第42話

 ラムダニュー銀河タウロー星系第3惑星衛星軌道上。


 サンゴウは子機を駆使し、シンとキチョウの協力の元、3隻の飛行船の建造をしていた。

 無重力状態における骨格の組み上げは、このメンバーで行うと実に早いのだった。

 特にシンの収納空間はとても使い勝手が良く、一旦収納して組み上げたい場所に出して微調整するだけというお手軽さである。

 サンゴウが部品を製造している端から組み上げ可能であるのと、感応波による設計図の流し込みや組み上げ手順等が完全に共有されている事も大きい。一々確認する手間が皆無となるからだ。


 こうして、250m級飛行船3隻は完成させる事が出来た。その後、シンの収納空間へ放り込まれてデリーに引き渡しがされる事になるのだった。


「デリー。試験飛行に付き合ってくれ」


「いいですよ。姉さんも一緒で良いですか?」


「ああ。大丈夫だ。先に説明だけしておくと、操縦士は1名。極論言えば飛ばすだけなら1人でも運用は出来る。だが、実際は予備の操縦士が最低2人。これらは通常時は見張りも兼ねる。外殻の破損時の補修要員が4名程度。攻撃を行う人員が別途必要だから船長込みで10人程度での運用を想定している。3隻だから30人だな。兼任で削っても1隻8名は必要だと考えて欲しい」


 シンはデリーと姉に影に入って貰い、ベータシア星系第16惑星2へと転移する。目撃者を極力減らすためである。

 そうして、試験飛行は順調に終えた。ついでにメカミーユの派遣もデリーに話を通し了承を得た。この辺は本来は順序が逆だろうという感じはあるのだが、結果的には上手く話が纏まったので今回は問題とはならなかったのである。


 飛行船3隻は引き渡しが行われ、乗組員の訓練に入る。但し、初期の最低限の訓練はベータシア星系第16惑星2で行われた。

 メカミーユも参加しての訓練となったのは迫りくる戦乱の足音への事前対処というものであろう。懐事情が寒いメカミーユを臨時収入で釣ったとも言うが。

 尚、彼女は初回の訓練時に「何故転移が出来るの?」とシンに詰め寄りかけた。だが、「知ればよろしくない事態に巻き込まれる」と言われたのを直前で思い出す事に成功する。

 そうしてギリギリの所で詰め寄るのを自重したという経緯があったのは些細な事である。もう既に”よろしくない事態”に巻き込まれているような気がするのも気のせいである。多分、きっと、おそらく、Maybe!


 軍用の艦という物は戦うのが仕事である以上、平時においては訓練しかやる事がないのが本来の姿だ。

 所持しているという事実を持っての威圧と言う名の抑止力という側面もある。

 しかし、ロンダヌール王国においては飛行船3隻を訓練のみで遊ばせておく余裕などない。

 文明的には物資の輸送手段を陸上では馬車と人力車、海上(川や湖沼も含むが)ではガレー船と帆船に頼っている状況である。

 時速100㎞近い速度で100トン以上のペイロードがある乗り物を、飛行訓練も兼ねた貨物輸送の手段として常用しない手はないのだった。

 また、船舶の事情から燃料費という考え方自体はないのであるが、太陽光発電による電気動力は電力自体はタダであり、航続距離がそれで制限される事はないというのも利点として大きな部分だったりもする。


 サンゴウは勿論この様な状態になるのを見越しており、貨物兼攻撃用の石を積む事が出来る部分をユニット化して交換出来るようにしていた。これは、地球のコンテナ船やコンテナトレーラーがコンテナのみ交換して運ぶ事で、貨物の積み下ろし時間を大幅に短縮して稼働率を上げる手法と同じ考え方である。

 緊急時用の待機と休暇という側面から、2隻運用で1隻待機のローテーション制も確立されており、訓練による予備人員の増加も積極的に行われるようになったのだった。


 デリーとしては保有隻数の増加もお願いしたいところではあったが、自国で作れるものでない飛行船に全てを頼るのは危険だと理解もしていた。

 あくまでも北への抑止力が主目的でジンから供与された物であり、いざ戦端が開かれたとなれば相手に速やかに甚大な被害を与えて、終戦を早めるための存在だと割り切らねばならないのだった。

