第49話

 ギアルファ銀河とウミュー銀河中間宙域。


 サンゴウはシンとキチョウが安全に魔法トラップをばら撒くためのお手伝いをしていた。離脱限界点を超えない位置取りへと調整し続け、移動性ブラックホールまでの推定距離と速度を計測し続ける。

 計測結果から導き出される最適と思われる発動時間を2人に伝え、時間設定の補助を行っていたのである。

 これらの作業はシンやキチョウでは不可能であるので、正に、サンゴウの協力無しでは成立しない作戦だった。


「初日でばら撒いた分はもう発動してる訳だが、効果は出てるのか?」


「いえ。差異は計測出来ていませんので、効果として出せるデータはありません」


「そうか。わかっていた事ではあるけど、実感出来る成果が無いってのはキツイな」


「まだ、時間の猶予はあるのですから地道にやって行くしかありませんよ」


 初日を終えて2日目に突入したシンとサンゴウの会話はそんな感じであった。ちなみに、キチョウは設置する事自体が楽しいらしく、特に不満を言う事無く作業に従事している。


 ノブナガは皇帝として次々に指示を出して行く。現時点ではギアルファ銀河から移動性ブラックホールを観測する事は出来ない。そのため、彼はそれの接近や接近時に起こる出来事を公表する事に意味が無いと判断を下す。

 そして、最悪の事態で逃げる事になる場合、必要となる艦船と食料の増産を限界まで行うつもりであったのである。

 勿論、宗教施設の建立も指示が出されており、建設工事は急ピッチで行われていたのは言うまでもない。


 大きな危機が将来訪れる。しかしながら、それとは別に日常的に起こる問題が無くなる訳ではない。

 当然の様に宇宙獣の襲来という災害や人災は起こるのである。もっとも、大事件のレベルではないのだけれど。

 メカミーユは来るべき未来までに少しでも力を蓄える目的でそれらに対処するために数多の戦場を駆け抜ける事になる。常勝の戦女神として!


 そして、事情が事情であるため、シンが私費を投じて作った帝国軍仕様のパワーアップ版高速戦艦群が彼女の部隊に人員付きで貸与される事となった。これらは平和であった10年間の間にノブナガが独自に持つ兵力として用意された物だ。

 それは、サンゴウの全面協力により生産されて編成された半個艦隊相当の物だったが、アサダ侯爵家の戦力としては直ぐに必要な物では無くなったという事情もあったのだった。

 シンはサンゴウを持たない息子への父親としての配慮で艦隊戦力を準備をしていたのであるが、全く予想しない形で流用される事となったのである。


 シンがサンゴウと共に復帰したからね!


 尚、余談ではあるが、サンゴウが玩具にして解析した機械騎士の自己修復技術が導入されているため、整備性が格段に向上している高性能艦となっている。

 私設軍扱いなので独自改造という届け出になっており、その技術は秘匿された。

 そして、性能の比較対象は帝国軍艦艇であり、サンゴウではないのは言うまでもないが。


 そうして3年の時が過ぎる。


 移動性ブラックホールの到達予想は残り2年強を残すのみとなり、避難するのであればそろそろ開始しなければ間に合わなくなる時期となっていた。


「父上。やはり避難しかありませんか?」


「サンゴウの推測では今のペースでやっていたのでは消滅には程遠いらしい。現状は25パーセント減位でしかない」


「力を増した父上でも不可能なのですか。残念ですが、避難計画に移行するしかなさそうですね。もっとも、全ての民を救うだけの艦船は用意出来ません。選別するしかありませんか」


