第45話

 ギアルファ銀河外縁部宙域。


 サンゴウは久々の長距離航行を楽しんでいた。勿論、シンとキチョウも一緒である。

 ラダブルグ公爵領の星系の外側から未開拓宙域へと向かい、調査とシンが転移出来る場所を増やすという名目での散歩の様な行動となっていた。


「艦長。サンゴウの性能が上がっています。機動性能と航行速度、他にもありますが基本性能が製造時と比べて経験による底上げ以外で性能の向上が成されています」


「あー。それな。メカミーユが言ってたんだが、サンゴウは俺の魔力にずっと晒されてるから生物としての進化というか変質というか。そういう事が今後起こって来てもおかしくないって話だったからそれじゃね? 何か悪影響でも出てるのか?」


「そういう事ですか。悪影響などはありません。単なる性能UPの報告だけです」


「まぁ平たく言うと魔力が馴染んで来てるって事なので、自然に肉体の強化魔法が発動し続けてるみたいなもんだろうな。いつかは魔法まで扱えるようになるのかもしれん。適性があればだけど」


 どうなるのかは誰にもわからない事ではあるが夢が膨らむ話でもある。


「俺の方もな。オルゼーの時から実はちょっと制御に苦労してるんだわ。急激に力の増幅が上がった感じでな。未だに全力は試せていない。なんかこう、怖いんだよな」


 シンは魔王城の浮島だけを攻撃したつもりが、延長線上の衛星まで吹き飛ばしたのはそういう事情があったからである。

 肉体の再構成時に改めて付与された勇者の力は足し算ではなく掛け算の増幅となっている。なので、制御が難しいのは当然の事であるのだが、シンはそれを理解はしていないから今の様な状態になっているのだった。


「もう10年以上も経っているのに未だに上手く扱えてる感じじゃないんだよな。もっとも、全力を出さなきゃならない様な状況にはならないに越した事はないんだが。俺、元々強かったし」


「そうですね。艦長デタラメですものね。人間の範疇の実力じゃないですものね」


「デタラメ言うな! 勇者の力だ! 勇者は皆強いの! 俺だけじゃないの!」


 それ絶対違うんじゃないかな? 艦長だけじゃないかな? とサンゴウは考えたが、それを裏付ける証拠は何も無い。強いて言えばメカミーユへの供給の時の彼女の発言が手掛かりとは言えるけれど。そんな感じなので特に指摘する事はないのだった。


「そういう事にしておきましょう。っと艦長。宇宙の掃除屋の反応が有りますね。数は多くないようですが放置しておくと増えてしまいます。集めてしまって良いですか?」


「ああ。今回はキチョウに任せようかな」


「マスター。大好きですー」


 キチョウはブレスを使って宇宙獣を消滅させる。まだまだ経験値が足りていないけれど後2段階以上は進化があると感じているキチョウは戦闘の機会に飢えているのだった。


 特に目新しい発見も無く未開拓宙域での航行を終えたサンゴウは首都星へと戻る。帰りはシンの転移で帰った事は言うまでもない。


「シン。ちょうど良かった。お仕事の依頼がノブナガから来た所よ。軍からの報告でラダブルグ領の領軍が生体宇宙船らしき物から攻撃を受けたって。調査と可能なら排除が依頼内容ね」


「すまんな。ロウジュ。そっち方面に居たけどそれらしいのには出会わなかったな。まぁいい。ノブナガとは後で話すさ」


「いいのよ。ちゃんと帰って来てくれるし。お仕事にかまけて家に寄り付かないとか、愛人宅に入り浸りの貴族が多いけど貴方はそんな事無いものね」


 妻4人に愛人2人。しかし、シンが自ら進んで選んだ女性はロウジュ一人である。

 ロウジュに対してすらも自分から告白した訳ではないから、そこについては議論の余地は有るだろうけれど。後は全員ロウジュが積極的にくっつけた結果という貴族家では珍しい女性関係を持つシンなのだった。ヘタレなだけである。

 エルフは子がなかなか生まれないので後継者を得るために複数の妻を迎えるのは領主の義務みたいなものだと教育されている部分も大きいのだろう。

 もっとも、オレガはそこをガン無視してレンジュ一人しか娶っていないが。引き籠りだから仕方ないね!


