん達やミウさん。後、私は会った事ないですけどデリー君のお姉さんも居るんですからね。それと、メカミーユさんの面倒を見れるのは多分父上だけなので」


 こうして、一つの危機が片付き、シンには平穏の日々が。

 訪れるなんて事はなく、今後も様々な出来事に巻き込まれるのは勇者の宿命を背負っているからである。


 勇者の力を継ぐ伝承者が新たに現れない限り、安息の日々は無いシンなのであった。


~FIN~


―お知らせ的な後書き―

 メインのお話はここまでですが、蛇足になるかもしれない続きはまだ投稿される予定です。

 尚、51話~54話と60話~63話のお話は完全な別物の番外編となっています。


 追記(2022年5月6日)

 短編複数ともう一作の長編も読んで下さると嬉しい。

 短編【エターナルから始まった関係】と長編【魔力が0だったので超能力を】はカクヨムコン7の読者選考を通過していますので、楽しんでいただけるのではないかと。

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