第43話

 ギアルファ星系第4惑星。


 サンゴウは首都星の海上で待機をしたまま子機を惑星上で周回させ、情報収集に励んでいた。

 首都星は混乱の極致とも言える状態であったからである。


 皇帝陛下崩御。

 

 自由民主同盟の残滓とも言える地下組織が、ギアルファ銀河帝国皇帝にその凶刃を届かせる事に成功した瞬間だった。

 自作自演の大規模テロの鎮圧という功績を持って、まんまと謁見に成功した2人組は、混ぜると大爆発するが単体では無害という特殊な液体爆薬をお互いの体内に仕込んでいた。

 そして、謁見時に皇帝の眼前で爪により自傷して出血する。その血液をお互いの口に含むという行為を敢行した結果、大爆発を起こし皇帝殺害に至ったのであった。所謂自爆テロの一種である。

 尚、謁見に参加していた重臣も全員死亡。謁見会場で生き残ったのは、ローラのみだった。

 謁見に来た2名の出血行為に異変を感じた護衛騎士3名が飛び掛かろうとした事で、その延長線上に偶々居たローラは瀕死の重傷を負いながらも命だけは助かっていたのであった。


 大混乱の宮廷ではあるが、以前にシンに手の治療を受けた女性は比較的冷静であった。

 爆発音を聞いて直ぐに謁見の間に駆け付けた彼女は、瀕死のローラを目にし、即座にシルクへと通信を繋ぐ。この独断の行動がローラの命が助かる結果へと繋がって行くのである。


「良かった。治療が間に合って。貴方。ありがとう」


「いや。俺も死なれたら良い気しないから。助かるタイミングで良かった。もう数分遅れたら多分助けられなかった。だが、これ皇妃拉致とか言われそうで怖い。意識が戻ったらちゃんと取りなしてくれよ? シルク」


 シルクへ緊急連絡が入り、それを聞いたシンは即謁見の間に転移した。そして、持続回復魔法を掛けて最低限の延命処置をした後、誰の許可も得る事無く即座に影の中にローラを放り込み、自宅へと転移。続いて睡眠魔法をかけた後、治癒魔法で対処したのだった。


 シルクは緊急連絡をして来た女性に連絡を入れ、ローラの治療が済み、無事である事を伝えた。シンがローラを拉致してから10分も経っていない時系列の出来事である。


「ここは? ねぇシルク。ここはアサダ侯爵邸よね? 何がどうなったのかしら? 閃光と爆音と遅れて来た激痛までは覚えているのだけれど」


「ローラ様は謁見の間でテロに巻き込まれて瀕死の重傷でした。普通であれば助からないと判断した女性がわたくしに緊急連絡をしてくれました。おかげでシンが転移で拉致出来たので治療が間に合ったのです」


 ”きゅ・う・じょ! 拉致とか言っちゃダメ!”とシンは思ったがここで口を挿むような事は無かったのである。


 謁見には皇太子や他の継承権のある皇子が参加していたため、全員亡くなっているという惨状を直ぐに想定出来たローラは、宮廷に戻って指揮を執る事を決断。そのまま護衛としてシンに側に居て貰う事を望んだのだった。


「当面の護衛はお受けします。しかし、やはり女性の護衛が必要だと思うのです。ミウも連れて行って良いでしょうか?」


「勿論よ。こちらからぜひお願いしたいわ」


 ロンダヌール王国の内乱から10年の時が過ぎている現在、デリーは立派に成人していた。

 そして、護衛としてお役御免となったミウは、最近になってシンの元へと戻って来ていたのである。

 デリーには王妃にと望まれたミウだったのだが、王のサポートが出来る自信が全くない事と年齢差、そして子供が生まれた場合、必ず猫族で生まれてきてしまうのも問題が有り過ぎると判断したため、きっぱりと断ってしまった。勿論、シンへの愛情も冷めた訳ではない。


 ちなみに、ジンとの関係を全く壊す気がないデリーは、ミウに気持ちを伝える前に苦しい胸の内をシンに伝えていた。

 シンはミウとは婚姻関係ではないため、「本人の気持ち次第だから賛成も反対もしない。結果についてもどう転んでもそれが原因で怒ることはない」と返答していた。

 ロウジュに上手く転がされたシンは、結局デリーの姉であるコルネットと関係を持ってしまったため、どうこう言える立場ではなかったという面もあったのである。 


 こうして、デリーの初恋の人への告白は失恋に終わった。シンの妾であるミウへのアプローチが無謀だっただけとも言えるけれど。


 宮廷に戻ったローラは現状確認に奔走する。文官の多くが死傷しており、宰相以下の中枢部が消滅してしまっているのが痛い。中間で判断と管理を任せられないため膨大な量の情報をローラ一人で処理する事になる。次期皇妃も死亡していたため信頼して任せられる人材が居ないのだった。