 ノブナガから詳細を聞いたシンは、本格的な侵攻軍は確認されておらず、遭遇戦で生体宇宙船と思われる物とだけ交戦している事、そして鉱物の宇宙獣は確認されていない事を知る。

 逃げたのがまた来た以上、勝てるかどうかわからないが来なければならない理由があるか、もしくは勝てると思える状況に変わったかのどちらかである。

 警戒してもし過ぎという事にはならないだろうなと気を引き締めるシンなのだった。


「艦長。送られてきたデータの遭遇場所と交戦状況から考えるとこれはおかしいです。何か別の目的で来ていて偶々、見つかって戦闘になった感じですね。何かを探してる。そして、進行方向から推測すると宇宙の掃除屋を探していた可能性が高いと考えられます」


「は? なんでそんな事を?」


「同型船の量産に向けて材料として捕まえに来たのではないかと推測します」


 ウミュー銀河の覇権を握っている鉱物生命体は、ギアルファ銀河の有機生命体を根絶やしにする事を目的としている。そして、その目的の最大の障害となるのはサンゴウの存在だという認識だ。

 実際には一番の障害はシンであるはずなのだが、彼らはシンの存在を未だ認識していない。故に脅威の対象にはなっていないのである。

 但し、シンは通常はサンゴウと行動を共にしているため、それが完全に間違いとも言えないのだけれど。


 鉱物生命体の対サンゴウの作戦は2号機のコピー、3号機モドキを量産して数で叩こうという事になった。しかし、元となる2号機からの増殖で増やす事はもう出来ない。そこで、大元の宇宙獣を融合すれば増産可能なのでは? という結論に至ったのである。


 そうした経緯であの第一次銀河間戦争から長い時が過ぎた現在、鉱物生命体の数の回復はそれなりに進んでおり、生体宇宙船の増産も2号機のコピーが30隻、3号機モドキが15隻、4号機モドキ5隻の体制になっていたのだった。

 しかしながら、これらを作るのに必要な技術という物を鉱物生命体は持っていなかった。そのため、無理やり融合させて機能をコピーして分離するという手法で増産した結果、性能を100%引き継ぐ事は出来ず、元の試作機の性能からすると90%程度、つまり1割程劣化したコピー品となっている。


 遭遇戦とはいえギアルファ銀河で生体宇宙船で活動していた事がバレたと認識した鉱物生命体達は、即座に戦時体制に移行した。第二次銀河間戦争を仕掛けようとしたのである。


 サンゴウの接近を感知したモドキ3隻は、戦時体制への移行で周辺宙域での待機だった状況が逃げへと変更になる。

 モドキ3隻は、全速航行でウミュー銀河を目指す逃避行へと切り替わったのだった。


「艦長。モドキ3隻探知しました。逃げに入っています。現在追っていますがどうしますか?」


「付かず離れずで尾行が可能ならそれが最上。根拠地を突き止めたい。無理なら撃沈を目指す。それも無理だったら出来る限り追って見逃す。だな。でも今のサンゴウなら尾行出来るんじゃないか?」


「はい。やってみます。欺瞞航行でなければですが、モドキ3隻共ウミュー銀河へと向かっていますね。ラダブルグ公爵経由でノブナガ君とロウジュさんへ連絡を入れておきます」


 どこまで追跡する事になるかわからないので連絡は必須である。追跡し続ける状況ではシンが転移で戻って連絡してまた追跡を継続するというのは不可能だからだ。

 そこら辺の事はすっぽり抜け落ちているのがシンの通常運転であるので、サンゴウのフォローには感謝感謝なのだった。嫁さんへの連絡は必須! いいね?


 サンゴウとモドキの最大の違い。それはエネルギーの調達方法となる。サンゴウはシンが搭乗している限りエネルギーの供給に不安はない。だが、モドキはそうではない。そして無補給でウミュー銀河に辿り着ける性能は当然持って居ないのである。


 逃げ続けるモドキ3隻はサンゴウが追って来ている事を知っている。鉱物生命体は認識を共有するため、ウミュー銀河に待機していても当然それを知る事になる。そうして、格好の釣り野伏せが出来る状況だと判断が共有されるまでさほど時間は必要とされなかった。


