第52話

 王都ダンジョン中層域。


 狩場を中層に移動させたシンは、収入面でやや追い込まれ気味になって来ていた。ぼっちでのダンジョンアタックでは狩りの時間が満足に取れないからだ。

 収納空間魔法があるので物資の持ち運びには何ら問題は起こり得ない。食料、水などの物資はそこまで必要か? と思わなくもないレベルで突っ込んであったりする。勿論、予備の装備も万端である。

 問題となるのは睡眠時間などを含む必要となる休息と、入口から狩場への往復の時間である。


 パーティを組んでダンジョンアタックが出来れば良いのだが、そう都合良くメンバーが見つかる事はない。


「はぁ。どうすればいいんだろ」


「どうされたんです?」


 ダンジョンギルドの受付嬢はシンの独り言に反応する。


「ソロで限界を感じてるんだが、組んで貰える相手が居なくてね」


「あー。そういうのは紹介出来ないんです。お役に立てなくてごめんなさい」


「デスヨネー。話は変わるけど、魔王とか勇者の資料ってどこかで閲覧出来ないだろうか?」


 過去の勇者を参考にしようと考えついての質問である。


「それでしたら、過去の魔王の記録がギルドの資料室にありますよ。大雑把な物になりますけど。詳しく知りたいのであれば王都図書館ですね。でも1日の利用料が10000Gとお高いです」


「そうなのか。気晴らしも兼ねてちょっと資料室へ行ってみるよ。2階でいいのかな?」


「はい。2階です。行けばわかると思いますよ」


 資料を漁ったシンはざっと見て自分が21代目の勇者であり、初代が約1350年前に召喚された事を知った。

 魔王が再度出現するまでの期間は、初期は倒されてから100年もの長い年月が必要だった様だが、それは段々と短くなっており、ここ何代かは30年程となっている。

 尚、出現してから討伐されるまでの期間は最短で9年であり、最長で18年。平均すれば13年弱となっていた。

 

「これ、駄目な勇者扱いで殺されたのが何代目っていうのにカウントされてないんだろうな。同じ能力を付与されているのに最短と最長で倍違うとかおかしいからな」


 ついつい疑問というかツッコミどころを独り言で口にしてしまうシンである。


 ぼっちを拗らせると独り言が増えてくるよね!


 ちなみに、実際の所は、カウントされていないという認識については合っている。見切りをつけられて殺される場合は短い期間で行われるからである。が、期間が倍違う点は個人の資質の差の影響が大きい。同じ能力を付与されていても素質、性格で成長や踏破の速度に差が出るものなのである。


 資料室の資料では知りたかった本命についての情報は得られなかったものの、これはこれで有用な情報だとシンは思考を切り替える。

 そして、無駄に多くの知識をため込んでいたオタクの記憶が、何故かこの時思い出される。イルカの睡眠についてだ。

 イルカ・クジラ類は脳を部分的に休め、泳ぎ続ける。半分が寝て、半分が起きており、緊急時には即対応するのである。イルカに出来て、俺に出来ないはずがない! シンは何の根拠もない謎の自信と理論によって訓練を始めたのだった。


 結果的にシンは、3日間宿に籠って自己流訓練で試行錯誤する事になった。そうして、並列思考・分割思考・部分休眠といった脳に係わる能力を身に着ける事に成功したのである。

 勇者として強化された能力が発揮され、それらを身に着ける事を可能にしたのだった。


 そして、シンは知らない事ではあるが、それらは過去の勇者達は身に着けていない能力である。

 彼らはぼっちでダンジョン踏破を可能にする方向ではなく、奴隷を購入して戦力強化し、パーティを組んで対処していたのだった。異世界あるあるのハーレムとかチーレムパーティというやつである!


 但し、残念童貞勇者のシンにはそういう事態は起こらないけれど。シンの思考の方向性がおかしいだけである。気づけ、気づけ、気づけ、気づけ……気づいてよ!


 そんなこんなで、ぼっちダンジョンアタック力がパワーアップしてしまったシンは、ダンジョン踏破を目指して潜る! 様に見せかけての金策兼レベル上げである。


 その過程において、様々なスキルを覚えて行く。勇者としての能力強化はスキルの習得率にも影響しているからだ。

 勿論、そのスキルには各種魔法も含まれているのである。

 そして習得したスキルをガンガン使って敵を倒す事で、習熟度とレベルが高まって行く好循環を生み出すのだった。


 ずっとぼっちのままだけどね!