「これは無理ね。前アサダ侯爵。シルクをわたくしの補佐に付けて下さい。お願いします」


 何の役職も実績も無い侯爵夫人のシルクに皇妃補佐の仕事をさせるのは、本来であればあり得ない位にやってはいけない事である。だが、背に腹はかえられないのだった。


 帝国は男性社会で動いているため、皇帝不在の今、皇妃には国を動かす法的権限は無い。無いのだが、これまでの経緯で皇帝からある程度仕事を任されていたという実績がある点と、それを問題だと認識して声を上げるべき重臣が全滅しているという点。そして、杓子定規に事を運ぼうとする上級以上の文官が軒並み居なくなっていたという複合した事情の重なりがローラの決済を妨げなかったのである。


「血縁で残っているのはザマルトリア公爵とラダブルグ公爵か。ノブナガ君も有りね。皇帝の即位を誰にさせるのか頭が痛いわ。後、実行犯は死んでいるけど背景も含めて調査も必要ね」


 上位の皇位継承権所有者が全て居なくなっており、残っているのは臣籍に下った者ばかりである。

 その中での有力候補となると3人に絞られるのだが、親族の影響力も加味して考えた時決め手に欠ける。いや正確には絶大な暴力装置を抱えている者は居る。普通に影響力を考えたらノブナガ一択なのである。

 しかし、現実に影響力を及ぼす政治力を、シンが発揮する事が無いと判明しているのが問題となるのだった。


 シンはシルクに連絡を取り宮廷へと出仕させる。その際にサンゴウの子機を持ち込んだ彼女の判断は恐るべき冴えであったと言えよう。

 ローラの補佐に就いた彼女は、渡された決済が必要な処理案件を、片っ端から子機経由でサンゴウに丸投げし、その内容とサンゴウの判断も含めて感応波で流し込んで貰うという、文官やローラが知ったら”そんなの有りか!”と騒ぐ事間違い無しの反則技を使ったのである。

 情報漏洩という意味で問題が無いとは言えない暴挙になるのだが、シルクからすればサンゴウが意図しない情報漏洩はあり得ないので問題は無いのだった。そしてそれは未来における歴史家の検証結果からも証明される事となる。


 シルクのこの行動により、ローラは二人掛かりで処理し続けても3日程度は必要だろうと見積もっていた事務処理を、僅か4時間程で完了させる事が出来た。

 想像以上のシルクの処理速度と判断内容の的確さに驚かされたローラは、途中から彼女の決済内容を確認して了承するだけになっていたのだった。


 実際処理してたのはサンゴウだけどね!


「当面の指示が必要な案件はこれで終わり。後は皇帝の地位を誰が継ぐのかなのだけれど。前アサダ侯爵。いえシン。貴方皇帝になる気は無い? 一応の確認です」


「ある訳がないでしょう。少し前に当主もノブナガに譲って既に隠居の身ですよ」


 シンは5か月程前に当主交代をしており、軍籍からも予備役として引退した身である。サンゴウは老朽艦扱いで軍籍を抜け、傭兵ジンの個人の持ち船という扱いとなっている。

 ちなみに、「サンゴウが老朽艦ですか。フフフ」と、とても怖い台詞を聞く羽目になったシンとキチョウが、突っ込む事も出来ずにスルーしたのは些細な事である。


「ですよね。そうだとは思っていました。では現アサダ侯爵に即位して貰うのを認めますか? これは後ろ盾と言う意味も当然含みます」


「本人が了承するのであれば。私は基本的に政治に口は出しません。ノブナガから要請があれば助力はするだろうとは思いますが、それはケースバイケースになるでしょう」


 ローラは以前の禅譲案が出た時、シンかノブナガが皇帝の地位を望んだ場合、ザマルトリア公爵、ラダブルグ公爵の両者からそれを認めるという内諾を貰っている。それが現在も有効だろうと考えた。そして、通信で確認を取るには危険な内容であるため、シンに転移を頼み、両公爵を帝都に連れて来るという行動に出たのだった。


