第40話

 ギアルファ銀河とラムダミュー銀河の中間宙域。


 サンゴウは慣性航行を続けながら周囲に気を配っていた。エネルギー補給が可能な物資を求めての事である。

 減速と再加速に必要なエネルギーを計算して、差し引きでプラスになる物を全く発見出来ずに少しイライラとしていたのだった。


 そうした中、サンゴウは跳躍航行ではなく慣性航行を続けていた事で、以前通過した時には発見出来なかった物に遭遇する事になるのである。

 救助信号を出している宇宙船の反応が2隻。デリーが乗っていた船と同じ信号であったため、サンゴウはそれが救助信号だと気づく事が出来た。それは、奇跡とも言える確率の結果であろう。


 サンゴウ自身が遭難している様なものであるので、救助に向かうべきかどうかは微妙な判断となる。助けた事で共倒れになる可能性もあり得るからだ。しかし、判断に時間を掛ける事は出来ない。時間を掛ければ掛ける程、助ける場合はエネルギーの無駄が大きくなるからである。


 この時のサンゴウは、デリーの乗っていた宇宙船と同じであるならエネルギー残量に期待出来るし、最悪でも船体2つを完全捕食すればエネルギー収支はマイナスまでは行かないだろうと判断をした。そして、救助に向かう決定をしたのだった。


 救助の結果、サンゴウは賭けに勝ち、エネルギー収支で大幅なプラスを得た。人助けはしておくものである。

 回収出来た生存者は6名。問題は生存者がサンゴウの最大加速には耐えられないという点だ。

 サンゴウは、取りあえず可能な範囲の加速に切り替え、改めてギアルファ星系へと舵を向けるのだった。


 シンは軍の幼年学校でメカミーユの観察を続けていた。この年代の女子とはとても思えない成人男性顔負けの身体能力。学科に関しても完璧である。

 こんな神童が居たら「噂にならないはずがない」と思えるレベルなのだが、ローラから見せられた調査報告にはその様な記載は一切無い。「品行方正な子供だった」という周囲からの証言ばかりなのだ。

 集まっている取り巻きへの対応もおかしい。誘惑するという感じは一切無い。寧ろ、婚約者持ちだと判明した生徒に対しては、「自分に関わらないでちゃんと婚約者と向き合いなさい」と説教する始末である。

 但し、説教されてもますます惚れ込む感じでのめり込み、悪化はしているのだけれど。


 平民なら、ましてや、後ろ盾のない孤児院出身であるのなら、玉の輿狙いはあってもおかしくないのにそういう所が全く感じられない。違和感だらけに見えるのである。


 以前に簡易鑑定を弾かれたシンは、まだ誰も居ない早朝の時間に校舎へとやって来た。引っ掛かっても軽微な被害しかない魔法トラップを各所に仕掛けるために。それにより、メカミーユの反応を見るためである。


 結論から言えば彼女は全てを目視しているかの様に躱した。引っ掛かったのは取り巻きの男子生徒のみとなった。

 予想はしていたがこれで魔力持ちは確定だろうとシンが判断を下した時、彼女の方から声を掛けられる事となるのだった。


「ねぇ。今日の講義終了後、二人だけでお話したい事があるの。ちょっと時間を取って貰えないかしら?」


 シンはメカミーユの方から動くとは考えてはいなかったが、ちょうど良い機会であるので了承を伝えその場は終わる。取り巻きの視線が厳しいからである。


「談話室を使用申請してあるのでそこへ行きます」


「ああ、わかった」


 講義が終わって声を掛けられたシンは、彼女の後ろを談話室へ向かって歩くのだった。


「さて、単刀直入に言うわね。監視とかテストとか止めて貰えないかしら? ちゃんと徳を積んで信仰を集めてるでしょう? そもそも、結果で判断するとしか聞いてないわ。監視が付くって話じゃなかったでしょう?」


「なんか勘違いされてるようだけど。俺は確かに君の事を監視してたよ。それは認める。でも徳とか信仰とかの話は関係が無い。こちらもはっきり伝えようか。君は国から怪しい存在だと思われてるんだよ。だから俺が調査に来た」