 苦渋の決断を迫られる事になる息子の顔を見るのは父としては辛い。そして、シンにはまだ手段が残ってはいるのである。リスクが高過ぎる案でもある訳だが。


「避難に関しては、やろうと思えば全員漏れなく運ぶ事が出来なくはない。だが、避難先で全員が生きて行けるのかは別の問題だ」


 想定していない父親の発言に、ノブナガは何故今までそれを黙っていたのだろうか? という疑問が過る。


「出来るのであれば何故今になってそれを?」


「不可能ではないが安全かどうかという点が問題になるんだ。それと融合を受ける前の父さんには無理だったという理由もある」


 そうして、シンは惑星を影に入れて転移する方法を提示する。出来る限りやりたくはないと言葉を添えて。


 巨大な影を作り出すには強烈な光源が必要である。光源自体は魔法で作り出す事は可能だが、強い光の影響がどのように出るのかがわからない。

 そして、避難先の適度な恒星の周回軌道へ惑星を出すのだが、恒星が違う以上は環境が変化せざるを得ないのである。

 勿論、宇宙船で避難した場合、避難先の惑星は前と同じ環境である事はあり得ない。

 故に、本来は問題とはならないはずではあるのだが、惑星と共に運ばれた人の心はそうは受け入れないだろうという事が容易に想像出来るのだった。

 更に言えば、安全性は人だけの問題ではない。影に入る時間は短時間で済ませる予定ではあるが、人以外の生き物への影響という物も当然の様に出るのである。


「もう1つ方法がある。但し、こっちは賭けだ。文字通り全てを賭ける事になる。父さんがブラックホール内部に入り中心部を破壊する方法だ」


 その方法はシンが命を懸けるので、失敗すれば避難も不可能になる。文字通り全てが助かるか、全てがブラックホールに飲み込まれるかのどちらかしか結末が無い方法である。


「後な、サンゴウの計算結果を伝えておく。ギアルファ銀河が飲み込まれた場合、今の避難先の候補地であるラムダニュー銀河へ進路を変える可能性が高いそうだ。予想到達時期が8年後らしい。これはギリギリまで今父さん達がやってる作業を続けた場合なので、止めればその分は早くなる」


「それはどれを選んでも父上に頼るだけなのですね。私は無力なのですね」


「頼りにならない情けない父親でありたくはないぞ。尊敬される偉大な父親だろう? 父さんは」


 言ってる事とやってる事はカッコイイ。見た目が自分より若造な父親なのがアレだけど! とノブナガは思った。年相応より遥かに若い容姿という物は、仕事上では損な事が多い物である。


 そして、母さんとのアレコレを見える所でやるのもアレだけど! とも思ったが、そこは突っ込んではいけない所なのであろう。


 夫婦仲が良い事は素晴らしい! 愛人も囲ってるけどね!


 メカミーユは順調に力を蓄えていた。シンから貸与された艦隊の性能が有ったとは言え、この短期間で武勲を積み上げ、少佐から少将の階級まで駆け上がる事に成功していたのである。

 そして、その功績から、軍の内部でも名物指揮官として話題に上らない日が無いという有名人だ。

 尚、独特の指揮スタイルと衣装のせいもあるのは公然の秘密である。窮地に陥って助けられた将兵も多く、勝利の女神としての立場を着々と築き上げていたのだった。


「メカミーユ少将。遅かったですね。もう先に話を始めてましたよ」


「申し訳ありません。皇帝陛下。燃料切れで補給していた分遅くなりました」


 エネルギー残量を考えずに殲滅行動した結果であるので、本人の責任である。相変わらず細かいポカは多い女神様なのだった。


「ジン。首尾はどうなのよ?」


「ああ。3年間頑張った結果、ブラックホールは元の75パーセントの規模に縮小させた」


「それが出来ただけでもすごいんだけど。でも、それって間に合わないじゃない! どうするのよ?」


 ざっくりと先程ノブナガに伝えた選択肢を彼女に伝えたシンは”女神パワーで何とかならんか?”の無茶振りは一応してみる。ダメで元々、やってみるのである。宥めて、煽てて、スカして。努力という物はそういう物だ!


「逃げても時間的猶予が伸びるだけ。で、最良の結果でも元の規模と同等のブラックホールに戻る上に再度、進路上の銀河しか逃げ場が無いとか酷過ぎない? しかも、この銀河が消滅したら私の評価は0ですよ! ゼ・ロ! ねぇ。ジンとサンゴウさんとキチョウさんが揃っても本当に無理なの?」


 これまでの結果から、消滅させられる攻撃力自体はある。当てられる距離まで近づく事が出来ないのが問題となっているのだった。


「メカミーユは施設や軍のおかげで力が増えたけど無理な物は無理だろ? 俺だってそうさ」


「父上。ラムダニュー銀河から更に逃げる選択をした場合、時間の猶予はあるのですか?」


「いや。そこから隣の銀河へ転移する事が出来ないから転移出来る様にするための時間が必要になる。その分の時間はブラックホールに対処出来ないから今と変わらないか悪くしかならない。時間的な事で言えばおそらく悪い方になるだろうな」