 貨物の運搬に便利に使える事は余禄であり、本来の使用目的ではないのである。


 メカミーユが長期休暇に入り、アルバイト指揮官として働き始めて数日。ついにその時は来る。襲撃である。

 ロンダヌール王国の裏切り者の手引きにより、ローテーションで待機していた2番船が初手で強奪されるという形での戦争の開始であった。

 尚、この時の裏切り者の中には予備人員として訓練に参加していた者が複数混じっており、強奪後速やかに逃げる事に成功されてしまうという、デリーにとっては屈辱的な事態だったりもしたのだった。


「完全に家臣の信頼を得られているとは思っていませんでしたが、信用して重用していた者から裏切られるというのはなかなかクル物が有りますね」


「どうにもならなくなれば俺が手を貸すからその時は遠慮なく言ってくれ。ま、わかってるとは思うが出来れば現有戦力で自力解決して欲しい。それで血が流れる事があったとしてもだ」


 人は経験しなければ理解出来ない事もある。シンは自身の体験からそう信じている。そして、今回の件は攻め入る側は勿論だが、デリーにも経験でしか得られない理解という物があると考えての静観でもあるのだった。小学生になるかどうか位の年齢の子供への要求というか期待としては高過ぎる物であるけれど。


 デリーはすぐさま配下の将と武人に軍議の召集を掛ける。勿論、メカミーユも客将の指揮官として軍議へ参加となったのは言うまでもない。


 飛行船の2番船が奪われたという事実が、軍議の進行に暗い影を落とす。圧倒的な優位性が崩れたと思い込んでいるからだ。そして、その雰囲気に耐えきれなくなったメカミーユは暴走する。


「大の男共が雁首並べてしょぼくれてるんじゃないわよ! こっちにはまだ2隻残ってるのよ? まともな作戦案の一つも出せないのかしら?」


「しかし、そう言われても。襲う側は何処にでも兵を向けられるのです。対して我々は全てを守らねばならんのです。自由度が全く違うのですよ」


「じゃ聞くけど。全部守り切る事は可能なのかしら? 戦に犠牲は付き物よ! やられたらやり返す。もしも、こちらの無辜の民に被害が出るようならこちらが遠慮する必要は無いわ。根絶やしにしてあげましょう」


 酷い女神もあったもんである。言い分に間違いはないけれど。

 ここら辺は自身が管轄している世界ではないという部分が大きい。敵対者への反撃や不可抗力による味方の犠牲は徳に対してマイナスが加算されないからだ。

 そして、仮にこの国の一部の住人から恨みを買う事があったとしても、メカミーユはそれ以上の感謝を勝ち取る自信があるのだ。自分(神)に歯向かう者へは神罰覿面でいいのである。


「あらま。女神なのにそんなんでいいのかよ」


 デリーに持たせたサンゴウ特製の通信機で、サンゴウ経由の軍議音声を聞いていたシンは、思わず独り言をこぼしてしまうのだった。


 結局作戦はメカミーユが提案主導して決め、先陣も彼女が出る事となった。軍議に参加していたデリーは了承するのみである。


 1番船と3番船の気体を水素からヘリウムに入れ替え指示を出したメカミーユは、作業が終わるまでの間に本気モードの衣装に着替えてメイクも整えた。なんだそりゃ? と思うかもしれないが、彼女にとっては必要な装備変更である。


 女神である彼女は神力により歌で味方と認識している者にバフを掛ける事が出来る。但し、この認識というのが曲者で双方が味方と認識していないとダメなのであり、更には、この世界では魔力による増幅効果がないため、生声が届く範囲に効果が限られるのが難点となっている。通信機越しでは効果が得られないのが寂しい。そして歌っている最中は指示が声で出せないため、動作により指示出しをするしかないのはご愛敬である。


 歌姫が指揮官兼ねるのは無理があるよね!


 彼女が乗る1番船はバフの効果で操縦士の技量に補正が掛かり、動きが格段に良くなり攻撃精度も上がっていた。

 1番船は八面六臂の活躍を見せ、北の地の城下町を攻撃していた2番船を追い詰め、ついには撃沈する事にも成功する。

 メカミーユが最後に火矢で射って撃沈させたのは、正に超人的技量であった。人じゃなくて女神だけの事はあるのである。

 煽情的な衣装でないと100%の実力が発揮出来ないという制約が掛かっていたとしても、女神は伊達ではないのだった。


 抜けてるとこもある駄女神でもあるけどね!