「え? なんで? 周囲の事はちゃんとやったはずよ。怪しまれる要素は無いはずよ!」


 あー自分で暴露しちゃってるじゃん。とシンは思いながらさっさと話を付けるべきだろうと思考を切り替える。


「あのな。君、別の世界から来たんだろ? この世界は、紙とかのアナログ記録と人の記憶だけ改竄したってダメなの。機械文明なんだから電子データって記録が別にある。だからそれが全くない人間って事で、目を付けられたんだよ」


「ウソォ。そんな事、教えて貰ってないわよぉ。今度失敗すると資格取り上げになっちゃうのに。うわーん」


 メカミーユは泣き出してしまった。


 こういう所は歳相応なのか? それとも単なる駄目な子か? などと考えながらも放置は出来ないので話を先に進めるシンである。


「まぁ落ち着け。泣いても何も良い事はないぞ。とりあえず君の目的を教えてくれ。国に害があるような事でなければ、有能な人材として受け入れられる可能性はある。てか、調査の発端はそこなんだよ。『いい人材見つけたっぽいけど素性が怪しいから調べましょう』ってな」


「貴方何者なの? 鑑定も魔法トラップの設置も出来るとかおかしいでしょ! この世界には利用出来る魔力なんてないんだからぁ」


「うーん。まだ答えて貰ってないんだが、まぁいいか。先に言っておくけど、今は君を脅威と判断してないから俺は攻撃的手段を取るつもりはない。だが、敵対するなら容赦はしない。これが前提だ。でだ、俺の秘密を知るとあんまりよろしくない事に巻き込まれるかも知れないが、それでも聞きたいか?」


「そう言われると聞きたくないです。私の目的を言えばいいのね? この島宇宙の発展。幸福度の増加。私への感謝の気持ちを増やす。これは愛情でもOKなの。そういうのが目的です」


 それも狭い意味では目的なんだろうけど、あれだよな? もっとデカイ目的を達成するための手段でもある感じだよなーとシンは察してしまう。

 普段は鈍感なくせにこういう時だけ察しが良いのは勇者の運命に導かれているのだろうか。 


「それも目的なんだろうけど最終目的は別にあるんだろ? 全部言ってしまえよ。悪いようにはしない方向で行けそうだからさ」


「うう。私ちょっと初仕事で失敗しちゃって、罰と修行的な感じでここに送られたんです。ここで上手くやると、初級女神としてまたお仕事させて貰えるようになるんですよ。失敗したら資格取り上げだから、たぶん消滅処理かなぁ」


 実際、もし失敗したとしてもそこまで酷い事にはならないのだが、やる気にさせるためにあえて大げさに伝えられているだけである。だが、彼女がそれを知る事はないだけの話なのだった。


「そ、そうか。それは大変だな。まぁ帝国に害がある話じゃないし、とりあえず軍人として頑張ってくれ? あ、だけど婚約者持ちから愛情向けられるようになるのはやめてくれ。大事になるから」


 ローラへは軍人として使って問題ないと報告すれば良さそうなのでホッとしたシンである。

 てか、女神なのかよ? メがなかったら新しいタイプの主人公と名前は同じだなぁとは思ってたけど、濁点のほうだったんかい! 苗字も名前もベッタベタじゃん! とほんとにどうでもいい事に思考を割くシンだった。


 こうして、メカミーユは軍での戦女神役を目指して頑張る事になる。

 そして、彼女が数多の戦場を駆け抜け、常勝の象徴として祭り上げられるのはかなり先のお話となる。

 そうなるまでの間に駄女神ぶりを発揮しまくって、シンが助ける事になるのも別のお話である。


 乙女ゲーの恋愛シミュレーションゲーム化展開じゃなくて良かったと、シンは胸を撫で下ろす。そして、駄目な子のオーラを漂わせ始めたメカミーユからはなるべく距離を置こうと決心するのだった。


 しかし、運命に回り込まれてしまった! 残念勇者のシンは厄介ごとからは逃げられない運命を背負っているのである。ガンバレ!