「そうですか。では、命を懸けるのは父上なので選択はお任せします。どれを選んでいただいてもそれに合わせて動きますよ」


 ノブナガは覚悟を決めた。父の性格からすれば身の回りの者だけは転移で逃がして、最終決戦に挑むであろう事は想像出来た上での発言である。そして、自身は逃げる事はしない決断もしているのだった。


「そうか。では、後1年半は今の作業を続ける。そしてその後は身内だけはデリーに預けて賭けに出るとしよう。メカミーユはどうする?」


「本音を言うと身内の枠に混ぜて欲しいかなーなんですけど、それやっちゃうとこの島宇宙を見捨てた事になるのよ。全員助ける方向で避難するなら評価0で済むけれど見捨てたらマイナス。どう転んでも死んじゃうならここに最後まで残るわ。後1年半で力が増せば何か出来るかもしれないしね」


「お互い、やれる範囲で頑張るしかないな。じゃ俺は戻る」


 そんな感じで中間報告は終わり解散となる。この話し合いで今後の道筋はより具体的に見えてきたのだった。


「艦長。お帰りなさい」


「ああ。ただいま。後1年半、ギリギリまで同じ様に削った上で内部からの攻撃に賭ける事に決めた。だが、サンゴウとキチョウはそれに付き合う必要はない。サンゴウとキチョウはデリーの所で待って貰って、俺がしくじった時、皆を乗せて安全な銀河目指して逃げて欲しいと思ってる」


「艦長のお考えはわかりました。それは艦長命令ですか? それとも提案ですか? どちらでしょうか。フフフ」


 過去に経験がない程の恐怖を感じるシン。そして、キチョウはシンを見つめて無言である。こっちも雰囲気は絶対零度を放っている。


「命令はしない。サンゴウもキチョウもそれぞれの意思を尊重するつもりさ」


 言い方まずったかなぁと内心反省しているシンである。


「そうですか。では、サンゴウは提案は拒否します。移動性ブラックホールの内部調査が出来る機会は今回を逃せば二度と無いでしょう。貴重な機会です。お供させていただきますよ」


「マスター。3人の方が勝率が上がるですよー」


「そうか。ありがとう。おまいさんらに苦労をかけるねぇ」


「それは言わない約束ですよ。艦長」


 どこかでネタを会話に盛り込まないと気が済まない病に罹っているシンである。そして、付き合いが長くなったサンゴウはちゃんとそれに対応出来る。優秀過ぎるAIは芸が細かいのだった。


 2年以上も前に龍脈の元を融合しているサンゴウはエネルギーの供給の心配は無くなっている。それはキチョウの魔力についても同じだ。シンとの違いは一度に使える魔力量の制限がある事と余剰魔力がどうなるかである。


 融合を行った時、メカミーユの当時の力では、収納空間魔法の技能を付ける事やレベル上限の解放は不可能であった。なので、自身の力を切り取って出来る範囲の措置で誤魔化す事となる。

 具体的には、シンと自身へと魔力のパスを繋ぎ、余剰分は基本的にシンの収納空間に全量流し込む事にしたのである。

 これは一方通行の措置であるので、足りない場合に取り出すことが出来ないという、使用量の上限に制限がある点がシンとの差異となってしまうのだった。

 ちなみに、自身へも繋いでいるのはシンの身に何かあった時のための保険であるが、万一の場合は役得! まで考えているチャッカリさんである。こういうところが駄女神なのだろう。多分、きっと、おそらく。


 現時点ではそのようになっているが、いずれ力が増した時には収納空間魔法の技能を付与して、レベル上限の解放も行う予定と説明はされており、全員納得の上での措置となっているのであった。


 こうして、最終決戦っぽい状況は段々と近づいて来る事になる。


 力技で何とか出来そうなはずなのに、長期間苦労するって最初の魔王倒した以降だと初めてじゃね? 俺、これが終わったら引退してのんびりするんだ! と無駄にフラグを立てに行くシンなのであった。

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