 ぼっちを貫き通すシンは経験値がパーティメンバーに分割される事がない。そして、仲間の強化をする必要もない。更に言えば、仲間と意思疎通して呼吸を合わせるなんて事も必要ないが故に、敵の殲滅速度も速い。その上、何をするにしても、方針を決めるにしても相談するという行為が基本的にないのである。

 つまるところ、無駄という物がほとんどそぎ落とされたダンジョン攻略になってしまっていたのであった。なにしろまともに寝てさえもいないのだから。


 そんな感じで、シンはパーティメンバーという仲間を持たない事によって、過去に存在したどの勇者と比較しても、あり得ない程の速度で強くなって行ったのだった。ぼっち最強伝説の幕開けである。


 しかしながら、いくらぼっち最強伝説のシンであっても補給は必要である。なので、たまにはダンジョンから出て王都で物資の調達をする事はある。

 そして、召喚から1年以上も過ぎてしまった現在、今更ながらに気づく事があった。

 あれ? ファンタジー世界なのにエルフさんもドワーフさんもモフモフ獣人さんもまだ見てないぞ! と。


 久々の王都だからと、ルイーズの酒場亭で身体を休めるシンは、それに気づいた以上は尋ねずにはいられない。

 そんな訳で、夕食時に他の滞在客にさりげなく酒を奢って雑談に加わり、情報収集のお時間である。


 そしてシンは、衝撃で驚愕の知りたくなかった恐ろしい事実を知る羽目になる。

 シンがルーブル王国の王都に居る限り、いや、国内に居る限り、それらの人族以外の種族とお知り合いになるどころか、見る事すらもほぼ不可能で絶望的であると。


 所謂ファンタジー世界によく登場する種族は、この世界においても概ね存在はしている。しかしながら、シンが召喚されたこの国は、人族至上主義というお国柄のため、人族以外の種族は見かけたら殺されるか捕まえられて奴隷一直線コースになってしまう。

 そんな危険な国にそれらの種族の方々が寄り付くはずもない。そしてシンは自由に国外に出る事は不可能である。つまりは、姿を見る事すら絶望的状況という結論になるのであった。


 シンは物資の補給と共に装備の刷新も行いたい。しかし、通常店で売っているレベルの物では満足行く性能ではなくなって来ている。

 そうした状況からダンジョン内で入手した素材を提供し、装備の制作依頼を出す事となる。当然だが、依頼しても明日には出来上がりますなどという事はなく、普通に加工に何日もの時間が必要となってしまう。

 出来上がりを待つだけでは時間が無駄になると考えるシンは、少しでもレベルアップと金策をするためダンジョンへと戻るのであった。


 そんなこんなで、シンは装備が出来上がった頃合を見計らって物資の補給に王都へと戻る。理不尽が待ち受けているとも知らずに。


「制作依頼をした装備が無いってどういうことだ?」


「申し訳ありません。装備購入に来店された貴族の方が、持ち去ってしまいました」


「ほう? この国の貴族は店の物品を自由に持ち帰る権限があるのか? 俺の居た所ではそういうのは略奪とか窃盗とかいう犯罪行為になるんだが。この国の法でも似たような物だったと記憶しているが俺の記憶が間違っているか?」


「いえ。あの。対価のお金を払って行かれたので略奪や窃盗にはならないのです」


 つまり、預かり品を勝手に売ってしまったという状況である。


「ほう? この店は俺が預けた素材で依頼して作った装備を、俺の許可なく勝手に売り払ったと。そう主張している訳だな? 店主さんよ」


「申し訳ありません。勿論、払って行かれたお金に手を付けてはいませんので、それをお渡ししますからお許しいただけないでしょうか?」


 そうして店主はお金を差し出す。しかし、その金額が問題である。明らかに少ない。素材を売った場合の金額の2割に満たない額なのであった。

 そしてそれは、予定していた総支払額の2割相当程度でもある。


「いや。その金は要らない。預けた素材と前金を返却してくれ。俺が持ってる引き換え預かり証はそれが出来る物のはずだな?」


「無い物を返却する事が出来る訳がありません。そして、『今の』法では店内の深層由来の高性能装備は国及び貴族に優先買取権が有る事になっているのです。それから、その預かり証の裏面にある付帯条件。『法規と齟齬が発生した場合は法規を優先して有効とする』が記載されていますので」