 尚、この撃沈でバラバラになった破片が城下町に落下し、早期避難で人的被害は出なかった事だけは幸いだったが、町の建築物には多大な被害を出している。

 戦後に復興作業に従事したシンからは、帝都に戻った後の反省会で「場所を考えて撃沈しなさい!」と彼女はしっかり怒られる羽目となる。

 そして、ちょこっとではあるもののアルバイト料を減額され、涙目になったのは些細な事なのであり、少しばかり未来のお話だ。

 減額分を飯の奢りで還元し、戦での活躍を労ったシンは甘い所もあるのだけれど。


「後は残党狩りね。もっとも、まだこちらの状況は掴めていないはずだから行軍を続けているはずよ。精鋭200人を乗せて後方に回り込むわよ!」


 こうして、陸戦にも参加したい彼女は船の指揮権を副長に預け、200の精鋭を率いて最後方の荷駄隊から襲い掛かった。荷駄隊を壊滅させた後、20倍以上も居た兵力の本隊をも食い破って蹂躙するその姿は正に戦女神であったと言えるだろう。単純な地表での平面的な指揮能力も十分に高いのだった。


「ふっ! 勝ったな」


 サンゴウのモニターで戦況を見ていたシンは、お約束のポーズで台詞を呟く。頼むサンゴウ。キチョウでもいい。続いて「ああ」って言って欲しい。とか考えちゃったりしていたのはシンだけの秘密である。勿論、言ってくれる事はないのだけれど。


 戦時中はミウにも活躍の場があった。デリーへの暗殺者が幾度も送り込まれたからである。

 しかしながら、いくら鍛えに鍛えた凄腕の暗殺者であろうとも、素の肉体の能力が、感覚の鋭敏さが、違い過ぎる獣人のミウには敵う筈がない。

 まして、ミウは固有能力の獣化をして人の姿を取っていない事で、彼らを油断させて討ち取るのであるから暗殺者ホイホイである。

 そして、8人目の暗殺者が晒し首にされた後には、もうデリーの暗殺を請け負う者は誰一人として居なくなっていたのだった。


 7日後には北の反乱めいた戦争は完全に終息し、論功行賞と復興作業が残された。

 功績1位のメカミーユは土地を貰っても仕方がないため、自身を戦神として祭る社を建立して貰う事となった。しかも、年に1度の祭りも開催確約のおまけ付きだ。彼女にとっては何物にも代えがたい報酬である。


 斯くして、ロンダヌール王国の内乱は終わる。


 シンの自宅に居た6人は戦後も5年間はそのまま逗留する事が決定された。ロウジュらが可愛がって別れを反対した面もあるし、当人達も母親の温もりが欲しい年頃だったのでちょうど良かったのであろう。

 護衛兼お世話係の4人も、機械文明が進んでいるシンの自宅は王国に戻って生活するよりも快適で魅力的だったため、反対する理由がなかった。

 強いて言えば婚期の問題はあるのだが。


 シンとサンゴウとキチョウは失われた2番船の代わりとなる4番船を作り上げてデリーに貸与した。そして、復興作業に従事した後、メカミーユを連れて帝都へと帰ったのだった。

 メカミーユはいろんな意味でホクホクである。


 帝都に着いてからお説教が待ってるけどね!


「艦長の出番はありませんでしたね」


「だな。ま、俺は戦争が好きって訳じゃないから出番なんてない方が良いんだよ」


「ブレスしたかったですー」


「はいはい。帝都に戻れば宇宙獣の駆除とか賊狩りとか何かは有るだろ。その時には頼むな。キチョウ」


 こうして、何となく色々片付けたシンは10年ほど大きな事件に遭遇せずに過ごす事になる。

 細々とした事はメカミーユがやらかし、某猫型のロボットさんの様に頼られる事は当然のごとくあったけれど。それもこれも合わせて学生生活という物なのだろう。

 尚、学業に関しては普通にサンゴウに頼った。ズルイ!


 そんなこんなで平穏な日々がしばらく続く事をこの時のシンはまだ知らない。

 

 そして、ミウに子供化してる事実を打ち明けるの忘れて帝都に帰ってしまった事に気づいてしまった。今更ながらに”やべぇ! どうしよ!”となったシンなのであった。

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