 シンはノブナガを連れて来る。そして全員での話し合いが行われた。結果として決まった事は以下である。


・皇帝の地位はノブナガが継ぐ。

・国葬として前皇帝の葬儀をノブナガが仕切る。

・両公爵はノブナガの即位を認める声明を出す。

・ローラは通常であれば離宮を与えられる事になるのだが、アサダ侯爵邸へ住みノブナガの後ろ盾となる。

・ローラは通いで出仕し、実子であるピアンガの皇妃としての仕事を適切な期間補佐する。

・アサダ侯爵の継承権1位の保持者がまだ幼いため、ジンは再度中継ぎ侯爵として復帰。


 尚、アサダ侯爵の継承権保持者であるノブナガの息子達は、そのまま皇太子、皇子の身分になるため、将来臣籍に下る際にアサダ公爵になる予定である。


 ”5か月。僅か5か月で現役復帰とか無いわー”とシンは思ったが今の状況では我を通すのも気が引けるのだった。


 こうして、決められた事が粛々と進められ、国葬も戴冠式も無事に終わった。魔王ノブナガ天下布武が誕生。元い、そんな訳はなく、普通に皇帝ノブナガの誕生である。


 そして、残る問題は自爆テロの調査のみとなった。


 シンは特に役職がある訳では無いのだが、今回の自爆テロの調査を勅命という形で受けている。調査用の人員と予算も与えられた、臨時捜査の管理官と言える立場となってしまったのであった。


 地味に実行犯の目撃証言や日常の様子など捜査員を使って淡々と調べ上げる。色々な情報が集まり、シンはサンゴウへそれらの捜査結果を持ち込んで情報の整理を行っていた。


「うーん。どういった人物だったのかや交友関係、爆薬の入手経路なんてのもわかっては来たが、今一よくわからんなぁ」


「爆薬の原料自体は普通に買えるものですね。量を購入するとおかしな感じはする物ですからじっくり調査すれば入手経路は浮き彫りになりますけれど。自力で混ぜ合わせて反応させ、爆薬を作ったらしい機材も実行犯の住んで居た部屋から確認はされています」


「そこは良いんだ。問題は動機なんだよ。この2人。元々自由民主同盟の星系出身って訳じゃないんだ。でも何時の間にかそこの組織の残党みたいのと接触している。調べてもどうして利用されて自爆するまでに至ったのか? 残党の組織は今どうなっているのか? がさっぱりわからないんだよな」


「残党の組織が企てた大規模テロを防いだという功績で謁見へとなった訳ですよね。調べた結果を見る限り、この残党の組織の人員は全員死亡している事になっていますし、死体などの証拠もある以上、そこに誤魔化しが有る様には考えられません」


 シンとサンゴウは情報を見て真剣に話し合っているがキチョウは”人間って大変だなー”と考えながら寝ているだけである。ペット枠には犯人の調査という仕事は求められる事はないのであろう。


 シンの勇者としての技能やサンゴウの卓越した能力を持ってしても、この手の調査に役立つ特殊能力は持っていないため、際立った成果を上げる事は難しい。勇者や生体宇宙船は万能ではないのである。


「ジン。助けて~」


 メカミーユからの連絡が入る。”今度は何やらかした?”と思いながらもシンは状況を聞き出すのだった。


「補給部隊がミスって艦隊が動けなくなっちゃったの。私が悪いんじゃないのよ!」


 詳しく聞いて行くと確かに補給部隊の派遣先を複数回間違えた結果なのだが。メカミーユが補給指示した時は派遣先は間違ってはいなかったのだが。


「ってお前これ。最終の許可書の派遣先が間違ってるのにサインしてるじゃねーか!」


「よく似てるから見間違えたのよ! 最初の指示はちゃんと出してるのだから兵站部のミスよ!」


「いや待て。その理屈はおかしい。確かに兵站部は間違えたんだろう。だが、最終確認した責任はお前だろうが!」


「困ってるのよ。ジン。助けてよ~」


 こうして、シンは燃料その他の補給物資を転移で運ぶお手伝いをする羽目になった。


 10年経っても駄女神は成長しない駄女神のままか。こっちは抱えてる調査が行き詰ってるんだけどなぁと溜め息をつきたくなるシンなのであった。

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