 聞くに堪えない店主の言葉をシンは途中で遮る。


「ふむ。1つ尋ねたい。前金で渡した金額と店主がそこに出した金額。どちらが多い?」


「前金です」


「そうすると、俺の所持品及び所持金の増減という観点から見た場合、素材と前金の6割をタダ取りされた事になる訳だが」


 前金として支払ったのは総額の半金である。要するに5割だ。総額の2割が戻って来るという事は半金に対しては4割であるからシンの計算は合っている。


「いえ。それは違います。前金は加工賃として受け取っています。そして当店は加工はきちんとしております。正当な対価です。前金の性質についても付帯条件に記載がされています。装備の完成後の販売取り扱いと装備の作成に係わる部分を一緒くたにしないで下さい」


 どうやらこの店主は法と付帯条件という契約内容を盾にとって理不尽を押し通すつもりの様である。

 そして、シンはまだ気づいていないが、現在深層の素材を持ち帰って来るのは王都ではシンのみだ。つまりは、この法自体がシンを狙い撃ちにして新設された物なのである。


 魔王の討伐をやって貰う立場のはずの国や貴族が、勇者の装備刷新による強化を望まない様に見えるおかしな状況。

 だがそれは、シンの攻略速度に原因があった。

 過去の勇者達は深層へ至るまでに最短でも5年以上掛かっているのに対し、ぼっち勇者は1年と少しで到達してしまっている。

 そうした事実が国や貴族達の状況判断に余裕を与え、少し位搾取しても魔王を倒せるだろうとの思考に傾いた結果である。


 ぼっち最強伝説その一。ダンジョン攻略は通常の3倍以上の速度。但し、赤い人ではない!


「そうか。では、もう一つ尋ねたい。深層素材の買取価格はどうなっている?」


 怒りを押し殺してシンは状況確認を進める。今は防具が対象だが、この後武器と耐性強化の装飾品をそれぞれ別の店に取りに行く予定を立てていた。

 同様な事が起こる予感しかしないため、既に話し合う余地がない対応をして来ているこの店主から情報を抜けるだけ抜くべきだと判断したシンなのだった。


 店主は黙って買取価格表の板版を差し出す。さらっとそれを眺めたシンは、やはりか。と思っただけであった。

 記載されていたのは以前の記憶にある金額の1割にも満たない暴落価格である。


「素材の販売価格表も見せてくれ」


「ありません」


「は?」


 売値と買値の差が知りたかったシンは、予想もしなかった店主の返答に驚かされたのである。


「全量買い上げの通達が出ていますので一般販売はありません。ですから価格表はありません。そして買い上げ価格は秘匿事項です」


「ふむ。わかった。で、俺はこのはした金を受け取って、胸糞悪い預かり証とやらを置いて帰ればいいのか?」


 元の金額が大きいだけに、元金の4割しかないとはいえ額だけを見ればそれなりの大金ではある。漏れ出てしまう怒りから、言葉の表現が悪くなっているだけなのだった。


「はい。ありがとうございました」


 店主の言葉は丁寧ではあるが、対応としてはお客への扱いとは言えない。少なくともシンはそう受け止めたのである。

 

 装飾品の店主は防具の店と似たような物だったが、武器屋の店主は気の毒そうにシンを見た後、重い口を開いた。


「無限に買い取る訳がないから大量に持ち込み続ければ、いずれは装備品が手に入るかもしれないぞ」


 彼は気休めの様に語ってくれたが、シンはそれを信じる事は無かった。

 中層から産出される素材よりも安い値で買い叩くのだから、余れば他国への輸出に回すだけであろうと容易に予想が出来たからである。


 こうして、武器も装飾品も入手する事は叶わず、新たな生産装備は今後も入手出来る目算が立たなくなった。


 そう来るのであればこちらにも考えがあるとやり返したい! 

 

 意趣返しをするためにと残念勇者は賢くはない頭をフル回転させる。結果、知恵熱を出して宿で3日寝込む事になるシンなのであった。

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