「あの子供メカミーユはこの銀河の人間ではありません。種族も違いますね。外見だけは私達に近いですけれども。そして、彼女の目的ですが、種族特性で信仰とか愛情を多く向けられる事が力になるという事でして、軍で活躍してそれらを集めて力とし、最終的には蓄えた力で元居た場所に帰る事だそうです。後はそれを信用するかどうかという話ですね。あ、後、記録の不審な点については、彼女の能力による改竄が、電子データの存在を知らなかった事による抜け落ちでした。改竄による経歴詐称という事になるのでしょうが、この点を大事にするのは帝国のセキュリティに穴が有ったと宣伝するような物ですし、彼女が今後乱用する可能性は無いでしょうから、不問にしていただけると私としては嬉しいですね。彼女に『悪いようにはしない』と言って色々聞き出した手前、罪に問うような方向は罪悪感が出てしまうので」


 シンはローラへの報告はそんな感じで終えて、メカミーユは特にお咎めなしのローラ決済によりそのまま幼年学校で学ぶ事となったのである。


「キチョウ。サンゴウの動向はどう感じてる?」


「はいー。段々と近づいてる感じはしてるです。方向くらいしかわかりませんけど転移で探しに行ってみますー?」


「うーん。それをやっても良いけどかなり運任せだよなぁ。後、発見したとして、航行中のサンゴウが俺に気づいてくれるかどうかも問題だよな」


「マスター? 通信用の装備は持ったままだよー? ある程度近ければそれで呼べば良いですー」


 やはり、発想と運用の問題である。技能や道具を持っている事とそれを使いこなす方法を考えつく事は全く別の事だと改めてシンは痛感させられた。そして、キチョウの知能の高さに感謝するのだった。


「なるほど。ありがとうキチョウ。しかし、方法があるならもっと早く言ってくれても良かったんじゃないか?」


「連続の長距離転移になるので魔力枯渇の連続はマスターの身体への負担が大きいですー。待ってても合流出来るので無理する必要は無いと思ってましたー。それと考えついたのは最近ですー」


 キチョウなりの気遣いが原因だったと知って、なんとも言い難い気分になるシンである。


「そうか。気を使ってくれてたんだな。ありがとう。影の出入りで負担は有ると思うけど頼むな。キチョウ」


「はいー」


 そんなやり取りの後、キチョウを影に入れたシンはキチョウが指した方向で、適当に目標を定めて転移を開始した。転移後はキチョウに影から出て貰い、サンゴウの居る方向を確認して貰う。そして影に入って貰いまた転移をする。


 そんな事を幾度繰り返したのかわからなくなるほどの回数の転移を行った。だが、時間という観点で見ると3時間かそこらの話である。

 そうして、1回の跳躍航行の範囲までは絞りこむ事が出来た。シンの長距離転移は行った事のある場所にしか飛べず、その範囲に跳躍航行で使用する超空間は含まれていない。

 ここからどうするかが問題であった。まだサンゴウへの通信が出来る距離ではないからである。


「なぁキチョウ。ここでこのまま待つ。キチョウに乗せて貰ってこちらからも近づく。短距離転移を繰り返して進む。どれがいいと思う?」


「確実なのは待つ事ですー。短距離転移の連続は手間の割に距離が稼げないので無駄が多いですー。発光信号で呼び掛けつつ、ここでマスターと交代で待機が一番だと思うですよ」


「なるほど。光魔法で明滅させて発光信号にする手があるか。だが、交互で待機っていうのは?」


「サンゴウさんの位置がずっと感じられるという事は、跳躍航行はしていないという事になるですー。仮に数時間かそこらで合流可能な位置に居るのなら通信も届くし、マスターのMAP魔法や探査魔法を駆使すればそれっぽい反応が得られると思うですー。ある程度長期戦の待機になるので、交互に見張り番という感じですー」


「理解した。キチョウは賢いなぁ」


 そして、シンとキチョウは、自宅での休息と宇宙空間での待機を交互に繰り返す生活を始める。そんな日々を過ごしているとついにその時がやって来た。サンゴウとの通信が可能になったのだった。


「艦長。ご無事で何よりです」


「ああ。サンゴウも無事で何よりだ。キチョウも無事だぞ」


 こうして、サンゴウは帰還した。休眠中の生存者6人の入ったカプセルを乗せたままで。

 シンが合流した事で万一の事態に魔法治療という選択肢が選べるようになるので、覚醒状態への移行作業は直ぐにも行われる事になるであろうけれど。


 サンゴウに乗り込んでカプセルを見たシンは、この世界は遭難者多過ぎじゃね? と考えていた。

 赤子も含むこの6人はどんな事情を抱えてるんだかと思い馳せるシンなのであった。


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