 斯くして、2号機のコピーが30隻、3号機モドキが12隻が包囲網を作り上げるために出陣する。

 尚、4号機モドキ5隻は戦闘力は高くはないのでお留守番となる。火力だけはあるのだけれど高機動が出来ない母艦型は使い道が限られるのは仕方ない事であろう。


 途中でエネルギー補給を挟みつつ、さも振り切ろうとしてますよ演技でモドキ3隻は逃げる。伏せている生体宇宙船は限界まで生体活動を下げ、探知されにくくするのであった。


「サンゴウ。これ、待ち伏せあるぞ」


「はい。微弱で判別し辛いですが、30隻以上の反応があります。よくもまあこれだけの数が揃ったものです。デルタニア星系の技術者とか開発チームが設備ごとこの宇宙に来ていたりするのでしょうかね?」


 サンゴウの探知能力が上がっているため、敵の思惑通りに釣り野伏せは成功とは言えない。だが、不意打ちは出来なくても半包囲は成功している。完全に失敗の作戦ではないと言えるのだった。


「敵、包囲陣。戦闘態勢に入っています。集中砲撃。来ます」


「あー。サンゴウ。避けなくていいぞ。俺のシールド魔法を貫けたら相手を褒めてやろう」


 舐めプである。そんな攻撃通用しねーよと心を折りに行く作戦である。


 そして少なくとも鉱物生命体達を驚かせる事には成功したのだった。42隻の全力のエネルギー収束砲をまともに正面から受けて無傷。恒星でも吹き飛ばせるだけの破壊力を秘めていた居たはずのその攻撃はシンのシールド魔法の前には無力であった。


「艦長。予想より威力が低いです。意図的に出力を絞る理由はないと考えられますので、あれらは見掛け倒しの劣化コピーですね。フフフ」


 そういう所にも地雷が埋まってるのかぁと怖くなるシンである。まぁ同じ姿の劣化コピーとか良い気がしないのは理解は出来るけれども。


 サンゴウを中心に光球を作り出したシンは防御をキチョウに任せて飛び出して行く。いつもの手口であり、凶悪な戦術がまたもや繰り広げられるのであった。


 攻撃の失敗で逃げようとした45隻は、シンの凶悪極まる戦術の前に為す術も無く沈んだ。

 1隻も逃げる事は叶わなかったのだった。何度も逃がしてやるほど勇者は無力でも無策でもないのである。


「さて、ここまで来てウミュー銀河が本拠地じゃないとかはあり得んだろう。とりあえず転移であそこまで行ける様にだけはしておきたい。サンゴウ。頼むな」


「はい。襲撃に備えつつ、向かいますね」


 鉱物生命体達は焦っていた。認識を共有しているにも係わらず撃沈された方法が不明なのだ。そして、切り札として量産されたはずの生体宇宙船が母艦以外殲滅させられたからである。

 殲滅後のサンゴウの動向を知る術は無いのだが、おそらくはウミュー銀河へと向かって来る。攻撃された場合、相手に出来る戦力も戦術も戦略もない。

 判断に迷っていられる時間も極限られた少ない時間しか残されていないのである。


 たかが1隻。たったそれだけの生体宇宙船が来ただけでこの状況。彼らにとっては悪夢以外の何物でもないのだった。


「艦長。ウミュー銀河の外縁部に到着です。5つの生体宇宙船の反応は有りますね。試作4号機として計画されていた母艦タイプと考えられます」


「そうか。それって強いの?」


「試作計画通りの性能であるなら、サンゴウのエネルギー収束砲に余裕で耐える防御フィールドを持って居ます。火力はフタゴウにやや劣る程度でしょうか。機動性が低いので総合力で見た場合は強いとは考えにくいですね」


「ふむ。MAP魔法で星系の位置なんかは一応確認出来たけど、鉱物の宇宙獣は探査魔法じゃ判別出来ないからな。家にも長い事帰ってないし、今日の所は帰って後日仕切り直しで良いんじゃないか?」


「はい。ではそのように」


 サンゴウは、艦長はロウジュさんが怖いだけなんだろうと確信を持って言えるので4号機っぽい反応へ執着する事はなかったのである。嫁さんを怒らせてはいけない! いいね? わかったね?

 そして、生体宇宙船関連の報告書をシンに言われるまでもなく作っているサンゴウは、やはり最高の相棒なのであろう。


 こうして、サンゴウはシンの影に入り転移でギアルファ銀河の首都星へと戻る。


 4号機との戦闘は避けて通れないとして、鉱物の宇宙獣が果たしてどれ程の数が居るものか。考えただけで憂鬱になるシンなのであった。

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